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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第15章「第二次グリュンヒルデの戦い」
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あなたのなまえは

 アズライルやシシバルまでが倒れた直後、突如始まった砲撃にバハムートは吼えながら翼を広げ、灼熱の暴風からジルとシシバルを守っていた。飛び交う閃光や爆華が、リリシアとバハムートを煌々と照らした。


“窮鼠猫咬むというやつか”


 大将格が三人も目の前で破れ、軍を指揮する者もいないのに兵士たちは逃げもしない。

 魔王軍ムルドゥバ軍ともに、まるで発狂したように攻撃を繰り返しているのは、誰もが死の際まで追い詰められたと覚り、必死の抵抗をしているのだろうとバハムートは感じていた。

 地を揺らす砲火に、アデミーヴが張る強力な結界はびくともしないが、それでも砲声やエネルギー波は途絶えることなく、プリエネルに向かって射出される。

 だが、結局は虚しく黒煙と砂塵を巻き上げる結果にしかなっていない。

 バハムートは砲火の衝撃に耐えるように戦況を見ていたが、砂塵に紛れて、プリエネルの胸部に紅い光が瞬くのが見えると、唸るように声をあげた。


“アルドめ、トゥールハンマーを使うつもりか”


 バハムートの“竜眼”は細かな光の粒子が紅い光へと集まり、そこに強大なエネルギーを徐々に形成していくのをとらえていた。それが、グリュンヒルデを不毛の大地に変貌させたエネルギー波と同質のものだ。伝わってくる狂暴な力にバハムートは慄然としている。奇跡とは言え、あんなものをリュウヤはよく跳ね返したと信じられない思いでいる。


「兄さん……兄さん……!」


 バハムートの傍で、リリシア・カーランドは治癒魔法をかけながら、一心不乱に兄のジル・カーランドに声を掛け続けている。

 右の手足を失い大量の出血にも関わらず、ジルはまだ生きていた。いまだに生きていること自体が奇跡と呼べるものだったが、喘鳴し、うっすらと開けた目は虚ろで、わずかに生き永らえているだけに過ぎないのは明白だった。

 たよりない短い息を吐くジルの顔は青白く、目の下には隈が出来て唇はすっかり乾いてしまっている。まるで生気が無く、わずかに口が開いた顔は骸骨が微笑んでいるようだった。

 ほんの五分前ほどまではあんなに元気だったのに。

 ジルはもうすぐ死ぬ。

 バハムートは魔法を掛け続けながら、そう直感していた。


「兄さん、しっかりして……!」


 リリシアはジルを蝕む死に気がついていないのか、或いは気がついても必死に抗っているのか、全魔力をジルの治癒に注ぎ込んでいる。

 リリシアが注視するジルの口から、吐息のような微かな声が漏れた。目が合い、自分が呼ばれた気がして、リリシアが耳を近づけた。


「え、何?」

「……テトラ、……もういいよ」

「テトラ……?何を言ってるの。私はリリシアよ」


 そうかあと、ジルはぼんやりと小さく笑った。


「……ごめんな、テトラ」

「……」

「俺たち……旅に出るつもりだった……。お前がいたら、どんなに助かるかと思ってたんだが……」

「兄さん私よ。しっかりして!」

「俺は……大丈夫だよ、テトラ、心配するな……」


 意識が混濁しつつも励まそうとするジルに、リリシアは絶望的な気分に落ち込んでいた。


「この傷……難しいの……わかってる……。でも……」


 不意に言葉が途切れた。

 唇は揺れ、胸は上下に揺れているが、もはや喋る力も残されていないようだった。口元には笑みをうかべながらも、閉じられた瞼からは涙が溢れて落ちた。リリシアは愕然として言葉を失っている。それでも魔法を念じる手を止めない。


“いい加減にしろ、アルドめ……!”


 リリシアは悲しみと絶望の底に落とされている。悲壮感に満ちた小さな背中は、バハムートの感情に火を点けていた。腸が煮えくり返り、怒りで頭の中が沸騰しているようだった。こんなことをいつまで続けるつもりなのか。

 巨体が揺れた。おもむろに立ち上がるバハムートを、気力を失いかけたリリシアが呆けたようにバハムートを見上げている。


「クリューネ……」

“おのれ、いい加減にしろよ”


 睨みあげたまま短く呟くと、バハムートは翼を広げた。そして一気に飛翔すると爆発した怒りを叫びに変えて、プリエネルへと突進していた。


“アルドォォォォォ!!!”

 

 バハムートは飛び交う光弾など眼中にないといった様子で、迫る光弾や黒煙を粉砕しながら、プリエネルの巨体へと迫っていく。バハムートの出現に驚いたのか、魔王軍やムルドゥバ軍の攻撃がいつしか止んでいた。


“次は君か。神竜バハムート。……だがね”


 プリエネルのセンサーでバハムートの位置を把握し、動きを探っていたらしい。アルドの声にはさほど動じた様子もない。せせら笑うプリエネルの前に金色の魔法陣が忽然と現れると、強力な電撃が魔法陣から放出されて、バハムートの身体はボールのように弾かれてしまった。なんとか宙に体勢を整えると、バハムートは魔法陣を睨み付けた。プリエネルの傍には白銀の甲冑――アデミーヴ――が佇んでいる。


“どけ、アイーシャ!”

「わたしの名前はアデ、ミーーヴ」

“目を覚ませ。お前はアイーシャ!アイーシャ・ラングだ!”

「わたしは“(マスター)”とともに歩む者。(マスター)を護る」

“アイーシャ!”


 バハムートは再び突進し、行く手を阻む魔法陣に対し狂ったように巨大な爪を結界を突き立ててくる。その度にバハムートは魔法陣に弾き返されるが、それでもやめようともしない。執拗に繰り返すバハムートに、アルドの快活な哄笑が響き渡った。


“無駄だ無駄だ。アデミーヴの強力な結界はムルドゥバを襲った降魔血界(ワクテカ)を超え、極限領域(キタコレ)にある。君などに破れるものかね”


 だが、バハムートは突撃を仕掛け、電撃を浴びながらも魔法陣に向けて爪を突き立ててくる。反動で皮膚は傷つき、治癒魔法で治した白い身体が再び朱に染まっていく。


“無駄とわからず同じ愚行を繰り返す。何とも哀れなものだ”


 アルドが大袈裟に嘆息してみせた時だった。パキリと乾いた音を耳にしたと思い顔をあげるとバハムートがく魔法陣にしがみついている。バハムートの爪が、金色の魔法陣に突き立てられていた。


“馬鹿な、アデミーヴの結界に傷をつけただと?”


 ようやくコツをつかめたと、全身からバハムートは息を荒げながら言った。残る左腕の爪が勢いよく結界に突き立てられると、金色の魔法陣に無数の細かな亀裂がはしっていった。


“私の竜眼は見逃さない。力の流れを。わずかな力の隙間を。それをリュウヤ・ラングが教えてくれた”


 降魔血界(ワクテカ)と同質の結界なら、ホーリーブレスを放ったところで、激突する寸前に拡散されてしまうのは目に見えている。


 ――しかし、直接攻撃なら。


 降魔血界(ワクテカ)と同質といっても、アデミーヴの強力な結界は魔力の流れを読むのが難しく、電撃に耐えてわずかな隙を狙わなければならなかった。体力的にもギリギリではあったが、竜眼は結界に流れる魔力の隙間を突くことができた。

 バハムートの両手に更に力がこめられると、メキメキと異様な音を立てて結界は崩壊していった。


“なに……!”


 愕然とするプリエネルの前に血だらけとなったバハムートは結界内に身を乗り出すと、咆哮しながら躍り上がった。


“行け、アデミーヴ!”


 主に命じられ、光を連想させるほどの速さでアデミーヴはバハムートの真横に接近してくる。

 バハムートは確信していた。この至近距離では魔法は使わないと。バハムートがホーリーブレスを使わないように、アデミーヴも直接仕掛けてくるだろう。強力過ぎるアデミーヴの魔法では、プリエネルまでも被害を及ぼしかねない。

 アデミーヴの攻撃を受けても、その勢いのままプリエネルを仕留める。

 バハムートは相討ちつもりで突進を仕掛けた。


「“聖魂(カブロン)”……」


 アデミーヴの意思で聖魂(カブロン)が襲いかかるが、ものともしない。はたくように一撃で仕留めると、その勢いのままプリエネルに突進した。


 ――一撃で仕留めてみせる。


 狙いは紅い球体、トゥールハンマーの発射口でもある“コア”。バハムートの竜眼はプリエネルの機体に流れる力の廻りからアルドらしき存在を発見していた。そこを中心にして力が発生して、プリエネルの機体の各部位に流れまたそこに戻っていく。

 トゥールハンマーの発射口となる球体。コアの中にアルドはいる。


“喰らえ、アルドーーーー!!!”


 爪先に渾身の力を込めて、バハムートの竜眼はコアに狙いをつけた。魔力の流れがありありと映し出され紙を貫くよりも容易く球体など突き破れそうだった。だが、危機的な状況にあるはずのプリエネルから、ククッと笑い声が漏れた。


“なかなか良い手だが、残念だね。私には最後の手がある”

“ほざけ!”


 アデミーヴがもう間近に迫っていた。来るならこい。とバハムートは腹をくくっている。最後の手だろうがなんだろうが、顎を砕かれても心の臓をつきやぶられても、この一撃は放ってみせる。

 刹那、アデミーヴが視界の端消えた。かと思うとプリエネルのコアの前に忽然と現れ、両手を広げて立ち塞がっている。その背後の球体の中には、ちょうどアルドがいる位置だ。


“どけ、アイーシャ!”

「私は(マスター)とともにある者」

“うぬ……!!”


 刃のように鋭い爪はピタリとアデミーヴの目の前で止まった。アデミーヴは無表情のまま、じっと爪の切っ先を注視していた。瞬間、アデミーヴは空間転移し、バハムートのサイドに回っていた。強烈な蹴りがバハムートの頭部を捉え、堪らず、バハムートの身体はドウッと地響きを鳴らして地面に叩きつけられていた。


“それが最後の手だ。君らではアイーシャを攻撃できない”

“くそ……。姑息な!”


 これが姑息かねと心外そうにアルドが言った。


“生き死にを懸けた戦いだ。使えるものは何でも使うのは当たり前じゃないかね。私も妻や子を人質に捕られたことはあったが、屈せず立ち向かったものだ。妻子は墓の下だが、そのおかげで今がある”

“……”

“だが、君たちは情に流されからいけないね。チャンスを逃してばかりだ”

“やかましい、アルド。まだだ。まだ……”


 やれやれとアルドは嘆息した。諦めの悪い愚者を相手にすると手間が掛かって仕方がない。


“アデミーヴ、その竜を黙らせろ”

「はい、(マスター)


 アデミーヴ小さく頷くとフラリと前方に身体を傾け、そのまま高所から飛び下りるように、頭からまっ逆さまにバハムートへと突進していった。

 

“くっ……”


 かわそうとしたが、ダメージを受けた身体では動きが鈍い。立ち上がった時には既にアデミーヴの間合いに入っていた。

 反撃しようにも迷いやためらいが、バハムートを金縛りのように身体を拘束している。何がどうあろうと、そこにいるのはアイーシャ・ラングだった。今は敵とはわかっていても、傷つけるなどバハムートにできることではない。


 ――無念だ。


 ただアデミーヴを睨み据えるしかない自分が情けなく、バハムートは無力感敗北感にうちひしがれていた。


 ――ダメダヨ!


 どこからかこどもの声が響き、アデミーヴの動きが止まった。周りにこどもらしい者はいない。鼓膜ではなく、別の違った場所にズシンと響き、それがアデミーヴの動きを止めさせていた。

 突然停止したアデミーヴに、プリエネルもバハムートも訝しげにしている。


“どうした。アデミーヴよ”

「……不審者未確認、誤認と判明」


 再びバハムートに向き直った時だった。今度は七色の光の粒子が流れ込み、アデミーヴ前を過ぎていく。

 誰かが駈けていく気配があった。複数でこどもらしき笑い声がする。


 ――カエッテキテ、アイーシャ。


「わたしの名前はアデ、ミーヴ……」


 バハムートは、アデミーヴの声の震えを耳にしていた。バハムートの目にはほのかな光が漂っているくらいで、何も聞こえていない。何が起きたのかはわからなかったが、アデミーヴは激しく動揺している。何か自身の内で何か起きているかもしれない。

 咄嗟にそう判断したバハムートは、あらんかぎりの力で叫んだ。



“アイーシャ!目を覚ませアイーシャ!”

「アイーシャ、それは、わたしの名前ではない!」


 小さな身体を紅蓮の炎が包み、炎の中でアデミーヴは憎々しげにバハムートを見下ろしてくる。普段は氷のように冷徹で無表情なアデミーヴが初めて感情を露にしている。


“お前はアデミーヴではない。アイーシャ!アイーシャ・ラングだ!”

「わたしの名前は……アデ、ミーヴ!!」


 禍々しい火球は、再びバハムートへと突撃してくる。


“アイーシャ!”

「わたしの名前は……!」


 ――アイーシャ、ミンナガマッテル。


 やさしく語りかける誰かの声に、アデミーヴの振り上げた拳が一瞬止まった。苦悶の表情に顔を歪めたが、自分の身を縛るものを振り払うようにアデミーヴは絶叫した。


「わたしの名前はアデ、ミーーヴ!」


 拳を手刀に変化させると(まと)う闘気は一振りの巨大な刃と化し、バハムートの頭上目掛けてアデミーヴの刃が襲いかかってきた。刃には懸河の勢いがあり、まともに受ければバハムートと言えども即死だっただろう。しかし、アデミーヴの刃が到達する寸前、七色の光が刃を跳ね返した。

 光は、七色の羽根の形をしていた。

 光の蝶。

 強烈な受けの衝撃によろめくアデミーヴだったが、踏み堪えてもう一度、バハムートに攻撃を繰り出そうとした。


「やめろ、アイーシャ!」


 男の怒号のような大声が響き、怒号とともにバハムートとアデミーヴの間に光の蝶が飛び込んできた。男は若い女を抱えていた。男はアデミーヴから背を向ける格好で、アデミーヴの刃を光の羽根で受け止めていた。強大なエネルギー同士が衝突し、激しいプラズマ粒子が生じていた。

 轟音と激震の中、一組の若い男女はアデミーヴに向けて叫び続けている。


「アイーシャ、聞こえるか。俺だ!」

「私よアイーシャ!お母さんよ!」


 アデミーヴは刃に力を籠め、目の前に広がる光の壁を叩き斬らんと必死の形相でいた。男と女の声が何故かよく通り、アデミーヴの内側にあるものを揺さぶってくる。


「……お前らを把握している。(マスター)が与えてくれたあらゆる情報が、わたしの中に記憶されている。男はリュウヤ・ラング。レジスタンスの剣士。女はその妻セリナ・ラング。だが、わたしは……」


 刃が小刻みに震えているのも、鍔迫り合いのように激突している強大な力に耐えているからだけはなかった。“声”を耳にしてから、精神に何らかの異常が起きていると、自身の中で冷静さを保っているもう一人アデミーヴが告げていた。

 蹴散らせとそのアデミーヴは告げるが、何故か行動に移せないでいる。ただ、目の前の男女――リュウヤとセリナ――を睨み据えるだけだ。


「わたしの名前……、名前は、名前は……」


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