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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第11章「Radio Nowhere」
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カメラを止めるな

『死屍累々。壮観な光景だこと』


 エリシュナは陶然とした表情で、地上の兵士たちの炭化した屍と鉄屑と化した兵器の残骸を見下ろしていた。

 あれだけの攻撃魔法を使ったにも関わらず、自分の魔空艦には傷ひとつついていない。

 エリシュナは、自分の絶妙な魔法操作技術にも満足していた。視線の先に、リリベルとララベルが甲板上に立ち、畏敬の念を込めてエリシュナを見上げているのが見えた。


『さあて、邪魔がいなくなったところで、続きを始めようかしら』


 意気軒昂、気炎万丈、異世界の精鋭を呑んで、騎虎の勢いがエリシュナの心に満ちている。溢れる勢いそのままに、エリシュナがパラソリアの尖端を、バハムートとリュウヤに向けた。


「調子に乗るなよ。エリシュナ」


 リュウヤは押し殺したような低い声を発し、鎧衣(プロメティア)を発動させて、バハムートの懐からふわりと宙に浮いた。


「貴様の力はバハムートのホーリーブレスによるもの、借り物だろうが」

『そうよねえ。あなたたちの不用意な攻めのおかげで、アメリカ軍が全滅しちゃって、尊い命が奪われちゃったんだもんねえ』

「てめ……」

『あら、図星だったの?こめんねえ』


 ギリッと奥歯を噛み締めるリュウヤの傍を、バハムートが咆哮しながら猛然と突進していった。自らの過ちで、ホーリーブレスの力をエリシュナに与えてしまった。最も悔い恥じているのはバハムートだった。


『やっすい奴だこと』


 力もスピードもエリシュナを凌駕するが、中身は中途半端な半竜半人のクリューネ。ただの若い女に過ぎない。

 冷笑して佇むエリシュナに、バハムートの鋭い爪が襲いかかろうとした時、バハムートの動きを見越したかのように、突如地上から熱波がわき起こり、バハムートとエリシュナの間を遮った。


“またしても邪魔を!”


 魔空艦の砲台から射出された無数の閃光がバハムートへと迫り、バハムートが回避する間、エリシュナはあっという間にリュウヤへと接近していた。


「ちいっ……!」

『さあ、第二ラウンドの開始よん』


 バハムートの巨体と砲撃が死角となって、リュウヤは先をとられる格好となった。振りかぶったパラソリアを受け流して転身したものの、続く執拗な連撃にリュウヤは後退しなければならなくなっていた。

 それでも嵐のような猛攻を凌ぎ、袈裟斬りに振り下ろしてきたパラソリアをかわした時に、リュウヤはエリシュナに重大な隙を見出だした。それは渾身の一撃だったのだろう、振るった勢いでエリシュナの体勢が前に崩れた。


『……!』


 驚愕して目を見開くエリシュナ。

 リュウヤは上段に振りかぶり、柄に力を込めた。刹那、エリシュナの表情が邪気に満ちた笑みに変化するのをリュウヤは見た。

 エリシュナは一気に身体を反転させると、既にパラソリアの尖端には激しく輝く光球が生じていた。


『喰らいなさい……。萌花蘭々(コスモス)!』

「くっ……!」

 

 巨大な光軸がリュウヤを呑み込む直前、鎧衣(プロメティア)を形成するミスリルプレートが輝きを増し、次の瞬間には虚空に青い鱗粉を残してリュウヤの姿が消えていた。

 エリシュナが急いで気配を探ると、相当の距離をとって正眼に構えるリュウヤの姿があった。肩が上下に大きく揺れ、息を乱している。

 無理もないとエリシュナは思った。エリシュナでも捉えられなかった速さであの位置に逃れるまでに、尋常でない圧力がリュウヤの身体に掛かっているはずである。よく気を失わなかったものだと、エリシュナの本心には呆れも混ざっていた。


『お見事、よくかわしたわねえ』

「……」

『でも、今ので結構な体力と魔力を消耗したはずだけど、どこまで持つ……』


 不意にエリシュナに迫る感覚があり、反射的に身体を反らした。顔の横を竜を模した鋭い衝撃波が駆け抜け、エリシュナの言葉がそこで途切れた。

 避けたかとリュウヤの舌打ちする声がした。見るとリュウヤは、いつの間にか刀を振り下ろしていた。


「いい加減、お喋りがうるせえぞ」


 呆然とするエリシュナの頬に、ヌラリと流れるものがあった。雨の感触ではない。

 拭うと親指に真っ赤な血が付着している。リュウヤの嘲笑する声がエリシュナの頭の中に響いた。


「前にも油断してバハムートにやられたろ。力に頼みすぎなんだよ。お前もまだまだ未熟者だな」

『き、きさ、きさまあ……』


 エリシュナから冷笑は消え、悪鬼のように表情が一変している。怒りが大気を震わせ、焼きつくような殺気がひりひりと焦がしてくるが、リュウヤは怯まなかった。確かに速さは増すが、動きは若干直線的になると前回の戦いで感じている。かといって、微塵の油断もできるわけではないが。

 ただ、戦いに身を置きながら、自らの肌を傷つけられることを極度に嫌い、激昂するのはエリシュナの欠点だとリュウヤは思った。


「やっすい奴……」


 リュウヤはばく進するエリシュナを待ち構えながら、静かに剣を脇構えに構えた。


  ※  ※  ※


“ネヴァダ・レポート”のレポーター、マリーは悲鳴をあげた。

 カメラマンのエヴァンズが砂塵が巻き起こる強烈な猛風に飛ばされ、カメラごと岩場から転げ落としそうになっていたからだ。

 嵐の勢いが収まり、ようやく視界が拓いたところで、岩肌にしがみついているエヴァンズを見つけると、マリーは自慢の顔やレインコートが砂まみれにも関わらず、マリーは青い顔をしてエヴァンズに駆け寄ってきた。


「エヴァンズ!」

「やあ、大丈夫だよ、マリー……」


 優しいところがあるんだな。

 局内では女狐だの冷徹だの、特ダネのためなら親でも売る。局のエース的存在と実力を認められながらも、自己中心的で、常に「私は、私は」だったから、ACEをもじって“I”CEなどとも陰口を叩かれている。

 そんな悪評ばかりなマリーだが、根は人を思いやる心があるのだと、エヴァンズは感動を覚えて目頭が熱くなった。


「まったくエヴァンズは……」


 文句を言いながらもマリーが手を差し出してきたので、立ち上がらせてくれるものだとエヴァンズも手を伸ばした。しかし、マリーの手はエヴァンズを通り過ぎて、エヴァンズが抱えているカメラへと伸びていった。


「ほら、早くカメラを寄越しなさいよ」


 マリーはエヴァンズからカメラを奪うようにしてもぎ取ると、必死の形相で記録した映像をチェックし始めた。厳しい表情で映像を確認していたが、無事を確認すると初めて表情を弛め、安堵の息を洩らした。

 その後で、マリーはすぐに厳しい顔つきに戻り、キッとエヴァンズを睨みつけた。


「エヴァンズ。そのカメラは大事にしてよね。局に内緒で持ってきたんだから」

「……マリー、俺の心配をしてくれたんじゃあないのか」

「何を言ってんの?このカメラ、私の給料三ヶ月分は軽く吹き飛ぶのよ。あんたの代わりなんて、私の半分くらい払えば、幾らでもいるでしょうが」


 冷淡な口ぶりで言いながら、マリーはカメラに目を落とし、レンズや外部に傷はないか確認し始めた。


「代わりがいるなら、何でいつも俺に声を掛けるんだよ」

「え?」

「いつも事件が起きると、連れていくのは俺じゃないか」


 エヴァンズがうろたえながら言うと、マリーは道端に落ちている雑巾でも見るような暗い目で、エヴァンズを見返してきた。


「行く場所を考えなさいよ。バカでかい図体してるから、荷物持ちや盾代わりにちょうど良いからに決まってんでしょ」

「……」

「腕前なら、アントニオやレックスの方が上だし、私を美人に撮ってくれるけど、現場は撮ることが大事なの。それに、ウチの局だと大事な存在だから、危ない目に遭わすわけにいかないじゃないの」

「……ああ、そう」


 エヴァンズは呆れて返す言葉も見つからず、力なく立ち上がって自身に付着した埃や砂を払った。


 マリーはANNネヴァダ支局の人気ニュース番組“ネヴァダレポート”で、売れっ子のレポーターである。美人で歯に衣を着せぬ物言いや、どんな危険な現場でも、身体を張って取材に挑む。

 だが、あくまで“ネヴァダ州”限定の人気で、全米レベルでは知名度はさほど無い。ネブラスカ州では“下品なネブラスカ・ジョーク”で有名なコメディアンのゲイン・パーカーに負ていることを知り、ショックのあまり三十九度の大熱を発したこともある。

 しかし、そんなことで休むような柔な女ではなかったから、きっちりと仕事をして、翌日には元気に出社してきたが。

 そんなニュース番組“ネブァダレポート”のカメラマンとして配属されたこれまでの三年間、マリーとは何度か危険な仕事をしたことがある。

 その度に、マリーはエヴァンズにいつも声を掛けてきていたのだった。

 二人にはそれぞれ恋人がいて、互いに恋愛感情というものはない。だからエヴァンズは、マリーが純粋にプロとして自分を評価し、信頼をしてくれているものだと思っていた。しかし、そんなものは全くの幻想だったと、エヴァンズは後ろからぶん殴られたような気分で、マリーからカメラを受け取った。


「今の爆発、核が爆発したわけではなさそうね」

 

 落ち込むエヴァンズに頓着した様子も無く、どこから持ってきたのか、マリーは携帯型放射能測定装置をポケットから出し、数値を確認しながら言った。値は安全基準値内の〇・二マイクロシーベルトを示している。


「核だったら、今ごろ俺たちは放射能まみれであの世行きだよ」

「じゃあ、何だと思う?」


 まだ黒い煙が立ち込める、デスバレーの砂漠を見ながらマリーが言った。ものの焼ける不快な刺激臭が、戦場から五十キロはあるはずのここまで運ばれてくるが、奇怪な閃光から生じた臭いではないように感じた。火薬や鉄、そして人……。

 外国の戦場の取材で、似た臭いを嗅いだ記憶が何回もある。


「軍の演習でレーザー砲撃みたことあるけど、火の球だったし、実用化にはまだまだて話よ」

「……」

「どっちかというと、自然発生的なもの……、雷撃て感じ」

「あんな巨大で、滝みたいな雷なんて見たことないぜ」

「滝みたいな雷以前に、竜だとか、空飛んで戦う人間自体、見たことあるの?」


 無いとエヴァンズは首を振った。

 改めて思い返すと、自分たちはとんでもない現象を目の当たりにしているとエヴァンズは痛感した。

 絵空事な存在でしかない竜が実在し、人が空を飛行して刀と日傘で戦い、凄まじい雷撃を放って世界に誇るアメリカ軍を駆逐してしまった。しかも、おそらく個人の力で。

 恐怖とも興奮とも判別つかない感情がエヴァンズの巨体を襲い、激しく身震いを起こさせた。


「女はエリシュナてテロリストだと思うけど、相手の男は何者だ?」

「わかんないわ。サムライ・ソルジャーてだけ」


 二人の戦いはあまりに速く、カメラでもとらえきれていなかった。先ほどの映像で鍔迫り合いの状態となった時に、黒髪と刀らしき武器を持った男の姿がようやく確認できただけである。顔まではわからない。


「まさか、スターウォーズが実際に見られるなんて思わなかったわ」


 知らないとはいえ、マリーはマーカス二等兵と同じ感想を口にしていた。


「これも私の取材力のおかげね」


 マリーは得意気に鼻を鳴らしてみせたが、マリーの言う“取材力”とは、軍の関係者二、三人とベッドの上で関係を持つことだとエヴァンズは知っている。今回の情報と手配も“関係者”の誰かからなのだろう。

 恋人は気がついていないのだろうか。


「オビワンもダースベイダーも、空飛んで戦ってないし、どっちかというとハリー・ポッターだろ」


 上の空のままエヴァンズは異議を唱えたが、すぐにどうでもいいことだったと口にしたことを後悔した。

 バカにされるかな、とエヴァンズはマリーを見ると、マリーは気にした様子もなく、瞳を輝かせて煙が立ち込める空を注視している。不意に自分の腕時計を一瞥して、ニヤリと口の端を歪めた。


「あと十数分もすれば、私は世界レベルの有名人……」

「でも、一分程度しか撮ってない映像だぜ。あんなんで大丈夫かな」


 マリーはエリシュナとサムライ・ソルジャーの戦闘が始まって一分ほど過ぎると、カメラマン助手のヘンリーという男に収録したデータを渡し、局に送信するよう指示した。

 この付近では、電波障害が酷く、電話もネットも繋がらない。ここから五十キロほど離れた場所ではまだ繋がっていたので、ヘンリーは今ごろ二百キロほどの猛スピードでその地点まで車を走らせているはずだった。

 ヘンリーは普段、何の役にも立たない男だが、神経衰弱と車の運転は得意だし、局にデータの送信くらいはできるだろう。


「空飛ぶ船に、紅い閃光。巨大な竜に、空を飛んで戦う人間。そして伝える私。十分なスクープ映像よ。こういうのは鮮度が大事なの」

「……」

「ヘンリーが戻ってきたら、第二第三の映像を送らせる。ピュリッツァー賞間違いなし。これで本社勤務よ。……見ていなさい」


 都落ち。

 マリーには、本社の競争に破れて、ネヴァダ支局に左遷になったという噂があった。相手は一年後輩のナターシャという。押しも押されぬ本社のメインキャスターを勤めている。

 もちろん負けず嫌いのマリーが語るわけもないが、これまでの仕事に対する姿勢や最後の呟きで真実のものなのだろうと、エヴァンズは思った。

 そんなことを思いながら、マリーの横顔を眺めていると、不意に轟音がエヴァンズの耳に響いてきた。黒い煙の壁に紛れて紅い閃光が伸び、竜の雄叫びが聞こえる。

 青白く光る蝶の羽根と、桃色の火球が映った。


「始まったわよ、エヴァンズ!カメラ、カメラ!」


 マリーに急き立てられ、エヴァンズは慌ててカメラを回した。マリーの意図が何であれ、このような事件は一生お目にかかれるものではない。

 飛び交う光弾と、戦闘の迫力と身体を揺るがす激震に圧倒され、いつしかエヴァンズは夢中でカメラをまわしていた。

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