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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第2章「メキアの月は美しく」
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クリューネのアジト

 クリューネ・バルハムントに案内されたリュウヤ・ラングは、アジトを兼ねているというクリューネの家に向かっていた。

 場所は町の外れのスラム街の一角にあり、小さな山に無理矢理造成した小汚ない建物が、積み木のように重ねられて乱立し密集している。

 道は狭小で屋根を伝った方が移動はしやすい。それでも下を見下ろせば目が眩むほど高さとなるような急勾配の坂となっているのだが、クリューネは気にせず器用に駆け上っていき、リュウヤはその後ろをついていく。

 クリューネの家はその丘の頂上付近、何故そこにあるのかクリューネにもわからなかったが、古びて使えなくなった滑車が設置してある断崖の際にあった。

 家といっても猫の額ほどの狭い土間と、畳三畳くらいの居間しかないバラック小屋で、小屋に入るとリュウヤは框に腰掛けて、室内を見渡した。


「外見はウチの村の共同便所並だけど、中は意外と綺麗にしているんだな」

「案内しろと言っておいて、いちいちうるさいの。文句言うな、リュウヤ」

「文句は言っていない。これでも誉めている」

「全然うれしくないわい」


 ふんと鼻を鳴らして、クリューネは居間に上がった。

 小屋の居住部分の床は板張りでその上に使い古したシーツで覆っている。小さな丸テーブルが置かれ、布団や衣服が部屋の隅で綺麗に畳まれているので、そこまで汚れている感じがしない。そこは女の子なのだなと、リュウヤは妙に感心していた。


「……こっちみるなよ」


 頬を赤くしてクリューネが背を向けてジャケットを脱ぐ。クリューネの薄い背中が露になった。

 着替えるならと外に出るよう言えば良いのにと思いながら、リュウヤは視線を正面の小窓に向けた。

 亡き妻のセリナに比べれば、クリューネの身体はまるで子どものようで、魅力を感じないが一応年頃の女性である。

 リュウヤは正面の小窓から外に広がる町の景色を眺めていた。見張らしも良く町を一望できる。この小屋が街の中央にそびえ立つ、厳めしい塔よりも高い場所にあるのは何となく気分が良かった。


「……それでリュウヤよ、改めて聞こう。私に何の用じゃ」

「ヴァルタスにお前を守れと頼まれたとさっき言ったろ」

「奴に頼まれてから二年近くも私を放っておいて、今さらか」

「放っていたのは半年ぐらいだ。あとはちゃんとアンタを捜していた」

「ムシが良いの。私だってこの町で必死に生きてきたのに。自分のことばかり考えているのも、ヴァルタスそっくりじゃな」

「……だから共鳴して、この世界に喚ばれたんだろうな」


 自嘲気味に呟くリュウヤの背に、もういいぞとクリューネの声が聞こえる。振り向くと灰色のTシャツに着替えて、ちゃぶ台の前でちょこんと胡座をかいている。


「奴に喚ばれたというが、お前は本当に別世界から来たのか?」

「お前は絵空事だと思うのか」


 クリューネにはアジトに向かう道すがら、これまでの経緯を話している。

 ミルトやセリナについて話すには、あまりにも生々しく、いまだに深い傷痕として残っていたから全てを話すことは出来なかった。クリューネには、半年ほど小さな村で世話になったとしか説明していない。

 リュウヤの質問に、クリューネは考え込むように腕組みして宙を睨んでいる。


「私が何も知らん女の子だったなら、お前を可哀想な奴と思うくらいはしていたろうがの。私はヴァルタスの力はよく知っておるからな。死に際の超竜パワーを発揮して、別世界から人間が召喚されても不思議ではないかもな」


 死に際の超竜パワーという言い回しが妙に可笑しく、クリューネに気づかれないように竜也は顔を伏せてそっと笑った。


「それはそれとして、私を捜しに来た本当の理由はなんじゃ」

「だからさっきも……」

「私を護りにきただけなら、そんなもの不要じゃな。せっかくこの町で上手く紛れこんでおるのに。それに護るのが本当なら、もっと早くに行動していたはず。お前の本心は別であろ」


 嘘や誤魔化しは許さないといった鋭く眼光が、ひたりとリュウヤの目を捉えている。言い逃れはできないなとリュウヤは観念して肩をすくめた。


「……わかったよ。本当の目的はヴァルタスのもう一つの頼み事にある」

「それはなんじゃ」

「魔王軍への復讐。俺は魔王を倒す」

「正気か」


 クリューネもさすがに驚きを隠せないらしく、息を呑み、目を丸めてまじまじとリュウヤを見つめている。


「ああ、正気だ。だけど、一人ではさすがに難しい。そこで思い浮かんだのがクリューネ、お前だ。お前は竜の王族の中で選ばれた力を持っている。お前のその借りたい。だからここに来た」


「……竜の王族、のう」


 何が気に入らないのか、クリューネは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、腕組みしたまま身体を揺らしている。

 嫌悪感を露にしたのと反応の鈍さに、リュウヤは戸惑いを感じていた。


「どうした?お前も国を滅ぼされた身だろ。魔王軍が憎くないのかよ」

「“お前も”か」

「なんだ?」

「私は竜の国や王族に思い入れは無い。傲慢で頑迷固陋。威張り腐ってろくでもない奴ばかりだった。国を再興しよう仇を討とうなどとまではいかぬな。お前は世話になった村とやらに思い入れがあるのだろうが。ヴァルタスから引き継がれたというなら、お前は私がどんな出生か知っておるよな」

「……ああ。竜と人との間に生まれた姫だと」

「奴等、私が竜と人との間に産まれた子というだけで、汚らわしい忌み子扱いしおった。まあ、そんな私が“王族の中でも選ばれた力”とやらを持っているのは皮肉だがの」

「これ以上、他の人間が圧されても良いということか?」

「お前には晴らしたい恨みがあるのだろうが、私は自分の身を守るので精一杯だ。それに、私には恨みを晴らさんといけないほど大事な仲間もおらん」

「クリューネの仲間は、大事な仲間じゃないてのか」

「ここはスラム街、私は盗人だぞ?」

「……」

「身に危険が及べば、全てを投げうって、三十秒フラットでいつでも逃げ出す。その辺り、ここの連中は皆だって割り切っておる」


 誰にだって仲間を想う気持ちはあるはず。

 自分を律するためなのか、どこまで本心かはわからなかったが、確実なのはクリューネがリュウヤに協力するつもりはないということだった。


「だが、いつまでもこうしているわけにはいかんだろ。この町だって魔王軍の支配下にある。今後どうなるかわからんぞ」

「そこは、連中が動いた時に考えんとの」


 そこまで言うと、複数の駆ける音がクリューネの小屋に近づいてきた。粗末な引き戸の出入口から、クリューネの仲間である少年たちが現れた。食材やビンの詰まった重そうな買い物袋を抱えている。


「姫!アニキ!言われたもん買ってきましたぜ!」


「ご苦労だったの、二人とも」


 よいしょとクリューネは立ち上がった。

“アニキ”は腕っぷしの強いリュウヤにおもねってのものだが、クリューネは仲間から“姫”と呼ばれている。

 クリューネ本人は「やはり、黙っていても高貴さが滲み出るものらしいの」と、得々と語っていたが、あとで少年らに尋ねると「何かエラそうだろ」と小声で説明してくれた。

 そんなクリューネは袋から食料を取り出し、新聞紙をひいて土間に並べる少年たちの下へと歩いていった。


「ま、今日はお主を客人として迎え、ご馳走を振る舞ってやろう。そのために飯や酒を買ってきてやったのだからな」

「……それは俺の金だろうが」

「堅いこと言うな、リュウヤよ。ヴァルタスじゃあるまいし、つまらんこと言っていると白髪が増えると、近所の婆さんが言っとったぞ」


 憮然とするリュウヤにクリューネはカラカラと笑って、仲間と一緒に食料を見分しはじめる。


「なんじゃ、私の好きな串カツが入っとらんではないか」

「だってお金が……」

「やっぱりあの程度の金ではのう」

「お前らな。大金ばら蒔いていたら、それこそ怪しまれるだろ。もうちょっと考えろ」


 呆れるリュウヤに、クリューネたちははあいと返事をしたものの、まだ何か文句を言っている。

 リュウヤは人払いも兼ねて、少年らに銀貨二枚ほど与えて買い物を命じていた。クリューネはこれに金を一銭も出していない。

 にも関わらず、幹事がケチだから今一つモノが足りない等と、暗にリュウヤをくさしてブツブツ勝手なことを言っている。


「ま、ちょっと物足りないがこんなとこじゃろう」

「……」

「つまらん顔するなリュウヤよ。今日は宴じゃ。話の続きをしたいなら明日。明日はこの町を案内してやるから、その時に話をすれば良い」


 そう言うと、クリューネは小ビンを片手に微笑んでみせた。

 優しさと温もりを湛えた笑顔に、リュウヤは思わずまあいいかと納得してしまっていた。

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