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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第14章「血のムルドゥバ」
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まだ本気だしてないだけ

 アデミーヴと呼ばれる甲冑姿の影は、丸い目でリリベルを傲然と見下ろしていたが、近くで様子を見守っていたアルドがうなずくのを見ると、勢いよくリリベルに殺到してきた。


『亡霊まがいが、生意気に!』


 リリベルは口から血をだらだら流しながら飛び退くと、アデミーヴの拳が芝生の地面を砕き割った。アデミーヴは逃げるリリベルに猛追を仕掛け、リリベルはそのまま宮殿の外まで追い出された。

 ふむと顎をつまむアルドの背後から、ドアがけたたましく開く音がし、ケイン・キューカが駆け込んできた。破壊された室内や負傷した将校たちにも気にした様子もなく、アルドの傍らに立ってアデミーヴの行方を追った。


「ど、どうでしょうか。アデミーヴは!」

「出てくるタイミングは良かったが、なかなか仕止めきれないな」

「そ、そうですか……」


 ケインは半円形のメーターが上下二つ並ぶ、手のひらサイズの小さな計測器と、アデミーヴを見比べながら残念そうに嘆息していた。ひとつは針が満タンを意味する太い黒線まで指しているのに、もうひとつは半分も達していない。

 ケインはその半分もいっていないメーターを注視しながら、ため息をついた。


「やっぱり、出力三〇パーセントだとあんなものですかね」


 三〇パーセントという言葉を聞き咎めるように、アルドが言った。


「最初の報告では六〇パーセント、先には四〇パーセントと聞いた。幾らなんでも下がりすぎだろう」

「それが、どうにも力が安定せず……、いや、昨日までは七〇パーセントだったんですよ」


 言い訳がましく渋い顔をして計測器を睨むケインに、アルドは学者はいい加減なものだと不快気にアデミーヴとリリベルの戦いを眺めた。アデミーヴの勢いは荒々しいがそれだけで、お世辞にも凄まじいとはアルドにも思えなかった。実際、リリベルの格闘技術はさほど優れたものではないが、それでも何とか凌げているのは、アデミーヴの攻撃が単調だからである。


 ――チャンスなのに!


 ハルザ宮殿敷地周辺には、強力な結界が張られている。アーク・デーモンの攻撃も防ぐほどの強さを秘めていたが、ケスモスのような特殊結界ではないから、リリベルにとっては侵入も容易だった。全ては計画通りだったと言っていい。あと一歩。ほんのわずかだった。

 そのあとわずかのところで、正体不明の存在に行く手を阻まれた。

 咄嗟とっさに、リリベルの手から放たれた雷槍(ザンライド)による雷の刃が、アデミーヴな小さな身体に向かっていく。しかしアデミーヴは構わず突進してきた。雷がアデミーヴに直撃する寸前、魔法陣が雷撃を遮って拡散した。


 ――神盾(ガウォール)か!


 速すぎると思う間もなく、炎に照らされたアデミーヴの銀色の甲冑が黒い影となってリリベルを覆った。


〈アデ、ミーーヴ〉


 アデミーヴが拳を振り上げた刹那、空中から一本の紅い閃光が鞭のようにしなり、アデミーヴの攻撃を妨げた。


『リリベル殿、さがれ!』

『ベオルバ殿か』


 助かったとリリベルは安堵の息をもらした。

 サソリの尻尾を想起させる伸縮式の刀剣、通称“スコルピオ”。リリベルが見上げる空に、もう一人の潜伏者ベオルバの姿があった。振り乱す長髪が風になびいていた。


『この甲冑亡霊が!』


 着地したベオルバが立ち上がった勢いを使い、後ろ蹴りでアデミーヴを蹴り飛ばすと、地面に刺さったままのスコーピオンブレイドの刀身を引き抜いて、アデミーヴに剣を振るっていた。


〈アデ、ミーーヴ〉

『アデアデ、いちいちうるさい!』


 ベオルバは耳障りなアデミーヴの声に苛立ちを隠せず、怒鳴りながら剣をしならせると、スコルピオの刃は生き物ように揺れ動き、アデミーヴへと襲いかかっていった。


〈アデ、ミーーヴ〉


 アデミーヴは無機質な声を発しながらスコルピオの刃を弾くが、リリベルが魔法で援護してきたために後退しなければならなくなった。


『リリベル殿、無事か』

『私は大丈夫、それより奴の始末を先に』

『わかった。任せろ』

『お願い……』


 ガーツールと言い掛けて、慌ててリリベルは言葉を呑み込んだ。

 ベオルバはアデミーヴを見据えたまま、スコルピオを構え直している。唇が乾いていたのか、チロリと舌が唇を舐めた。

 ガーツールとは剣の同門で、良きライバルだったというベオルバは、長身かつ痩身以外似ているところもないのに、雰囲気がどこか似ていて、リリベルはガーツールと何となく重ねていた。今もベオルバの背は、ガーツールの背中と重なって見えた。


『ベオルバ殿、大炎弾(ファルバス)使います!』

『了解。……唸れ、スコルピオ!』


 リリベルの大炎弾(ファルバス)を放つと、その後をスコルピオの刃が渦巻いて突き進み、リリベルの大炎弾(ファルバス)を拡散させた。刃は熱風を巻き起こし、アデミーヴの四方から降りかかった。


〈アデ、ミーーヴ〉


 アデミーヴは冷淡で無機質な声を発すると、身体に紫色の炎をまとい急旋回して炎の嵐を避けた。

 熱風が執務室まで届き、アルドは顔をしかめながらふむ、と面白くなさそうに唸った。


「新手の魔族か。互角、というより少し押されているように見えるが、アデミーヴは大丈夫なのか」

「出力が五〇……いや、四〇パーセントにまで上がれば、あんな奴ら、容易く倒せるはずです」

「今ができていなければ意味無いだろう。四〇パーセントにいくにはどうするんだ」

「それでしたら、次の稼働実験までには間に合わせてみせますよ」

「……」


 得意気に胸を張ってみせるケインに、アルドは呆れていた。レジスタンスのハーツ・メイカなら、この種の軽々しい発言などしなかっただろう。主任として招きたかったが、ハーツ本人が断ったため、ケインを主任として置いているが、成果を独占したがるために、他の研究員から嫌われている。

 そんな研究とその成果ばかりにしか頭にないこの男に言っても無駄だと思って口にするのをやめた。

 人にはそれぞれ、役割がある。

 もしもアデミーヴが駄目な場合に備え、次の手立てを考えるのは自分たちの役割だと思い直し、以降はむっつりと口を閉ざして戦いの行方を見守っていた。

 アデミーヴは二人の魔族に押し返され、再び宮殿の敷地内に戻っていた。形勢はアデミーヴにとって有利とは言い難い。

 リリベルから放たれた雷槍(ザンライド)がアデミーヴに迫り、アデミーヴは瞬時に形成したバリアで高位魔法を弾き返した。雷槍(ザンライド)は四散し、その一つの細い稲光がアルドの方向へ向かうのを見ると、リリベルを前にいきなり背を向けた。


 ――所詮は人形か。


 主に危険が迫れば守護するよう組み込まれているのだろうが、あまりに不用意すぎた。アルドが手にしたエクスカリバーで雷撃を防ぐのを見て、アデミーヴは主が無事と確認すると、本来の目的に戻って身体が向き直った。しかし、その時には、ベオルバとリリベルは次の攻撃を繰り出そうとしている時だった。


『所詮は人形。魔法生物に毛の生えた程度しかない。いけるぞ!』

『ええ、ベオルバ』


 ベオルバはスコルピオをしならせ頭上で振るうと、突き上げるようにしてアデミーヴに向かって紅い刃を放った。とぐろを巻くように猛進し、スコルピオの刀身から生じる衝撃波アデミーヴの身体を弾き飛ばした。

 木の葉のように宙を舞うアデミーヴを見据えながら、ベオルバが怒鳴った。


『やれ、リリベル殿!』

『はい!』


 リリベルはベオルバが仕掛けた時には素早く印を結んでいて、高く澄んだ美声で呪文の詠唱も済ませていた。手の内には炎の火球と雷の光球が混ざり合わさり膨大なエネルギーの塊が生じていた。


「諸君、伏せろ!」


 アルドは顔色を変えて将校たちに怒鳴ると、傍のケインを部屋の隅に放り投げて、自身はエクカリバーを横にして構えた。剣に嵌め込まれた宝石が燦然とした光を放った。


猛火烈掌(テヘペロ)!!!』


 リリベルが呪文の名前を告げると、その両手から発する大熱の火柱がアデミーヴの身体を呑み込んでいった。

 エリシュナの萌花蘭々(コスモス)に、勝るとも劣らないと評される超高位魔法の“猛火烈掌(テヘペロ)”。

 熱波はアデミーヴの身体を押し流すと、上空の結界に衝突して四散し、火の玉が雨のように街へと降り注いでいった。敵も味方も人間もアーク・デーモンも関係なく、猛烈な火球に焼かれていった。


“な、なんじゃ?”


 異変に気がつき、焦りのあまりにバハムートはいつものクリューネの口調に戻ると、上空から向かってくる無数の火球に目を剥いた。


“ティアーーー!!!!”

 バハムートが咆哮すると、アーク・デーモンと交戦していたリンドブルムも飛来する火球群に気がつき、バハムートに共鳴するような雄叫びをあげ、雷火を空に放った。バハムートも押し寄せる火球に向かってホーリーブレスを吐き続ける。

 聖光と雷火がバリアとなって壁を形成し、火球がバリアに降りかかると、凄まじい電磁波を散らせながら四散していった。轟音と激震がバハムートらを攻める間、どれほどの時が経ったのかバハムートには判然としなかったが、もしかしたら数秒にも満たない時間だったかもしれない。

 衝撃波がおさまり、恐る恐る目を開けると、相変わらず燃え盛っていたが、壊滅的な打撃は免れたようだった。バハムートが身体を動かそうとすると、焼けるような痛みが全身を駆け抜けた。街の被害は防いだもののあちこちに火傷を負ってしまったらしい。

 激しい痛みに堪えながら、見上げる暗い空に小さな塊が浮遊しているのがバハムートの視界に映った。


“あれは……?”


 ゆっくりと地上に降りていき、あまりの頼りなさに木の葉か何かだろうとバハムートが勘違いしたほどだった。

 バハムートが木の葉と思ったものは、ゆらりゆらりと力なく落下していく。銀色に輝いていた鎧は砕かれ、焼け焦げてブスブスと黒い煙をあげている。見る者が見れば、その姿はミイラのように映っていたかもしれない。

 バハムートは正体を確認しようと思ったが、うずくまり肩で息するリンドブルムのことが視界に入るとそれどころではないと気がつき、浮遊物への関心はすぐに薄れていった。


「……ムルドゥバが総力挙げて、この程度のものしかつくれんか」


 アルドはエクスカリバーのバリアを解除すると、失望を隠せないまま舌打ちした。


「いや、そんなはずは、アデミーヴは、アデミーヴはこんなものでは……」


 ケインが握る計測器のメーターの針は、二つとも空を意味する赤線を指している。

 苦々しく腕を組むアルドと、あわてふためくケインとは対照的に、ベオルバは興奮を隠しきれず、うずくまるリリベルの肩を揺さぶった。


『やりましたな。リリベル殿!』

『……』


 励ますベオルバの脇で、リリベルは喘ぎながら空を見上げていた。


〈ア、アデ……、ミミ、ミーーヴ〉


 煙が晴れ、その下から現れたアデミーヴは甲冑を砕かれ、ゆっくりと地上に降りてくる。見るからに力を失ったその姿は、ぼろ雑巾のようにみすぼらしく変わり果てた姿となっていた。

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