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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第14章「血のムルドゥバ」
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アデミーヴ、覚醒

“リンドブルムよ、無事か”


 心配しに声を掛けに来たバハムートの姿を見て、反対にリンドブルムの方が驚愕した。

 バハムートは全身血だらけで、美しく輝く白い鱗は、煤や煙で真っ黒に汚れて額から流れる血が目に入るのか、右目はずっと閉じたままでいる。


“僕より姫様、自分の心配をなさってください!”

“我を誰だと思っている。神竜バハムート様だぞ。……さすがに少々疲れているが”

“変な強がりはいいですから”


 リンドブルムも疲労の色が濃かったが、負傷しているバハムートを放っておけず、治癒魔法を負傷が目立つ額の傷にあてた。近くにいた数百匹のアーク・デーモンは上空から飛散してきた火球と、バハムートたちのブレスを使ったバリアによってほとんど駆逐されている。

 わずかな静けさが戻った。


“今の火柱と火の玉はなんだったのです”

“あの魔法には見覚えがある。リリベルとかいう魔族の魔法使いが使っていた。連中にいた長身の女だ”

“火柱が起きた位置て、ハルザ宮殿があるところですよね。なら、アルド将軍は……”

“危ないのはわかってはいる。だからといってどうにもできんだろ”


 上空の魔法陣からは、再生した新手のアーク・デーモンが現れ始めている。魔装兵(ゴーレム)もいつの間にか街から引き上げ、結界外にいるシシバルたちの魔空艦も動きがない。特殊な結界を打ち破る手立てが見つからない様子だった。


“もう何も考えるな”


 バハムートはリンドブルムに言ったが、リンドブルムには、その声は疲れてひどく虚ろに聞こえた。


“力尽きるまで、最後の最後まで戦うだけだ”


 地上に十数匹のアーク・デーモンの群れが、バハムートたちの頭上まで迫ってくる。蹴散らしても蹴散らしてもアーク・デーモンは現れ続け街を破壊し、人を殺し続ける。どれほどもがいても祈っても悪夢から覚めることはない。

 結局は救えないという無力さに、バハムートは諦めの境地にいた。


“姫、諦めてはダメです”

“だが、あれではな……”


 バハムートが指差した先を見て、リンドブルムは目を見張り奥歯が鳴った。

 数分前に見たとき、それは確かにそこにあったのだ。きちんとした形で。

 クリューネたちがほんの数十分前までそこにいた雑貨屋が、一匹のアーク・デーモンの足場となり、今は形もなく圧し潰れしまっている。隣の金物屋から火の手が移りかけている。木材の間から老いた腕や足が生えていた。何かの間違いだと祈りたくても、覗く衣服の裾から、あの老婦のものだと冷厳と事実を伝えていた。押し寄せる火が木材に燃え移り老婦の手足を包み隠していく。


“くそっ、くそっ、くそっ!!”


 リンドブルムは雑貨屋に降り立ったアーク・デーモンに向かい、喚きながら突進していった。策も技もない突進だったが、バハムートは何も言わなかった。リンドブルムの後を追い、爪を立て、牙を剥き、炎を吐いて、ただひたすら戦うだけだった。

 戦うだけ、戦うだけ、タタカウダケ。

 果てしない戦いに、バハムートの意志は崩壊仕掛けていた。アルドから天候回復の知らせを聞けば戦い方も考えも違ったろうが、アルドは集めた情報を外部に発することもなく、宮殿の防備だけに集中させて何も伝わっていない。

 当てもなく、ただ戦い続ける。

 背にどんと衝撃がはしり、振り向くと当時にアーク・デーモンをホーリーブレスで駆逐したが、別の一匹が体当たりしてきた。肩に噛みつかれ、突き刺すような尋常ではない熱さと激痛がバハムートを襲った。放り投げたものの、別のアーク・デーモンの爪がバハムートの胸を切り裂いた。

 自身が苛まれていくのをバハムートは感じていた。それでもバハムートは力の限り抵抗したが、次から次へと現れる悪魔に身体と気持ちが持たなくなっていた。


 ――駄目か。


 胸を裂かれ左肩もあがらず、精も根も尽きてしまったバハムートは膝をついてしまった。リンドブルムが何か怒鳴ったが聞くのも億劫だった。これまでも負けた経験はあるが、制限時間前に物量で負けるのは初めての経験である。屈辱的ではあったが、疲れきったバハムートの頭ではそれを考えることすらも億劫だった。

 ただ、アイーシャを始めとした子どもたちが気がかりである。


“情けない神竜で済まんな……”


 禍々しい嘲笑を浮かべて近づくアーク・デーモンを力なく見つめていた。


「……負けないで。お姉ちゃん」


 バハムートの前を青く光る風が薙いだ。

 静かな清流の如くバハムートの脇を流れ、時にはつむじを巻いてアーク・デーモンの群れへと流れていく。柔らかな光に包まれたアーク・デーモンたちは、白い身体が発光し、小さな光の粒となって拡散していく。光の風は次第に広がり、ムルドゥバの街を駆け抜けていく。


“……これは”

「クリューネのお姉ちゃん、安心して。私の力だから」


 声がした方を見ると、金色の光に包まれたアイーシャが、バハムートの傍で浮遊した状態で佇んでいる。


“アイーシャ、何故、ここに。その力は……”

「私の力でお姉ちゃんたちを、街のみんなを助けたいからここにきたの」


 アイーシャはおもむろに手を掲げると、光の風はリンドブルムが格闘するアーク・デーモンへと向かい、光の粒子へと変えていく。アーク・デーモンは絶叫もせず、戸惑いながら消えていく。

 すぐに再生して、魔法陣からも現れてこない。


“……魂が浄化されているのか”

「あの人たちが持つ怒りや憎しみが消えない限り、ずっとあの怖い悪魔のまま。魂を何とかしてあげないと」


 アイーシャは小さな手に力をこめると、風は更に大きくなり、地上のアーク・デーモンを浄化し、傷つき負傷する人々を癒していく。不思議そうな顔で、自分たちを救った光の風の行方を追っていた。やがて、風は街を覆う結界に触れると、これまでびくともしなかった結界からミシリと音を立てて、その表面に亀裂がはしった。だが、その傷はすぐに修復されてしまう。

 アイーシャは息を呑んで結界を注視した。


「すごい力。傷つけても、すぐに直されちゃう」

“あの魔法陣からだな”


 バハムートは夜空に輝く魔法陣に目を向けた。


“あれがエネルギーの大元。消せば異世界との繋がりも消え、空のアーク・デーモンを駆逐できる”

「うん、わかった。でも駆逐じゃないからね」

“では、なんだ”

「浄化。心を綺麗にして安らげるようにするの」

“そうか。任せる”


 アイーシャはにこりと微笑むと、両手を魔法陣に向けて掲げた。青い風がアイーシャに集まり、渦巻きながら一本の巨大な柱となって魔法陣へと向かっていく。ゆっくりとだが着実に魔法陣へと迫っていく。アーク・デーモンも数で言えば数十匹ほど残っていたが、上空でただ見ているだけではなく、攻撃を仕掛けているのだが、無効化される上に触れれば浄化されるために近づけないでいる。


「もう少し、もう少し……」


 アイーシャはきっと魔法陣を睨んでいた。もう少しでこの戦いも終わる。みんなが安心する。頑張らないと。

 一心不乱に全神経を両手に集中していたが、不意にアイーシャの身体を衝撃が駆け抜けた。殴られたとか刺されたというものでもなく、強い力がアイーシャの身体を揺さぶった。


「なに……?」


 身体から力が抜けていく、青い風の柱が魔法陣からどこか別の方向へと向かっていく。アイーシャの身体から溢れた風も同じ方向に。


“どうしたアイーシャ。もう少しだぞ”

「わかんない。力が出ない……ううん、力が吸われていく」

“吸われていく?”


 バハムートは急いで光の風の行方を追った。その先にはハルザ宮殿があるはず。突然の事態に呆然としていると、ごめんとアイーシャの疲れきった声がバハムートの耳を捉えた。


「もう、力が……」


 アイーシャを包む金色の光が消え、地上へと落下していくアイーシャを慌てて受け止めた。


“大丈夫か、アイーシャ!”

「ごめん、ごめんね……」

“謝るな。お前はよくやった”


 まだ空に数十ものアーク・デーモンが残っているが、駆逐するだけしかできなかった数百ものアーク・デーモンを浄化し、再び再生できないようにしたのだ。誰もできないことをたった一人の少女がやってみせた。誰が責められるだろう。

 それよりも「力を吸っていった」というハルザ宮殿で何が起きているのか。

 アイーシャを抱えるバハムートには不安が心を激しくざわめかせていた。


  ※  ※  ※


 アイーシャ・ラングの勇姿と青い風はハルザ宮殿からでも確認でき、アルドはスクラップ同然のアデミーブや魔族の暗殺者より、アイーシャに関心を示し、驚いていた。


「やはりあの娘、あんな力があったのか」


 感心するほどの余裕があったのは、ベオルバやリリベルも突然の事態に戸惑っていたからだ。遠目からでもアイーシャらしき姿や近くのアーク・デーモンが消えていく様を見れば、動揺しないわけにもいかない。

『リリベル殿、早く始末をつけねば』

『は、はい!』


 ベオルバに叱咤され、我に返ったリリベルがアルドを凝視した。相変わらず視線はアイーシャに向けられ、目の前の暗殺者など忘れているようだった。

 さすが度胸はある。

 しかし、長所をは短所にもつながり、時には命とりになる。今がそれだと思った。


 ――ケリをつけてやる。


 リリベルが猛火烈掌(テヘペロ)の印を結び、詠唱を始めた時だった。小さな影がリリベルたちの前に、ぎこちない動きをしながら立っていた。黒い煙をあげ、砕け割れた鎧がみすぼらしい。

 その影に、ベオルバは嘲笑って口の端を歪めた。


〈ア、ア、アデ、ミーーブ……〉


『まだ抵抗するつもりか。がらくため、リリベル殿の魔法で消し去ってやる』


 ベオルバがそう言った時だった。誰かが「光がこっちに来るぞ」という怒鳴り声がした。振り返ると風という風がひとつのうねりにまとまって押し寄せてくる。


〈アデ、ミーーブ!〉


 アデミーブは気力を振り絞るように、いつもよりワントーン高くして、自分の名を告げた。するとアデミーブの身体が発光し、押し寄せる大量の青い風が、アデミーブの中へと吸い込まれていく。だんだんとアデミーブは輝きを増していき、太陽のように眩しくなって、目も開けられないほどの強烈な光が辺りを満たした。

 地上の全てを光で消してしまうのではと思った瞬間、忽然と光が消えた。

 代わりに、そこにはボロボロだった銀の甲冑が煌々とした輝きを放った状態で修復され、傲然と佇むアデミーブの姿がそこにあった。


『ふん。何かよくわからないが、エネルギーを吸収して回復させたか』


 ベオルバは動揺をみせるリリベルに、さっきと同じパターンでと囁き打ち合わせすると、スコルピオを振るって地面に鳴らした。


『今度は跡形もなく消し去ってやる』


 身構えるベオルバと復活したアデミーブを見下ろすアルドの隣でケインが計測器を見ながら、唸るような声をあげていた。


「どうしたというのだ」

「信じられません。エネルギーが満タンなのはともかく、これまで達したことのない数値が出ています」

「だからなんだ」


 ベオルバがスコルピオしならせ、アデミーブ目掛け紅い刃を猛然とはしらせた。到達する直前に急に変化し、剣先がアデミーブの頭上に迫る。


『どうだ、串刺しにしてやる!』


 ベオルバが勝ち誇って叫ぶ。


「アデミーブの出力が……」


 スコルピオがアデミーブを貫く瞬間、アデミーブの姿が消えていた。空間から消えたようにあっという間にベオルバの眼前に迫っていた。手元が軽くなっている。いつ破壊されたのか、スコルピオはバラバラになって、破片が宙に舞っていた。


『え?』

〈アデ、ミーーーーーーブ!!!!!〉


 危険な敵を目の前にしても、身体や思考が追いつかず何事かわからず、ベオルバは口を開きぱなしでいる


「出力が振り切っています。今のアデミーブの出力はおそらく百パーセント以上」


 ケインが告げたと同時、パウッと乾いた音がなった。

 呆然としたままのベオルバの顔面にアデミーブの拳が貫き、下顎を残したまま、ベオルバの頭部は吹き飛ばされていた。

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