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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第12章「エリンギア攻防戦」
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魔王ゼノキア、ここにあり

 ジル・カーランド隊長がテトラ・カイムと再会するのは半年ぶりで、しかもその時はムルドゥバからの出発が重なっていて、落ち着いて話をすることもできなかった。

 砲撃の直後ということもあるので、高揚感も残っていたというのもあるが、嬉しさが混ざっているのは、戦友とゆっくりと話せそうだという思いと、何よりもテトラが美しい女剣士だからでもある。

 

「惜しかったなあ。もう少し早く来てくれたら、俺のカッコイイ指揮官ぶりを見せられたのによ」

「私、目が見えないから、そんなのわからないわよ」

「いやいやいやいや、あのときの俺のカッコ良さは、きっとびりびりと伝わってきたぜ。他の奴らに聞いてみな」

「みんな、答える余裕なんて無さそうだけど」

「……」

「元気そうなのはジルくらいじゃないの」


 テトラは耳を傾ける仕草をしながら言うと、ジルは浮かれていた自分が少し恥ずかしく、気まずそうに頬を掻いた。

 レジスタンス軍は死人や重傷を負った者はいなかったが、顔は埃で真っ黒だったし衣服はぼろぼろ。擦り傷だらけで、一様に疲れきった表情をしている。テトラが言う通り、元気なのはジルだけだと言っていい。

 砲火を防ぎきったといっても、魔装兵(ゴーレム)の力があってこそでジルの力ではない。

 浮かれている場合ではなかった。


「冗談はいいから、早く魔石を交換しなさいよ。エネルギー使い果たしちゃったんでしょ」

「……すまねえな」


 テトラは“剣杖ロッド”という剣に模した杖を手にすると、先に降りた騎手から介添えを受けて、地面を探るように降り立った。杖の先で探るような仕草をするものの、足の運びに渋滞はなく、ジルはいつ見ても、本当に目が見えないのかつい疑ってしまう。

 テトラの傍らでは、連れてきた従者が馬車の荷台から魔装兵(ゴーレム)の稼働エネルギーとなる魔石や火山岩を取り出し、慌ただしく交換作業を行っている。


「それにしても、随分と派手に仕掛けてきたわね」

「おたくのガルセシム大隊長殿は総攻撃て言ってたけど、狙いは何だと思う?」

「……できるだけ、気分よく帰りたいてとこじゃない」

「テトラもそう思うか」

「向こうとしたら、首都の状況も気になるけど、撤退するにしても余裕のあるとこを見せたい、とかじゃないかな」

「まあ、そんなとこかもな」


 ゼゼルの情報では魔王軍は情報局長マルキネスが討たれ、将軍ネプラスが重傷、他多数の死傷者が出ている上、王子ルシフィと王妃エリシュナもリュウヤ・ラングを追って行方不明になったという。

 一年掛けても得られないような戦果を、リュウヤは一日で成し遂げてみせた。

 前線の魔王軍にも相当の動揺がはしっているはずで、魔王ゼノキアも対処に頭を悩ませているはずだ。

 しかし、仮にエリンギアから撤退するにしても、不利な状況のままで終わらせたくないだろう。


「……だとすると、まだ何か仕掛けてくるつもりかなあ」


 テトラは腕を組み、西へ西へと追撃するガルセシムの一軍を見据えた。盲目の瞳に光景が映っているわけではないが、耳で聞き、大気の震えを肌で感じて状況を判断しようとしている。

 交戦をしめす砲撃音や銃声が鳴り響き、漂う煙は靄のようになって大地を覆っている。ピカ、ピカと紅い光が瞬くが既に相当の距離が離れているのか、音が一拍おいて聞こえてくる。


「総攻撃てわりに、敵はあっさり退き過ぎじゃない」

「テトラもそう思うか。俺も派手に攻撃を仕掛けて来た割に、諦めが早すぎると思ってたんだ」

「……大隊長も、あまり深追いしない方が良いと思うけどなあ」


 確たる根拠があったわけではない。

 魔王軍の動きに納得いかないといった感情が、ジルとテトラの中にあり、一抹の不安を覚えながら遠ざかる軍を眺めていると、ガルセシムの部隊から、ムルドゥバの軍旗を掲げた伝令が馬を駆ってテトラに向かってくるのが見えた。


「大隊長から、テトラ隊長宛に指示に参りました」


 前口上を告げてから伝令が言った。


「ガルセシム大隊長からは、我が魔装兵(ゴーレム)及び銃騎兵部隊はこのまま魔王軍を追撃。テトラ隊長については、このままレジスタンス軍ジル隊長と合流し、現状に待機せよとのことです」

「思うんだけど、あっさり敵は退きすぎじゃないですか」


 ご心配には及びませんよと、伝令は白い歯を見せながら、胸を張ってテトラを見下ろした。


「大隊長は魔装兵(ゴーレム)と、新型の魔弾銃に大きな信頼と自信を持っています。どんな罠があろうと問題になりません。テトラ隊長の出番は無いと思われます」

「……」

「それと、大隊長からもうひとつ。勝手に敵陣に飛び込んで、味方の攻撃などに当たっても関知しないとのことです」

「はあい、了解です」


 肩をすくめておどけてみせるテトラだったが、伝令が去ると小さくため息をついた。


「士官学校首席様が、木こり女の言うことなんて聞かないわよね」


 テトラは冗談めかしているが、目はそれほど笑っていない。若い大隊長とはウマが合わないらしいなとジルは思った。


魔装兵(ゴーレム)の扱いには、相当の自信があるみたいよ。魔装兵(ゴーレム)同士の試合があって、十人抜きとか自慢してたし」


 ジルも魔装兵(ゴーレム)の操縦士である。単純に感心し、すげえなと言おうとしたが、面白くなさそうなテトラの顔つきに、慌てて口をつぐんだ。

 テトラは剣杖ロッドの柄を握り直し、遠ざかる軍に向ける視線は寂しげに感じた。


「それにしても、置いてきぼりか……」

「あんたらはあんたらで、大変そうだな」

「兵制も魔装兵(ゴーレム)が中心になってきたからね。ムルドゥバも変わっていくなあ」

「ここんとこ、ムルドゥバに顔出せてなかったけど、あんなの今まで見掛けなかったな」


 あんなのとは、ガルセシムと伝令の二人を指す。居丈高で礼儀知らずな若造など、ジルの記憶にはない。

 どの隊長も、ジルを戦友として接してくれていた。ジルも彼らに敬意を払っていた。


「半年前、戦闘が無かった時期があったでしょ。ムルドゥバで私たちが会った時」


 テトラが言った。


「ジルが出発した後で、増兵が発表されて、大規模な入れ替わりがあったの。ガルセシム大隊長が派遣されたのもそれくらい」

「前の休戦状態の時か……。何も聞いてねえな」


 一ヶ月の休戦状態といっても、ジルはその間も忙しく活動し準備を整えるとすぐに出発していた。

 その後は荒野の広がる塹壕でレジスタンスの兵士たちと過ごし、新兵の募集や物資の補給、魔王軍の動向を探っていたのだ。

 ムルドゥバの指揮を執るアルド将軍にも会っていたが、軍の再編成の話など一言もなかったのだ。

 共に血を流して戦う仲間であるはずの自分たちに、何の情報をもたらしてこないムルドゥバ国を代表するアルド将軍や取り巻きの考えがわからなかったし、何より不快でしかなかった。


「アルド将軍、相当な自信だな」


 アルドはかつての仲間を切り離しても構わないと考えるだけの国力が、今のムルドゥバにはあるのだろう。

 皮肉を込めてに言うと、テトラは何も答えなかったが困ったように眉をひそめて小さく笑ってみせた。


「……ムルドゥバ随一の剣士も、そのうち冷飯食いになるかもね」


 テトラの呟きに、ジルの心の中で揺れ動くものがあった。

 せつなげに佇むテトラの横顔は美しく。ジルは思わず見とれていた。ムルドゥバがどうかは知らないが、レジスタンスはまだ戦力を必要とする。テトラが傍にいてくれたら、どんなに心強く、自分の支えとなるだろう。


 ――そしたら、俺のところに来いよ。


 そんな台詞がジルの喉にまででかかっていたが、安易な慰めに思えて発することができず、口をあわあわと動かしながらテトラの横顔を注視しているだけだった。


  ※  ※  ※


 魔王軍を追撃していたガルセシムの部隊は、ナザルという町に入っていたが、悲惨な町の状況に、見るものは誰もが呻き、眉をひそめた。

 ナザルはエリンギア街道な途中にある小さな宿場町で、この戦争中は魔王軍の支配下にあった。

 ムルドゥバ軍は、魔王軍から町を取り戻したということになるのだが、家屋や森は焼かれ、路上には住民の死体が塁塁と転がっている。皆、斬られた痕があり、魔王軍に斬り殺されたのだということは一目瞭然だった。


「ふむ、酷い有り様だな」


 ガルセシムは操縦席から、モニターで町の様子を眺めながら言った。

 酷いと言いつつも、その声には感情がこもっていない。ガルセシムは傍に控える銃騎兵の一人に、マイク越しに声を掛けた。


“ざっと見たところ、店や家にはまだ物資が残されているな。人間は皆殺しにしたが、物まで持っていく余裕はなかったらしい。各隊、村の消化活動にあたるとともに、物資を調達してきたまえ”

「はっ、しかし生存者はいかがいたしましょうか」

“この様子だと、誰も生きていないだろう。いたとしてもどうせ瀕死の人間だ。これ以上苦しまぬよう、とどめを刺してやりたまえ”


 ガルセシムの意を察すると、副隊長の男は含み笑いしながら慇懃(いんぎん)に頭を下げた。そして他の部隊長にガルセシムの指示を伝えると、自身も部下引き連れてガルセシムから離れていった。

 同じ人間といっても、ナザルはムルドゥバ出たばかりのガルセシムにとってはただの異国の田舎町でしかない。


 思い入れも薄く、町が滅ぼされて怒りや憤りといった感情など微塵も湧いてくることはこない。

 それよりも魔王軍を追撃し町を占拠した兵士たちに土産を持たせ、士気を高めることの方が先だった。

 それには略奪がもっとも効果がある。略奪といっても、見たところ町民はほとんど死んでいる。問題となっても、魔王軍の仕業とすればいい。


「おいっ貴様、何の用だ!」


 兵士の怒号がガルセシムの耳を捉え、モニターを見ると汚れたローブを身にまとった者がフラフラとガルセシムに近づいてくる。目深にフードを被り、男か女ともわからない。

 兵士たちは一斉に、魔弾銃の銃口をローブの者に向けた。


「止まれ!止まらんと撃つぞ!」


 兵士の声に、ローブの者はひたりと足を止めた。


『……災いがすぐそこまで来ているぞ』

「この訛り、魔王軍の残党か……!」


 声は男の声だった。見た目よりも声に澄んでいて、かなりの若い男だと思った。

 魔族の言葉を知っている兵のひとりが血相を変えて、引き金に指を入れると、ローブの男は軽く手を挙げて制した。その仕草には、妙に威厳と貫禄があった。


『聞け、人間。少し面白い話をしてやろう』


「……」

『貴様ら到着する十数分前に、魔王軍がこの町を滅ぼした。老若男女問わず全てな』

「……」

『ここには殺された人間の怨みを無念を抱いた怨霊に満ちている。そしてその墓場となった町を荒らしたのは、貴様ら愚かな人間。怨霊の怒りは貴様らに向かっているぞ。小利に目がくらみ罠にかかったな』

“だから何だ!薄汚い魔族が”


 ガルセシムが苛立ったように声をあげ、フードの男の話を遮って、魔装兵(ゴーレム)が壁のように立ちはだかった。


“魔王軍の残党風情が、この期に及んで世迷い言か!我々は貴様らが忘れた物を、調達しているだけに過ぎんわ。”

『忘れたのではない。我々がおびき寄せる餌さとして置いていっただけだ』

“貴様は口がなかなかに回るようだな。良いだろう。私自ら貴様を訊問してやる。追撃した魔王軍の方向。狙い。全て吐いてもらうぞ”

『貴様は?』

“西部方面を指揮する大隊長ガルセシムだ”

『……魔王軍ならここにいる。狙いは貴様のような指揮官だ』

“なに?”


 そこで男はローブを脱ぎ捨てると、周囲の兵士たちは一斉にどよめきを起こした。

 長身で若い男とはわかっていたが、長い銀色の髪をたなびかせている端正な顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

 他の魔王軍の兵士と異なり、男は神話に出てくるような、一枚布を上衣にした古風な衣服を着ていた。襟から覗く胸板は厚く、肩まで露出した両腕も彫刻のようにたくましかった。

 そこに佇んでいるだけなのに、男から放出される圧倒的な威圧感が、ガルセシムたちの身体を縛りつけた。


“……貴様、何者だ”

『一年も戦争を続けて、私の顔を知らない奴がいるとはな』


 男は一瞬、鼻白む表情をしたが、まあいいと気を取り直して男は冷笑を浮かべた。


『我が名は魔王ゼノキア。よく覚えておけ』

“魔王ゼノキアだと……。なぜ、こんなところで……!”


 敵の総指揮官が単独、重要ともいえない町に現れる。

 士官学校で習った戦術のセオリーから外れるどころか、無謀或いは意味不明としか思えないゼノキアの行動に、ガルセシムは驚愕の声をあげるしかなかった。


『もっとも、貴様には関係がなくなるか』


 ゼノキアはおもむろに右手のあげると、緩やかに指先を動かした。するとゼノキアの足元に蛇紋様の魔法陣が浮かび上がり、激しく光を放ち始めた。


“闇と死を司る精霊に告げる”


 周囲に響き渡るゼノキアの厳かな声は、ガルセシムに教会の鐘を連想させた。。


“汝らよ裁け

 愚かなる罪人を裁け

 敵の身を業火に焼け

 敵の魂を喰らえ

 敵に永遠なる罰を与えよ”


“貴様ら、何をぼんやりしている!早く撃て、撃たないか!”


 我に返ったガルセシムが兵士たちに怒鳴るが、『もう襲い』と哄笑するゼノキアに恐怖し、誰も身動きが出来ないでいた。


『これで滅しろ……。“死喰生獄レク・エウト・ザマ”!』


 ゼノキアが呪文の名を告げると、ガルセシムは周囲に異様な気配を感じていた。操縦席の下でなにかが蠢くものを目にした気がして、ガルセシムは足元に視線を落とした。


「影……」


 しかし、ガルセシムに声を発する間も与えず、“影”と呼ばれたものはガルセシムに覆い被さってきた。

 人を喰らう死の影。

 かつて、ミルト村襲撃にリュウヤが魔王軍に使用した高位魔法。

 魔王軍を喰らった死の影が、今度はガルセシムを始めとした数十名のムルドゥバ兵に襲いかかっていく。

「助けて!助けてくれぇ!」

「うがああああっっっ!!」


 絶叫と断末魔が廃墟と化した町に響き渡り、難を逃れた兵士たちは、バキバキと骨ごと喰われていく仲間を手も出せず震えながら眺めていることしか出来ないでいた。

 やがて、影は全てを食らいつくし、空になった魔装兵(ゴーレム)や、魔弾銃だけが残されていた。

 恐怖が支配し、誰一人声をあげる者はいない。震えるムルドゥバ兵を余所に、ゼノキアは空となった魔装兵(ゴーレム)を見上げて、ふんと鼻を鳴らした。敵の指揮官を葬ったはずなのに、ゼノキアには笑みはなかった。

 どちらかと言えば、強い憤りがある。


『大規模な編成があったと聞くが、こんな奴が大隊長に選ばれるとはな。生きていれば我が剣を食らわせてやるつもりだったが、拍子抜けもいいとこだ。機械頼みにして心身の練磨を怠るから、死喰生獄レク・エウト・ザマなどにやられるのだ』


 まるで、部下の失態に憤然としているようなゼノキアだったが、言いたいことを言ってしまうと、まあいいと視線を生き残った兵士たちに向けて、ギロリと睨みつけた。


『しかし、まだ生き残りは多数いる。他の連中には手柄を立てさせてやらんとな』

「……ううっ」


 ゼノキアの気迫に押され、後退りする兵士たちは荒野に耳を澄ますと、山や森の奥から喚声とともに激震が大地を揺るがせた。無数に乱れて轟く音が、土煙に紛れてムルドゥバ軍に迫ってくる。

 ベヒーモスと呼ばれる巨大な爪と牙を持つ四足獣の大群。そしてその暴獣に跨がる屈強の戦士たちの姿がそこにあった。彼らは鋭い槍と長大な弓を手にし、分厚い頑丈そうな鎧からでも、筋骨隆々とした肉体だとすぐにわかる。


「……ベヒーモス。“獣王部隊”か!」


 一騎当千と呼ぶにふさわしい、“獣王部隊”と呼ばれる戦士たち。

 数から言えば被害も僅少で、戦うには充分な力はムルドゥバ側にも残っていた。しかし、魔王ゼノキアの魔法と獣王部隊の圧倒的な勢いに銃騎兵も魔装兵(ゴーレム)も、完全に呑まれて、ムルドゥバ軍は戦意を失っていた。


『お見事、さすがはゼノキア様!』


 咆哮のような怒号で大気が震えた。獣王部隊に紛れて、岩のようにひときわ身体が大きい男の姿がある。銀色のほう髪を振り乱すその姿は、猛獣と呼ぶに相応しい。


『行け、獣王アズライル。存分に敵を蹴散らしてやれ』


 ゼノキアの呼び掛けに、アズライルはおうと吼えた。

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