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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第2章「メキアの月は美しく」
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リュウヤ・ラング対リルジエナ

 月に雲が覆うと、リルジエナは深く嘆じて空を仰いだ。


『嗚呼、今宵の月は私を畏れ恥じて、雲の向こうに隠れてしまったようだ。父よ母よ、お許しください。おお、罪。このリルジエナは罪を犯しました。生まれながらの美しさという罪です。父よ母よ。あなたたちを、深い感謝とともにお恨みいたします』


 リルジエナはダンスでも踊るように両腕をひらひらと舞わせ、舞台で台詞でも口にするかのように一人、広場に佇む。


『ちぇ、大将に例の病気が出たぜ』


 少し離れた位置で、リルジエナの様子を見守っていた一人の兵士が毒づくが、他の兵士は愛想の笑みをぎこちなく浮かべただけだった。

 兵士たちは正体不明の襲撃者に怯えていた。陣をスラム街手前の広場に構え、人間狩りの用意をしているものの、一様に怖々と沈黙した街を見渡している。

 選び抜かれた十数名の精鋭でも恐怖の色が浮かんでいたにも関わらず、彼らの中で一人変わらぬリルジエナの勇気に、さすが長官だ我らが大将だと兵士たちは感心せざるを得なかった。

 その大将は不意にダンスをやめ、空を仰いだままそよぐ風に小さく鼻を鳴らした。


『……風が血の臭いを運んできますね』


 リルジエナは部隊に下がるよう手で合図した後、両足を心持ち開き、鯉口を緩めてから、半身の姿勢で腰に下げた剣の束を左手で軽く握り一点を睨んだ。

 黒に黒を重ねて塗りつぶしたような闇の空間が広がっている。


『……重い。重すぎますね』


 二歩退き呟いた刹那、その“重いもの”が闇の奥から殺到してきた。滑るように地を這い、音もなく接近してくる。

 地が微かに煌めきを放った。揺らいだ水面が光に反射したような、小さな光がリルジエナの視覚に映った。瞬間、異様な力がリルジエナを圧した。


 ――これか。


 リルジエナは身体を捻り逆手に剣を抜くと、煌めく光が刃とぶつかり、その衝撃でリルジエナの身体を数十メートルは後退させた。多少、手に痺れはあったがダメージは無い。わずかに退いたことがリュウヤの剣の勢いの緩衝となっていた。

 しかし、“重いもの”の斬撃は止まらず、繰り出される凄まじい剣圧に、リルジエナは防戦一方となった。


『長官を援護しろ!』


 呆然と闘いの様子を見守っていた部隊の兵士たちは我に返り、弓矢による援護射撃を放つと“重いもの”は素早く逃れ、そこでようやく、リルジエナは間合いをとることができた。

“重いもの”は黒ずくめの衣装に身をかためている男だった。衣装に対して構える剣の刃は星のような煌めきを放っている。


 ――しくじったな。


 黒ずくめの男、リュウヤは覆面の下で舌打ちをした。あと数合あれば仕止められたはずだが、それも間に合わなかった。

 襲撃は失敗。

 本来ならこのまま闇夜に紛れて逃走し、町から離れるのが妥当だとは思っていた。

 しかし、不意に沸き起こった意地のようなものが、リュウヤの足をその場に留まらせた。


『逃げないのですか、あなた』

「あんたを倒してからだな」

『奇襲も失敗したのに、随分と自信がありますね。過信は自分の致命傷に繋がりますよ』

「俺は剣だけじゃないから……な!」


 リュウヤが高位魔法の印を片手で結ぼうとしたのを見て、リルジエナが“大炎弾ファルバス”の魔法を放った。人間の身体ほどの火球がリュウヤに襲いかかるが、リュウヤは避けずに直進する。

 呪文の詠唱は誘いだった。高位魔法を安易に使えば町に甚大な被害が及ぶ。

 リュウヤは八双から剣を振りおろし、火球を真っ二つに斬ると炎を割って、下段に構え直したリュウヤが現れた。


『なに……!』


 魔法を剣で斬る。

 信じられない光景に、リルジエナの動きが遅れた。このままリュウヤが剣を放てば、リルジエナの命はここで尽きただろう。しかし、勇敢な兵士の二人が介入し、左右から襲い掛かってきたことで死から再び逃れることがてきた。

 リュウヤがひとりを胴を薙ぎ払い、もう一人を袈裟斬りで仕止める内にリルジエナは後方に退き、部隊に弓矢を射たせた。


『魔法を詠唱させる隙を与えるな!』


 射撃が終わるとリルジエナを始めとした兵士が剣を振りかざし、リュウヤに隙を与えない。 背後から兵士がしがみつき、腰を沈めて背負いで投げつけると、上空から襲い掛かってきた矢を兵士の身体を盾にして逃れた。

 そこでようやく間合いをとることが出来たが、予想しない位置から何か物が飛んでくる気配を感じ慌てて避けた。

 落ちている物を見ると、それは割れた花瓶だった。飛んできた方向を見上げると、太った中年の女がリュウヤを睨みつけている。

 気がつくと彼女だけではない。

 騒音を耳にした周りの住人たちが窓や軒下から姿を現し、明々と照らす松明の向こうから、リュウヤに鋭い視線を向けている。


「……あんたのせいか」


 誰かが言った。


「あんたが余計なことしたせいで、魔王軍がもっと来て、この町を燃やしたらどうするんだい!」

「レジスタンスなんかいらねえんだよ!」

「出てけ、出てけ!」

「出てけ、出てけ!」


 リュウヤに罵声や怒号とともに、石つぶてや花瓶が次々と投げつけられる。リュウヤの身体は縮こまり、避けようとするが、ひとつがリュウヤの額を割り血が流れた。

 その様子を見て、リルジエナが哄笑した。


『これは滑稽ですね。人間を助けようとして、その人間に邪険にされるとは』

「……」

『さあ、人間!我が刃の下、罪に服するのです。正義は我にあり!』

「……人間のためじゃねえよ」


 そう。わかっていた。

 こうなることだって想定していた。唾を吐かれ石を投げられようとも。

 それでも魔王軍と戦うのは何故なのか。


『なに?』

「そう。元々は俺個人の復讐なんだ。人間を救おうだの、世界を救おうなんて思っちゃいなかったんだ。あんたらに復讐できれば……」


 それが目的だった。

 人間は関係ない。

 例え何人死のうが、目的を果たせれば。

 リュウヤは素早く印を結ぶと、イバラ紋様の魔法陣が地面に描かれ、眩い光沢を放つ。大気が震え、大地が揺れた。

 高位魔法が発現する。

 さすがのリルジエナもたじろぎ、息を呑んだ。


『噂のイバラの紋様……、まさか、ヴァルタス?』

「でもな……」


 脳裏にセリナの顔が浮かぶ。テパやミルト村の仲間たちの顔が過る。

 彼らも小さな幸せを守ろうと必死だったはずだ。

 リュウヤは力無く、印を解いた。魔法陣も光の粒子となって四散する。揺れが治まり辺りには静寂な空気が戻った。


「……悲しむ人がいるとわかっているのに、関係ない奴を巻き添えなんてできねえよ」


 揺れが完全に治まると同時に、再び住民たちから石や瓶が憎悪となって投げつけられ、リュウヤは必死に剣を払ったが防ぎきれず、次第に動きがとまっていく。


 ――人の醜さはこんなに愉快なのですか。


 リルジエナはリュウヤが私刑を受ける光景を、悠然と眺めていた。


  ※  ※  ※


「リュウヤめ、逃げもせんでどうするつもりか」


 崖の上から様子を見守っていたクリューネは、リュウヤが残したリュックを強く握りしめた。

 視線の先には広場が見える。クリューネの持つ竜の力を使い、瞳は広場のリュウヤの様子をありありと捉えていた。


「姫、なんだったんすか。さっきのイバラのあれ」


 隣の少年が尋ねた。

 イバラの紋様の魔法陣が浮かび上がると同時に発生した激しい揺れは、クリューネらがいる小屋まで伝わってきたが、魔法陣が消失するとともに治まっている。


「……“震波ジオルガ”」

「ジオルガ?」

「高位魔法のひとつ。使われたら、あの街は無事では済まんかった」


 独り言のように呟くクリューネの言葉に促され、少年らは食い入るように広場を眺めていた。だが、広場は松明の灯りばかりで人の姿までは判別できない。

 あそこでリュウヤが闘っていると聞かされても、その目には驚嘆とにわかに信じがたい思いが入り交じっている。


「奴をここから助けださんと……!」

「でも、ここからどうやって?どう急いでもアニキ間に合わないよ」

「アニキが自分から望んだことだもん。しょうがないよ。放って置こうよ」

「放っておくか……」


 何があっても、ここではそうやって生きてきた。自分の身を守るだけなら、逃げて知らん顔していればそれで済んだ。

 しかしとクリューネは思った。数時間前、型の稽古をしていた時のリュウヤの寂しげな顔が過る。


「やっぱり、リュウヤを放っておけんな」


 苦笑いしてため息をつくと、クリューネは崖に向かって歩きだした。不審そうに少年が「どこにいくの」と尋ねる。


「奴を助けにいく」

「えっ……?」


 言っている意味がわからず、固唾を飲んで見守る少年らにクリューネは小さく笑って見せた。


「今まで世話になったの」


 言うなり、クリューネは崖から飛び降り、小さな身体が途端に見えなくなった。突然の行動に少年らは慌てふためき崖の側に駆け寄った。


「姫!」


 少年らが覗き込もうとした時、突然現れた巨大な何かが二人の前を遮り、空へ向かって飛翔していった。 少年たちが住むスラム街山を覆うほどの広い翼。

 長く突き出た口には牙、手足には鉄をも容易く切り裂きそうな爪、頭部には鋭い二本の角を持ち、全身は真っ白な鱗で覆われていた。

 月夜の灯りに照らされたそれは銀色に身体を輝かせ、耳をろうすほどの雄叫びをあげながら、町へと翔ていった。


「ドラゴン……」


 少年のひとりが尻餅をついたまま呟いた。その一言を絞り出すのがやっとなほど息をするのも忘れ、白い竜の後ろ姿を追っていた。

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