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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第3章「ムルドゥバ武術大会」
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二人は蜜月

 ムルドゥバ錬成場は市街から離れた郊外にあって、広大な錬成場の敷地内に集団訓練を行う練兵場や、五階建ての建物が建てられていて、それが剣や組技など格闘術を鍛練する武術棟である。

 どちらも普段は兵士たちの訓練場として使われるが、大会エントリーの始まる三ヶ月前から出場選手に一部開放され、一ヶ月前になる頃は全面開放される。

 軍が使用するだけあって施設の設備は充実しており、毎年チームをつくってエントリー開始と同時にムルドゥバに住み込むようなかたちで、ここで三ヶ月間みっちりと訓練に励む者もいた。


「じゃあ、地稽古でやるからな」


 正眼に構えるリュウヤの呼び掛けにテトラは頷くと、同じくテトラは正眼の構えからじりじりと間合いを詰めた。

 練兵場に生えた草の感触を確かめながら、二人は静かに足を運ぶ。


 ――間合いはこちらのが有利なはず。


 テトラは柄に力を込めた。

 自身の剣がそうであるように、テトラは長物の竹刀を使用している。対するリュウヤは通常の竹刀であるのに加えて、リーチも考えればテトラが圧倒的に有利なはずである。

 しかし、テトラは容易に撃ち込むことが出来ず、正面のリュウヤをじっとにらみ据えたままだった。

 リュウヤは柔らかく構えているだけなのに、岩壁の巨大な岩やぶ厚い雲のような圧倒感がある。身体は竹刀の後ろに隠れてしまったように映る。リュウヤからわずかな隙も見いだせなかった。


 ――とにかく先手をとらなきゃ。


 このままでは、何も出来ないまま終わってしまう。

 焦りがテトラの背中を押し、短い息を吐いて上段から撃ち込み、しなやかに剣が伸びた。

 充分に威力を秘めていた一撃だったが、リュウヤは剣に合わせて軽く竹刀をあげると、強烈な受けにテトラの竹刀ははね上げられ、その一撃だけでテトラの体勢は崩れてしまう。


「くっ……!」


 テトラは何とか踏みとどまって次々と剣を奮うが、ことごとくさばかれるか弾かれてしまう。もてあそばれているような感覚に、テトラはますます焦燥しょうそうの念に駆られていた。


「だりゃあ!」


 テトラは叫ぶのと同時に右足を踏み出して逆胴を打ったが、そこにはリュウヤの姿はない。竹刀は空しく空を切っていた。

 たたらを踏んだその隙に、リュウヤは既にテトラの背後に廻っていた。そこから、あっという間にチョークスリーパーの形に入って一気にテトラの喉元を締め上げる。体格で勝るはずの自分がどう崩されたのか、テトラにはまるでわからなかった。


「……!」


 みるみる内にテトラの顔に血が上り、たまらずテトラはリュウヤの身体にタップし降参を告げた。

 リュウヤが解放すると、テトラは崩れ落ちるようにして膝をついた。拍子にテトラから流れ落ちる大量の汗が地面の草を濡らした。


「最初の上段、力み過ぎだぜ。上に力が入っているからスピードが殺されるし、捌かれると今みたいにバランスが崩れるんだよ」

「……」

「もっと足の指に力を置くのと、腰を据えて次の用意ができるようにしとかないと」


 リュウヤの指摘に反応せず、膝をついたままテトラがうずくまっている。額から大量の汗が流れ落ち、草むらを濡らしている。

 剣だけを意識を集中させないように絞め技を使ったのだが、リュウヤはぐったりとして動かないテトラに、力を入れすぎたかと焦ってしまっていた。どうしたとリュウヤが尋ねると、首を振ってテトラは力なく立ち上がった。


「型や撃ち込みは凄い上手くいっている感じなのに、リュウヤ君相手にすると全然ダメダメだからさ。何かこう……、自信なくなっちゃって」


 だから試合直前に地稽古なんてやらなくていいと反対していたのに、と思いながらリュウヤはテトラに手を差し伸べて立ち上がらせた。寄りかかるテトラの汗の匂いと乱れた息づかいが、リュウヤの耳と心を刺激したが、リュウヤは気がつかないふりをした。


「馬鹿言うな。二日三日で俺が抜かれたら、俺の方がショックだ」


 苦笑いするリュウヤだが、テトラは納得いかない様子で首を捻っている。


「なんか、こうきたらこうしよう、とは思っているんだけど、リュウヤ君を相手していると全部見透かされている感じになるんだけど、なんでかな」

「ウチの師範には心得として、“天下の眼を以て見る。天下の耳を以て見る”と教えられたな。心眼てやつかな」

「シンガン?」

「本当の姿を見抜く、つうのかな。ああしたらこうといちいち考えて動くのじゃなくて、動きに合わせて自然と動けるようにする、とかなんとかかんとか」

「そう動けるにはどうしたらいいの?」

「心を平静に保つ。死も生も考えない。“必死、すなわち生きるなり”てな」

「何か難しいねえ」

「深いんだよ。この道は」


 言い終わってから、師範である祖父の台詞そのままだったこと思い出してしまい、それが恥ずかしくなって少し休もうと言い訳するように促して、リュウヤはテトラと練兵場の草むらの上に並んで座った。

 周りではリュウヤたちのように、それぞれ試合に向けて稽古に励む男たちの姿が見える。テトラのような女性の姿はほとんど見られなかった。


「皆、強そうだなあ」


 筋骨隆々、一癖も二癖もありそうな男たちを眺めながら、テトラはぼんやりと呟く。


「リュウヤ君から見て、この人は要注意て人いる?」


 テトラから尋ねられると、リュウヤはあの奥の金髪だなと顎で示して即答した。

 練兵場の隅で竹刀を振るっている金色の髪をした若い男で、美男子といっていい。

 リュウヤはもちろんテトラよりも背が高かった。痩せては見えるが、衣服を着ていてもわかるような、逞しい前腕や盛り上がった背中は修練のあとを窺わせた。

 いつから居たのか覚えていないが、向こうからもこちらの様子を気にしていたので、リュウヤもしばしば男の様子を窺っていた。

 男は滑るような足の運びやぴたりと据わった腰、鋭い剣捌きを持っていて尋常でない使い手だと思えた。

 もちろん、俺ほどじゃないけどと添えながら。 テトラは金髪の男を見ながらとあの人知ってると言った。


「あの人、受付の時一緒にいて、確か“カルダ”て名前だったと思う」

「じゃあ、あの“カルダ”て人と戦うことになったら、勝てないかもな」

「……強い人は誰とは確かに言ったけど、試合前にそゆこと言うかな。フツー」

「あれ、ショックだった?」

「ショックだよ」


 口を尖らせて、テトラが拳でコツンとリュウヤの腕を叩く。リュウヤがいたずらっぼい笑みを浮かべると、テトラもくすりと笑った。


「……ここで、イチャイチャしてんじゃねえよ」


 大会前にも関わらず、和やかなムードを作り出しているリュウヤとテトラに、周りの男たちは羨望と嫉妬の目を向け、舌打ちしながら剣を振るっている。

 無論、恋人や夫婦の組もいるのだが、テトラは目立つほどの美人であったし、リュウヤも童顔を残す風貌ふうぼうを持っている。岩のようなごつごつとした互いの顔とリュウヤたちを見比べながら、「あの女だったら」「あの男だったら」とひそかに嘆息するカップルがほとんどだった。

 中でも剣や大会を生き甲斐として、若い頃は女など要らぬと誓って生きてきた割に、大した結果を残せていない者などは堪らない。

 自分の人生を省みてほとんどやけくそな気分で絶叫し、木剣をやたらめったら振り回し始め、気の毒を通りすぎて凄惨な様相をていしていた。

 そんな周囲に気がつかず、リュウヤとテトラは自分たちの世界に入っている。

 テトラは青々とした草をぷちぷちと抜きながら、ためらいがちに言った。


「リュウヤ君さ、今晩、会えるかな」

「何か様か?」

「色々と話したいことがあって。明日になると試合に集中したいし、今夜ぐらいしか機会無さそうだから」


 いいよとリュウヤは気軽に返事をした。試合前の緊張をほぐすというのも、必要なことで雑談で気が紛れるなら、と思っていた。

 リュウヤが承諾すると、テトラは心安そうに微笑んでから、さて、とテトラはうんと背伸びをした。


「じゃあ、もういっちょお願いしますよ。せんせー」

「試合前なんだし、型や撃ち込みくらいにしとけよ。これ以上、俺と地稽古やっても自信無くすだけだぞ」


 リュウヤが渋い顔をするのだがテトラは聞く気もなようで、嬉しそうに素振りをしている。


「型だとかはあしたよ、明日。私はリュウヤ君が言うシンガンとやらを得られるように、ギリギリまで頑張りますよ」

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