瓜二つ?
「城というより、まるで洞窟だな」
シュタルトの駅を離れて車で約20分。
城門を潜り降車場で車から降りると、リュウヤはシュタルト城を見上げながら、正直な感想を述べた。
敷地内には綺麗に刈られた植え込みと広い庭園がある。ぱっと見たところは他国の城の風景とさほど変わりはないのだが、敷地の奥に浮かびあがるシュタルト城の姿はある種異様に感じた。
シュタルト城は“コートドール”の岩山の側面に掘られた形でつくられていて、岩壁に貼りつけられたような家々が建てられている。窓らしきものが並んでいるが中は暗く、遠目から見ていると蟻塚を想起させた。
「元は、頂上の祭壇に登るための洞窟だったと聞いてます。城につくりかえたのは百年ほど前とか。統治しているのも王や将軍ではなく、“祭主”という名称だそうです。今は若い女性の方が祭主を務めているんですよ」
「男の後継者がいなかったんだ」
「いましたが、星降りの指輪に選ばれたというのが表向きの理由だそうです」
「表向き?」
「穏健的なムルドゥバ派というのが実情ですかね」
「なるほどね。さすが副長さん、詳しいすねえ」
「質問があれば隊長にお聞かせしないとなりませんから、ある程度調べておきませんと……」
列車にいた時から説明を受けているが、副長の説明には渋滞がない。リュウヤが感心していると、副長は照れ臭そうに頭を掻いていた。
「訊くとポンポンと返ってくるから、私もホントに助かってるわよ」
「それに比べてなあ……」
リュウヤは苦々しげに振り返ると、踊るように頼りなく揺れるクリューネがそこにいた。
「あれくらいで酔うかね」
「姫ちゃん、大丈夫?」
「ギモヂワルイ……」
駅から乗ってきた軍の車は、外装は19世紀に出てきそうな代物で、列車と違って見た目通りの年代物にふさわしい乗り物だった。サスペンションが甘いせいか未整備が目立つ不揃いな石畳の道路では振動が直接伝わってきて、列車に比べると随分と乗り心地が悪かった。特にクリューネにはひどく堪えたらしく、道中クリューネの顔色は次第に青ざめていき、シュタルト城に着いた頃には、死んだように黙りこくっていた。
「そこのベンチで、休まれてはいかがですか?」
シュタルト城の入口からする声に、リュウヤが振り向くと、城の入り口の奥から一人の女が現れた。日本の巫女服を思わせる衣装で、やわらかな微笑を浮かべている。
その巫女姿の若い女を見て、リュウヤはあっと声を上げそうになっていた。
そこに現れた女は、ムルドゥバ美術館と列車を襲撃した女――セム――だったからだ。
――いや、あの女とは別人か?
リュウヤとクリューネを見て、動揺した様子もない。それに顔のつくりは瓜二つだが、背丈がまるで違う。
ムルドゥバのセムは大人っぽくスラっと長身だったが、目の前のセムはクリューネより頭ひとつ高いが平均的な身長だった。攻撃的な殺気もなく、いかにも「普通の女性」といった印象がある。
加えてよく見ると瞳の色が違う気がした。確かあの女の瞳は黒だったが、現れた女は藍色の瞳をしている。
その女の後ろを、赤髪で茶系の質素な衣服を着た若い女が影のように付き従っている。腰に短剣を差しているところから護衛のようだった。無表情のまま、鋭い視線をリュウヤたちを注いでいる。鋭い視線も主を護るためのもので、敵意や殺意というものは感じられない。護衛らしく冷静沈着で感情を表に出さない性格らしい。
「私はシュタルト代表祭主セム・ケラーと申します」
「はじめまして。ムルドゥバ軍白虎隊隊長テトラ・カイムと申します」
「ミラン・ミラン。あの方にお水とお薬を用意してあげて」
ミラン・ミランと呼ばれた女剣士は、一礼すると颯爽とした身のこなしで建物の中に消えていった。一方のクリューネは兵士二人に連れられて、庭の噴水の傍に設置してあるベンチで横に寝かされた。
「……フンゼル司令官から列車事故の件とは別に、緊急の用件があると伺いましたが」
「ムルドゥバで起きたテロ事件をご存じでしょうか」
「ええ、それはもちろん。本当にびっくりしました。死傷者も多数でたそうで……」
セムは眉をひそめ、死者を悼むように表情を曇らせたが、リュウヤの目には演技には見えなかった。
「不幸中の幸いと申しますか、シュタルト人の死傷者はいないとほっとしております。ですが、素直には喜べませんね」
表情を曇らせるセムに、実はとテトラが一歩詰めた。
「その犯行に使われたのが、“星降りの指輪”。美術館より盗まれたものです」
「え……」
一瞬の間があった。
よほど驚いたらしくセムはテトラを凝視したまま、表情が強張らせていた。唾を呑み込む音が聞こえてきそうなほど、喉が上下にはっきりと揺れた。
やがてセムは狼狽えた様子で周囲を見渡していたが、ミランがお盆に水を浸したコップを持って戻ってきたのを見ると、手招きして素早くやりとりを交した。それも終わると、セムは厳しい表情をしたまま、庭へとに向けて「こちらに」と手を差し伸べた。小さな池のほとりに東屋が建っていて、周りには小さな花花が咲き誇っている。確かにこの陽の下で雑談を楽しむには相応しい場所ではあるだろう。だが、これから話し合う内容に相応しいだろうか。
「あちらですか……」
あんな人の目につきそうなところで。
不満げな副長の意思を汲み取って、セムが大丈夫ですと言った。
「シュタルト城は元々祭礼に使われる場所。薄暗い城内は死角が多く、音が反響しやすいため密談には向きません。人払いにはミランが適任です。あの者は私が子どもの頃から仕える者。信用できる者ですから、ご安心下さい。以前、アルド将軍との会談もあちらで行いました」
「わかりました。ですが、ご覧の通り私は目が不自由な身です。副長と協力者であるリュウヤ・ラングの同席をお許し願いたい」
リュウヤの名を聞いて、暗いセムの瞳に光が戻った。
「……リュウヤ・ラング。あのリュウヤさんですか?“竜に喚ばれた男”の」
「俺のこと、知っているんですか?」
「もちろんですよ。ご活躍は聞き及んでおります。ミランをはじめ剣士の間で口にしない者はおりません」
「そうっすかあ。いやあ……」
ムルドゥバでは軽く見られているか、或いは無視されているかだったので、憧憬の眼差しで見つめられるような経験がない。しかも美人であるから反対にどう対処したら良いか戸惑ってしまう。
「高名なリュウヤさんがいらっしゃるなら、私どもも大変心強いです。良いですよ、是非こちらに」
「それともうひとつ」
案内しようとしたセムを、テトラが再び呼び止めた。
「“ロイド”という人物に心当たりは?」
「……ロイド?」
「“星降りの指輪”を奪い、街で使用した犯人の一人がそう呼ばれたと、このリュウヤが申しております」
「ロイドが……」
「それともう一人」
リュウヤが間に入った。
「若い女です。しかもその顔は、セム様と瓜二つだったんです。ロイドという男にセムと呼ばれていました」
「私が?」
もう少し様子を見てから打ち明けるつもりだったが、狼狽え方でこの女は何も知らないのではないかと直感していた。リュウヤの予想通り、セムは途方に暮れたような顔つきで、宙に視線をさ迷わせている。
「確かにロイドなる者は我が国にいました。優秀な男でした。この国を担う真のリーダーとなる男。そして私の大切な弟でした」
「……」
「しかし、ロイドは先のエリンギアでの戦争で戦死しているのですよ。死体を確認した者もおります。それに、私と同じ名前と顔をした女というのも……」
「セム祭主には、他に姉妹や遠い親族のといった方はいませんか」
「いるにはいますが、私と似ている者や星降りの指輪を操れる者は聞いたことがありません。もしいるなら、その者が祭主を務めているはずです」
「……」
「私にはわけがわかりません。どういうことなんでしょう」
その者が祭主を務めているはずといったところで、一瞬、自嘲気味な笑みを浮かべたがすぐに消えてしまい、やがてセムの表情には動揺の色が覆った。それでも答えは見つからないらしく、最後には教えを請うような表情でテトラの手を握りしめていた。
※ ※ ※
階下からざわめきがどっと吹き上がってきた。
リュウヤたちが今いる場所は、城下町にある“ろくでなしばかり”という酒場の二階である。
ざわめきは二階にいるリュウヤたちのテーブル席までには拡散してしまい、隣席とは敷居で仕切られていて、わざわざ声を大きくして会話する必要も無いほどになっている。リュウヤ達は料理が置かれたテーブルを囲み、それぞれ料理をつまんでいる。
リュウヤはフォークで鴨肉を刺し、次々に口に運んでいた。
「あのセムさんは、何も知らないみたいだな」
「そうねえ。国の維持というのか目の前のことで精一杯て感じだし。ムルドゥバへは全面的に協力するとは言ってくれたけれど。あれだとフンゼル司令官に良いようにされちゃうな」
「国を仕切る代表なんだろ。大丈夫なのかね」
「これまで実質的なリーダーはロイドだったみたいね。今は各地区の長老さんたちがそれぞれ請け負っているようだけど。セムさんは祭礼中心で悪く言ったらお飾り。家庭的でいい人だけど、あんまこの件じゃ頼りにならないかも」
クリューネからサラダを分けてもらった皿を受け取りながらリュウヤが言った。
「この件どころじゃなくても、あの感じだと反ムルドゥバ派を抑えきれないんじゃないか」
「今のとこは長老たちが目を光らせているみたいだけどね。セムさんはシュタルトをムルドゥバへの編入求めているらしいから反発も強いだろうね」
「そうなのか」
「悪いけど古い祭礼と葡萄とワイン以外、特になあんも無い国だもの。一国として運営するよりムルドゥバに加わった方がやりやすいと思うけどね」
「しかし、古い慣習や文化を重んじる連中からは、当然反発されるの」
「それにセムさんがあんな感じだしね」
テトラは背もたれに身体を預けると、はたはたと手で膝を打ちながら宙をにらんでいた。
セムはテトラやリュウヤからの説明にも、いちいち驚くばかりで、ムルドゥバ政府が公表した以上のことは何も知らないでいた。万事お任せしますと国の代表から了解はどこか丸投げに聞こえ、全体的に頼りない印象がある。
「まあ、これでシュタルト政府はシロて言いたいとこだけどね。シュタルトへ大規模出兵して制圧なんて最悪な結末には済んだくらいかなあ。それとは別に援軍は必要だろうし。これからがちょっと手間取りそうなカンジ」
少しでも疑いがあれば、駐留軍が動きムルドゥバ本国からも軍を派遣。シュタルト全土を制圧占拠し、関係者を拘束する手はずとなっていた。
テトラが考える最悪の結末は避けられたものの、ロイドとセムはシュタルトに潜伏しているし、わからないことが多すぎる。念のため、次の事態に備えて本国への応援要請をフンゼルに依頼してある。
――嫌みを言われてなきゃ良いけど。
初対面だが、互いにウマが合わないと瞬時にさとって報告と応援要請の件については副長に任せてしまっていた。直接やりとりすれば良いのはわかっていたが、副長に投げてしまったことが心の隅に引っ掛かっていた。
そんなテトラが、料理を求めてフォークを宙にさ迷わせているのにリュウヤは気がつき、そっと手を添えて一口サイズに切り分けてある鴨肉まで導くと、ありがとうと礼を言って慎重に鴨肉の切れはしを口に運んだ。ふとテトラの手元を見るとそれが癖になっているのか、左手は常にナフキンを握り、食べ終わる度に口元を拭っている。以前には無かった癖だった。
「値段のわりに、ここの料理は美味しいね。量も豊富」
「副長さんたちとも、一緒に飯食えたら良かったんだけどなあ」
「それは仕方ないよ。仕事だもん」
白虎隊副長他二名はセムとの会談後、ナゼル隊長への報告のため駐留基地に戻っている。その足で白虎隊を指揮する為にニーナへと戻ることとなっていた。
列車は使えないために報告後は馬で二―ナへと向かっているはずで、またシュタルトへ移動するから徹夜となるだろう。部下に徹夜の行軍させて自分は呑気に居酒屋という場合ではないのだろうが、武術大会以来の三人だけで集まれる機会など、そうそうあるとは思えない。
「……“ロイド”も戦死してる。セムさんのそっくりさんも心当たりなし。なら、あの二人は何者なんだ」
「顔は雰囲気は似とるがタイプはまったく逆だの」
「列車のセムは、綺麗なお姉さんて感じだな。こっちのセムさんは友達て感じだけど」
「リュウヤはこっちのセムがタイプじゃろ。セリナやナギみたいな家庭的なタイプ」
「そういうことは特に考えてないけどさ……」
「列車のセムはテトラに近いか。ま、お姉さんタイプといってもテトラは活発なお姉さんで、あっちはもっと怜悧な感じじゃったがな。ちと違うかな」
「お姉さんねえ」
「なんにせよ、面白くなってきたの」
クリューネは無邪気に騒ぎ、パスタを頬張った口を動かしながら言った。目の前にはこの店の目玉という山盛りのパスタが盛られていて、クリューネは自分の皿に盛りつけると、鴨肉や鹿肉などテーブルに並べられた次々に平らげていく。
「ホントによく食うな」
クリューネより体格で遥かに勝るリュウヤはそろそろお腹一杯という気分なのに、まだ口を休めない。皮肉も半分混ざっていたが、クリューネは気がつきもせず、フォークを持つ手を休めない。
「ミランから貰った酔い止めの薬が効いたかの。楽になったら急に腹も減ってかなわん」
「来る途中たらふく飲んだんだ。今日はもう、酒はよせよ」
「わあっとる。自分の酒量くらいわきまえとるわ」
何を自慢するところがあるのか、クリューネはふんぞり返ってみせた。
「今日明日は我慢して、仕事が終わったらたらふく飲めば済むからの。仕事が終われば晩餐会があるんじゃろ」
「晩餐会じゃなくて、ここじゃ“奉後式”と言うんだってさ」
「先日、シュタルト名産のワインが出来たばかりだしね。姫ちゃんも気に入ると思うよ」
「いいの、いいのお」
ほくほく顔のまま、リュウヤの皿から唐揚げを次々に口に運んでいった。それ俺のだとリュウヤは渋い顔をつくるものの、クリューネは積極的に無視している。それに腹も膨れてきたから、強くは言わない。
「あなたたち、変わらないわねえ」
やりとりに耳を傾けていたテトラが、クスクスと楽しそうに笑った。
「こやつは強くなったが、人間的には何も成長しとらん。困ったもんじゃ」
「もしかして、自分のこと言ってるのか?」
「……ま、それはともかく」
クリューネはリュウヤからの指摘を、さらりと受け流した。
「テトラも立派に隊長さんやっとるなあ。さっきのセムとの話し合いでも堂々としとった」
「へへん、スゴいでしょ私」
久し振りに言いたかった台詞が口にできて、テトラは嬉しさのあまり、言葉が弾むのを自分でも感じていた。やはり、気のおけない仲間と一緒にいると、ようやく本来の自分に戻れたように思える。
「せっかく褒めてんのに、自分で凄いなんて言うなよ」
「こういうとこは意外と変わらんのだな」
「だって私さあ、これでも大変なんだよ。この間もさあ……」
などと、テトラは多少自慢話を混ぜた愚痴を延々と語り始めた。酒は一滴も口にしていないのだが、これまでの窮屈で抑圧的な軍隊生活の解放感がそうさせるのだろう。そんなことを考えていると、嬉しそうに語っているテトラの気持ちはわからないでもないが、それにしても少々破目を外し過ぎのようにも思えた。




