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竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第9章「王都、燃ゆ」
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妾(わらわ)の名はエリシュナ

 接近する旧式の魔空艦は、リュウヤたちがいる魔空艦の右舷後方に位置を取ると、魔法エネルギーによってつくられた無数のビームの光軸が、リュウヤたちへと襲いかかっていく。


『下手ねえ。船を配備されたばかりだと、こんなものかしら』


 とエリシュナが苦笑いするほどに、“深淵の森”に住む者には魔空艦の銃砲の操作に慣れてはいない。

 指揮する艦長が以前、中央の艦長を務めていただけに、その経験と実績から航行自体には問題ないのだが、兵士たちはそうではない。

 弓と矢の経験しかない“深淵の森”の住人による砲撃はお粗末で、紅い光軸はリュウヤたちの艦を外れて明後日あさっての方向に消えていく。

 それでも猛烈な熱波から生じる衝撃はリュウヤたちがいる艦を激しく揺らし、リュウヤたちを動揺させるくらいの威嚇にはなっていた。


「バハムート、まだ行けるか!」

“短期決戦といったところだな。急がないと”


 バハムートである時間が、残り少なくなっている。

 焦りを含んだバハムートの言葉は、リュウヤにそう告げていた。


『エリシュナさ……いえ、母さま、この船にはセリナさんがいるんですよ!』


 叫ぶルシフィに、エリシュナのマイク音が冷徹に響きをみせた。


『“ルシフィちゃん、あなたの任務は失敗しました。あとは妾や“深淵の森”に住む者に任せて、こちらで休みなさい。これから敵を撃滅してみせますからね”』

『しかし……!』

『“黙りなさい。あなた、闘う力なんて、もう残ってないわよねえ”』

『まだ……、僕はまだやれます……』


 気力を振り絞り、杖を頼りにしてルシフィは立ち上がってみせたが、口を喘がせ、ふらつく足には、見るからに力が入っていなかった。

 その時、艦橋側からポン、と気の抜けたような音ともに白煙が立ち上った。それは青い空に二つの白い花を咲かせ、フワフワと落ちてくる。

 そのうちのひとつは、男が何事か騒いで手を振っているが、もうひとつにはぐったりした二人の男の姿があった。座席にぐるぐる巻きにされている。その一人の顔を見て、ルシフィは声をあげた。

『パラシュート……。ヤムナークもいる』


 完全に気を失ってはいるようだが、肌に生気があるのが肉眼でもわかる。 そのパラシュートのわずか下方に、数個の信号弾が光った。


 赤、青、青。

「成功」を知らせる合図だとわかり、リュウヤは拳をぎゅっと握りしめ、奥歯を噛み締めた。


「……リリシア、上手くやってくれたか」

“ではリュウヤ、そっちを頼むぞ”

「ああ、任せろ」


 リュウヤは八双に構えたまま返事をすると、バハムートは魔空艦に向かって飛翔していった。


「あの“母さま”の言う通り、逃げればいいのに。向かってくるなら遠慮はしねえぞ」『もとより、その覚悟ですから』


 杖を構えるルシフィの瞳には光が灯っていた。

 パラシュートの男たちを見て、ルシフィの雰囲気が変わった。

 構えからも油断の出来ない力を感じる。凄まじい精神力だと内心、リュウヤは感心していたが、敵を褒めるわけにもいかない。だが、ルシフィへの賞賛の想いが、聞こえない程度に口の中で呟かせていた。


「大したもんだよ、ルシフィ」


 一方、エリシュナたち迫るバハムートと、杖を両手構えにしてリュウヤに対峙するルシフィに、エリシュナはやれやれとマイクを側近の若い男に渡すと、代わりに男から真っ白な日傘を受け取った。


『あの強情さ、ゼノキア様似かしら。それとも、“あの”母親似なのかしらねえ』


 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべると、エリシュナ様のと若い男が傍に寄った。


『私の他にもリリベルとララベルがおります。ここは我らに任せて、ルシフィ様を……』

『息子のために、苦労させるわねえ。ガーツール』


 エリシュナの背後で恭しく頭を下げるガーツールの隣には、瓜二つの姉妹が無表情のまま佇立している。エリシュナでも判別するのが難しい、リリベルとララベルの双子の姉妹である。

 エリシュナは連れてきた側近らを一瞥すると、その薄い背中からコウモリのような翼を伸ばした。


『それじゃ、行ってくるわ』

『いってらっしゃいませ。エリシュナ様』


 バハムートは甲板上のエリシュナの動きを注視しながら翔んでいたが、次の瞬間、バハムートはエリシュナの姿を見失っていた。


“消えた……?どこだ!”


 焦るバハムートを余所に、ガーツールと呼ばれた若い男を始め、エリシュナの家臣たちは、悠然とバハムートを見上げている。ガーツールは、マイクを艦内に切り替えて何事か指示していた。


『あなたは、後で遊んであげるわね』


 不意に耳元から女のささやく声がし、振り向くとそこには日傘を振りかざしたエリシュナが、バハムートの顔の傍にいた。


『日傘でえ……、ポーン!』


 はしゃぐように振った日傘は、轟音を唸らせてバハムートの横っ面をはたき、見た目以上の衝撃がバハムートの脳を揺らした。


“ぐはっ……!!”


 バハムートの巨体が空に舞い、一瞬、意識が混濁して目の前が真っ暗となった。バハムートが次にエリシュナの姿を探した時、既にリュウヤとルシフィの間に、日傘を担いだ小柄な女が、低い姿勢でしゃがみこんでいる光景が映った。


“いつの間に……!”


 慌ててエリシュナを追おうとするバハムートを、魔空艦の紅い砲撃が行く手を遮った。熱波がバハムートの厚い鱗に覆われた皮膚を焦がす。射撃技術が未熟だったから被弾を免れたが、直撃したらバハムートでも無傷では済まないエネルギーが伝わってくる。


『相手はバハムートだ!遠慮せず、エネルギーを使い果たすつもりでどんどん撃て!』


 ガーツールがマイクに向かって怒鳴ると、無数のエネルギー波が魔空艦から射出された。狂った嵐のような砲撃をバハムートはひたすら旋回して避け続け、更に上空へと逃げていった。

 バハムートが上空に逃げたのは、未熟な上に神竜に恐怖し、ろくに照準を合わせていない砲撃が、バハムートを無視するかのように、幾つかリュウヤたちに向かうのを目撃したからだった。


“くそっ、いい加減にしろ”


 反撃の隙を窺うバハムートの鋭敏な耳に、砲撃に混じって澄んだ声が聞こえてきた。それは調子も抑揚も同じ、二人の重なる声だった。眼下を見ると、甲板上で双子の姉妹が互いの手を重ねて、バハムートに向けてかざしている。二人の足下には魔法陣が輝いている。


“……我らは、はにかむ

 舌を出し、我らは喜ぶ

 火によって讃えよ

 風とともに讃えよ

 全ては汝が為”


 そこまで詠唱が進むと、魔法陣から紅蓮の炎が吹き上がって、リリベルとララベルの二人を包む。渦を巻き始め竜巻を起こしていく。灼熱のエネルギー波に、バハムートが呻いた。魔空艦の当てずっぽうな砲撃と違って、双子の魔法は間違いなくバハムートに向かってくる。


“同時詠唱による合体魔法か。またマニアックな魔法を使う!”


 受けてみなさい、とリリベルとララベルは同時に言った。


『……“猛火烈掌(テヘペロ)”!!』


 呪文名を告げると、炎の竜巻は一気に吹き上がり、超高熱の柱となってバハムートへとばく進していった。

“舐めるな!!”


 こんなもの全力のホーリーブレスなら、返してみせる。

 バハムートはカッと口を開いたが、射線上にいつの間にか、リュウヤたちがいる魔空艦がある。乱射する間に、艦を背にするよう誘導されていたらしい。バハムートは慌てて口を閉じると、翼で身体を覆って身を守り、木の葉のように錐揉みしながら身をかわした。そのすぐ傍を猛火烈掌(テヘペロ)の火柱が駆け抜けていった。


“くそっ、魔族ごときが!”


 何を遅れをとっていると、バハムートは舌打ちして自分を罵りながら、翼の隙間から、リュウヤたちがいるはずの魔空艦を睨んだ。 一方、リュウヤとルシフィは、お互い、相手に集中していたため、突然現れたエリシュナに虚を突かれた格好となっていた。


「はやい……!」

『母さま……!』

『少し休んでなさい、ルシフィちゃん』


 刹那、ルシフィの鳩尾を強烈な衝撃が抉った。エリシュナの日傘の丸い先がルシフィの鳩尾を突いていた。ボクシングでは意識を失わないボディへの攻撃は地獄の苦しみという。しかし、今一撃はルシフィの意識を奪うほどの、凄まじい一撃だった。


『次はあ、あなたにい……、スコーン!』


 ルシフィとは異なり、槍の切っ先のように鋭く迫る日傘は、容赦なくリュウヤの喉元を狙ってきたが、リュウヤは剣を立ててそれを流し、そのまま一気に踏み込んだ。しかし、直前に危険を察したエリシュナは、気絶したルシフィ片手に宙に浮かんで悠然とリュウヤを見下ろしている。


『やるわねえ、さすが竜に喚ばれた男。バハムートちゃんの後はあなたにしようかしら』

「待て、お前の相手は俺が!」

『さすがに、魔空艦を落とされたら嫌だしい、この荷物もあるから後でねえ。どうせ、追ってこれないんだし』

「なに?」

『カラッカラで無いんでしょ?魔力』

「……」


 図星だった。

 ルシフィの“絶対安息(コンシェル)”を脱出する際、残る魔力を精神力で振り絞って使い果たしてしまっている。あの時の怒りの感情が起これば、使えるのかもしれなかったが、今、怒りはあっても似て非なるものでしかない。どうすればあの感情が起きるのか、リュウヤにもわからなかった。


『じゃあねえ』

「待て……!」


 しかし、叫ぶも虚しく、エリシュナは気絶したルシフィを連れて、一直線に自分の魔空艦に戻っていった。追うことも出来ず、無力感に包まれたリュウヤは、ただバハムートに叫ぶことしか出来なかった。


「クリューネ!敵が行ったぞ!」


 リュウヤの声が届いたのか、バハムートが振り向いてリュウヤに鋭い視線を向けてきた。瞳と瞳が重なりクリューネの意思が、リュウヤの中に飛び込んでくる感覚があった。


 ――先に行け。すぐに追いつく。


 リュウヤはバハムートを凝視していたが、やがて頷きもせず踵を返すと、魔空艦の内部に繋がる見張り台へと駆けていった。艦内にリュウヤが消えたのを見届けると、バハムートは表情を引き締めて、不敵な笑みを浮かべながら接近する、エリシュナに視線を変えた。


『やっほお、バハムートちゃん』

“また来たか。小娘が!”


 バハムートは目の前の魔空艦から、標的をエリシュナに変えて襲いかかった。鋭い爪でエリシュナを斬り裂こうとしたが、エリシュナはルシフィを片手に下げたまま、大木の幹のような腕をスルリとすり抜けていく。


“ちょこまかとうるさい奴め”

『小娘じゃないわよ。妾の名はエリシュナ。以後、よろしくね』

“これでも喰らえ!”


 挑発されたと感じ、カッとなったバハムートは口中から灼熱の業火を吐き出し、円を描くように自身の周囲に白い炎を放った。

 炎は空に浮遊する目に見えないほどの塵を焼き、立ち込める煙に映る人影が、更に上空に向かって奔るのを認めると、バハムートはホーリーブレスを影に向かって放出した。

 エリシュナという女の動きは速い。しかし、ルシフィが全力を出した時の速さと機敏さはないと感じた。

 動きを予測すれば、何とかなるはず。


 ――やったか!


 しかし、影は光の奔流が呑み込もうとする瞬間、エリシュナは日傘をバハムートに向けた。


“日傘ごときで、神竜の聖なる炎が防げるか!”

『……そうかしら?』


 エリシュナは口の端を歪ませると、花が開くように日傘がぽんと開いた。すると同時に、七色の光を放つ虹色の巨大な魔法陣がエリシュナの前に現れた。


『日傘は光を吸収するものよ』


 ホーリーブレスの強烈な光はますます激しさを増し、エリシュナの小柄な身体を呑み込もうとしていた。だが、光が魔法陣に衝突しようとした瞬間、ホーリーブレスは柔らかな光の塵となって消失した。


“……いや、吸われている?”


 ホーリーブレスによる衝撃もなく、エリシュナは平然とした表情で宙に佇んでいる。受け止めているだとか、跳ね返すというものではなくもっと別のものだとバハムートは思った。


『ごちそうさま。美味しかったわ』


 ホーリーブレスが完全に消え去ってしまうと、エリシュナがニコリと微笑んだ。

 端から見れば、バハムートのホーリーブレスを正面から受けたはずなのに、何の影響も無い。全くの無傷。バハムートの身体に戦慄が奔った。


『これは妾のお気に入りの魔道具“パラソリア”。傘もオリハルコンの糸で編まれたものだし、骨も全部オリハルコン製なのよ?』

“……”

『あなたのホーリーブレスのエネルギー、すっごいわねえ。まともに受けたら妾もヤバいかも』


 やはりそうかとバハムートは思った。ホーリーブレスはあの日傘に吸われた。


『こういうものは、ずっと保管おきたいけど、借りたものは返しなさいなんて、ガーツールたちにも言ってるしねえ』


 倍にして返してあげると、エリシュナは片手で傘を閉じ、先端を宙でくるりと回した。エリシュナの頭上に虹の魔法陣が浮かび上がった。


 ――まずい。


 バハムートは思わず息を呑んだ。魔法陣自体は小さいが、そこから尋常ではない大きさの魔力がビリビリと伝わってくる。これはあなたのホーリーブレスの分よん、とエリシュナの声が凛と響いた。


『咲き誇りなさい。……“萌花蘭々(コスモス)”』


 エリシュナが呪文の名を告げると、パラソリアの尖端からは、ピンク色の光弾が無数に放出された。

 それは秋桜(コスモス)の花びらのような形をしていて、一見花びらが舞っているように見えるが、光弾はひとつひとつは刃のような鋭さと尋常ではない熱を持っている。加えて、ホーリーブレスの力も混ざっている。


“ぐああああああ……!!”


 萌花蘭々(コスモス)の刃による灼熱の濁流は、バハムートの硬い鱗や皮膚を切り裂き、山のような巨身を押し流していった。

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