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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第9章「王都、燃ゆ」
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憤怒のエリシュナ

 遥か上空まで立ち上る巨大な水柱に、エリシュナは魔空艦の艦首から、愉快そうにほっほと声をあげて波しぶきを見上げていた。


『さすがの神竜バハムートも、自分の力を喰らってはひとたまりもないか』

『いえ、それもエリシュナ様のお力があってこそです』

『嬉しいことを言ってくれるわね。誉めてあげるわガーツール』

『ありがたき幸せにございます』


 後方に控えるガーツールに振り返ると、ガーツールの両脇には、リリベルとララベルが陶然とした表情で寄り添っている。


『さすがの指揮です。ガーツール』

『お見事な指揮です。ガーツール』

『まだ戦いは終わっていない。お前らも油断するな』

『神竜バハムートを駆逐しても浮かれない。さすがガーツール』

『素敵だわ。ガーツール』


 双子の姉妹は両側から、しきりにガーツールの頬へと称賛のキスをしているが、ガーツールは引き締めた表情を崩すことなく、エリシュナに視線を据えたままでいる。

 美男子のガーツールと、リリベルとララベルとの付き合いは公認の仲で、“深淵の森”に住む兵で知らぬ者はいない。

 ガーツールも平等に双子を愛し、双子も満足してガーツールの愛情に応えていたが、場所状況をわきまえないガーツールたちに、周囲は苦々しく思っていた。

 現に今もガーツールは、真面目な表情を崩さないまま、リリベルとララベルの豊かな胸を揉みしだいている。


『またやってるよ』


 兵士の一人が舌打ちするが、幾分かの羨望や嫉妬が混ざっている。リリベルとララベルも美人といっていい。その姉妹に言い寄られて、公衆の面前で堂々と痴態を繰り広げている。羨ましくないわけがない。

 側近であることと、エリシュナが何も言わないから周囲も黙っているが、いつかガーツールをぶん殴ってやろうと、エリシュナやガーツールらを除く、兵たちの誰もがその想いを抱いていた。


『ルシフィちゃんも、ボロボロねえ』


 ガーツールに向いたエリシュナの視界の端に、救護兵介抱されているルシフィの姿が映り、皮肉そうに口の端を歪めた。ルシフィは気絶したままぐったりと横たわっている。


『酷く体力を消耗していますが、ルシフィ様には特に目立った外傷はありません。ご心配には……』

『妾があの子の心配すると思う?』

『は?いや、あの……』

『ゼノキア様の子ではあっても、あの子は“妾”の子ではないのよ』

『……』


 何と答えれば良いかガーツールは返答に窮し、手を双子の身体からそっと離して目を伏せた。物足りない双子姉妹は、両隣から不満げにガーツールを睨んでいる。


『さて、ガーツール』


 エリシュナの声が頭上に響いた。見上げると、エリシュナはリュウヤたちが乗る魔空艦へと向き直っていた。まだ点に等しい大きさだが、追いつけない距離ではないはずだ。


『全速力で奴等を追うわよ。一斉射撃の準備をなさい』

『は、はい!』


 ガーツールは慌てて立ち上がり、マイクを手に取ると艦長当てに『各隊、一斉射撃、用意!』と怒鳴った。

 ガーツールの声に応じ、甲板上の兵士たちの動きが慌ただしくなった。サイレンが鳴り響く中、兵士たちはそれぞれの配置場所へと駆け出して行く。甲板上はエリシュナと側近たち、他にはルシフィと救護兵だけが残った。

 やがて、サイレンが収まると、各砲台から紅い閃光が放たれ、前方の魔空艦へと伸びていく。

 相変わらず狙いは外れているが、それでもこの戦闘中に射撃精度が向上している。


『やっぱり、実戦は得るものが大きいわねえ』


 エリシュナはうっとりとした表情で、閃光の行方を追っていたが、まだ目が覚めないルシフィと救護兵の存在にようやく思い出した口ぶりで言った。


『ほら、アナタたちもルシフィちゃんを連れていきなさい』

『は、はい。しかし、エリシュナ様は艦内には行かれないので?』

『妾はここが好きなのよ』『ですが……』


 無礼者とガーツールが鋭い剣幕で言った。


『エリシュナは上に立つ者として、前線に立つべきとのお考えだ。貴様ごときが口を挟むな!』

『申し訳ございません。エリシュナ様の身を案じ、つい……』

『貴様はエリシュナ様が、バハムートを駆逐したことを、もう忘れたのか!』


 ガーツールの雷のような怒号に、救護兵は救いを乞う形で跪き、震えながら身をすくめていた。彼もガーツールをぶん殴ってやりたいと考えていた一人だが、激しい怒りを前にしてすっかり怯えてしまい、殴ってやりたいなどと考えたことを身に過ぎたことだと後悔していた。


『まあまあ、ガーツール』

 エリシュナが取りなすように、ガーツールの肩を叩いた。


『こやつも妾の身を案じて言ってるんだから、許してやんなさい』

『しかし……』

『あなたも、さっさとルシフィちゃんを連れていきなさいな。これ以上ここにいると、ガーツールが何するかわかんないわよ』


 救護兵は顔面を蒼白にさせると急いで立ち上がり、ルシフィの肩を担いで艦橋方向へと逃げるように歩いていった。逃げるようにといっても、ルシフィを気遣って足取りは遅い。ガーツールは苦々しげに救護兵の後ろ姿を見送っていた。


『良いのですか。無礼な』

『放っておきなさい。それより、狩りを兼ねた花火見物を楽しみましょうよ。せっかくの特等席なのよん』

『……わかりました』


 ガーツールは憮然としていたが、それでも大人しくエリシュナの命に従い、無数の光軸が向かう先に視線を移した。魔空艦を逸れた砲撃は、下に広がる海から波しぶきを上げ、魔空艦の周囲に巨大な水柱を何本も作り出している。


『ああ、もう少しなのに!じれったいわねえ』


 そう言っているすぐ後に一本の閃光が魔空艦をかすめたのか、艦の右舷側から黒い煙が上がるのを目にすると、エリシュナはケタケタと手を叩いて、飛び跳ねながら魔空艦を指差した。


『そらっそらっ!もう一息よ!』


 興奮状態となったエリシュナが、嬉々として叫ぶ。


『いっけえぇぇぇ!!』


 刹那、タイミングを見計らったように艦が大きく揺れた。エリシュナでさえも立っていられない激震に、思わず上空に飛び上がっていた。


 激震と射線上にエリシュナが現れたことで砲撃は止み、甲板上のガーツールたちは近くにあるロープに捕まり衝撃に耐えていた。


『な、なに?』


 事態を把握する前に、二度目の衝撃が艦を襲い、艦の真下に衝突した巨大な影を認めた。巨体から、鮮血を滴らせる白い竜がそこにいた。


 ――バハムート!


 エリシュナが身構えようとしたその時、『うわあっ!』という悲鳴がエリシュナの耳を捉えた。声がした方向を見ると、大きく傾いた甲板から海へと、ルシフィと救護兵が転がり落ちていくのが見えた。


『ルシフィちゃん!』


 さすがのエリシュナにも心に動揺が生まれ、それが間隙を生んだ。視線を戻した時には既にバハムートの姿がなく、エリシュナの眼前に迫っていた。


“捉えたぞ……!”


 カッと大きく口を開けるバハムートに、エリシュナは不敵な笑みを浮かべた。

 性懲りもない。ホーリーブレスは通用しないと、まだわからないのか。


 エリシュナはパラソリアを広げ、虹色の魔法陣を張った。またホーリーブレスを吸収し、今度こそ止めを刺す。どちらかと言うと、エリシュナは悠然とした気持ちで、バハムートのホーリーブレスを待ち構えていた。

 しかし、バハムートが放ったのは、ホーリーブレスではなかった。

 ブフウッと口の中から唾を吐き出すと、真っ赤に染まった液体が、魔法陣をべっとりと覆いつくした。


『唾……?』


 血が大量に混じった、バハムートの真っ赤な唾。


“このバハムート、剣も格闘技も知らんが、喧嘩はけっこう得意でな”


 頭上から声がし、押し潰してくるような圧迫感がエリシュナを襲った。戦慄がはしり、エリシュナが見上げる先から、巨大な爪を振りかざすバハムートが迫っていた。

 エリシュナはパラソリアを上げて防ごうとした。オリハルコン製の傘はバハムートの爪さえも防いでみせたが、凄まじい力に圧倒されてしまい、エリシュナの小さな身体は甲板へと一気に叩きつけられた。

 天地を割ったような衝撃音が響いた後には、大の字になって倒れているエリシュナの姿があった。

 しかし、バハムートにはそれ以上の追撃ができなかった。

 先ほどの猛火烈掌(テヘペロ)を使った双子姉妹がバハムートの前に立ちはだかっていたし、満身創痍で体力も尽きかけていた。血を失い、目がくらんだ。何よりも制限時間が迫っている。


 ――もう限界だ。


 リュウヤのところに帰りたい。

 バハムートは身を翻すと、雄叫びをあげながらエリシュナたちから離れていった。

“リュウヤ”と叫んだつもりだが、言葉にならず獣の咆哮にしか聞こえなかった。


『エリシュナ様!』


 血相を変えてガーツールが駆け寄ると、大の字になっていたエリシュナはがはりと勢い良く上半身を起こした。安堵するガーツールらを余所に、エリシュナは目を見開いたまま空一点を凝視している。

 チクリと頬に痛みが奔った。


『エリシュナ様、頬に傷が……』


 ガーツールに言われてエリシュナは呆然とした表情のまま、痛みが奔る箇所を親指で拭った。親指に小指の爪先よりも小さな血が付着していた。


『妾の血……』


 魂の抜けたような声を発し、エリシュナはじっとその血を眺めていたが、やがてカタカタと身体が小刻みに震え始めた。やがてそれは地震のようにガーツールたちの足元を揺らし、バハムートに体当たりされたのに近いくらいの激震が、魔空艦を揺るがしていた。


『あぁぁぁいぃぃつぅぅらあぁぁぁ……!』

『エリシュナ様、落ち着いてください!』

『よくも、よくも妾の肌に傷をつけたな……!許さん、許さん、許さんぞおぉぉ……!』


 ガーツールも、リリベルもララベルも息を呑んでエリシュナを見守っていた。

 三人とも幼少期からエリシュナに仕え、エリシュナの性格をわかっているガーツールたちでさえも、今起きている事態に対応できないでいる。

 歯を剥き出しにし、口に泡を溜めたエリシュナの髪の毛は逆立ち、怒りの感情が稲光となって現れ、身体の表面をほとばしっている。大気は震動し、熱風のような殺気に、近づくことも出来なかった。


『エリシュナ様……。ルシフィ様を助けないと』


 からからになった喉でガーツールはやっとそれだけ言うと、殺気に満ちた目でガーツールを睨んだ。

 その凄まじさに、ガーツールは死を覚悟した。


『放っておけ!あんなクソガキ!』

『は、はい……』


 憤怒に満ちたエリシュナは翼を広げ、空に飛翔した。次に発した怒号は、艦内の奥まで響き、兵士を心の底から震え上がらせるものだった。


『妾が奴らを八つ裂きにしてやる……。ついてこい、貴様らあ!!』


リリシア・カーランド


力…C

素早さ…B

拳技…A

魔法…A


ひとこと

・普段は口数少なく、淡々としたしゃべり方をするが、一方で尋常な言葉遣いもできる。控え目な性格だがこうと決めれば、達成のために貫く意志は誰よりも堅い。外見が小柄で子どもぽいためにコンプレックスがあり、子ども扱いを最も嫌う。黒装束を好むのは、リュウヤが着ている服を真似たもの。

 リュウヤの陰に隠れていたが、素ではかなり強いのです。


クリューネ・バルハムント

力…D

素早さ…B

拳技…D

魔法…S


ひとこと

・スラムでの生活が影響してか、怠け癖がついて面倒事は避けたがる。盗み癖もなかなか抜けない。

それでも、バラック小屋でも室内を綺麗にし、清潔さを保つ辺り、一般的な感覚は失っていない。

 孤独と不安の日々を過ごした分、仲間に対しての思いは強く、思いやりを常に欠かさない。仲間のためには身体を張ってどこまでも行動できる。

 ハンチング帽を好んで被るが、よく紛失する。


※ 魔族含めてCを「普通」とし、EからSまでランク分け

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