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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第14章「血のムルドゥバ」
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鎧衣ヲ紡グ

“くらえい!!”


 大木の幹のような太い首を振り回しながら、バハムートがホーリーブレスを放つと、巨大な光軸は数十ものアーク・デーモンを呑み込み、光とともに消失させていった。


「すげえ。一撃で化物を仕止めやがった」


 感嘆する人々の背後に、突如禍々しい気配がし、身体が硬直した。おそるおそる振り返ると、そこには二匹のアーク・デーモンが口に炎を溜め、今まさに焼き払おうと瞬間だった。


「……!」


 悲鳴すらあげることも出来ず、立ちすくむ彼らは、アーク・デーモンが炎を放つ瞬間に一体の竜が悪魔に組み付き、殴り飛ばすのを目撃した。

 二匹の悪魔がよろめいた隙を狙い、雷撃がアーク・デーモンを消滅させた。


“いつまでも、道端で何をぼさっとしている!

「……でも、どこへ」

“火の手が及んでいない、地下道や地下室にでも逃げろ!”


 青き竜――リンドブルム――が吼えると、人々は目が覚めたように駆け出していった。リンドブルムは自分が発した指示が妥当かどうか自分でもわからなかったが、道端で見物されてアーク・デーモンに狙われるより、よほどマシだと思った。

 リンドブルムは周囲を見渡し、悪魔の群れが寺院に向かうのを見ると、青い巨体を弾丸のように猛進させ、追い抜き様に放ったサンダーブレスがアーク・デーモンの群れを撃ち、振り返って寺院を背にした時には、アーク・デーモンは塵となって消失していた。


“助かったぞ、リンドブルムよ!”


 バハムートがさらに十数匹のアーク・デーモンを、ホーリーブレスで駆逐してから叫んだ。

 バハムートはリンドブルムがいてくれて、心の底から助かったと思っている。アルド将軍の守備にあたっていた魔装兵(ゴーレム)がようやく動き出したものの、いかにバハムートでも大量に押し寄せる悪魔を撃退することに手一杯で、寺院までには気が回らなかったのだ。

 息をついたバハムートに、砲音が耳を捉えた。音がした方向に目を向けると、三隻の魔空艦が迫り結界に向けて攻撃を仕掛けているところだった。

 その中の一隻に見馴れた船がある。


“あの船はマルス……、シシバルか?”


 他の二隻は、街の付近を警戒にあたっているムルドゥバの魔空艦だからここにいるのは当然としても、シシバルは異変を知って駆けつけたにしては早すぎる。何かの用件で偶然、近くまで来ていたのかもしれないとバハムートは思った。

 マルスは他の魔空艦とともに、嵐のような砲撃を仕掛けるが、バリアに直撃するも弾かれてしまっている。衝撃で爆発こそするものの、違和感をおぼえてバハムートが目を凝らすと、結界のエネルギー波が複雑に波打ち、力を拡散させているように思えた。


“あの結界、エリシュナの傘のやつと似たタイプか”


 バハムートはホーリーブレスさえも防いだ、エリシュナの“パラソリア”のバリアを思い出していた。


“おい、よせ!無駄だとわからんか!”


 だが、魔空艦は気がついた様子もなく砲撃を続けている。無闇に仕掛けてもエネルギーの無駄だと思ったが、他に伝える手段がない。

 何度も“やめろ”と雄叫びにも似た声で、マルスに呼び掛けたが、砲音に消されて何の反応もない。次第に苛立ちがつのりだし、バハムートは半ばヤケクソに近い気分になっていた。


“いい加減に、やめんかあぁぁぁぁぁ!!!”


 バハムートは魔空艦に向かって、いきなり全力でホーリーブレスを撃った。直径三十メートルを超える光の柱がうねりを伴って結界に激突する。轟音と衝撃波が大地を激震させ、激突によって生じた白い煙が、プラズマを放電しながら雲のような塊となって上空にもうもうと立ち込めた。

 やがて煙が散って消えると、バハムートが予想した通り、全力のホーリーブレスを放ったにも関わらず、結界の透明な壁は奇妙な波紋をつくり出しているだけで傷ついた様子がない。

 見据える先の魔空艦からはピタリと砲火がやんだ。今の攻撃で全てを察したらしく、少ししてから光信号がマルスから忙しく瞬いた。


 ――キモヲヒヤシタ。バカヤロー。


 光信号の打ち方から、あわてふためくシシバルたちの様子が、ありありと浮かんでくるようだった。確かに、少々荒っぽかったかと苦笑いするバハムートに、再び光信号が瞬いた。


 ――ジュツシャハッケンニカカル。マチヲタノム。


“頼む、か。この有り様じゃ、任せろとは言えんがな”


 既に街には甚大な被害が及び、ぱっと見渡しただけでも破壊された建物の瓦礫や、無惨な死体が至るところに転がっている。任せろと言うにはあまりにも手遅れで、あまりにも無責任な台詞のようにも思えた。


“ただ、これ以上はやらせてたまるか”


 バハムートは襲いかかってきた一匹のアーク・デーモンの頭部を一撃で叩き潰すと、次々に現れるアーク・デーモンの群れへと猛進していった。


『……やはり、バハムートは強いな。恐ろしく』

 

 切った手首からしらしらと血が流れ続け、確実に死へと向かっているはずなのに、光球に包まれたケスモス老は、恍惚に満ちた表情で魔法陣から流れ出す魔力の奔流に身を委ねていた。

 意識は遠退いていくのに、外で何が起きているのか、その光景がケスモスの中に流れ込んでくる。

 闇の異世界から召喚されたアーク・デーモンが、白い竜と青い竜の口から放つ閃光によって次々と駆逐されていく。爆煙の塊が空に形成される中、二匹の竜が飛翔する姿に、地上の人間たちは歓声を送っていた。

 そんな外界の様子にも、ケスモスは穏やかに笑みを湛えているだけだった。

 縦横無尽、鎧袖一触といった様相で、確かにアーク・デーモンを圧倒している。しかし、アーク・デーモンの新手は次々に現れる。彼らは浄化されなかった魂であり、倒されても闇に戻っただけで、再生しまた戻ってくるだけのこと。召喚魔法“降臨血界(ワクテカ)”の効果が続く限り、闇の異世界との入口は開いた状態で、悪魔は無限にやってくる。

 それに、ケスモスの精神状態は極限に研ぎ澄まされ、その極限をも超えようとしていた。意識は肉体から離れ、自身の老いた肉体を俯瞰して眺めている。真賢を得んと志した全盛期の頃にも経験したことのない、無限の境地にケスモスの心は幸福感に満ちていた。

 召喚魔法の限界を模索し続けてきて、死を目前にようやくたどり着くことができた。

 この身が朽ちても、ケスモスの精神は降魔血界(ワクテカ)に取り込まれ、ムルドゥバを覆う闇が失せるまでるまで、降魔血界(ワクテカ)はその力を保ち続けるだろう。


『……後は頼みましたぞ。リリベル殿』


 かすれた声を最期に、光が強さを増していった。あたたかな光に包まれるのを感じながら、ケスモス老の意識は魔法陣が放つ光の中へと消えていった。


  ※  ※  ※


 猛火に包まれるムルドゥバの街は、二十キロ先の丘の上からでも、自動車の車内にいるリュウヤの目にはっきりと確認できた。

 街から赤々と燃え盛る炎が夜空を焦がしている。闇よりも濃い煙が上空に漂い、そこには数えきれないほどの魔法陣が浮かび上がっていた。

 運転席のハーツは雨が叩きつける窓から目を凝らすして街の異常に気がつくと、驚愕の声をあげてブレーキを踏みつけた。


「おいおい、何だよ。朝出かけて帰ってきたら、いきなり戦争かい」

「セリナ、アイーシャ……!」


 リュウヤは雨が降っているにも関わらず、車の幌を開いて車から身を乗り出した。強い雨滴がリュウヤの身体を打ち、すぐに衣服や肌を濡らしていく。

 クリューネはどうしたと目を凝らしたが、さすがにこの距離だとリュウヤの肉眼でも確認することができない。魔法陣も星のように点々と輝いて、ぼんやりと形がわかる程度である。

 爆音が轟き、闇に紛れて砲火が光った。三隻の魔空艦がムルドゥバに向かって砲撃を行っている。

 はじめは魔王軍の襲撃、或いは内部の反乱かと疑ったがすぐに間違いだと気づいた。魔空艦が繰り出す砲撃は、ムルドゥバの上空で遮られてしまっている。

 砲撃ごとに街を覆う膜のようなものが浮かび上がり、ムルドゥバの街が半球状のバリアに閉じ込められ、それを破壊しようとしているのだとわかった。

 しかし、魔空艦からの度重なる砲撃にも、結界はびくともしない。光弾の散り方から見て、絶えず流動する魔力が砲撃を拡散させているのだと推測した。


「……力押しでやっても、あれじゃ駄目だ」


 術者を探して倒すのが一番早いのだろうが、クリューネだってとっくにわかっているだろう。バハムートの力でもそれが出来ていないというのは、よほど数が多いか強敵か、或いはそのどちらもで、それどころではないのだろう。


「どうするんだリュウヤ君」

「何とか打ち破ってやってみます」

「何とかて、魔空艦の砲撃が通用しないのに、あんなバリアをどうやって」

「大丈夫」


 それだけ言って、リュウヤは後部座席に置いてある“魔石”が入った袋をポケットにしまい、腰に“弥勒”と脇差として使う短剣を差した。ピシャリと自分の頬を張って気合いを入れると、身体中の筋肉を引き締まっていくような感覚があった。

 今にも飛び出して行こうとするリュウヤを、ハーツは呆気にとられて見つめていたが、ふと我に返って慌てて首を振った。


「し、しかし……、状況もわからないのに無謀過ぎやしないかい」

「ここでぼやぼやしててもしょうがないでしょうよ。セリナやアイーシャがあそこにいる。クリューネやティアが戦っているんすよ。俺が行かないでどうすんです」

「……」

「そのための“リュウヤ・ラング”でしょ」


 自惚れとも受け取れる台詞で、リュウヤ自身も口にしたのが気恥ずかしく、思わず苦笑いした。ハーツも笑ったが、種類が違う。寂しげな笑みだった。


「言いきれる君が羨ましいな。僕にも、リュウヤ君みたいな力があればと思うよ」

「何言ってんすか」


 ため息をもらすハーツに、リュウヤがふっと軽く笑みを浮かべると、胸元で黒々と光沢を放つ楕円形のペンダントをハーツに示した。


「ハーツさんの鎧衣(プロメティア)があったから、ここまで生きてこられたんですよ。俺の想いを全て伝えて力にしてくれる。それに、俺は武辺だけどハーツは歴史を変えてるじゃないすか」

「……」

「俺だって、ハーツさんみたいな力が欲しいですよ」

「嬉しいこと言ってくれるね。泣けてきちゃうじゃないか」


 雨にうたれながらハーツは照れ笑いしたが、すぐに引き締めた顔つきでリュウヤを見上げた。


「前にも言ったけど、アルガナム鋼製の糸で魔石を紡いだ鎧衣(プロメティア)の出力は三倍になっている。リュウヤ君て集中すると、身体への負担忘れて思いっきりやっちゃうから気をつけてね。わかっていると思うけど、この距離で急ぐと風圧もかなりくるからゴーグル忘れないでね」

「はい」

「これが最終テスト飛行だ。あと一回くらいはやりたかったけど、仕方ないね」

「……」

「死ぬなよ」

「死ねませんよ」


 見上げるハーツにチラリと白い歯を覗かせると、ゴーグル越しにリュウヤは轟々と熱風吹き荒れるムルドゥバの街を注視した。雨で視界が滲む。

 最終テストというハーツの言葉が脳裏に甦り、リュウヤは大きく深呼吸した。


「リュウヤ・ラング。鎧衣紡(プロメティア・ヴァイス)、行きます!」


 リュウヤの意思と声に反応して胸元のペンダントが発光すると、リュウヤの周囲を十数の楕円形のミスリルプレートが取り囲んだ。

 リュウヤの胸元に紅く輝く魔石とミスリルプレートには、アルガナム鋼と呼ばれる特殊な鋼が接合され、アルガナム鋼によって変色した魔力が七色の光に輝くブラズマ粒子となって発生した。そして、放出されたプラズマ粒子は蝶の羽根を模した形状となって結束していく。

 増幅された魔力のエネルギー波がリュウヤの身体を上昇推進させ、虹の羽根から光の麟粉を散らしながら飛翔していった。


「間に合ってくれ……!」


 数十メートルにも及ぶ蝶の羽根は、主の意思に応えるように夜空に大きく羽ばたいて、更に勢いを加速していった。

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