アズライルヲセンジョウヨリカクリセヨ
『邪魔だ!』
迫る魔装兵の部隊を前に、アズライルは“ハエタタキ”で魔装兵の頭部を搭乗者ごと粉砕すると、棺桶となった機体を踏み台にしてベヒーモスを跳躍させた。
別の魔装兵が反応して銃口を向けた時には、アズライルは既にハエタタキを振り上げて、魔装兵の肩から足にかけて真っ二つに砕き割って、行動不能に陥らせていた。
糧倉地としている本陣はグリュンヒルデ平野を見下ろす高地にあり、自然を利用した一種の要塞がつくられ、幾重もある城壁や山中の要所に、魔法装置による投石器や砲台が数多く設けられている。
要塞を警備する指揮官は別にいて、アズライルはゼノキアから要塞の援護を任されていたが、東の平野で魔装兵に追われている部隊があると聞き、獣王部隊三百率いて救援に向かっていたのだった。
『怯むな!』
と、アズライルが獣王部隊の騎兵に怒鳴ったが、空からの砲撃と爆音で、アズライルの大音声もかき消されてしまう。
見上げるとムルドゥバの魔空艇が二隻、船の上部からムルドゥバ兵が身を乗り出し、銃を向けている。獲物を狩ろうと狙いを定める兵士の顔が見えた。歪めた頬はこちらを嘲笑しているように思えた。
『来るぞ、神盾上段に構え!』
アズライルの号令に、ベヒーモスを駆る獣王部隊の騎兵は密集し、一斉に魔法陣を浮かべた時、灼熱の光弾が猛雨のように頭上から降り注いできた。
『ひ、ひいっ!』
いかに強靭な肉体と凄まじい訓練を乗り越えてきた獣王部隊の兵士と言えども、迫りくる恐怖には堪りかねたらしい。泣くような声をだした騎兵に、隣にいた上官らしき騎兵が叱りつけた。
『馬鹿、獣王部隊の騎兵が情けない声出すな!』
『隊長だってクソをもらしとるじゃないですか!
『こ、こんな時に何を言い出すか!』
『じゃあ何ですか、その臭いとケツのふくらみ』
『これは腰の糧米が破れて、何故かズボンに入り込んだだけだ!』
『そんな臭い糧米なんか、あるわけないでしょうよ!』
『あとで分けてやる』
『いりませんよ!』
兵士たちの悲鳴と怒号、罵声が飛び交う中、アズライルは自分ではなく、跨がるベヒーモスを守りながら神盾で光弾を凌いでいた。
『カトンボ風情が……』
アズライルが激しく罵しりながら、悠然と旋回する魔空艇を睨み上げる。アズライル自身は魔人化すれば防げるが、部下はそうはいかない。たとえ魔人化のできる者がいたとしても、魔法の光弾に身を晒しても耐えられるようなアズライルほどの頑丈さはなかった。
カトンボという蔑称の通り、当初は馬鹿にされていた魔空艇だったが、先の戦いから魔王軍にとって脅威となっていた。魔空艦より小回りが効き、上空から降り注ぐ弾雨によって大きな被害を受け、地上で戦う魔王軍の部隊には、神盾の習得は必須となっていた。
それでも盾の隙間や光弾が砕いた岩の破片が刃と化し、何人もの兵が悲鳴をあげて倒れていく。
『図に乗るなよ!』
アズライルがハエタタキを振り上げ、眼下の剥き出しとなった岩盤を勢いよく叩いた。元は魔装兵の手から砂塵が噴き上がり、釣竿のように引き上げると、大きな岩盤板がハエタタキにくっついたまま浮き上がった。
『ぬりゃあああああっっ!!』
咆哮しながらハエタタキを一気に振り回し、岩盤を空に向かって放り投げると、巨大な岩盤は一直線に魔空艇の船体を貫き、虚空で大爆発を起こした。
おおと空に咲く爆火を見上げながら、兵士たちは歓声をあげた。
『さすが、アズライル様の“真空岩投掌”。お見事』
『ふん。やつらめ、調子に乗るからだ』
あまり命中率の良い技ではないが威嚇するには十分で、ムルドゥバの他の魔空艇や魔装兵も今の一撃に恐れをなし、アズライルたちから退避していく。その隙に、アズライルは襲われていた部隊とともに、獣王部隊を要塞に帰陣させていた。
『ミスリードは……』
帰陣して水を瓶ごと飲みながらアズライルは状況を訊ねようとすると、空から轟く爆音に周囲の兵士はどよめきながら空を指差した。
『ミスリード様と同じ衣装……、誰だあの魔族は』
『なんとなく見覚えはあるが』
アズライルは、空に浮かび上がる幾多の爆光に紛れて飛翔する小柄の女に目を凝らし、その正体に驚き舌打ちした。
『……リリシアという小娘か』
咲き乱れる爆光はミスリードとリリシアのエネルギー波が衝突して、生じさせているものである。衝撃波は地上まで届き、しばしば大地を揺るがしている。
『何があったか知らんが、あの小娘があれほどの力を隠していたとはな』
リュウヤ・ラングにクリューネ・バルハムントの二人でも厄介なのに、また面倒なのが増えたかと頭を抱えたい思いをしていた。
ミスリードの加勢をしたいところだが、アズライルに空を飛ぶ力が無い以上、リリシアの相手はミスリードとグリフォン騎兵に任せるしかない。それに、あの距離なら要塞の兵器でミスリードの援護ができるだろうと考えていた時、グリュンヒルデの指揮官が慌ただしく単騎でアズライルの下に駆け込んできた。
『聞きましたか、アズライル殿』
『どうした』
『エリシュナ様がリュウヤ・ラングと交戦。現在、魔王ゼノキア様以下魔空艦“レオナルド”が応援に向かっています』
『場所は』
『南西の渓谷』
そうかと緊張した面持ちで、アズライルは大きくうなずいた。
アズライルの頭の中では、ゼノキアと魔空艦の飛行速度を比較している。ゼノキアの速度が圧倒的に速く、性格からエリシュナの危機に単騎でも向かおうとするのは容易に想像できた。
『ゼノキア様を追うぞ。各隊に準備をさせろ』
アズライルは伝令に伝えると、残った水を頭から浴び、獣のように身体を震わして汗とともに水を弾いた。
ゼノキアと合流するために要塞を出ると、三百の部隊とともに南西の渓谷目指して西の岩山を疾駆した。渓谷へは岩ばかりが目立つこの山を越えるのが一番早い。
岩肌をベヒーモスの群れが黒い濁流となって縫うように突き進んでいく。
過去の地殻変動で、岩が高く隆起している場所に差し掛かり、アズライルは落石を警戒するよう振り返った時だった。
突如、飛来した紅の光弾が岩山を砕き、巨大な破片が獣王部隊に降り注いでいく。騎兵たちは慌てて散開した。
『待ち伏せされた!?』
見ると岩山の東側から、砂塵を巻き上げながら迫る五体の魔装兵の姿があった。
『敵だ!迎撃用意!』
アズライルは部隊に号令し、ベヒーモスを疾駆させた。
敵の魔装兵は何度も修理したのか、継ぎ接ぎのような外見で、ろくに塗装もされていない。ムルドゥバのそれと比べてもみすぼらしい。かつ、肩にあるはずの識別章がない。
加えて、魔装兵の肩に乗る銀髪の男。砂塵防止にゴーグルを装着していた。
男は手袋を脱ぐと、両腕がトカゲの手のように変化し、手の内に生じた青白い光が長大な薙刀を形成させた。
迫る部隊がどこの誰かは一目瞭然だった。
魔空艦“マルス”もいるのだ。この戦場にいるのはわかっていたはずなのに、すっかり忘れていた自分の迂闊さにアズライルは苦笑いしていた。
『そう言えば、お前もいたな。……“魔手”のシシバル』
『勝負だ、アズライル!』
魔装兵を騎馬代わりにして、シシバルはすれ違い様に奮然と薙刀を振り回してきた。刃がハエタタキと衝突し、耳障りな金属音とともに火花が散った。
間髪入れず、魔装兵魔光弾を連射するが、アズライルはたくみに手綱を捌いてかわし、山の斜面を駆け上がっていった。
『アズライル様!』
獣王部隊がシシバルを攻撃しようとするが、シシバルは薙刀から弓矢に変化させ、魔光弾以上の威力を持つ炎の矢に阻まれて追撃を許さない。
獣王部隊の戦士たち一流の騎手でもあるから、最初の奇襲では被害もなかったのだが、混乱でアズライルよりわずかに出遅れて、アズライルとは距離があった。
その隙を狙って他の魔装兵が割って入り、アズライルと獣王部隊は分断された格好となった。
『よし、うまくいった』
交戦する魔装兵と獣王部隊を一瞥して、シシバルはアズライルの姿を追った。アズライルの駈るベヒーモスは、壁のような急な斜面を駈けて光弾を避けていく。
“しかし、今の攻撃かわすかよ”
ヘッドフォンからジルの驚嘆する声がした。シシバルはジルとの通信用ヘッドセットを装着している。
『それよりジル、もう一回いくぞ。奴をリュウヤたちから遠ざけないと』
ジルに問うと、任せろと威勢の良い声がヘッドフォンから聞こえてきた。
“しっかり捕まってな!”
砂塵を巻き上げながら魔装兵は転身すると、ジルはペダルを踏みしめて、腕から魔光弾を放ちながらアズライルに突進していった。