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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第15章「第二次グリュンヒルデの戦い」
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戦い続ける男たちの詩

 リュウヤとルシフィが、墜落しかけた魔空艇の救援に向かったのは、リリシアの位置からでも確認できたが、バハムートの容態が気になっていたし、無事に不時着させたのを見て、リリシアはバハムートの下に向かっていた。

 プリエネルから送られるの思念の波が途絶えたせいか、バハムートの身体を拘束していた“聖魂(カブロン)”はすっかり崩壊してしまい、辺りには塵と化したミスリルの欠片が舞って、キラキラと星のように瞬いていた。

 拘束から解き放たれたものの、バハムートの白い巨体は朱に染まり、息も絶え絶えに地に伏せている。

 相当体力を消耗した様子でぐったりとしていたが、それでもリリシアが近づくと気配を察すると、バハムートはゆっくりと顔をあげて、口の端をニヤリと不敵に笑ってみせた。

 無論、リリシアには強がりだとわかっている。


「しっかり、クリューネ」

“……リュウヤ以外、誰も私をバハムートとは呼ばないな”

「律儀に呼び方変えているのは、リュウヤ様くらいなもの」

“私は神竜バハムートじゃ……だぞ。”

「クリューネは竜らしくみせようとしすぎ。背伸びとか下手な芝居観ている気分。ティア君は自然なのに」

“やかましい。さっさと傷の手当てをしろ”

「それだけ喋られれば、大丈夫そうね」


 リリシアは苦笑いして、バハムートの傷口にそっと手を当てた。温かな光が広がり、バハムートの醜く抉れた傷口を癒していく。

 大丈夫そうとリリシアは言ってみたものの、実際に手当てをしてみると、ひとつひとつの傷口はかなり深い。ひとつ治すだけでも普段の倍の時間は掛かっている。

 リリシアの感覚としてだが、常人なら即死、もしくは発狂死してもおかしくないくらいの激痛が襲っているはずだが、バハムートは軽口のやりとりまでしている。そのことにリリシアは内心、驚嘆していた。

 神竜バハムートの力だけでなく、クリューネ・バルハムント自身の精神力もあるのだろう。泣き言や愚痴が多いクリューネだが冗談の類いで、自身が受けた痛みに関しては一言も弱音を耳にしたことがないように思う。

 互いに沈黙を守り、リリシアは黙々と作業を進めていたが、終わりに近づいたところで不意に口を開いた。


「……この姿に何も言わないね」

“懐かしい姿だな。たしか魔法少女だったか?”

「少女なんて年齢ではないけれど……」


 さびしそうにリリシアは笑った。

 あれから二年になる。

 当時でも“少女”とは言えない年齢だったが、もう二〇歳をとっくに迎えてしまっていた。


“取り合えず聞いておこう。気がついたのはいつからだ”

「ゼノキアまで旅をしている時から違和感はあったけれど、確信したのはアメリカの砂漠でエリシュナたちと戦った時」

“……”

「前よりも身体能力や魔力が格段に上がっていたから、何かおかしいと思ってた。シシバルと一緒に行動するようになって、試すうちに、この姿になることができるようになった」

“ふうん”

「随分と気のない返事」


 素っ気ないバハムートの返事に、いささか傷ついてリリシアが言った。自分としては黙っていた後ろめたさや不安に苦しんでいたというのに。


“私だって竜になれるぞ。しかも神竜バハムートだ”

「それとこれとは……」

“何が違うんだ。私にはわからんな。人間を食いたくなるとか、誰かの操り人形になるとかあるのか”

「それはないけれど、でも、これからどうなるか……」

“わからないなら、今から不安に思っても仕方あるまい。今のその姿が気になるなら、エリンギアがある。聖霊の神殿がある。バルハムントだって”

「……あとは、俺たちと一緒に旅とかな」


 不意に男の大きな声がし、見ると魔装兵(ゴーレム)に載ったジルがこちらに向かってくる。ジルは元気そうだが、魔装兵(ゴーレム)(すす)だらけで、ハッチを兼ねる頭部が吹き飛んで、操縦席も剥き出しになっていた。


「取り合えず無事でなによりだ」


 ジルは明るい笑みを絶やさないままだが、リリシアは“旅”という言葉に耳を疑い、目を丸くしていた。


「兄さん、シシバルとエリンギアにいるんじゃなかったの」


 レジスタンス解散後、メンバーはそれぞれエリンギアや聖霊の神殿に住む話は聞いていたが、旅に出るなどという話は初耳だった。


「まあ、レジスタンスも窮屈な生活を嫌う奴が多いからな。路頭に迷ったり刺激求めてろくなことしかねない」

「……」

「ま、そういう連中集めて、世界中を冒険するんだ。まだまだ未開拓の土地は山ほどある」


 魔空艦“マルス”を、シシバルから譲ってもらったとジルは言った。度重なる戦闘と、性能が向上した新型魔空艦の登場で、マルスの戦闘能力も限界に近づき、この戦いが終われば一戦から引退させて、輸送艦にする予定だった。


「俺らと一緒なら、物書きのネタにも困らねえぞ。魔族……いや、エリギュナンか。そいつらも五人くらいいるから向こうとしても橋渡し役となってくれる奴がいれば助かるだろう。他にもお前が知っている奴一人誘うつもりだから、寂しくはないと思うぞ」

「……」

「それに、厳しい旅だ。俺もお前がいてくれると心強いんだがな」

「もう、兄さんとは会えないんですか」

「年一回くらいはエリンギアに戻ってくるよ。船はオンボロだし、わがままな話だが、いくら刺激求める荒くれどもと言っても、羽根を休める場所は欲しいからな。それに年取りゃ気持ちも変わる」

「……」

「どうだい、リリシア」


 ジルは操縦席のコンソールパネルに身体を預け、穏やかな笑みを湛えてリリシアを見つめている。リリシアの紅い瞳は潤み、うつむいてしばらく逡巡している様子を見せていたが、やがて苦しい面持ちをしたまま顔をあげた。

 ごめんなさいと、リリシアは絞り出すように重く口を開いた。


「……私はエリンギアに、シシバルと一緒にいます」

「そうか」


 ジルの声は変わらず明るいものだったが、笑顔はどこか寂しげのようにバハムートの目には映った。それは、唐突に沸き起こった寂寥感がバハムートの胸の内を浸したからかもしれない。

 リリシアはリュウヤではなく、シシバルといるとはっきりと言った。リュウヤとの関係をリリシアの中で完全な過去のものとしたことに、ひとつの時代が終わりを感じずにはいられなかった。


“そうか……、バルハムントには来ないのか”


 言い難い悲しみを押し隠して、バハムートは精一杯、残念そうに呟いてみせた。


「クリューネにこき使われるのが目に見えているから、バルハムントは嫌」

“それは惜しいな。お前に御意と言わせるのを楽しみにしていたのに”

「だから嫌」


 バハムートは鼻を鳴らして獣臭い笑みを浮かべると、リリシアも小さく笑って顔をほころばせた。こんなやりとりももうすぐできなくなるのだろう。その想いが、先ほどジルが言っていた“知っている奴”という言葉を思い出させていた。


“ジルよ。さっき、だれか誘うとか言ってたな。誰を誘うつもりなんだ”

「まあ、本命はあいつなんだけど、リリシアみたいに断られたらどうしようかなあ」

「え……、私本命じゃないの?」


 いささかショックを受けているリリシアに気づかず、ジルは無邪気に頭を掻いて天を仰いでいた。


「まあ、あれだよ。もうちょっと落ち着いたらな」


 相変わらず砕けたミスリルの破片が、雲間から差し込む陽光にキラキラと輝いている。やわらかな風が吹き、それらは星のように瞬きながらひとつに集まっていく。

 何か意思を持った生き物のように。


 ――何だ?


 何かおかしい。

 ジルは口を開けたまま、じっと光に目を注いでいた。


「……」

「兄さん、ちゃんと言って。私、気になる」


 リリシアは妹らしく、口を尖らせて憮然としていた。その声もジルには遠く聞こえた。バハムートは二人の様子を可笑しそうに笑っている。どちらも頭上に集まる光群に気がついてはいなさそうだった。

 光はみるみる内に、ひとつの形をつくりあげていく。大小広細ともあれ、菱形が連なる異形の遠隔操作兵器。プリエネルが放った腕のひとつ。


 ――聖魂(カブロン)……!


 二文字が脳裏に浮かんだと同時に、ジルは叫んで魔装兵(ゴーレム)を突進させていた。


「気をつけろ!聖魂(カブロン)はまだ……、プリエネルはまだ生きている!!」


 ジルが怒声に合わせたように、聖魂(カブロン)は鋭い爪を牙のように立てて、真っ先にバハムートへと向かっていった。リリシアもバハムートも完全に虚を突かれ、一瞬、身体が硬直して反応が遅れてしまった。


「危ねえ!」


 魔装兵(ゴーレム)の片腕は、バハムートと手当てをしていたリリシアもろとも突き飛ばした刹那、腹の底に響くような衝突音が鳴った。バハムートとリリシアが身体を起こすと、土煙が立ち上り上空を聖魂(カブロン)が翔ていく。呆然とするリリシアの視界の端に、激しく火花が散るのが見えた。下に視界を移すと、手を伸ばしたままの状態で魔装兵(ゴーレム)が佇立している。操縦席は醜く、深く抉られ、そこにいたはずのジルの姿がない。


「兄さん……?」


 突如、漂う黒い煙を掻き消して、地中から砂塵が吹き上がり、うねりを伴って渦を形成していく。そこは、プリエネルがミスリードの攻撃を受けた場所だった。大地には無数の亀裂がはしり、それまで歓喜に沸いていた兵士たちは絶叫と悲鳴をあげて逃げ出していく。


「兄さん、兄さん、どこ……」


 渦巻く砂の嵐は目にも入らず、リリシアは白痴のようにジルの姿を探し回った。壊れた魔装兵(ゴーレム)の数十メートル先に、倒れている人影が映った。

 息が乱れ、心臓の鼓動が急激に速さを増していく。


「兄さん……!」


 リリシアは翼を広げて傍に駆け寄ると、そこには血まみれになって倒れているジルの姿があった。

 右腕と右足が無くなって鮮血が噴き出している。流れる血は乾いた大地に吸い込まれていく。


「兄さん……。イヤ、イヤだ!兄さん、兄さん!」


 獣のように唸り声をあげ呼び掛けるが、ジルはうすく目を開け、荒い息をつきながら呆然と空を見上げている。


「兄さん!しっかりして兄さん!何か言ってよ!」

“落ち着け!はやく魔法を”


 バハムートが治癒魔法を掛けながら、リリシアを叱咤した。リリシアはようやく我に返ると、涙で顔を腫らしながら魔法を唱えた。


「兄さん、大丈夫だから。ね。しっかりして。大丈夫、助かるよ……」


 自分にも励ますようにリリシアは声を発したが、ジルの呼吸は短く息にも力もない。ジルの絶望的な容態に、リリシアは顔をくしゃくしゃにしながらそれでも魔法を掛け続けた。

 吹き上がった嵐は巨大な竜巻となり、黒い雲を呼び寄せ、闇が再びグリュンヒルデの大地を覆っていった。再生した聖魂(カブロン)が竜巻の中に飛び込むと、中に紅いひとつ目が浮かび上がった。

 強烈な閃光がはしり、地中から湧いた兵士たちを敵味方問わずつきつぎと消していく。


『……うっそ。今のでまだ動けるの?』


 呆然とするミスリードに、プリエネルから放たれた閃光が真正面から襲いかかってきた。ミスリードは身動きできないまま、呆然と立ち尽くしていたが、閃光が駆け抜けた時には、強い力に抱きすくめられ、ミスリードはアズライルの腕の中にいると気がついた。


『やだ。私、アズにゃんに惚れちゃいそうよ』

『アズにゃんでいいから、それは勘弁してくれ』


 瞳を潤ませるミスリードと目を合わせないようにして、アズライルはプリエネルから間合いをとった。振り返ると竜巻が消滅し、真っ黒焦げとなったプリエネルが現れた。

 外見は打ち捨てられたぼろ雑巾を思わせたが、紅いひとつ眼だけは煌々と輝き、睥睨するようにたたずんでいた。

 そのプリエネルの前に浮かぶ紅蓮の炎。甲冑姿の少女が一人。

 小さな右の手のひらを前に掲げている。


“お前の空間転移のおかげで、土中に退避して防ぐことができた。今度こそ死ぬかと思ったぞ……”

「全ては、(マスター)のために」


 アルドの低い声に、少女は前を向いたまま平坦な声で言った。

 甲冑姿の少女もまた血だらけで、至る箇所から血を流していた。左腕は脱臼でもしているのかだらりと力なく垂れ下がっている。埃と塵で顔は真っ黒だがガラス玉のように空虚な瞳だけは変わらない。


「……アイーシャ」


 我が子の変わり果てた姿に、セリナの身体は硬直していた。息が詰まり身体が震えて止まらなかった。

 すると、セリナの声が聞こえたかのように、血だらけの少女はきっぱりとした声で答えた。


「わたしの名前は、アデミーヴ。“(マスター)”とともに歩む者」


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