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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第4章「レジスタンス」
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月下航路

 エリンギアは海上から見れば山のように高く平らとなった崖の上に町あり、海を挟んで陸と陸を結ぶ鉄橋を中心に発展している町だった。

 数十年ほど前までは橋は架けられておらず、船で町を往来していたこともあり、崖の下には洞穴が幾つも掘られいる。その名残といえる廃港が幾つも残っている。

 港から地上までの地下通路は、長い年月の間に蜘蛛の巣のように張り巡らされ、一種、迷宮のようになっている。魔王軍でも把握しているのは全体の三割程度と言われ、レジスタンスはその港と地下通路を利用していた。

 その廃港に魔装兵ゴーレムを収容した格納庫は喧騒に満ちていた。


「機体を縛るなら慎重に扱えっての。その一体はムルドゥバに渡す奴なんだからな!」

「ちゃんとやってますってば!」

「魔装兵の頭部、こんなお椀みたいなんで大丈夫なの?操縦する奴を守るためのものなんだろ」

「うちで使うやつは、しばらく港に近いとこに置くことになるからな。シート掛けて塩でさびれさすなよ!」

「奥から工具、早く持ってこい。バッテリー取り外すぞ!」


 飛び交う怒号を背にしながら、リュウヤは倉庫だった一室で紅い煌めき放つ四つの魔石と呼ばれる魔法の石を並べた机を前にしていた。

 印を結び念じたその手を魔石にかざし、雷鞭ザンボルガの上位魔法、雷嵐ザンライドを唱えた。手のひらから放たれた稲妻が魔石に掛かると、それぞれの石に魔法陣が浮かび上がり、雷が魔石に吸収されていく。


「……これで十回目。やっと終わりかよ」

「まだだよ。それは魔装兵の可動用。攻撃用に使用する魔石がまだ残ってんだから」


 リュウヤが息をつく傍らで、魔石が回収されると眼鏡を掛けた細身の男が新たな魔法石を三つ並べた。


「じゃあ、これも雷嵐ザンライド十回ね。よろしく」

「……ちょっと休憩いいですか。ハーツさん」

「なんだ?竜の力の持ち主とあろう者が、泣き言か」

「疲れるものは疲れるんすよ」


 リュウヤは椅子の背もたれにもたれ掛かり、ウンと背伸びをした。帰ってきてから休む間も無く魔法石に魔力の注入作業な上に、同じ姿勢で集中していたから、身体の節々がこわばりを感じ、油の切れた人形みたいでポキパキと骨が鳴った。


「リュウヤ様、コーヒーです」


 リュウヤの様子を見図ったかのように、リリシアがコーヒーポットとカップをトレイに載せて部屋に入ってきた。

 トレイを机の上に置いて、カップを二つ並べコーヒーを注ぐと室内に芳ばしい香りが満ちた。「私の分は無いのか」と、傍でメロンパンをかじっていたクリューネのぼやきを無視して、リリシアは注いだカップを差し出した。


「ああ、ありがとう……」

「ほれ、リュウヤ。疲れた時には甘いものが一番じゃ。食え食え」


 カップを受け取ろうしたリュウヤに、横から割って入ったクリューネが食いかけのメロンパンをリュウヤの口に押しつけてくる。


「モガ……、おいクリューネ、自分で……。おい、フガ」

「リュウヤ様、コーヒーも飲みませんと」


 クリューネに負けじとリリシアがカップを手にとり、自分の手でリュウヤの口に流し込もうとしてくる。

 案の定、琥珀色の熱い液体はこぼれてしまい、リュウヤの顔へと容赦なく降りかかる。


「ア、アツ!ちょ、ちょっと待て!」

「どうじゃ、うまかろう」

「……あの、お代わりは」

「自分でやれるからいいっての。余計に疲れるから、向こうに行って旅の支度してくれ」

「……」


 お礼どころか文句まで言われ、二人は不満げにリュウヤを睨んでいたが、やがて黙って部屋から出ていき、「お前のせいじゃ」「あなたのせい」と互いに尻を蹴って詰りながら去っていく。


「モテモテだな。リュウヤ君は」

「からかわないでくださいよ。あんな子どもみたいな二人に。どっちかというと、遊ばれてる気分すよ」

「まあ、子どもといや、子どもだけどさ……」


 たしかに、年齢を考えてみれば、一人の男を争うにしては子どもすぎる。ハーツは苦笑いして、自分も一区切りとばかりにコーヒーを口に運んだ。


「いや、しかし、君がいてくれて助かったよ。他の連中だったら寝ずに交代、一週間くらいかかったろうしな」

「魔法エネルギーで可動させるのて、随分と手間掛かるんすね。普通の人間じゃかなり大変だ」

「そう思うだろ。だから、僕は船をああいうふうに改造したんだ。下位魔法程度のエネルギーでも、人間が動かせるようにさ」


 魔石の最少エネルギーで、固まってしまった火山岩が本来の持っていた爆発力を発生させ、その力でバッテリーエンジンを稼働させる。魔石のエネルギーを伝えさせるには塩水が最も適しているという。

 その技術の開発に成功したのが、目の前にいるハーツ・メイカだった。


「魔装兵の一体だけ分解しているのも、船みたいに改造するためなんすか」

「そりゃ、リュウヤ君の別任務で不在になるなら、エネルギー切れた時に困る。人間の力だけで動かせるような代物にできるよう、色々と試さないとな」

「……」


 リュウヤとハーツは、一体だけ分解作業に入っている魔装兵を眺めながめていた。機体の周りに整備士数名が集まっている。

 魔法石のエネルギーが溜め込まれる部分と、船に使われているバッテリーの設計図を見比べながら、整備士たちが真剣な表情で話し合っていた。

 そんな彼らの傍を、ジルが通り掛かる。

 ジルはタキシード姿の男を一人、連れていた。六十くらいの老人で樽のように太っていた。

 老人は魔装兵のバッテリーを物珍し気に覗きこみ、整備士たちに加わって、しきりに口を挟んでいる。

 整備士たちは明らかに迷惑そうに眉をひそめているが、老人は一向に平気な顔でいた。


「クリキント卿のお出ましか。好奇心があるのはいいけど、もうちょっと、空気読めての」


 ハーツは肩をすくめて光景を眺めていた。

 クリキントは町の顔役といった老人で、レジスタンスの支援者だった。一方でエリンギアの長官と深い繋がりがあり、レジスタンスがこの町で活動できるのもこの老人のおかげである。

 しかし、クリキントがレジスタンスを支援者するのは人類のためではなく、自分の商売のためだということは、ジル以下、メンバーの誰もが知っている。


「クリキント卿の相手してくるかな」


 ハーツは、残ったコーヒーを飲み干し席を立った。


「終わったら、僕か整備士の誰かに声を掛けてくれ」


 ハーツはそう言うと、リュウヤの返答を待たずに、整備士たちの輪に加わっていった。ハーツの顔を見て、クリキントを持て余し気味だったジルが、安堵した表情を浮かべた。

 好奇心旺盛な老人の質問に、ハーツはさっそくべらべらと、専門用語をまくしたてて説明している。


 ――あの人に俺の世界のこと、伝えられたらいいんだけどな。


 だが、すぐにリュウヤの表情に暗い影がさした

 飛行機は飛び、車は走り、自販機からジュースがでる。パソコンでキーボードや画面タッチすれば動く。しかし、リュウヤが知っていることはその程度だった。つくるために必要な技術や知識も何もない。

 

 ――俺には剣と魔法だけか。


 優れた文明の中で暮らしながら、大して物を知らなかったという事実に、どことなく惨めで恥ずかしい気分に陥っていた。


「……作業に戻るか」


 リュウヤは再びウンと

背を伸ばし、暗い気分を打ち払うつもりで、目の前の魔法石に集中した。


  ※  ※  ※


『艦長、これは我々が原点に回帰するための、作戦でもあるのだと俺は思う』

 

 アズライルが艦橋から外に煌めく星々を眺めながら、隣に佇む艦長に言った。 眼下には厚い雲が広がって、大海原の様に地上を覆っている。

 アズライルとその部下が乗る魔空艦は、一路、エリンギアへと向かっていた。 月が航路を照らしている。これからの魔王軍を癒し祝福しているように感じ、アズライルは眩しそうに月を眺めていた。


『と、いうと?』

『サイナス軍団長の言った通りだ。我々は人間に依存しすぎた。豪奢な生活に慣れ、本来の我々を見失っていたのだ』

『本来の我々、ですか』

『そう、我々は剣と魔法に生き、質実剛健であるべきだ。堕落と怠慢により魔法様と魔族を辱しめたレギルを刑に処し、レジスタンスを駆逐する。我々が主であるかを人間どもに示さねばならん』

『なるほど、ご慧眼てすな』


 艦長は意に逆らうことはせず、アズライルの言葉にただ同意するだけだった。 この獰猛で粗野な男は、自分の言葉に酔っている。これまでに意見に逆らった部下を激昂して何人も殺している。そんな危険な男に、口を挟むなど愚の極みでしかない。


『しかし、エリンギアに住む人間はあまりに数が多い。混乱は避けた方がよろしいかと。何か決め手となる情報があるのですか』

『艦長も案外、愚だな』


 アズライルが小さく笑うと次第にその声は大きさを増し、室内に響き渡るほどとなっていた。まるで、獣が餌を前にけたたましく吠えているようで、不快で醜い哄笑だと艦長は思った。 不快な気分を押し殺して、艦長が尋ねた。


『……何かおかしなことを言いましたか?』

『艦長、連中の仲間にヴァルタスやクリューネら、竜族の残党もいるというぞ?』


 アズライルが向けた邪悪な笑みに、艦長の総身に悪寒が奔った。自分を殺すつもりではないかと一瞬、疑うほどだった。


『このアズライルが大将を任されたのだぞ。その時点で、中央の意向が何かくらい、艦長にもわかるだろう?』

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