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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第11章「Radio Nowhere」
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砂漠の十字星

 口の中に満ちるジャリジャリいうと不快な歯応えと、身体に降りかかる冷たい雨の感触で、ガーツールは暗い意識の底からようやく抜け出すことができた。

 意識はまだぼんやりとしていて、宙を漂っているような感覚がある。

 突然出現した魔空艦の衝撃に弾き飛ばされたことまでは覚えているが、そこから先の記憶が欠けている。


 ――気を失っていたか。


 記憶の空白に結論をだした時、地鳴りとともに激震がガーツールの身体を揺り動かしてきた。

 驚いて思わず目を開けるとそこは砂地の上で、傍にはララベルがうつ伏せになって倒れている。

 その先には、巨大な白竜が魔空艦にしがみつくような形で船を支えているのが見えた。ガーツールとバハムートとはかなりの距離があり、衝撃で相当飛ばされたのだと初めてわかった。

 艦橋は敵の魔空艦によって潰れていたが、衝突によって生じた小さな黒い煙が立ち上っている程度で、爆発までは起きそうもない。


 ――やられた。


 魔力僅少のリュウヤ・ラング。

 時間制限のあるバハムート。

 そして、オールマイティーだが、両者に比べれば特出した存在では無いリリシア・カーランド。

 力を侮っていたわけではないが、長期戦なら有利と踏んでいた。しかし、それが油断に繋がっていたのかもしれない。

 ガーツールは唇を噛み締めたが、今はどうしようもない。

 睨み据える先の空に光が奔った。

 桃色の火球と青白く光蝶の羽根。絡むようにして光球は空を突き進んでいたが、轟音が響くと桃色の火球が弾かれたように地上へと向かい、蝶が後を追う。

 それが誰なのか、いちいち確認しなくてもわかる。


『……エリシュナ様が押されている』


 ガーツールはバハムートとエリシュナを交互に見比べ、考え込む様子を見せていたが、行くぞと決然とした口調でララベルに声を掛けた。


『ララベル、起きろ。エリシュナ様の援護に向かう』

『う……』


 ガーツールは、まだ意識が朦朧(もうろう)としているララベルを無理矢理立たせると、耳元で叱咤した。

『ガーツール、リリベルは……』

『わからん。甲板にいるかもしれん。とにかく急ぐぞ』

『はい……』


 魔空艦の援護かエリシュナか。

 リリベルの安否も気になるが、最優先すべきはエリシュナの援護だとガーツールは判断した。エリシュナの身に万が一の事態が起きれば、それこそ魔王軍は崩壊する。

 ガーツールの意を覚って、ララベルはうなずきはしたものの足に力が入らないらしい。何歩も駆けると地面に膝から崩れ落ちていった。


『大丈夫か、ララベル』

『ごめんなさい、ガーツール。もう、大丈夫だから』

 ララベルは自力で立ち上がっては見せたが、足元が覚束ない。落ちた時に頭でも打って、脳震盪でも起こしたのかもしれない。


『ララベル、お前はここで休んでいろ』

『……リュウヤには勝てない』

『なに?』

『そうエリシュナ様がおっしゃられたとを、ガーツールは悔しそうにリリベルと私に語ったではありませんか』

『……』

『ガーツールの斬糸剣が、バハムートにはその鋼鉄のような身体に通じぬ。リュウヤには剣技が通じぬと』

『……ララベル』

『ガーツール。あなたの力になりたい。リリベルも同じことを言うはず』


 ララベルの真摯な訴えはガーツールの心を打った。言葉に詰まって、答えることができなかった。ガーツールはララベルに背を向けて、わかったとようやく小さな声を発することができた。


『頼む。しかし、俺についてこれなければ、そのまま置いていくぞ』

『ついていきます。どこまでも』


 ガーツールは振り向きたい衝動に駈られたが、それを抑えて勢い良く駆け出した。後ろからはララベルが追尾してくる気配がする。

 ――待っていろ。リュウヤ・ラング。


 必ず勝つと心に決め、エリシュナとリュウヤの光を追って猛然と疾駆した。


  ※  ※  ※


 エリシュナは轟沈した魔空艦に目を見張ったが、視線をそらした隙に迫ったリュウヤの一撃を避けるために、声を出すこともできなかった。

 パラソリアで防いだものの、体重を乗せた一撃にエリシュナは押され、そのまま落下するように地上まで逃れた。


「逃すか!」


 リュウヤの鎧衣(プロメティア)が発光し、蝶の羽根が光の麟粉を散らせながら勢いは更に加速していった。


『くそがっ!』


 頬に傷をつけられた怒りの炎が、エリシュナの中でまだ轟々と燃え盛っている。

 口汚く罵ると、エリシュナは急停止してパラソリアに風を巻いて振り回してきた。リュウヤが“弥勒”の刃で受け止めると、衝撃で両者の間で火花が散った。金属の焼けた臭いが、リュウヤの鼻腔を刺激した。

 同時に膨大なエネルギー波が生じて、衝撃の波が地表の砂地を深々と抉り、大気を歪ませる。

 リュウヤは衝撃とともに間合いを計って一旦退くと、脇構えに変化して突進した。弥勒の刃が閃光となって上段から振り下ろされた。エリシュナが後ろにかわしたのにあわせて、リュウヤは踏み込む形で一気に推進し、今度は下から刀が跳ねあげた。

 わずかに隙を見せる右の脇腹を狙った刃ではあったが、エリシュナのパラソリアが寸前で防ぎ、弾かれるようにエリシュナはリュウヤから逃れた。


「惜しい……」


 見切ったというより、エリシュナの動物的な勘と反射神経が、彼女を救ったという方が正しいのかもしれなかった。現にエリシュナは、身構えたまま反撃をしてくることができないでいる。身を守るのが精一杯だったに違いない。

 さて、とリュウヤは思った。エリシュナを押しているという感覚はある。

 日本を出立する前夜、道場で想定した通りではある。


 ――だが、それでも足りないか。


 ただの連続攻撃では、上手くいっても今のように、想定以上の反射神経とスピードによって、寸前でかわされてしまうだろう。単なる速さではなく、エリシュナの虚をつく一撃が必要だった。


 ――イチかバチかでやってみるか。


 自身の脳裏に閃くものがあり、リュウヤは水心子正秀を鞘に戻すと、左手を柄に添えたまま腰を沈めた。その行動がエリシュナには奇怪としか映らず、エリシュナの目は探るようにリュウヤを注視している。


『今度は、どんな姑息な技を使うつもりかしらん』

「……」

『今の剣をかわした。そう容易く、あなたの剣を喰らわないわよん』


 リュウヤに対する警戒心がエリシュナに冷静さを取り戻させ、幾分青ざめた表情で冷笑を浮かべた。

 だが、リュウヤはエリシュナを見据えたまま、身構えている。


「前に……」


 と、リュウヤはおもむろに口を開いた。


「前に戦った時に言ったよな。確か“その顔に傷をつくってやる”だとか。どうだよ、つくってやったぜ」


 右手の人差し指で自分の左頬を撫でるリュウヤに、挑発だとエリシュナ自身も覚っていたが、内から溢れる怒りの感情がそのまま顔に出て、歯を剥き出しにした。


「今度こそ、お前に忘れられない傷をつくってやる」

『……まぁた、惨めな敗北でもしたいのお?』

「まあ、あの時は実際、敗けだよな」


 苦笑いしながらも、あくまでリュウヤの声は明るい。落ち着いているとリュウヤは思った。


「だけど、今はこうしてお前の前にいる。ちゃんと、頬にも傷をつけてやってな」


 リュウヤが鼻で笑うと、エリシュナから放たれる凄まじい殺気が、リュウヤを圧し包んできた。歪めた口に泡をためている。

 人間ごときに勝負に押され、嘲笑われたことが、再び怒りの沸点を超えさせたようだった。


 ――来いよ、エリシュナ。


 リュウヤが静かに息を吐いた時、大気が唸りをあげた。

 影が一閃した、と思った時には、既にリュウヤの眼前まで迫っていた。振り上げたパラソリアが、唸りをあげて落ちてきた。

 リュウヤは身体を沈め、抜き打ちに刃を放ち、エリシュナの首を狙う閃光がはしった。しかし、エリシュナがパラソリアに刀を合わせた瞬間、リュウヤは異様な音を耳にした。

 抜いた刀が根本から折れ、鈍い光沢を放ちながら虚空を舞っている。


 ――勝った……!


 たかが人間のつくった武具が、神の強度を持つオリハルコンに敵うものか。

 エリシュナは喜悦の笑みを浮かべ、攻撃に転じようとした。しかし、ある異変に気がつき、エリシュナの表情が凍りつく。

 リュウヤは、左手一本で剣を逆手に抜いている。

 折れた刀は今まで使っていたものではない。半分くらいの長さの刀だった。


「……じいちゃん、ごめん」


 リュウヤは折れた剣――長船清光――を通して兵庫に謝意の念を送ると、残った右手を、水心子正秀“弥勒”の柄に掛けて身を沈めた。

 リュウヤには鯉口をゆるめずとも、抜き打ちに斬る技がある。

 腰を捻る勢いとともに、弦を切ったようにはねたリュウヤの腕は、弥勒を一気に抜き放ち、刃が風や雨滴を裂いた。

 虚をつかれたエリシュナが目にはリュウヤが先に放った刃の残光と、()り上げる剣の閃光が、天へと駈けるように映っていた。


 ――……十字星(グランドクロス)


 エリシュナの瞳に映った十字の残光をそう形容したとき、エリシュナの右目から灼熱の激痛と衝撃が全身を駆け抜け、視界が突然暗くなった。


『エリシュナ様!』


 駆けつけたガーツールとララベルは、信じがたい光景に目を見張った。

 敬愛する魔族の王妃が。

 雄心たる魔族の戦士が。

 ガーツールはリュウヤの放った刃が、エリシュナの右の頬から額にかけて斬り裂くのを見た。


『……』


 やがて、エリシュナの小さな身体は糸が切れた人形のように力を失い、鮮血を噴き上げながら落下して、ドウッと砂漠に濃い砂煙を立ち上らせた。


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