決戦は星空の下で
シュタルト城の前で小さな騒ぎがあったものの、騒ぎは〝コートドール〟の頂上までには届かず“星奉祭”の儀式が厳かに始まろうとしていた。
〝コートドール〟に掘られたシュタルト城内は吹き抜け式の空洞のようで、一階は大広間となっている。
その広間の奥には祭壇が設けられていて、祭壇の裏には頂上へ繋がる階段がある。その階段から“コートドール”の頂上へと昇っていくのだが、参列者たちは参列者用の階段通路が用意されていて、そこから既に頂上へ上がり祭主が到着するのをじっと待っていた。
「最近、リュウマチが酷くての。ゆるやかとはいえ階段は辛い。かといって、背負われるのもみっともない」
フンゾルの隣に立つ、メッセ地区代表という長老が呟くように言った。
「おまけにこの寒さが堪える。こういっちゃなんだが、昨日の列車の件もあるでな。早く帰りたいとこじゃ」
長老はギロリとフンゼルを睨み上げた。ロイドが起こした昨日の列車襲撃事件は、公には“事故”と発表されている。フンゼルは長老の視線を受け流し、微笑を絶やさない。
「まあまあ、現在もムルドゥバ軍がシュタルト軍と協力して復旧作業に従事しております。すぐに作業も終了するでしょう」
「すぐにとはどれくらいじゃね」
「ま……1週間くらいは」
長老は苛立たし気に舌打ちをした。
「昨夜から反ムルドゥバ派の動きも急に慌ただしくなったらしい。それにこの物々しい警備。それなのに、我々には何も情報が届いておらん。ワシらに届くのは、今みたいないい加減な情報ばかりじゃ。これでも親ムルドゥバ派だぞ」
「いや、しかし、たしかに寒いですな。来年は何か風よけになるものをつくりましょう」
「話を逸らすな。ワシはな……」
「しっ、お静かに。もう始まりますよ」
フンゼルが口の前で指を立てて、長老の言葉を制した。フンゼルの言う通り、儀式のために装飾の施された階段から“星告げの使者”が現れて祭壇までの道をつくると、はじめ“マトロン”という鐘太鼓を激しく鳴らす組に続き、次に“レンドリン”と呼ばれる横笛を手にした一団が高い音を鳴らしながら崖のそばまで歩いていく。高い音色は風に運ばれ、地上の民衆に儀式の始まりを告げるのである。
儀式の間、民衆は膝をつき黙って星に祈りを捧げる。
やがて、その後から神輿に担ぐ集団が現れた。“星告げの使者”に担がれ、神輿の上には白いローブをまとった者が鎮座している。白色のローブは儀式を行う際に祭主が着るもので、つくりは“星告げの使者”同じで、フードを目深に被って顔までは見えない。
「セム祭主は儀式なると、やっと祭主らしくなるな。雰囲気だけは父御に勝る」
長老の呟きにフンゼルは笑いを噛み殺していた。頼りない祭主という皆が感じているものを代弁するものだったからだ。
一団はゆっくり祭壇の前まで進むと、神輿を降ろしてセムが壇上へと上がって膝をついた。あわせて、笛の音が静かに消えていく。
「〝我らがシュタルトを護りし星々に告げる。我らの祈りを聞け……〟」
鈴を鳴らしたような透き通る声が響き、参列者たちは膝をついて祈りをはじめた。直前まで冷笑していたフンゼルも、笑みをおさめて神妙な面持ちで祈りを捧げている。
「我らがシュタルトに栄光があらんことを……」
“笑わせるな。偽物が栄光を祈るのか!”
祈りの文句が終盤に差し掛かった頃、突如上空から雷鳴のような怒号が鳴り響いた。
「見ろ!空の向こうから光の鳥が近づいてくるぞ!」
誰かが叫んで参列者たちが一斉に空を見上げると、煌めく光の粒子が鳥の形となって空に羽ばたいている。鳥の背に二つの人影があった。その影を認めたフンゼルは、いつもの冷笑に戻して鼻で笑っていた。
「来たな、テロリストどもが」
フンゼルは胸元にしまっていた無線機を取り出すと、悠然と無線機に口を近づけた。
個人の魔力に頼る時代は終焉を迎えようとしている。その証明を今からシュタルトの人間たちに見せつけてやる。士官学校では優秀な成績だったものの、剣技や魔法は士官学校のカリキュラムには含まれていない。魔装兵や魔弾銃が実戦配備された現在のムルドゥバではもはや時代遅れだとカリキュラムから外されていた。フンぜル自身もこれを正しいと考えている。この世界での近代化を信奉するフンぜルにとっては、白虎隊などという古臭い剣に頼った集団などより優れていることをアピールできる、まさに絶好の機会だった。
「司令官より各“魔装兵”部隊に告げる。予告通りにテロリストたちが現れた。これより一斉射撃を敢行する。目標は光の鳥だ」
フンゼルの指示に応じて、各配置場所の魔装兵の砲口が光の鳥に向けられる。五体全ての照準が光の鳥に合わさると、砲口の奥から膨大な熱量を含んだ光の塊が増幅していく。雷系最大魔法“雷槍”級の力をもったエネルギー波で、五体分ともなれば下手な結界など容易く打ち破る。
「撃てい!」
フンゼルが叫ぶと、魔装兵の両腕から一斉に、光の柱が屹立した。各地点から放出された凄まじいエネルギー波が光の鳥へと一点に集められると、それは上空に佇む光の鳥に激突した。衝撃波は地上までも揺るがし、家の脆い壁など激震でパラパラと煉瓦の欠片が落ちていく。
高エネルギー同士の衝突と熱波が大気中の塵を焼いたために、不気味な黒煙が空に漂っていた。
「どうだ。我が軍の力を」
魔装兵の全稼働魔力を使用したエネルギー波は、正確に光の鳥をとらえて命中している。喰らえばひとたまりもないと自信があった。
「おい、あれを見ろ」
誰かが驚愕した声を発した。周囲がどよめきを起こす中、フンゼルの顔からは血の気が失せていき、星々に照らされたフンぜルの顔は幽霊のように蒼白となっていった。
「バカな……。あの攻撃で、魔空艦の主力砲は凌駕しているはずなんだぞ!」
フンゼルが見上げる先に燦然と輝く光の鳥がそこにいた。砲撃を受けても弱った様子もなく、空から人々を睥睨していた。
“みんな見ただろう。ムルドゥバ軍はこの星鳥を問答無用に攻撃してきた!”
“星鳥”と呼ばれる鳥の背から、男の声が響いた。ロイドの声だと誰かが言った。
“我々シュタルトはかつての力を失い、強国と時代の波に翻弄されて、今はムルドゥバに従う属国でしかない!”
「おい、さっさと次の攻撃をせんか!」
フンゼルが無線に怒鳴ると、相手は無理ですと泣きそうな声で応答してきた。
“今のでエネルギー使い果たしちまった。次までには時間が掛かります!”
「ええい、もういい!」
フンゼルは無線を切ったが、だからといってどうするという策もない。拳を握りしめて、点のようなロイドたちを睨むだけだった。
“先のエリンギア独立戦争で、俺たちは多くの仲間や家族を失った。エリンギアという異国の地で。俺たちには関わりのない土地なのに”
「何を言うか。人間の存亡を懸けた戦いだぞ。あの戦いの意味を知らぬ者などムルドゥバにはいないぞ」
“俺たちは無理矢理出兵させられ、そして命を失った。あの祭壇の慰霊碑には死んだ仲間1524名の名前が刻まれている。その中には俺の名前もあるだろう!俺たちシュタルトは、ムルドゥバによって不当な扱いを受け、虐げられてきたんだ”
「なにを言っている。学校の建設に鉄道の敷設、道路や上下水道の整備。こちらから技師の派遣や留学生の受け入れまでしている」
フンゼルのひとりごとは呟き程度で終わり誰も耳に留めていなかったのだが、地上のテトラもロイドの独善的な演説に反発を懐いていたから、どちらかと言えばフンゼル寄りといえた。
“……あの時、俺はたしかに死にかけた。死ぬ間際、俺は思った。力があればと悔しかった。天を恨んだ。何故誇り高きシュタルト人が辛い目に遭うのか。力があれば、力があればと。そんな時、我々が求める本物が現れたんだ。かつて、シュタルトを護った偉大なる先祖のように、我々を護る本物が”
ロイドの演説が終わると、引き継ぐように女の声が虚空に響いた。
“私の名はセム・ケラー。真のシュタルト国祭主である!”
一瞬、人々は言葉を失っていた。
声も瓜二つ。目の優れた者は凛々しく佇むセムの姿に、自分の目に疑いを持つようになってしまい、その目を何度も擦っている。。
“私は本物かどうか。この星鳥と呼ばれる光の鳥を見てもらえば一目瞭然だろう。星鳥。空に集まる十二星座のひとつ。このように、私は伝説の星降りの指輪を自在に操る力がある。この力をもってすれば、ムルドゥバに屈服することはなくなる!”
「そうだ、そうだ!」
「シュタルト万歳!」
「我らに平和と栄光を!」
地上のあちこちから甲高い怒鳴り声が発せられた。
もっとも、その声のほとんどは実際は反ムルドゥバ派とそのシンパであって、大半の民衆は互いの顔色をうかがうばかりであった。特に観光で訪れた者には、何が起きているのか全く把握できていない。
大多数はムルドゥバ軍が起こす事件や事故に怒りや不満を懐いても、それとは別に生活の向上やシュタルトの現状は理屈ではなく肌でわかっている。ロイドが言うかつての栄光というものには現実味がなく、実感がわかないために騒ぐ反ムルドゥバ派たちを胡乱げな視線を送っていた。
さざ波のようにざわめくだけの群衆に、ロイドは舌打ちをした。
「皆の反応が鈍いな。これもムルドゥバによって文明という蜜を味わって堕落させられたせいだ」
「真実が見えている者はいつの時代だって常に少数よ。真実を見る者が引っ張ってきた。行動こそ全て」
「そうだね、姉さん。まずは……」
「まずは堕落の原因となったあの偽物の始末を。ムルドゥバにこの国を売り渡した偽物。本物は私だけで良い。偽物の存在など……」
セムはギロリと祭壇に佇む“セム”を見下ろしている。
「ロイド、最後に訊くけど本当に良いのね」
「ああ、これもシュタルトの未来ため。〝本物〟は姉さん、あなただけだ」
「よし、それだけの覚悟があるなら……」
セムがそこまで言った時、強烈な光とともに尋常でない圧力が地上からせり上がってきた。眼下に向けると、凄まじいエネルギー波がばく進してくる。
「魔装兵の攻撃?いや……これは……!」
それを遥かに凌駕する。
強大なエネルギー波の尖端が竜を模して変形すると、竜は声なき雄叫びをあげた。ロイドはその先に、蝶の羽根を広げたまま片刃の剣を手にして構える男の姿を認めた。
「受けてみろ。俺の“天翔竜雷”を」
――どこまでも邪魔をする。
ロイドは奥歯を激しく鳴らした。
遠方に転移させたと思っていたのだが、あの魔法をどうやって逃げのびたのかロイドにはわからなかった。あの転移魔法は一度きりの奇襲のようなものだったとはいえ、確実な手ごたえが合ったからだ。これで魔法を斬ったと知ったら、ロイドはあの男をヒトではないと考えたかもしれない。
最後まで見届けるべきだったのだとロイドは後悔していた。後悔とともに、志や理想の前に、執拗に立ちはだかろうとする一介の剣士を激しく憎んだ。
「また貴様か、リュウヤ・ラング!!」




