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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第13章「休戦」
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みんなが安心して眠れるためにも

「あの、はい……。この感じ……。どうも、できたみたい、……かな」


 つかえつかえながら言うと、リュウヤの傍らで、セリナは顔を真っ赤にしてうつむいた。セリナの言葉に、リュウヤは思わぬ幸福感に包まれていた。


「最近、暗い顔してたから、何か悩みを抱えんのかと思ってた」


 リュウヤは何気なくテトラを一瞥した。セリナがごめんなさいと謝った。


「生活がぐるぐる変わって、不安で気を張っていたんだと思います。日本とこの世界じゃ、環境が全然違うから」

「確かにな。それもわかる」

「リュウヤさんも最近難しい顔してたから、心配させたくなかったので……」

「そ、そうか?」


 リュウヤは自分の顔を思わず撫でた。考え事は多かったが、抑えていたつもりだったのだ。知らない間に顔に出ていたらしい。

 おめでとうございますと、ナギが陽気にはしゃいでいた。


「今日はホントに色々ありますね。最後におめでた話なんて」

「あはは……」

「リュウヤさん、もう、名前は決めているんですか。男の子なんですよね」

「まだ男と決まった訳じゃないですよ」

「アイーシャが男の子言ってるんでしょ」

「まあ、あいつがいうなら……」


 照れ臭くて頭を掻くリュウヤに、ふうんとクリューネの声が聞こえた。


「相変わらず、アイーシャの力とやらは不思議なもんじゃの」


 リリシアとテトラが、祝いつつも複雑な笑みを溢す中、クリューネは平静な口ぶりで自分の腹をさすっていた。

 あれから余ったケーキを残らず平らげたクリューネは、陰陽陰陽とわけのわからぬ怪しげな念仏を唱えながら、ゴロリと敷物の上で横になった状態でセリナの話を聞いていたのだった。


「ゼノキアが興味を持つのもわかる気がするの。ムルドゥバも放っとくまいて」「……」


 態度ははなはだだらしなかったが、クリューネの何気ない発言に冷や水を浴びせられた気分になり、リュウヤは幸福感に満ちたから、一気に現実へと引き戻されていた。

 陽は公園の木立に掛かろうとするほどに傾いていた。日没までにはまだ時間はあるが、アイーシャは他の子どもたちと残された時間を堪能しようと、精一杯身体を動かしている。

 リュウヤは当初の目的を思いだしていた。予想外の果報に舞い上がっていたが、これからのことを考えれば喜んでばかりもいられない。

 新しい命を守るためにも。


「……そのことなんだけど」


 リュウヤは数日前にアルド将軍とのやりとりを洗いざらい話した。

 シシバルとジルはその場にいたから知っていて当然だが、意外なのはテトラには初耳だったということだった。小隊長といえど、その実力やリュウヤ・ラングとの関係から、何か伝え聞いていてもおかしくない。

「協力するよう説得しろとか、何か言われなかった?」

「ううん、何も」


 テトラは首を振った。


「ピクニックも駄々こねたと言ったと思うけど、やっと許可降りた直後にアルド将軍に呼ばれたの」

「……」

「来週から白虎隊のみんなと、南東部のカートランド地方に向かう輸送部隊の警備につくよう、指示されただけよ」


 そこまで言って、不意にテトラの顔が赤くなった。テトラとしては、暇仕事ばかりと自虐ネタといて話すつもりだったのだが、何も知らされなかったという屈辱で、怒りにも似た感情が込み上げてきていた。

 或いはテトラがアイーシャの件を耳にすれば、何らかの反発や行動を起こすと見越して、周囲に口止めしたのもしれないとリュウヤは思った。その先に何があるのかを考えれば、アルドに対する疑いと不安が、リュウヤの胸の内に広がっていくのを止められないでいた。

 居並ぶ者は一様に無口になり、うつむいてしまっていた。セリナの顔面が蒼白になっているのが哀れでたまらなかった。クリューネだけは仰向けに姿勢を変え、緑葉が繁る大樹の枝をじっと睨んでいる。


「……“敵は本能寺にあり”かの」

「なにか言ったか?」


 クリューネの日本で覚えた言葉を小さく呟くと、ジルが耳にして尋ねた。

 なんでもないとクリューネは首を振った。


「だけど、リュウヤ君。アイーシャちゃんの力って、不安定ですぐに使いこなせるものじゃないように思えたけど」


 気の流れを読めるテトラが当時の状況を思い出しながら言うと、リュウヤは顔をしかめた。


「それも言ったけど、アルド将軍は諦めてないみたいだ。どうにかして、核を手に入れたいらしい」

「……」

「アイーシャの力がこのままなのか、もっと大きくなれば自在に操れるようになれるかはわからん。しかし、アルド将軍がアイーシャに注目しているのは確かだ」

「それで、リュウヤはどうするつもりなんだ」


 ジルの問いに、リュウヤは腕を組んで考え込む姿勢でいたが、やがて顔をあげて声を絞り出すように言った。


「ムルドゥバから離れようと考えている」


 リュウヤの回答にちいさなざわめきが起きた。


「離れてどこに行くつもりだ」

「ミルト。村はもう無いが近くにウレミヤという町がある。村を出てから最初に寄った町だ。旅支度調えるくらいには物はあって、力になってくれそうな顔見知りも何人かいる。暮らしていく分には大丈夫だろう」


 短く告げた故郷の名に、遠すぎるとシシバルがたしなめるような口ぶりで言った。

 セリナも口には出さないものの、その表情からは人里から遠く離れたかつての村までに、懐かしさよりも戻ることを迷いがある様子だった。


『どうせならエリンギアに来い。アルド将軍が何を言ってこようが、はね除けてやる』


 そうだとジルがうなずいた。顔が真っ赤になっている。この一年余り、反魔王軍を掲げてきたレジスタンスを、部下のようにこき使ってきた憤懣がここにきて一気に噴出してきたようだった。


「俺たちも協力するからよ。ミルトじゃセリナの故郷つっても遠すぎる。やるぜ、俺たちは」

「悪い。少し、大袈裟になってきたな」


 憤るあまり、次第に語気が荒くなる二人を抑えるように、リュウヤはそう興奮しないでくれと苦笑いした。


「俺の単に考えすぎ、思い過ごしということもある。ただ、今の不安をわかってもらいたかったんだ」

「……」

「それに、いつまでもムルドゥバで厄介になっているわけにはいかないからな。身の振り方を考えないと」

「……」

「二人の申し出はありがたいけど、エリンギア復興にはムルドゥバの力が必要だ。まだ魔王軍の力も強大だし、余計な火種を持ち込みたくないんだ」


 加えて、魔王軍との戦いが終結した後が問題だとリュウヤは思ってた。魔王軍がいなくなった時、その刃はどこに向けられるのか。

 リュウヤに政治というものがわからなかったし、さほど関心もないが、維持拡大のために侵食し続けるアメーバのようなものとリュウヤなりに捉えている。魔王軍が倒されてオシマイメデタシ、などと考えるほどお人好しではない。

 しかし、元々は紅竜ヴァルタスに復讐を託されながら、穏やかな村の生活を選んだリュウヤである。

 ミルト村を滅ぼした魔王軍との戦いや、身を護る家族を護るために剣を振るうことは出来ても、人間同士の争いで、満足な剣を振るえるかどうか疑問だったし、振るいたくもなかった。

 リュウヤに残された道としては、危難から少しでも離れるということぐらいだった。


「あの、リュウヤさん」


 じっと話に耳を傾けていたナギが手を挙げた。いつもの物静かで品の良いナギに戻っている。


「さきほどからミルト村にこだわっているようですが、どうしても、ミルトに帰らなければなりませんか」


 いやとリュウヤは唸りながら宙を睨んだ。


「魔王軍やムルドゥバの影響力が無いところていうと、他に良い町が無かったんです。その辺りはセリナともっと話すつもりでした」


 本音を言えば日本に帰りたいが、魔王軍は健在であり、アイーシャの力が不安定な状態ではそれも難しい話だった。


「セリナさんはどうかしら。ミルトに帰りたい?」


 どんな頑なな心も氷解させてしまうという、ナギの優しげな眼差しに見つめられ、セリナはいえと正直に答えた。


「ミルト村はすでになくなってしまったし、父も母も無惨に殺されました。遠いからと必ずしも安全ではないし、思い出すのも辛い土地です。帰りたくないという気持ちもあります」

「なら、必ずしもミルトでなくてもいいわけですね」


 そうですねと、何度もうなずきながらセリナが言った。リュウヤは腕を組んだまま、じっと目をつむっている。


「でも他の町はあまりよく知らないし、それを考えるとミルトの方がずっと良いと思っています」


 セリナは十代の頃、外の世界に憧れはしたものの、子を持ち、流転する不安定な日々が続いたせいか、知らない土地への移住には慎重を過ぎて臆病になっている。


「それなら、ムルドゥバにいた方が何かと便利ではありませんか?」

「でも、危険に対して何もしないでいるのは、もっといけないことだと思うから……」


 アルドの目がアイーシャの力に向けられていると知った以上、不安を感じないほどセリナは鈍感ではなかった。魔王軍では、誠意や愛が擬人化したようなルシフィが面倒を見てくれたから、一年間大過なく暮らしていけたが、野心家と評判のアルドがルシフィと同様とは思えない。

 キッパリとした口調でセリナが言った。


「私はリュウヤさんに従います。どこまでも」

「……ありがとう。セリナ」


 リュウヤはセリナの手に触れた。ぬくもりのある優しい手だった。

 入れない。

 仲睦ましい二人を見ていると、当時の濃厚な思い出とともにありえたかもしれない自分を重ねてしまい、淡い嫉妬を抱いてしまう。リリシアは目を伏せ、テトラは心を乱さないように堪えていた。

 手を取り合う二人をナギ見守っていたが、やがてコホンと小さく咳をした。


「そこまで言うなら……」


 ナギは微笑して二人を見回した。


「どこまでもという覚悟があるというなら、私にひとつ提案があります」


  ※  ※  ※


「“学校”……?」


 アルド将軍は背もたれに体重を預け、訝しげに目を細めた。

 アルドが座る執務机の前には、ナギとテトラが並んで立っている。ナギはアルドの厳しい視線を浴びても動ぜず、ニコリと微笑んでみせた。隣にいるテトラは背を伸ばしてまっすぐ前を向いたまま、耳だけを集中させている。


「はい、学校といっても世間では“聖霊の神殿”の方が通りが良いから、以前のままですけど」


 ピクニックを終え、緑地公園からムルドゥバ市街に戻ると、その足でナギはテトラとともにアルド将軍が居住するハルザ宮殿を訪れていた。


「前々から考えていたのですが、停戦になりましたし、これも良い機会かなと思いまして。リュウヤさんとセリナさんにお願いしたら、快く受けてくださいました」

「わざわざ、学校とするのは何故かね」

「できれば多くの人たちに来てもらい、学んでもらいたいのです。シシバルさんのように、こちらに協力してくれる方もいますし、時代はこれまでと大きく変わっていくと私は思っていますよ」


 アルドの探るような視線にもナギは動じず、笑みを絶やさず堂々と弁じている。数多くの巡礼者と接し、孤児の世話をする傍らでレジスタンスやムルドゥバとの仲介役を果たしてきた。さすが大神官だとテトラは内心、舌をまいていた。


「しかし、君にはラング夫妻など必要とは思えんが」

「とんでもない。二人がいたら、百人力ですよ」


 無邪気な微笑を絶やさないナギに対し、アルドはむっつりと黙っていた、やがて重々しく声が室内に響いた。


「資金は足りているのかね」

「はい。巡礼者の方々には、機会があれば、いつでも出来るように話を進めてましたので」


 ふむとアルドが巨体を揺らすと同時に、腰かけている椅子が頼りなくミシリと小さな悲鳴をあげた。

 外は陽がすっかり落ちて、窓から見える水平線にはほんのりと紅い光が残っているものの薄暗い空には無数の星が瞬いている。将軍の執務室はシャンデリゼの灯りに満たされ、昼間のような明るさを保っていた。

 アルドは沈黙を保ったままでいる。テトラにもいささか沈黙が長すぎるような気がしていた。

 良いだろうと、厳かにアルドが口を開いた。


「聖霊の神殿の再建を承諾しよう」

「ありがとうございます。アルド将軍」


 ナギは破顔したまま深々と礼をするが、アルドは不機嫌そうにナギの頭頂部をじっと注視していた。


「……良い学校になると期待している」

「はい!」


 ナギは元気良く返答し、執務室から出ていった。テトラもナギの後を追おうとしたのだが、アルドが「待て」と呼び止めた。


「……ピクニックはどうだった」

「楽しかったですよ」

「リュウヤ・ラングは何か言ってなかったか」

「将来どうしよーと悩んでましたよ。剣しか取り柄ないよーて。だから、ナギ様の話を喜んでましたよ」


 テトラがおどけた調子でそこまで言うと、アルドはわかったと素っ気なく返して退出を命じた。一礼し廊下に出ると、テトラを待つ案内人とナギが気配がした。お待たせと短いやりとりし、案内人に案内されて玄関まで向かう間、二人は無言だった。

 ナギの何か言いたげな気配は存分に伝わってくるが、案内人は冷静な態度をとっているが、耳目は鋭敏なレーダーのように働かせている。迂闊な発言は出来なかった。

 長い沈黙の後、漸く表に出ると、宮殿の前庭に公園までテトラを送迎した馬車が一台停まっている。その前に、ジルとクリューネが待っていた。


「どうだった……?」


 ジルが尋ねたが、返答を聞くまでもなかった。ナギとテトラからは溢れんばかり笑顔がこぼれている。

 そうかと晴れ晴れとした声で、馬車の扉を開けた。テトラを先に乗せた後に、ナギたちが乗り込んでいく。


「リュウヤもひと安心だな」


 走り出す馬車の中で、ジルが言った。余計な詮索をされないためにと、リュウヤは同行させずに寺院へ帰らせてある。


「苦労かけたな。これでまた大神官か」

「また、みんなでピクニックに行きたいですから。こういうことでバラバラなんて悲しいですよ」


 そうだなと、窓の外を眺めながらジルが呟いた。


「私も本当にタイミング良かったんですよ。寺院には居づらくなってたので」

「なんかあったんか」

「寺院の神官たちが、前から子どもたちに嫌がらせや卑猥なことをしてきてたんです。あまりに堪りかねたので、私がとっちめちゃったんです」


 あっさりと衝撃的な告白をしてくるナギに、ジルたちは呆気にとられていた。テトラも言葉を失っている。見掛けによらず気の強い、いかにもナギらしい話ではあったが。


「私に一言、相談してくれれば……」


 テトラがようやくそれだけ言うと、ナギは肩をすくめて寂しそうに微笑んだ。


「お会い出来れば良かったんですけど、エリンギアで大変そうだったので。政府にも話をしたのですが、戦争中だからと、あまり熱心に聞いてもらえませんでした」

「……」

「だから、ちゃんとした場所で子どもたちを守ってあげないと」

「……」「でも、限界を知った今の私なら“彼ら”と上手く向き合えると思います。みんなが安心して眠れるためにも、彼らの力は必要ですから」

「……“彼ら”か」


 クリューネが言うと、向かいのナギがそうですねと朗らかな声で言った。


聖鎧神塞(グラディウス)の復活です」


  ※  ※  ※


 宮殿の門から出ていく馬車を、アルドは執務室の窓から冷淡な目でじっと見送っていた。門が閉まり、馬車が町の中に紛れて見えなくなっても、アルドは人が行き交う大通りを眺めていた。不意にドアをノックする音が室内に響くと、窓を向いたまま入れと言った。


「お呼びですか、アルド将軍」


 おずおずと入ってきたのは白衣の老人だった。白髪に痩身の男で、蜘蛛の巣のように皺だらけの顔をしている。


「ケイン・キューカ博士、少し聞きたいことがある」

「……は、何でしょうか」


 そう言うと、ケインは考え込むように口をかたく閉じた。刃のような視線がケインの身体を突き刺し、全身からどっと冷たい汗が噴き出している。

 ケインはムルドゥバを代表する科学者である。主に魔装兵(ゴーレム)の新型機が担当で、軍事部門の研究では第一人者と言えた。その割にあまり気の強い人間ではなく、アルドの前に立つとかなりの緊張を強いられる。

 ゆっくりと振り向いたアルドに、老科学者は思わず青年将校の背をシャンと背を伸ばした。


機神(オーディン)“プリエネル”と“人造兵器(ホムンクルス)”の進行状況はどうなっている?」

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