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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第3章「ムルドゥバ武術大会」
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竜は風とともに去る

「……何もここまで見送りに来なくても良かったのに」

「君たち“竜族”のおかげで我が国が救われたんだ。このくらいさせてくれよ」


 二頭引きの幌付き馬車が止まると、ローブを纏ったリュウヤとクリューネが馬車から降りた。冷たく強い風が、砂ぼこりを立てながら二人の間を駆け抜けていく。

 二人が羽織っているのは、今までリュウヤが身につけていたような薄汚れた布のローブではなく、黒一色に染められている。しかし、ただのローブではなく、質素ではあるものの、魔力が込められた糸で織られた魔法のローブで寒暖かんだんにも対応し、攻撃魔法も防ぐ効果を持つ。

 二人の前には鋼鉄製の巨大な門が威丈高に見下ろしている。

 周囲には、荒涼とした岩肌に高く厚い城壁が連なり、一見しただけでも十数台もの投石車や弓車がそこかしこに配置されている。

 城壁の上では兵士たちが、互いに小声で会話しながらリュウヤたちに視線を送ってくる。

 何の珍客かと好奇が入り交じった色が兵士一人一人の顔に浮かんでいるのがクリューネにはわかった。

 忘れ物は無いか、と御者隣に座るフードを被った男が尋ねた。左腕に包帯が巻かれている。もし、その男が誰かわかれば、周りは大騒ぎになったに違いない。

 フードをあげたその男は、この国を統治するアルド将軍だった。アルドは御者として側近フレアを連れ、国境の砦まで二人の見送りに来ていた。ローブと同じくアルドが用意してくれたものだ。

  

「それにしても、ムルドゥバとレジスタンスが裏で繋がっていたとは知らなかったの」


 打倒魔王という点では一致しているからな、とアルドはクリューネに言った。


「それに我々とって利する点も多い」

「……」

「魔王軍とに雇われている人間の技術者の中にも、レジスタンスに協力的な者が多数いるという。そのレジスタンスを通じて、魔王軍の優れた技術や情報を得て対抗できる力を持てる。レジスタンスと手を結び支援することは、我が国の発展、平和にも繋がると私は考えている」


 魔空艦や列車等の開発に携わるのは主に人間で、魔族は何も理解せず、ただ物を使っているだけだとアルドは言った。

 メキアでの統治の仕方がそうであったように、面倒なことは人間に丸投げして力で抑え込めば済むと思っているのが、魔王軍のやり方だとアルドは語る。


「竜族もそうだったが、彼らは自分たちの力に自信を持ちすぎて自らを変えようとしない。いずれその自信が仇となって、竜族が滅びたように魔族もそのうち滅びることになる」

「……竜族は滅びてはおらん。かつての勢力を失っただけじゃ」


 クリューネが憮然として呟いた。竜族には恨みがましい気持ちしか残っていないが、事実とは言え他人に指摘されると、自分の欠点を言われたようで面白いものでもない。


「……とにかく、エリンギアという町と、そこの“くぬぎ屋”という酒場を目指せば良いのであろう?」

「そう。会うための手順は来る途中に説明した通り。私も直接、リーダーに会ったことはないが、どうも用心深くへそまがりらしい」

「まあ、何とかなるわ」


 と、クリューネは胸を張る。

 敵地に入るのだとクリューネの胸の内を、不安が多分に占めていたが、いつまでも踏み留まっていても仕方がない。


「テトラのこと、よろしくお願いします」


 クリューネの隣でリュウヤが言うと、アルドは穏やかな笑みを湛えて頷いた。


「もちろん。彼女は我がムルドゥバの英雄だからな」


 テトラはムルドゥバの国立病院で、まだ眠り続けているはずだった。

 回復魔法は負傷した部位を治すものの、それは筋肉や神経の縫合ほうごうや修復までで、意識や機能を回復させるまでには長い日数を要する。

 それに強大な魔法といっても完璧と言えず、大量出血や重大なダメージを負った場合、そのまま意識を失って死んでしまったり、外見は元通りでも機能まで戻らないケースも多い。

 テトラも同様で、猛烈な熱波で負傷した視力は戻らず、一生盲目のままだろうというのが、ムルドゥバ国立病院での医師の見解だった。

 カルダとの戦闘後、病院に搬送されたテトラは三日目に数時間だけ意識を取り戻した。ちょうどリュウヤとクリューネが見舞いに訪れていた時だった。

 テトラは無言で医師から説明を受け、話が終わると「リュウヤ君、ごめんね。」と、ベッドの上で天井を見上げたまま呟いた。見上げているといっても、その目には包帯で覆われている。


「私、この大会が終わったら、結果がどうなってもあなた達と一緒に行くつもりだったんだけど、こんな身体じゃ行けそうもないや」

「……」


 でもねと消沈するリュウヤを励ますように、テトラが明るい声で言った。


「私はあの暗闇の中で、リュウヤ君の声が聞こえた。光る道筋のようなものが見えた。自分のこれからの生き方が見えた気がする」

「……」

「今は無理でも、リュウヤ君に追いつくから」

「そうか、早く来いよ」


 リュウヤがテトラの手を握ると、テトラが「うん」と言った。その返事と同じくらい、明るく力強く握り返してきた。そのすぐ後、テトラは深い眠りに落ちてしまったが、リュウヤの手にはテトラの前向きで強い意志を感じさせる感触は、今も残っていた。

 担当医の話では、一ヶ月は昏睡状態が続くかもと話していた。


 ――俺こそ頑張らないとな。


 リュウヤはテトラが握った手の感触を思い出すように、ギュッと握り締めた。

 追いつくからという言葉からは、単にリュウヤを励ますだけでなく本気の意志を感じた。

 あの状態でテトラはカルダを倒している。

 絶望的な暗闇の中で、テトラは何かを見いだしたに違いない。

 きっとテトラは追いついてくる。

 テトラの言葉は、リュウヤの中に残っていた迷いを断ち切らせるのに充分だった。


「それじゃあ、行きますよ」

「……頼む」

「任せてください」


 リュウヤが告げるとアルドが手を差し出してきた。リュウヤはその手を強く握り締める。分厚い、熊のように頼もしい手だとリュウヤは思った。


「門が開きますよ」


 リュウヤたちの様子を見守っていたフレアが、城門の上から三人に向かって大きな声で言った。アルドが頷くのを認めると、フレアが隊長に合図し、門を開けさせた。

 砦の門が、重々しい音を立てて開かれていく。

 荒涼とした大地が広がり、更にその先に高い山脈が連なっているのが映る。

 二人は歩き始めた。

 ザクッザクッと、砂を踏むような乾いた音が荒れた地面からした。

 しばらくすると、門が重い音を立てて閉まっていった。普通の人間では視認できない距離になっているのに、フレアが城門から見送っているのが見えた。


「……寒いの。あんな山越えたくもないし、帰っていいか?」

「今さら、愚痴を言うな。どこに帰るんだ」

「ムルドゥバは良かったのう。賑やかで飯も酒も美味かったが、それもしばらくお預けかあ」

「愚痴を言うな、愚痴を」

「冗談に決まっておるのに。つまらん奴だの」

「お前が言うと、冗談に聞こえないんだけど」


 じゃあ、とクリューネはあることを思いついて、リュウヤに寄りかかり腕を掴んだ。


「……抱っこして」


 精一杯甘える声で囁くクリューネを、リュウヤは突き放した口調で冷たく返す。


「そういうのはな、無精つうんだ」

「リュウヤ、この長旅で」


 ――せっかくの長旅、和やかな雰囲気にしてやろうと思ったのに。


 クリューネはムカッ腹が立ってリュウヤに文句言おうと口を開いた時、リュウヤの手がクリューネを制した。


「長旅だけど、和やかにて訳にはいかなさそうだな」

「……」


 リュウヤが向ける視線の空に、こちらに迫る数十体もの獣たちの姿が映る。ただの鳥ではなく、ライオンの頭部を持ち、巨大過ぎるその身体から獰猛な殺気を放ち、狂気の光を目に宿している。


「魔族はおらんでも、魔物はたくさん、たくさんか……」

「クリューネ、援護頼むな」


 リュウヤはグリフォンを睨んだまま、ルナシウスを素早く抜いた。


「まあ、あんな獣なんぞ、いざとなったらバハムートで……」

「また時間切れで泣くことになるから、普通の攻撃魔法にしろ」

「……」


 リュウヤの一言で顔を真っ赤にするクリューネに、援護頼むともう一度低い声で言うと、「わかっとるわ!」とクリューネの声が響く。リュウヤは気を引き締め直して、キメラに向かって剣を構え突進した。

 大地を疾駆しっくするリュウヤの背後から、澄んだ風が地を薙ぎ、空を駆けるように吹き抜けていった。風にのるように、リュウヤは跳びあがり、咆哮ほうこうするキメラに剣を一閃した。


  ※  ※  ※


 リュウヤたちがムルドゥバを去って一週間後。

 ムルドゥバ国立病院。

 穏やかな日の光が窓から差し込み、廊下に陰影をくっきりと浮かびあがらせている。その廊下を看護士を慌ただしく足音を立てて駆けている。

 その様子を見咎めた婦長が、短く強い口ぶりで看護士を呼び止める。


「なんですか。他の患者さんに迷惑ですよ」

「六◯三号室、六◯三号室のテトラさんが……」


 あえぐ看護士の報告に婦長は慌てて担当医を呼びに行き、数分後、担当医とともに六◯三号室に行くと、目覚めて半身を起こし、陽射しの中で窓の外を眺めるテトラの姿があった。

 ただ外を眺めているのではなかった。

 手には小枝のような棒きれを把持し、ヒュンと軽い音を立てて宙を斬っている。

 担当医や婦長らが息を呑んで見守っていると、テトラは手を止めて、視界を包帯に覆われた顔を婦長に向けた。


「あ、先生。おはようございます」

「おはよう……、というより、私がわかるのかい?」


 何となくと照れ臭そうにテトラが言った。


「気配というか、感覚で」


 一ヶ月は昏睡と診断していた担当医は、呆然とテトラを見つめている。


「先生」


 と棒きれを振りながらテトラが言った。


「いつからリハビリはしても良いんですか」

「それだけ意識が戻っていれば、いつでもいいかも知れないけれど……」

「じゃあ、今からいいですか」

「……え?」


 戸惑う担当医に、テトラは笑顔を大きくした。


「私には早く追いつきたい人がいるんです。一日でも早く身体を治したい。だから、今日からお願いします」


 テトラは目を覆う包帯を外すと、盲目とは思えない澄んだ瞳が、青い空の陽射しを鮮やかに反射させていた。

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