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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第3章「ムルドゥバ武術大会」
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さみしさ故に愛が芽生え

「姫ちゃん、やっぱグロッキー?」


“りんご亭”の二階から降りてきたリュウヤを見て、酒場の前で待っていたテトラが尋ねると、リュウヤは頭を掻きながら頷いた。

 テトラはいつもの革胴に革ズボン、ブーツといった野暮な剣士の格好ではなく、剣も帯びず、ジーンズの短パンに肩が露出した黒色シャツを着ている。

 身体を動かす度に豊満な胸が揺れ動くし、クリューネの短パンと違って太ももを露にしたテトラからは随分と色気を感じた。

 目線がふとももや胸に集中してしまいそうになるので、リュウヤは目に触れないようにしながら笑い声をあげた。だが、意識がそちらに向いているせいか、我ながらどうもぎこちなく感じている。


「あの様子だと、明日は二日酔いかもな」

「しょうがないね、あの姫ちゃんは」

「ジクードにも迷惑掛けちゃったし、あんな主人を持つと、家来の身としては大変ですよ」


 リュウヤがふざけて言って肩をすくめると、テトラは可笑しそうに笑って、その後二人は並んで歩きだした。

 昼間、テトラから話がしたいということで、四人で“りんご亭”で食事をする流れになった。

 しかし、ジクードはクリューネに引っ張り廻されたのが影響してか、疲れを訴えて宿で休んでおり、クリューネはクリューネで、ひとりワイン一瓶空けるほど飲んでしまい、酔いつぶれてリュウヤが部屋まで運んだところだった。

 送ろうと思ったのは、クリューネの世話に追われてしまい、肝心のテトラとあまり落ち着いて話が出来なかったこともある。


「まだ気持ちに余裕あるけど、明日になると緊張しまくりなんだろうなあ」

「テトラなら大丈夫。力み過ぎる癖だって、他の奴らと比べたら些細なもんだよ」

「でも、私はカルダて人には勝てないんでしょ」


 リュウヤはそこで腕を組んで、カルダの剣を思い出していた。すり上げるように打っていた下段からの剣は厄介だし、他に組技や徒手打撃レベルが不明だから、有利とは言えないととリュウヤは考えている。


「……そこで、大丈夫くらいは言ってくれないかなあ?」


 テトラの言葉で我に返ってリュウヤは顔を上げた。膨れっ面でテトラが睨んでいる。


「強敵相手に大丈夫なんて安易なこと言えないよ。実際アイツの試合見てみないとわからない部分あるし」

「冷たいねえ、リュウヤ君は」

「それだけ真剣なんだよ」


 リュウヤが答えると、テトラは不意に身を寄せて腕を組んできた。見上げると、微笑むテトラの視線と重なって、その瞳の美しさに心のなかでざわめきが生じた。


「ね、このまま歩こうよ」

「う、うん……」


 町は平日にも関わらず人で溢れ返り、夜になっても人の通りが衰えることはなかった。ざわめきが街を満たし、戦勝の余韻と間近に迫った格闘技大会の興奮で、ムルドゥバは日に日に勢いを増していくように思えた。


「ジクードね、このムルドゥバの兵士になりたかったんだって」


 盛況な町の様子を見ているうちに、何かを思い出したらしく唐突にテトラが言った。


「あいつが?」

「うん。町は賑やかだし、魔王軍を撃退する精強な軍隊は憧れの的だもの。でも、彼って闘争向きて感じじゃないでしょ。だから、諦めて誰かの下に仕えたかったんだってさ。そしたら、私なんかに捕まっちゃって」

「テトラはクリューネみたいに、こき使わねえだろ。良い主人を見つけたよ、ジクードは」

「そのためには優勝しないとなあ」

「……できるよ、テトラなら」


 リュウヤの言葉に、テトラの腕に力がこもり、更に身体を寄せてくる。豊満な胸の感触に包まれ、全身が硬直するようだった。


「……もうちょっと、落ち着いて話せそうな場所にいかない?」

「えと……、どこ?」


 リュウヤが尋ねると、こっちだよと腕を引っ張りメインの大通りから別の通りに入っていく、リュウヤたちが到着した港の方向だった。港に近づくにつれ、ざわめきと人通りも少なくなっていき、港までくると、ざわめきや町の明かりは遠くぼんやりと聞こえる程度でしかなくなった。


「あそこの公園で休もうか」


 テトラは囁くように言った。

 艶のある声に、リュウヤの身が思わず震えた。

 海沿いに造られた公園は小高い丘の上にある。市民の憩いの場として知られ、レンガ造りの道にはベンチが数メートル間隔で設置され、そこから海を眺望できるようになっている。芝生は綺麗に刈られ、よく整備されていた。


「月、綺麗だね」


 ベンチに座り、空を見上げるテトラに誘われてリュウヤも見上げると、満月が海の上に煌々と輝いていて、清涼な光が地を照らしている。


「明日は、雨かもな」

「こんなに晴れているのに?」

「ほら、月に傘がかかっているだろ。風がないのに雲の流れが早い。ああいうときは雨らしいんだよ」

「“らしい”?」

「友達が教えてくれたんだけど、雨の匂いてのがあるらしいんだ。でも俺には、その匂いがわからない。だから、曖昧にしか言えない。俺と歳は変わらないけど、独特の勘があって、村でも頼られてたんだ。旅も一緒だったら、助かったんだけど」

「その友達、今はどうしてるの?」

「……」


 沈痛な面持ちで黙り込むリュウヤに、テトラは「ごめんね」と手を握り締めてきた。しっとりとした柔らかさは剣士のものとは思えなかった。


「私の家のこと、話したことあるっけ」


 いや、と小さくリュウヤは首を振った。


「私の家は、木こりやっていて上に四人も兄と姉がいるし、下にも弟二人いるの」

「随分とにぎやかだな」

「そう思うでしょ?でも、家は貧乏で狭いし、父も母も厳格で、息が詰まりそうだった」

「……」

「三番目にシアていう兄がいて、私と同じように考えていて、この家や村を出ていきたいといつも話してた。でも、木こりの子どもが出来ることなんて、限られているじゃない」


 まあ、そうかもなとリュウヤは言った。ミルト村でも事情はさほど変わらなかった。セリナは村の掟に従ったが彼女のように、内心では外に憧れを抱いていた若者も少なくなかった。


「だからムルドゥバの大会で優勝して、有名な剣士になってやる!て決めて、シアと毎日、親の目を盗んで剣の稽古してたんだ。今から考えると、子どものお遊びみたいな内容だったけど」

「……」

「で、私が十五になった時、シアが親と大喧嘩して、二人で村から飛び出したの。それからはもう一度も村に帰ってない。帰る気もないけどね。それからは語るも涙。聞くも涙の冒険の日々よ」


 冒険とは言っても実際には町を転々とし、下働きとして道場に住み込んだり、砂利運びや酒場などで働きながら剣術を学んだというものらしい。

 魔物との実戦を重ねて、経験を積むのが名声への近道だが「メンバー三人以上、一人は魔法使い」というのが、この世界で旅する上での鉄則と言われている。

 当時、魔法も使えず剣も未熟というなら、危険を避けて下働きから始めるしかないだろうな、とリュウヤは聞きながら思った。

 一人旅が出来るようになるには、相当な実力や経験が必要で、今のテトラにはそれがあるということだ。 しかし、とリュウヤに疑問に思う。


「お兄さんはどうしたの」

「死んじゃった」


 テトラは肩をすくめて、あっさりとした口調で言うので、質の悪い冗談にしか聞こえなかった。


「三年前、メキアてとこで」

「……」

「その時には私たち結構な腕前になってて、ある日、シアが行商人の護衛の一人に選ばれたのよ。でも、そこで魔王軍に攻め込まれて戦闘に巻き込まれてね。単なる用心棒なんだから、さっさと逃げれば良かったのに」

「悪いこと聞いたな。俺だって、話したくないような辛いことあるのに」

「辛いことは誰でもあるよ。ただ、私はちょっと気持ちの整理がついただけ」


 苦い顔をするリュウヤの肩に、テトラがそっと寄り添ってくる。

 花のような香りがした。


「どうやったら、気持ちの整理がつくかな。思い出すだけでも胸が締め付けられる。息が詰まってキリキリと痛むんだ」

「私は時間がいつか解決する、て考えるしかなかったな。ただ、ガムシャラに生きて剣術の腕を磨いて」

「でも、寂しくならないか」

「寂しいよ。死ぬほど寂しい」


 テトラはじっとリュウヤを見つめた。月明かりに輝く瞳が美しく、互いが引かれ合うようにテトラの顔が視界に広がった。

 柔らかな唇が軽く触れた。

 次は少し長く、そして次は互いの舌が絡みあった。

 ごめん、とリュウヤがテトラから離れた。セリナを裏切ったと深い後悔の念が生じていた。


「俺、大切な人がいるんだ。結婚して子どもも産まれるはずだった。だから……」


 そこまで言って、リュウヤの身体が震えた。胸が詰まり、熱い涙が溢れてきた。テトラはリュウヤの涙を拭い、再び唇を重ねてきた。


「私もシアがいなくなって、傷なんて癒えてないよ。ただ、かさぶたが厚くなっているだけ」

「……」

「リュウヤ君、シアによく似ている。一緒に稽古したり話をしたりする時、シアと話ているような気持ちになれた。でも、シアはいないんだて気がつくと、どうしようもなく寂しくなる」


 テトラは身体を移動させて、リュウヤの上に跨がってきた。月を背にしてテトラの影がリュウヤを覆った。

 そこでふと、波の音に混じって人の声が届いた。

 見ると、ベンチや芝生の木陰でむつみ合う男女の姿があった。淫靡な光景なはずなのに、奇妙に神秘的とさえ感じるのは、月の明かりと海の静けさのせいだろうかとリュウヤは思った。

 

「ここは、カップルが愛を語り合う場所で有名なんだって」


 テトラが耳元で囁いた。 月を背にしたテトラに、初めてセリナと結ばれた夜を思い出す。テトラとセリナの姿が重なった。

 あの時の月も美しく輝いていた。

 セリナの白い胸も。

 いつしか、リュウヤの手はテトラのシャツを脱がしてから下着を外すと、豊かな胸が目の前で揺れていた。

 リュウヤはテトラの乳房に顔を埋めた。身体を鍛えていても、滑らかで弾けるような肌や、香しい匂いは女性のそれだと感じた。


「セリナ……」


 テトラはリュウヤを優しく包み込むように、抱き寄せながら言った。耳を軽く噛み、囁いてきた。


「ホントならぶっ飛ばすとこなんだろうけど、今晩は許してあげます」


 テトラはリュウヤの唇を覆った。長く、長くそれは続いた。互いの傷を舐め合うように続いた。

 やがて、テトラの手がリュウヤのベルトに伸びていき、カチャカチャと軽い音を立てて外れた。


  ※  ※  ※


 二時間後、部屋に戻ったリュウヤは音を立てないよう、慎重にドアを閉めて自分のベッドに向かった。


「……うるさいの」


 クリューネが起きていたことと不機嫌な声に驚いたが、平静を保とうと一度深呼吸をした。


「わ、悪い。起きてたのか」

「お主のブーツの音、意外に大きい。熟睡していても、目を覚ましてしまうわ」

「そうか、気をつけるよ」


 リュウヤは急いでブーツを脱いで、足袋に履き替えた。リルジエナとの闘いで使用したものだが、室内や稽古で使えるので意外に重宝している。


「テトラがせっかく席を設けてくれたのに、はしゃいで済まんことしたのう」

「……」

「明日、テトラに“正直、スマンかった”と伝えといてくれんか」

「わかった。ちゃんと伝えておくよ。お前もゆっくり休みな」

「明日はグロッキーだから、休まざるをえんわ」


 無邪気に小さく笑うと、クリューネは再び眠りの世界に戻っていった。セリナばかりか、クリューネまでも裏切ってしまったような心苦しさがリュウヤを襲っている。急いでベッドに潜りシーツを被った。

 だが一方で、リュウヤの身体には、リュウヤと繋がり、しなやかに弾けて痴態を見せたテトラの感触や、あられもなくリュウヤを求めてきたテトラの淫らな言葉、月の明かりに煌めいた汗や肌の匂いが耽美な記憶となって生々しく残っていた。

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