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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第13章「休戦」
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リュウヤ・ラング対テトラ・カイム

 会っていきなり勝負しろというテトラの唐突な申し出に、リュウヤは面食らっていたが、冗談ではないというのは強い輝きを放つ瞳から伝わってきた。


「お前なあ、こんな時に何を言い出すんだ」

「こんな時だから申し込んでるの。忙しい仕事の合間を縫ってんだから、少しは付き合ってよね。いつ、こんな風に会えるかわかんないし」

「……」

「それに、前の借りもお返しもしたいし」

「俺は貸した記憶なんて無いけど」

「私にはあるの。それともリュウヤ君に無いのは自信なのかな?」


 リュウヤの眉がぴくりと動き、雰囲気が一変した。

「今度は棒きれじゃねえぞ」

「残念だなあ。あの棒きれなら、叩き折っちゃえたのに」


 明らかに挑発だとわかっていたが、テトラの挑発に応じてやろうという気分になっている。そこまで言える腕前を見極めてやろうと、リュウヤは眩しそうに目を細めた。


『これは見物だな』


 玉子の殻を剥きながらシシバルが言った。興味深そうに送る視線は戦士のそれになっていた。


『テトラは体力負けはしたが、ゼノキアと肉薄したその剣の豪快さは圧倒的だった』

「テトラとゼノキアのバトルは、派手で白熱したもんなあ」


 ジルがリリシアの近くにやってきて、興奮気味に二人の様子を眺めている。その口ぶりから、テトラに肩を持っているのかとリリシアはなんとなく思った。

 

「でも、派手なら良いわけではないと、テトラ自身が言っていたはず」

「そうだけどさ……」

『竹刀とはいっても、実力ならリュウヤだろう。テトラだって、その辺りわかっているはずだが』


 一年の間に目覚ましい進歩を遂げたとはいえ、その後、ゼノキアと剣を交えたリュウヤの洗練を極めた動きと比べれば、まだ粗さがある。しかも魔力がほとんど残されていない状態で、時間稼ぎのためにゼノキアの猛撃を凌ぎ、隙を見つけてはしなやかに一撃を返していた。

 シシバルから見ても、リュウヤの技量は尋常ではない。単純に技量を争う試合形式で勝てるとは思えなかった。その意図を判じかねていると、テトラが審判役を頼むとシシバルを呼ぶ声がした。


「防具ないけど、撃剣ルールでお願い。リュウヤ君もそれでいい?」

「いいよ」


 リュウヤが短く答えると、シシバルもうなずいて二人の中央に立った。

 セリナや子どもたちも何事かと集まってきて、距離をとって見守った。『はじめ』というシシバルの掛け声と同時に、リュウヤとテトラが構えると、張り詰めた緊張感に辺りはしんと静まり返った。


 ――確かに言うだけのことはある。


 一年前に対峙した時とは別人のようなテトラに、リュウヤは内心驚いている。

 テトラの構えは八双に近いが、相手を見ず、目をかっと見開いたまま顔をうつむかせ、視線は地面に落としている。耳を刀身に傾けるように添えて佇む独特の姿勢は、確かに盲人の構えと思わせるものがあった。

 研ぎ澄まされた神経を全方位に張り巡らせ、察し仕掛ける。テトラの構えには、どんな攻防にも変化できる用意があるのは明らかだった。

 対するリュウヤは正眼に構えている。何気なく構えているようにしか見えないのに、身体から発する気迫は大きく堂々としており、押し寄せてくる雲海のようだった。


 ――やっぱり、リュウヤかな。


 じりじりと足を横に移す二人を見ながら、間に立つシシバルは思った。

 四肢に気力をみなぎらせるテトラにくらべ、リュウヤにはまだ余裕が感じられる。腕前を見てやろうという雰囲気が見てとれた。

 静まり返った空間に、清涼なそよ風がリュウヤたちの間を通りすぎ、陽気を謳う小鳥のさえずりがやわらかな聞こえてくる。

 風の流れにのってリュウヤの剣先が揺らぎ、小手にわずかな隙が生じたのをテトラは感じた。テトラの長身が跳ねたのはそれと同時だった。疾風のようにリュウヤの眼前まで迫ってきた。

 踏み込み様に振るった竹刀は鋭く、小手を正確に狙っていた。しかし、見せた隙はリュウヤの誘いで、リュウヤは軽く跳ね上げてかわすと、返す刀で素早く上段から肩に向けて振り下ろしていた。

 これで一本かとシシバルの手が動きかけた。しかし、テトラは寸前で竹刀を受け止め、そこから鍔迫り合いの形にまで持ち込んでみせた。二人の攻防におおっと子どもたちからは歓声のようなどよめきが起きた。子どもたちには、一瞬の閃光としか映らなかったはずである。


「やるじゃねえか」

「リュウヤ君に勝つんだもの。当然でしょ」

「こんな不利でもか」


 粘りつくように圧してくるリュウヤの剣に、テトラは必死で堪えていたが、不意に離れたのはリュウヤからだった。

 遊ばれているとテトラは感じたが、短く息を吐いて構わず追った。下段に竹刀を下げて、一瞬に距離を詰めた。テトラの竹刀の先端が、地面に触れるほどから一気にはねあがる。しかし、リュウヤは動じず、次々に繰り出す猛攻を鮮やかに凌いでみせた。分厚い壁を叩いているようで、リュウヤの身体は微塵もブレがない。


 ――そろそろかな。


 見切ったとリュウヤは思っている。リュウヤから見れば勢いはあるが、足の配りも剣も精密さを欠き、隙がありありと映る。

 鍔迫り合いに持ち込み、離れ際の一本を狙う。真綿でくるみ皮で巻いたムルドゥバ製の竹刀なら、肩辺りに打てば、打ち方次第で音の割に怪我は少ない。

 リュウヤはそこまで考えながら、薙いでくるテトラの竹刀を受け流しながら、やわらかく距離を詰めて鍔迫り合いとなった。

 眼前には、リュウヤの圧力に必死に堪えるテトラの顔があった。

 

「……リュウヤ君、どうしよ」


 不意にテトラが口を開いてささやいてきた。あまりの深刻な声にリュウヤの気が削がれ、思わず反応した。


「なんだよ」

「実はね。セリナさんに、私たちのことバレちゃった」

「……え?」


 バレた?


「ナゼルで、私つい言っちゃった」


 全身の血が急速に引いていく感覚が、リュウヤを襲っていた。

 苦悶に歪むテトラの顔が、リュウヤの腕の中に抱かれていたテトラの顔に変わっていた。月が綺麗な夜だった。

 月に照らされたしなやかで美しいテトラの肢体。

 間近に聞こえるテトラの乱れた息が、リュウヤの耳に囁いた吐息と喘ぐ声に変換されていく。汗の味や肌の匂いの記憶が、ありありとリュウヤの中に甦ってきた。

 夢のような一夜の情事。

 しかし、それは誰にも言えない永遠の秘密なはずだった。

 それがバレた?

 集中が乱れて意識が拡散し、それまで溜め込んでいた闘気が霧散してしまっていた。

 そう言えば、とリュウヤは思う。最近のセリナは表情が暗く、時おり考え込んでいる時がある。話しかければ明るく返すが、そのことか。

 リュウヤはセリナに何て言い訳したら良いんだと狼狽えてしまい、呆然となって身体が硬直した。

 さらに驚いたことに、試合の最中に関わらず、テトラが横目で視線をながした。リュウヤがあわてて視線を追ったが、その先にはクリューネが佇んでいる。

 突然、リュウヤと視線が合い、クリューネは戸惑う反応をした。


 ――セリナは反対側だろ。


 リュウヤがそう思った瞬間、テトラの身体がすっと離れた。

 リュウヤの反応が遅れた。


「えい」


 小さな気合いがして、リュウヤの右前腕にパンと乾いた音とともに軽い衝撃が奔った。衝撃といっても、竹刀を落とすほどでもない、音だけが小気味良く響く程度である。

 リュウヤがあっと思った時には、既にテトラはすべるようにして距離を離れ、残心をとっている。


『あ、一本』


 シシバルが音に釣られ、テトラを支持して手を挙げた。

 シシバルの判定を聞き、呆然と立ちすくむリュウヤの周りで、どっと歓声が沸き起こった。

 声の主は子どもたちからだった。

 リュウヤを魔族から救ってくれた命の恩人とはわかっているが、子どもたちは純粋に、単純に美しい女剣士の味方をしていて、余裕を見せているリュウヤがなんとなく小面憎く思えていたからだった。

 アイーシャでさえも父親が敗れたことよりも、テトラが勝ったことに驚き喜んでいる。一方で、リュウヤを良く知る大人たちは、あまりの出来事に呆気に取られていた。


「リュウヤ君、油断したねえ」


 テトラがにやにやしながら、青い顔をしているリュウヤのそばに寄ってきた。


「……それより、俺たちのことて、セリナにバレたのか」

「んなわけないじゃん。あれは、私たちの間の秘密」

「え、じゃあ……」

「嘘よ。当たり前じゃない」


 テトラはあっさりとした口調で言った。


「こうでもしないと、リュウヤ君に勝てないからねえ」


 武道場や静かな野原或いは戦場。あらゆる場所で戦ったとしても、精緻を極めた技と異常な集中力を持つリュウヤには到底及ばない。今と同じことを仕掛けても通用しなかっただろうとテトラは思っていた。

 ただひとつ勝てると思えるのは、レジャー施設とその緩んだ空間。そして家族を前にしての不穏な発言。


「なんで、そこまでして」

「リュウヤ君がみんなを集めたようにさ。私も思うことあるわけですよ。あまりに過去を引きずって、セリナさんと喧嘩したくないしね」


 意外に嫉妬深くて、敵にまわしたくないタイプだからとまでは、さすがのテトラも言えなかった。


「思い出作りと言いますか、一本でも取って、私の人生に華をそえたかったわけですよ。それにリュウヤ君、勝てそうだからって、いい気になってたでしょ。何としても悔しがらせたくてね」

「……」

「まだまだ、リュウヤ君も心身の練磨が足りないなあ」

「……」

「この台詞が一番、言いたかったんだけどね」


 テトラはいたずらっぽく笑って言うと、リュウヤから身を翻して「勝ったあ」と子どもたちに向かって無邪気に騒ぎ始めた。


「……一本の判定、軽すぎ」


 リリシアがそばに寄って不満げにシシバルを訴えると、シシバルは困った様子で唸るだけだった。


『でも、あれだと……』


 思い返してみれば、テトラの一撃は薄皮一枚傷つける程度の打ち込みでしかない。しかし、テトラの空にまで響く音を聞けば手を挙げざるを得なかった。


 ――撃剣ルールか。


 試合の技が成熟すれば、一本を取るために竹刀の音を効かせる方法もある。テトラはそれを熟知していた。

 シシバルもルールをある程度は知ってはいるが、それだけである。審判役の経験など無い。その自分もそれに利用された気がして、シシバルは子どもたちに竹刀を掲げるテトラを眺めていた。

 だが、そこに不思議と不快な感情はない。

 なかなか見られる試合ではなかった。わずかな間ではあったが、凄まじい技の攻防を目の当たりにして、自分の中には興奮が残っているからだろうとシシバルは思った。


「いえーい、お姉さん。あのリュウヤ・ラングに勝っちゃいましたあ!」

「いえーい!!」


 シシバルが感慨深げに見詰める中、アイーシャが子どもたちといっしょに、テトラにあわせて、歓声をあげていた。

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