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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第15章「第二次グリュンヒルデの戦い」
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我慢がならねえ

 かつて自然の要塞と謳われたグリュンヒルデも、激しい砲火によって森林が焼かれ、河川には獣馬や兵士の死体が浮かび、鮮やかに緑一色だった平野は爆撃によって掘り起こされて赤茶色の土が剥き出しとなっている。

 加えて、プリエネルの“トゥール・ハンマー”の熱波で焼け焦げた大地は、見るも無惨な姿を晒していた。目を凝らせば、闇に覆われた焦土に紛れて、炭化した兵士たちが転がっているのがわかるはずだった。


『ええと、“マルス”のみなさんは兵士の救助を最優先にしてください。魔王軍の人は、捕虜として扱い傷の手当てを。軽傷なら救助活動に協力させて下さい』


 魔空艦“マルス”の艦長が指示を送ると、

通信係は堅い表情をしたまま早口で艦内に伝達し、一方で無線を使って各部隊に連絡をしていた。

 マルスは他のエリンギア部隊やレジスタンス部隊とともに、地上に着陸していた。

 それまでマルスは優勢に事を進めていたのだが、功を焦ったムルドゥバ軍のある魔空艦がマルスに割って入ってきた。同士討ちを恐れて退避行動をとったのだが、それが“トゥール・ハンマー”の射線上から逸れることになり、功を焦った魔空艦は熱波の中に消失したものの、魔空艦マルス他エリンギア及びレジスタンスの部隊は現時点で一機も失われていない。

 この一連の出来事と結果は、マルスの乗組員に衝撃を与え、ある信仰めいたものを彼らに抱かせた。


 ――“マルス”の女艦長は幸運の女神。


 それまではシシバルの軽口でしかなかったものが、今では乗組員を支える柱となっている。艦長のふんわりと柔らかな口調の指示に、誰もが真剣な顔つきで耳を傾けている。

 そんな中、レーダー係が叫び声をあげた。艦橋にいた乗組員の視線が一斉に集まる。


『艦長、南西方面に発生した高エネルギー反応、複数がこちらに接近中!このままでは、戦闘に巻き込まれます!』


 言うが早いか、艦橋を稲妻のような光が満ちたかと思うと、凄まじい激震がマルスを揺らした。モニターではまだ相当な距離があるのに、閃光は船を一撃で沈める威力がある。

 他の艦が神盾(ガウォール)を張ったのを見て、恐怖におののいた誰かが、『はやく神盾(ガウォール)を発動しろ』と怒鳴ったのを、艦長が制した。


『あの、あと10秒だけ待ってください!』

『10秒?』

『ええと、魔法効果は発生した直後が一番強くて、あと効果が薄れちゃいます』

『しかし…』

『お願いします!』


 艦長に気圧され、乗組員たちは誰も反論できなかった。今は艦長を信じるしかない。激震に揺れ動く中、乗組員は息を詰めて時間を計っていた。


『4……3……2……』


 爆風が、衝撃波が絶え間無くマルスを揺らす。一秒一秒が途方もなく長く感じた。


『1……0!』

『“神盾(ガウォール)”角度40に集中、発動!』


 艦長が叫ぶと同時に、マルスを覆うように神盾(ガウォール)が張られた。直後に豪雨のような閃光が降り注ぐ。悪夢のような轟音がマルスを襲い、悲鳴をあげても隣の声も聞こえない。激震と轟音に耐えながら、どれほどの時間が経ったのか。

 不意に辺りが静かになり、通信係が顔をあげると、窓の外に白銀の巨人と蝶の羽根が遠退くのが映った。続いて、十二枚の翼や紫色の火球が過ぎていった。

 先にバリアを張っていた艦の位置に、火球が生じている。今の攻撃で耐えきれず撃沈したようだった。


『……生きてた』


 奇跡としか思えない。

 まだ空に残る火球を見上げながら、やはりこの艦に幸運の女神がいるらしいと通信係は実感した。

 通信係が振り返ると、幸運の女神は耳をふさいで、震えながら艦長席で小さくなっていた。


  ※  ※  ※


 敵味方問わずに、プリエネルの指先から放出される灼熱の雷火は、リュウヤを呑み込もうとしたが、辛くも鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)の羽根のバリアが防いでいた。

 しかし、気を失いそうなくらいの強い衝撃に骨がきしみ、リュウヤの視界は真っ暗になっていた。飛びさがる内、リュウヤは暗闇の中で、前方から重い気配がのしかかってくるのを感じていた。


“死ね。リュウヤ・ラング!”


 リュウヤは目を開ける間もなく鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)を推進させ、駒のように身を翻しながらプリエネルの脇を駆け抜けていた。


「やれた!?」


 駆け抜けたと同時に、その手に伝わる重い手応えが、リュウヤの問いに答えていた。

 プリエネルは指をすぼめて、槍のように繰り出してきたのだが、すれ違い様に放った刃がプリエネルのミスリル製の脇腹を裂いていのだった。リュウヤがプリエネルに目を向けると、斬られた箇所から鮮血のように、大量の火花がはしっていた。

 斬られたプリエネルは悶絶するように身をよじっていた。しかし、機能を停止させるほどのダメージはなかったらしい。機体に損傷を受けながらも、既にその指先にはエネルギーを滞留させている。


“悪魔ども。どこまでも(マスター)に逆らうのか”


 プリエネルからエネルギー波が射出される寸前、プリエネルとリュウヤの眼前を白い翼が横切った。翼から無数の光の羽根がひらひらと舞う中、ルシフィが素早く間に割り込んできた。


『えいっ!』


 拍子抜けするような健気で優しい気合いだったが、それとは裏腹に、ルシフィの技には凄まじい威力が籠められている。

 プリエネルの中にいるアルドは、細いはずの樫の杖が何百倍にも増大し、巨木が落ちてくるような錯覚に襲われているはずだった。


“ぐがっ……!!”


 ルシフィの杖はプリエネルの紅い一つ目を叩き潰し、たまらずプリエネルはリュウヤたちから逃れていく。機体からは咆哮のような音が響いた。実際は機体の駆動音だろうが、リュウヤには悲鳴のようにも聞こえた。


 ――今だ。


 リュウヤは鎧衣紡プロメティア・ヴァイスを推進させながら、一気に魔力を刃に集中させた。

 先ほど咄嗟に撃った天翔竜雷(アマカケルリュウノイカズチ)よりも、何十倍に増幅された魔力が刃に集められている。プリエネルを見据えながら、リュウヤは天翔竜雷(アマカケルリュウノイカズチ)を放った。竜を模したエネルギー波が咆哮するようにプリエネルに突進し、白銀の肉体を喰い千切ろうと牙を剥いた。

 巨大な牙が、プリエネルの機体に突き立てられようとした時だった。プリエネルの前に金色の魔法陣が生じ、天翔竜雷(アマカケルリュウノイカズチ)が光塵と化して四散した。


『あの技を防ぐなんて』

「……“(マスター)”を傷つけること、許さない」


 驚愕するルシフィの背後に、聞き覚えのある子どもの声がした。振り返ると白銀の甲冑に身を包んだ少女が佇んでいる。


『アイーシャちゃん?』

「私の名前は、アデミーヴ」


 おもむろに掲げた手から火球が生じ、ルシフィに襲いかかってきた。翼で防がず咄嗟にかわしたのは、火球からとてつもない威力を感じたからだったが、果たして激突した地表からは、爆煙とともに巨大な火柱を屹立させた。


『なんて魔力だ……』


 噴き上がった土砂と黒煙が視界を覆い、ルシフィが立て杖で構えて警戒していると、背後から強烈な殺気が生じた。肌が粟立つのを感じながら振り向き様にルシフィが杖を振るうと、アデミーヴの白銀の拳と激突していた。


『いつの間に!?』


 黒煙は塊のようになってもうもうと立ち込めたままだ。散った形跡もないのに、どうやって近接してきたのかルシフィにはわからなかった。後手にまわったために勢いはアデミーヴが優った。ルシフィが押されたのを機会と見たアデミーヴがあっという間に間合いを詰めてきた。


 ――はやい!


 繰り出す小さな握り拳は矢のように激しく鋭く、蹴りは鞭のようにしなった。防ぐ度に、樫の杖が悲鳴のような軋みをあげる。数千年を超える霊木からつくられているとは言え、まともに受け続ければ耐えられそうもない。

 烈火のような攻撃は、竜の山で素手のリュウヤと戦った時を思い出させたが、もしかすると、あの時のリュウヤ以上の鋭さがあるかもしれない。


「やめろ、アイーシャ!」


 リュウヤがアデミーヴに体当たりするように、身体を押し込んで割って入った。押し退けただけでさほどダメージを与えるわけでもないが、それだけでリュウヤの心にきりきりと痛みがはしった。

 

「アイーシャ、俺だ。お父さんだ。目を覚ましてくれ!」


 抱き寄せようと伸ばしたリュウヤの手を、ルシフィの腕が掴んできて、リュウヤは思いっきり引っ張りこまれた。滑らかな動きで後ろに廻り、動けないよう後ろ手に間接を極めてきたので、リュウヤは容易に動けなかった。

 何をすると怒鳴る前に、灼熱の閃光がリュウヤの横を過ぎていった。今度は地上に着弾せず、空の彼方へと消えていく。


『気持ちはわかりますけど、今の行動は不用意過ぎです!』

「うるせえ、離せ!アイーシャがそこにいるんだぞ!」

『離せるわけないでしょ。今の攻撃でわかるじゃないですか!リュウヤさんこそ落ち着いてください!』

「くそ!」

『リュウヤさん……!』


 力ずくで振りほどこうとしたが、耳元でルシフィの泣くように訴える声が、リュウヤの燃え盛った精神を急速に冷ましていった。それとともに、身体の中に凝縮された力みが徐々に抜けていく。


「……すまんルシフィ。熱くなりすぎた」

『いえ』


 リュウヤが落ち着きを取り戻したと感じて、ルシフィはゆっくりと手を離すと、二人は並んでアデミーヴに向き直ろうとした。

 だが、そこにはアデミーヴの姿は無く、リュウヤたちの前から忽然と消えていた。リュウヤとルシフィが急いで姿を探すと、空中で苦悶しているプリエネルの傍に金色の光が生じ、そこにアデミーヴが姿を現していた。

 そうかとルシフィが言った。


『アイーシャちゃんは、“空間転移”もできるんだっけ……』


 青い光の風がアイーシャから流れ、みるみる内に修復されていくプリエネルを見つめながらルシフィが唇を噛んだ。

 命ある者ばかりでなく、無機物もその傷を癒す。

 これまで眠っていた力が目覚め、不思議な力を秘めた子どもから恐るべき敵へと変化している。しかも、まだその力は増大しているとルシフィは感じていた。


『リュウヤさん。“(マスター)”より、アイーシャちゃんの方が厄介かもしれない』

「くそっ……、そいつから離れろ……」


 ルシフィは案を求めようとしたが、リュウヤは歯ぎしりしてアデミーヴを凝視しているばかりだった。リュウヤの中には憎悪と怒りの感情がわき起こっている。

 一旦は静まった感情だが、兜のつばから睨み上げるアイーシャに、再び自分の感情が爆発しそうになっていた。

 何故、俺たちを巻き込むとリュウヤは憤然としていた。他に誰かを傷つけたり、奪うために戦うつもりはない。自分たちの未来を守り、自分たちの幸福を得るために戦ってきた。

 何故、巻き込む。

 子どもを、まだ幼い子どもを。

 あんな優しいアイーシャを。


「いい加減にしろ……。どいつもこいつも」

『リュウヤさん?』

「アイーシャは俺の子だ。俺の子なんだ。それをテメエの好き勝手にしやがって……」


 獣のように唸り、小刻みに震えだすリュウヤに、ルシフィが異変を感じた時には、リュウヤは羽根を拡げていた。怒りがそのまま吐き出された炎のようで、ルシフィはそばに寄ることもできない。たじろいでいるルシフィを尻目に、リュウヤは敢然と突進していた。


『リュウヤさん、待って!』


 手をゆるめなければよかったと後悔しながら、ルシフィは止めようとしたが、その声は鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)の轟音にかき消された。リュウヤは鬼のような形相でプリエネルへと向かっていった。


「うあああああああっっっっ!!」


 咆哮するリュウヤに、修復を終えたプリエネルが睥睨するように待ち構えている。


“仇敵である魔族と組み、悪魔と成り果てた愚かな男リュウヤ・ラング君。プリエネルの更なる力を味わってみるがいい”


 プリエネルの機体からメキメキと物の割れる音がし、背中から二本の腕が現れた。プリエネルは四方に広げながらリュウヤを待ち構えていた。


「腕が増えたからって、それがどうした!」


 リュウヤはプリエネルを意識し過ぎていた。兜のつばからリュウヤを注視していたアデミーヴを忘れ、間合いに入ろうとした時、空間転移で接近を許してしまっていた。


「……アデ、ミーーヴ」


 無機質で平坦なアイーシャの声がリュウヤの耳に届いた時には、リュウヤは空中を死に体の状態で飛ばされていた。リュウヤの身体は反撃を試みようとしたが、意識がそれを抑え込み、結果としてろくに抵抗できないまま、アデミーヴの正面から受けることとなったために、弥勒で受け、鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)で衝撃を緩和させても、リュウヤの肉体が耐えられなかった。

 即死こそ免れたが、身体を動かすことができない。


『リュウヤさん!』


 ルシフィが援護の魔法を放とうとしたが、動きを察知したアデミーヴの雷撃が遮り、ルシフィは後退せざるをえなくなった。


“リュウヤ君。これは自らの甘さが招いた結果だ”


 薄れる意識の中で、アルドの声が教会の鐘のように荘厳に響いた。


“時代を築く者はヒトの小さな感傷に囚われない。不要なら切り捨て、ただ前進あるのみだ”


 ――うるせえ……!


 リュウヤは怒鳴り返したかったが、まるで身体に力が入らない。今度は右腕やアバラ程度では済まないらしい。


“前進を妨げる悪魔よ、去れ”


 視界がはっきりすると、プリエネルの胸部から紅い光球が生じているのが見えた。

 トゥール・ハンマー。

 グリュンヒルデにいる者全てを駆逐するつもりらしい。

 これで終わりなのか。


 薄れかけた意識の中で、他に考えることができず、プリエネルの閃光が放たれるのを待っていた。雷撃が一瞬でリュウヤの肉体を焼き尽くすのだろう。人間の身体が浴びればひとたまりもない熱量だった。


 ――アイーシャ。


 まぶたの裏に浮かぶのは、氷のように無表情なアイーシャではなく、笑い、泣き、いじけ、怒り、感情豊かなアイーシャだった。確かに特別な力を持っている。だが、中身は他の子と何も変わらない。仲の良い友達もいる。いたって普通の子どもなはずだ。


 ――誰がそうした?


 リュウヤの問いに答えるように、広がる光の中にどす黒い影を見つけた。紅く光る禍々しいひとつ目。 敵だとリュウヤの本能が告げた時、身体中の血液が沸騰し、頭の中で何かが弾けた。


「てめえか……」


 弥勒を握る手に力が籠った。


「てめえが敵かぁ!!!」


 頭が真っ白になり、咆哮とともに鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)が燦然と輝きを放った。跳ね起きると腰を沈め、踏み込みながら懸河の勢いで刃を振りおろした。

 弥勒の刃を通して、莫大なエネルギー波が生じ、リュウヤの怒りを具現化したような巨大な竜がうねりをあげた。


天翔竜雷(アマカケルリュウノイカズチ)……!』


 ルシフィも翼を盾代わりに爆風を凌いでいたが、凄まじい圧力に耐えきれず数キロは押し流された。エネルギー波の嵐は地上にまで及び、戦闘を見守っていた兵士も、魔空艦も魔装兵(ゴーレム)も嵐に巻き込まれて飛ばされていく。


“う、うおおおお……!?”


 プリエネルもアデミーヴも、突然の反撃に身動きができなかった。プリエネルは飽和した意識の中で、巨大な竜に呑み込まれていく。竜は黒雲を貫き、空の彼方へと消えた。上空の雲より分厚い爆煙だけが残されている。


『やったの……?』


 恐る恐るルシフィが翼の間から確かめると、弥勒がリュウヤの手からこぼれて落ちるのが映った。もう刀を把持する力も無いらしい。ぼんやりと残された意志の力だけで空に広がる煙のように宙を漂っている。


『リュウヤさん!』


 ルシフィがリュウヤのもとへ向かおうとすると、どこからかアルドの荘厳な声が響いた。


“……リュウヤ君、やはり君は恐るべき存在だ。その壊れた身体で、トゥール・ハンマーを超えるとはね。確かに想いを力に変えた”

『まさか……、嘘でしょ?』


 煙が散り、その下から紅いひとつ目が輝きを増した。


“さすがに今のは、私も死ぬかと思った。五体満足ならどうなっていたか”


 現れたプリエネルの機体は、左腕二本がごっそりと無くなっている。装甲はいたるところから剥がれ落ち、真っ暗な空洞を露出させた箇所から激しい火花を放っている。無事な箇所も醜く焼け焦げてしまっている。哀れな外見となっている。声は平静を装っているが、うわずった声は恐怖を目の前にし、プライドをかなり傷つけられたことをルシフィはうかがい知ることができた。一つ目の瞳の燃えるような輝きは、屈辱に燃える怒りによるものだろうか。


“だが、これでおしまいにしよう”


 プリエネルの右手に光球が生じるのを見ても、リュウヤは動けなかった。熱波から生じる風圧に頼りなく後ろへ流されるだけだ。


「くそっ……」


 ルシフィは遠すぎて間に合わない。

 薄れた意識の中で、膨大な光量がリュウヤの視界に広がっていく。その時、どこからか生じた白い閃光がリュウヤの近くを過ぎていった。


「……?」


 強烈な熱波は、プリエネルのエネルギー波を撹拌するように散らしていく。

 四散したプリエネルのエネルギー波の残滓がリュウヤに降りかかってきたが、リュウヤの肌を焼く前に、巨大な翼がリュウヤを覆って守ってくれた。

 ざらついた感触がリュウヤの身体に伝わってくる。そこでリュウヤは、自分が巨大な生き物に抱き止められていると知った。鼻腔をくすぐるかすかな甘い香りがする。岩のようにゴツゴツした感触なのに、何故か身を委ねたくなるような安心感がある。以前にも味わったことのある感覚だった。


『クリューネさん!』

“久しぶりだ。ルシフィ”


 変身した際特有のくぐもった声も、もう聞き慣れたものだ。


“こういう時は、私をバハムートと呼べ”


 ルシフィの呼び掛けに応えはしたものの、白い竜――バハムート――の視線はプリエネルとアデミーヴにひたりと向けられていた。


“ちょくちょくピンチになるな、リュウヤは。こうやってに抱えるのは二度目か”

「……お前ほどピンチになってねえよ」

“そんな憎まれ口が叩けるなら、大丈夫そうだな”


 安堵のため息を洩らしながら、リュウヤは自分を抱えるバハムートを見上げた。力なく浮かべた微笑は、バハムートの目には涙ぐんでいるように思えた。

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