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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第14章「血のムルドゥバ」
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人型兵器(ホムンクルス)“アデミーヴ”

 ハルザ宮殿に配置された魔装兵(ゴーレム)とアーク・デーモンとの攻防は更に激しさを増していた。砲音が耳をろうし、爆発による揺れが宮殿をしばしば震動させ、その度に総司令本部となっている執務室内を目映い閃光が鋭く光る。

 しかし、将校たちは外の砲火に負けじと声を張り上げ、電話と無線のやりとりによる喧騒に満ちていた。

 ただひとり、アルド将軍は窓の近くに佇立し、燃え盛る街並みを無言のまま眺めている。


「将軍!街に出撃した魔装兵(ゴーレム)部隊から補給の要請が」

「部隊については撤収、補給にかかれ。憲兵部隊も撤収」

「了解!」

「それから、魔装兵(ゴーレム)部隊、憲兵部隊はそのままハルザ宮殿に配置、宮殿の防御にあたること」

「りょう……、は?」


 了解と言い掛けて、聞き間違えたかと言う目で通信係がアルドの背中を見つめた。アルドが見つめるその窓の外には、街を蹂躙する悪魔と業火に包まれる建物の光景が映っている。


「聞こえなかったか。全部隊撤収、ハルザ宮殿の防御にあたれ」

「いや、しかし、外には多くの市民がおり、竜族が彼らのために戦っています!」

「ここは、我々人間にとって生命線である」

「……」


 低い声調だったが、その声は不思議と通り、砲音よりもはっきりと将校ひとりひとりの耳に届いた。


「我々が朽ちるわけにはいかない。ムルドゥバの主な兵力は街の郊外にある。ここを凌ぎ、生き残り、魔王軍を殲滅するためにも、ここを死守しなければならない」

「では、市民を見捨てろと」

「彼らは英雄である」


 決然とした口調に振り返るアルドの威圧感に、室内の誰もが息を呑み、圧倒的な迫力に誰も抗することができないでいる。


「我々は彼らの犠牲の上にいる。民は国の基。彼らの死など本来、論外である。しかし、彼らが冷酷無慈悲なる魔王軍に戦えるかと問えば、答えは否である」

「……」

「戦えるのは我々しかいない。我々は魔王軍に戦うため、生き残らなければならない。我々は彼らに生かされているのだ」


 将校たちの視線がアルドに集まる中、アルドは君と部屋の隅で分厚い本を手にしていた将校に声を掛けた。急に声を掛けられ、将校が慌てて直立する。


「アーク・デーモンは光に弱いとは、君の報告だったね。月光でも消滅すると」

 はいと将校は手にした書物の、付箋が貼られたページを広げて、室内の将校たちに示した。変色したページには、アーク・デーモンと同じ異形の化物が描かれている。


「古い文献によれば、アーク・デーモンは闇の世界に棲息する魔物。月明かりで消滅したとあります。みなさんもご存じかと思いますが、召喚魔法の結界は、召喚された魔物と同質なもの。ムルドゥバを覆う結界や魔法陣も、月明かりで消滅するかと」

「月明かり程度でいいなら、魔空艦の砲撃やホーリーブレスでなぜ打ち破れない」


 誰かの質問に、推測ですが前置きしてから、将校は話を続けた。


「確認や報告から思うに、結界に使われる魔力は、常に流動しています。見た目は他の結界と同じでも火のように動いてます。火に水を浴びせるではなく、氷を投げ込んでいるようなもの、だと私は認識しています」

「よかろう」


 アルドは軽く手をあげて、将校の話を終わらせた。


「諸君、天気予報によれば、あと二時間ほどで雨はやむ。風の強さから雲間も晴れるだろう」

「……」


 朗々とした声が室内に響き、再び注目がアルドに集められた。二時間とアルドは強い口調で言った。


「二時間。いいかね二時間だ。堪え忍び、この危機を逃れることに全力を尽くす」


 明確な目標が具体的に定まれば、人は難事にも果敢に挑める。これまで出口が見えず、疲労の色が濃かった室内に将校たちの顔に赤みが差し、目には光が宿った。

 希望。

 将校たちの間に生じているものは、希望と呼べるものだった。将校たちにはそれぞれ仲間がいる。家族がいる。恋人がいる。先ほどまで、市民を見捨てる発言をしたアルドに怒りや疑念を持つ者もいたが、今は既に消え去っている。この二時間を乗りきることが全てに繋がると、自らに言い聞かせていた。

 沸騰し、今にも爆発しそうな空気の中にいる将校たちを、アルドは満足そうに見渡していた。この部屋はひとつの生き物となった。目的のために生き延びるために獣のように任務にあたるだろう。

 わすがに口元をほころばせるアルドだったが、ふと何かに気がつき、窓の外を一瞥すると「諸君」と声をあげた。


「各々機材を持ち、廊下側までさがりたまえ」


 そう言ってアルドは窓から五歩ほど歩いて、窓を注視した。将校たちには意味がわからなかったがアルドの命である。それぞれが担当する無線や地図などを抱えて、執務室の端まで行って、アルドが見据える窓を訝しげに眺めていた。

 全員が移動し終わって、数秒後のことだった。

 カッと白い閃光が執務室に満ちたかと思うと、壁が内側に膨れ上がり、次の瞬間には猛烈な爆発音と熱風が室内に吹き荒れた。


「うわああああああっっっ!!」


 真っ黒な熱い嵐の中、将校たちの怒号と絶叫が飛び交った。ゴウゴウと耳をろうする轟音と熱風に、将校たたは身を屈めているしかなかった。やがて嵐がおさまり、自分たちが瓦礫に埋もれているのに気がつくと、火傷や擦過傷に耐えながら、将校たちは瓦礫から這い出ていった。傷を負いながらも、全員が無事を確認した後、彼らは視界に映る光景に目を見張った。

 長剣を杖代わりにして先と変わらぬ位置にアルドが佇んでいる。

 執務室の壁は一切が破壊され、燃え盛る街並みがありありと映し出された。

 そんなムルドゥバの街を背景に、折れ曲がった宮殿の柱を足場にして立つ、銀髪で長身の女の姿がそこにあった。


『さすがはアルド将軍。爆風の位置と流れを予測していたとは』

「ふん。やはり魔王軍の仕業か」

『私の名はリリベル。アルド、貴様の命を貰いうける』


 リリベルかと、アルドはまっすぐにリリベルを見つめた。


「君のような美しい女性は、このような戦場ではなく、社交場でお会いしたかったがね」

『ありがとう。ですが、私は人間などと踊る気などなれない』


 微笑むリリベルの手元が急に輝き、光は巨大な灼熱の火球となってアルドに突進していった。

 だが、アルドは大炎弾(ファルバス)を前にしても動じない。猛火がアルドの身体を呑み込もうとした時、アルドの前を白い閃光が横切り、大炎弾(ファルバス)の炎が四散していくのを将校たちは見た。


『ちっ……!』


 アルドの手には一振の剣が握られている。鳥の翼を模した鍔の中心に濃緑な宝石がはめ込まれている。両刃の剣身には幾何学模様の装飾が施されている。

 リリベルも噂には聞いていた。

 まだ、ムルドゥバが魔装兵(ゴーレム)を手に入れる以前、魔王軍に対抗できたのも、この剣がひとつにある。

 高位魔法の無効化。治癒効果。一小隊分の特殊防御。契約を結び、主を護る意志を持つ剣。

 聖剣とはいえ、そこまで絶対的なまでの力は無い。そのために魔王軍を攻略するまでには至らなかったが、今日まで魔王郡耐えたのはこの剣の存在が大きい。


『……それが聖剣エクスカリバーか』

「もう剣を抜くこともないと思っていたが、なかなかそう上手くはいかないな」

『確かに素晴らしい力を持った剣。ですけど、扱うあなた自身に問題ありそうね』


 アルドはエクスカリバーを一振りしただけだが、額からは、もう玉のような汗が噴き出している。大きく息をし、呼吸も乱れている。がっしりとした体つきだからわかりにくいが、相当の期間、修練を怠ってきたのだろうとリリベルは思った。


「一昨年、腰を痛めてからはロクに身体を動かしていない。エクスカリバーでも治せないとは困ったものだ」

『それで良く、私をダンスに誘おうなどと言えたわね』

「いや、ダンスするのは“彼”とだ」

『彼……?』


 不意に、リリベルは傍らに気配を感じた。自身の左側にいつの間にかいる。

 振り向くと、小柄な甲冑姿の物体が宙に浮いている。物体には足がなかった。

 銀色に輝く鎧の下は、黒い影のようで、陽炎のように身体のまわりを揺らぎ、足の部分は尾を引いている。

 亡霊、或いは影が鎧を身にまとっているように映った。その影が被る兜の下からは、片方だけ大きな目が覗きリリベルを睨みあげた

 形は鳥の目のように丸く、黒い瞳がやけ大きく目立つ。リリベル自身の強張った表情が、その瞳にありありとうつっていた。


〈……アデ、ミーーーヴ〉


 人間味なく、やけに平坦で、その割に甲高く耳障りな声だと思った刹那、物体から繰り出された金属製の拳がリリベルの頬を抉っていた。焼ける痛みが全身を貫いたと感じた時には、そのままリリベルは地面に叩きつけられていた。


『がはっ……!』


 意識が混濁し、何が起きたのかわからなくなっていた。視界が歪み天地がぐるぐると回転している。ふらふらになりながら身体を起こすと鉄の味が口の中に満ち、ごりごりと小石のような硬い感覚ある。吐き気とともに口の中のものを吐き出すと、大量の血の中に折れた歯が何本か混ざっていた。


「さすがは魔族といったところか。人間なら即死だったろうにな」

『な、なに、なんなの……?』

「美しかった君も、そんなに顔が醜くなってしまっては、もはや社交場に連くどころか外へもいけないな」

「……」


 ヒューヒューと喉に穴が空いたように、リリベルが喘鳴しながら見上げると、エクスカリバーを手にして執務室に立つアルドの傍らに、甲冑を着た物体が浮かんでリリベルを見下ろしている。

 ちょうど間に合ったなと、アルドは社交場に知り合いでも連れてきたような朗らかな声でリリベルに告げた。


「彼は友人、人間たちの友人だ」

『友人、ですって……?』

「そうだ、紹介しよう。我らが誇れる友人“人型兵器(ホムンクルス)”アデミーヴ」


 ムルドゥバはいつの間にこんな兵器を。

 リリベルは目を見張ってアデミーヴを凝視していると、例の大きな瞳がリリベルを捉えた。〈ハジメマシテ〉と片言で喋ったが、影のような漆黒の身体には顔が丸く大きな目以外には何もなく、どこから言葉を発しているのかもわからなかった。


〈ワタシ、ノ、ナマエ、ハ、アデミーーーヴ〉

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