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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第15章「第二次グリュンヒルデの戦い」
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神と神

 リュウヤが放った渾身の“天翔竜雷(アマカケルリュウノイカズチ)”は、テトラたち白虎隊が乗る魔空艇を大きく揺らした。騒然とする機内で激震に耐えながら、セリナは窓の外に巨大な竜が天に昇るのを目にした。


「今の……」


 竜が去った漆黒の空を注視する中、魔空艇の副機長が声を張り上げて知らせてきた。


「右舷前方グリュンヒルデ上空に、竜二匹を確認!形態からおそらくバハムートとリンドブルム。未確認の飛行物体と交戦中の模様です!」


 一息にテトラまで伝えると、テトラは近くに控えている副長から強い視線を感じた。次の命令を待っている視線だった。テトラは副長の視線を感じながら、隣にいるセリナに振り向いた。


「今の強い波動、リュウヤ君のだと思うけど、どう?」

「竜が昇っていくのを見ました。リュウヤさんだと思います」

「バハムートのクリューネちゃんもいるなら、アイーシャちゃんもそこに……」

「絶対にいます」


 テトラの言葉を継ぐように、セリナがうなずいた。セリナには確信がある。以前から、アイーシャは内に秘めた強大な力を狙われ、船を容易く吹き飛ばす怪異の存在に変化させられた。なぜ、そんな狂暴性が必要か。必要な場所はどこか。リュウヤとバハムートが共に戦っている激戦の地で、アイーシャがそこにいないと考える方が難しい。


「覚悟はいい?」

「はい!」


 緊張はあるが、強い意志を感じさせる返事だとテトラは思った。一片の迷いも感じさせない。


「良い返事」


 優しく肩を叩くと、テトラは「機長!」と怒鳴って立ち上がった。一騎当千の戦士たちの目がテトラへと集まった。


「これより、我々はグリュンヒルデに向かい、アイーシャ・ラングの救出作戦を行います」

「救出作戦?」


 誰かが不審そうな声をあげた。隊員の中には妻子がある者もいる。これから反逆者として戦うのだと思うと、誰もが悲壮感をそれぞれ胸に抱いていたのだ。

 テトラは盲目の目で、一同を見渡した。

 いつもの微笑が消え、真一文字に結んだ口で白虎隊の面々に向ける表情は凄みがあり、それだけで屈強な男たちは圧せられている。


「ムルドゥバ国内に家族やその友達ととも暮らしていたアイーシャ・ラングが、何者かによって強制的に連れ去られた。友達も殺され、母親セリナ・ラングも負傷。無法な行いが私たちの国で起きたわけです。そんなことは誰だろうと許されるはずがない」

「……」

「凶悪な犯罪者からアイーシャ・ラングを救出するのに、後ろ指を指されるいわれは無い。凶行を見過ごし、求める救いを無視する。武を尊び名誉を重んじるムルドゥバにとって、これほど恥ずかしいことはないはず」

「……」

「これからのことは、私がそう判断して命令し、あなたたちを動かすだけ。これによって何が起きても、白虎隊副長以下あなたたちには関係ないことよ」


 声もなく、誰もが息を呑んで、白虎隊を率いる女剣士の顔を見つめていた。汚名も罪も責任も、全てを自分が背負うつもりでいる。他の全ての名誉も命を守るために。


「だから、アイーシャちゃんを助けるために、みんなの力を貸して……」

「貸してじゃないでしょ隊長」


 隊員の一人がテトラを遮った。


「俺たちは隊長の部下なんだ。命じられるまま動きますよ」

「子どもを戦地から救出する。名誉ある作戦じゃないですか。隊長に頭下げさせるわけにはいかねえ」

「きっちり、白虎隊の力を見せてやらねえとな」

「このまま手ぶらで戻ったら、かみさんにどやされちまう」

「どやされんのはいつものことだろ」


 他の男のすばやい返しに、機内は男たちの笑い声に満ちた。戦場が近づくにつれ男たちを支配していた悲壮感が消え、いつもの白虎隊が持つ豪放な空気に戻っている。

 ありがとう。

 あなたたちを誇りに思います。

 テトラの胸の内に、そんな言葉が浮かんだが、湿っぽい言葉は今の彼らには合わないような気がした。代わりに、テトラは手にした剣杖で床を鳴らし、機長席に向かって凛とした声を張った。


「機長!バハムートを目標にしてグリュンヒルデへ全速前進!」


 素敵だな。

 セリナはテトラの端正な横顔を、憧れの眼差しで眺めていた。夫のリュウヤ以外に、初めて抱く感情だった。


  ※  ※  ※


 魔王軍とムルドゥバ軍双方の兵士たちは、リュウヤとプリエネルとの壮絶な攻防の後、どこからか現れたバハムートの姿を呆然と見上げている。目まぐるしい展開に思考が追いつかない。土埃だらけのまま、食い入るように上空を見上げていた。自分たちを見失わないのは重傷病者と、その世話をしている看護兵くらいなものである。


「今度は何が始まりやがるんだ……」


 ムルドゥバ兵の一人は伝承にある神々の戦いを思い出して、その身体に震えを起こしていた。見据える先で、バハムートは快活に笑い声をあげていた。


“リュウヤ、あの一撃は見事だったぞ。誉めてやる”


 言いながらも、バハムートは視線をプリエネルから離さない。リュウヤの渾身の一撃を受けたプリエネルは、いたる箇所からブスブスと煙を噴き上げながら佇んでいる。見た目は鉄屑と変わりないが、先ほどの動きを見る限り、まだ油断のならない力や速さは秘めているとバハムートは思った。

 間合いから離脱してもいいはずなのに、それでも動かないのはルシフィが後方三キロの位置にいるからで、その距離なら瞬きする間で詰められるはずだ。

 アデミーヴも空間転移の能力があるが、隙あらばプリエネルを狙うルシフィの動きを警戒して、容易に動けないでいる。拮抗状態にあった。


「ありがたき幸せだよ……」


 リュウヤはバハムートの腕の中で、そっと静かに目を閉じた。攻撃を真っ正面から受けたことによる重苦しい痛みや、これまでに蓄積した疲労が全身を襲っている。指先さえも動かせなかった。


“大丈夫ですか!リュウヤさん!”


 大汗かきながら、リンドブルムがようやく追いつくと、バハムートの背中から叱咤が飛んできた。


“遅いぞ、リンドブルム”

“は、はい!すみません!”


 バハムートが速すぎるのだとリンドブルムは言いたかったが、言い訳している場合でないのはリンドブルムもわかっている。素直に謝ると、バハムートはリュウヤと近くの岩場までさがって、怪我の手当てをするよう指示をした。


“三分だ”


 と、バハムートはプリエネルを見据えながら言った。


“リュウヤよ。三分休んだら、落とした刀を拾って、さっさと戻ってこい”

「……姫は、人使いが荒いですな」

“たわけが。私は貴様の主だぞ。家臣をこき使うのは当然だろうが”

「へいへい……、御意御意……」


 リュウヤは目を閉じたまま、口の端だけ歪めて笑ってみせた。

 リンドブルムはリュウヤを慎重に抱えながら、空に佇立するアデミーヴを見上げた。リンドブルムの獣の瞳には、戸惑いの色が浮かんでいる。


“あそこにいる鎧を着た子、アイーシャちゃんですよね?”

“そのようだな”

「……アイーシャは、アルドに操られている」


 リュウヤが静かに答えた。


「力が覚醒しつつある。空間転移も自在にできるようになった。そのうち、異世界転移も可能になるだろう」

“……”

「そんな娘にぶん殴られて、俺はこんな有り様なわけだ。警戒はしていたんだがな。アルドにいつも後手だと言われたが、その通りだよ」


 リュウヤはうっと小さく呻いた。身体が小刻みに震えるのがリンドブルムに伝わってくる。痛みによるものではなく、悔しさによるものだと、唇を噛みしめる表情が物語っていた。


“どうするつもりです?”

“あいつはルシフィに任せるしかないな”


 不幸中の幸いというべきか、タイミングが少し違えば、ルシフィとは戦わなければならなかっただろうが、今は共闘関係にある。これほど心強い存在はいないだろう。


“僕は初めて会う人ですけど、あの人、魔族ですよね。大丈夫なんですか?”


 ただの魔族ではない、とバハムートはプリエネルとアデミーヴを交互に見据えながら言った。


“魔王ゼノキアの嫡子、魔王軍次期後継者。王子ルシフィ。リュウヤが化物、天才と評した男だ”

“え、あの人、男なんですか!?”


 リンドブルムは“王子”や“後継者”、“天才”や“化物”という言葉より、“男”に最も強く反応して驚愕していた。


“まあ、あんな外見だがな”

“すごく華奢で綺麗なのに……”


 姫より美人だと変に感心しながらリンドブルムが唸っていると、リンドブルムの懐でリュウヤが蚊の鳴くような声を発した。


「……ティア君、……話が弾んでいるとこ悪いけど、そろそろ治療してくれないかな。……俺、死にそうなんだけど」

“あ、すみません!”


 喋りすぎたとさすがにリンドブルムは慌てた。下がろうとするリンドブルムを、バハムートが“待て”と呼び止めた。

 見ると、巨大な岩山のようなバハムートの白い背中がある。


“リュウヤ、前にセリナを救いにムルドゥバを出た時、私が何と言ったか覚えているか”

「……あ?」

“お主は悪くない”

「……」

“だから自分を責めるな。気をしっかり持って戦え”


 リュウヤが何か言おうとしたが、不意に生じた大気の震えがリュウヤの言葉を遮った。

 視線を移すと、プリエネルが機体を震わせ、全身をはしる火花が白銀の装甲を形成していく。失われた二本の左腕も、鋭い刃を掲げるように空へとのびた。

 リュウヤがうめきながら顔をしかめた。


「自己修復ができるようになったか……」

“私は(マスター)プリエネルだぞ!”


 プリエネルからアルドの哄笑が虚空を揺らした。地上のムルドゥバ兵は耳を疑い、プリエネルを注視している。アルド将軍は激戦の最中、魔王ゼノキアとともに行方不明とされていた。

 ムルドゥバ軍総司令官の生存である。

 本来なら、万歳と歓喜の勝鬨(かちどき)をあげるべきだろうが、ムルドゥバ軍にも多大な被害を与えたのが、未知の巨人を操るアルド自身だと信じたくない想いがムルドゥバ兵に勝鬨をあげさせるのをためらわせていた。ただ呆然と、行く末を眺めているだけしかできないでいる。

 

“時代を終えた竜族のバハムート。時代を拓く(マスター)に逆らうつもりかね”

“何が神だ。神は神でも、貴様は糞神だろう”

“……糞神だと!?”


 傲然と言い放つバハムートに、アルドは面食らっていた。


“私は生まれた時から神の竜としてその力を得た。たかが人につくられた自称神に、逆らうもクソもあるか。力に溺れ幼子をさらい、言いなりにして何が神だ。リュウヤは誰も傷つけず、奪おうなどと野心なぞ無かった。それをわざわざ脅かしたのは貴様だ。糞とつけてやっただけでもありがたいと思え”

“この(マスター)を愚弄するか……!”

“糞神は糞でも舐めていろ”


 まくし立てるバハムートの舌の回転に追いつかず、アルドの激昂するうなるばかりだった。バハムートの挑発は地上まで届き、リュウヤに回復魔法を掛けていたリンドブルムは、顔をしかめてバハムートを見つめていた。


“竜族の姫ともあろう方が、あんな汚い言葉を使わなくても……”

「まあ、あいつには喧嘩なんて、日常茶飯事だったろうしな」


 リュウヤとリンドブルムが見つめる中、プリエネルは四本の腕の手が握り拳を形成した。アルドは怒りに震えているらしく、思念が荒野に転がる石や鉄屑となった兵器の破片まで影響を及ぼし、カタカタと揺れ動いている。

 アルド自身も気がついていないが、以前の冷静沈着なアルドであれば、バハムートの挑発は受け流すことができた。しかし、エクスカリバーによって増幅された強力な思念が、アルドの人格に大きなの影響を与えていた。

 アルドの目では、バハムートは“(マスター)”に逆らう悪魔、異教徒として映っている。相手を排除すべき者、駆逐すべき者としての意識が先行し、冷静に物事が考えにくくなっている。

 パキパキとプリエネルの背中から割れるような音が響いたかと思うと、さらに四本の腕が虚空に伸びあがった。

 ほうとバハムートは目を細めて薄ら笑いした。


“その姿、糞の王ベルゼバブを思い出すな。やることも同じか”

“もう黙りたまえ。ただの腕だと思うなよ……!”


 何がだとバハムートが声を発する間も与えず、左右の腕だけ残して、計六本の腕が機体から分離すると、独立した一個の生物のように空を飛び、身をよじらせながら飛行する。

 その姿は、さながら触手や白い蛇を連想させた。


“行け、私の聖魂(カブロン)

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