表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜に喚ばれた男  作者: 下総 一二三
第9章「王都、燃ゆ」
105/243

極限の果てに

 後方から激しい爆発音がしたがルシフィは確かめる余裕もなく、炎のように迫るリュウヤの連撃を凌ぎ、返すことで精一杯だった。

 鋭く突いてきたリュウヤを剣を捌き、身を転じながらルシフィは刃を跳ね上げた。リュウヤがのけぞりはしたものの体勢が崩れるとまではいかず、次にルシフィからの攻撃魔法の気配を察知したリュウヤは、鎧衣(プロメティア)の推進力を利用して後ろに大きく退き、魔空艦の上に着地していた。


『また逃げられた……!』


 ルシフィは唇を噛みしめると、爆発音がした方向へと視線を向けた。バハムートと交戦する護衛艦の一隻が爆煙をあげながら逃走していく。いつの間にか船は首都ゼノキアを離れて小さな町の上空にいた。

 声こそ届いてはこないものの、突然現れた魔空艦と激戦に大騒ぎとなっている様子が空からでもはっきりとわかる。危機意識の薄い町の住民も中にはいて、呆然と眺めている姿も見えた。今は戦争のために中断された鉄道の線路の様子から、ゼノキアの北東にあるタルバという町だとルシフィは思った。

 その方角の先には、エリンギアとムルドゥバがある。

『戦闘不可能』という信号弾による合図で戦闘から離脱したとわかるのだが、見ようによってはただの落下しているようにも映る。もう一隻はまだ嵐のような砲撃を行い、今の何とか持ちこたえているが、バハムートのリミット三十分を持ちこたえられるかというと疑問だった。

 魔空艦に視線を戻すと、リュウヤは下段とも言えない構えで剣を垂らし、ルシフィを睨みすえている。ルシフィが来るのを待っているように思えた。


 ――まずいな。


 本心ではリュウヤよりも、バハムートと交戦する護衛艦の援護に向かいたかったのだが、それも出来ないのがルシフィにはもどかしかった。

 少し前に一人、魔空艦に侵入したのをルシフィは見ている。ルシフィの役目はあくまで人質を護ることである。中にはヤムナークがいるが、ルシフィの目では以前の経験から、侵入者――リリシア・カーランド――とは互角とみてている。ルシフィが離れればリュウヤは喜んでリリシアの応援に向かうだろう。

 リュウヤをこのまま放っておくわけにはいかなかった。


 ――ちょっと不利になったり、魔法使おうとすると、すぐに魔空艦を盾にして逃げるし。


 あんな強力なバリアとなるのがあるのに、とルシフィは思った。鎧衣(プロメティア)と呼んだ蝶のバリアからは高位魔法でも凌げるほどの魔力を感じる。その分消耗も激しいだろうが、もっと有効に使えるだろうに。


 ――もしかして、有効に使えない?


 そこまで考え、ハッとある答えが過った時、白い閃光が空を照らしたかと思うと、巨大な爆発音がルシフィの背後で起き、くすんだ爆光がルシフィの背中を燦々(さんさん)と照らした。

 振り返ると、バハムートの前には禍々(まがまが)しい光球が膨れ上がっていた。護衛艦がバハムートのホーリーブレスによって焼かれ、四散した残骸が地上へと落下していく。

 町では、落ちてくる護衛艦に、逃げ惑う人々の波が一際大きくなってた。


『町が……!』

「どこ見ている」


 かすれた声が間近に響き、気がつくと鎧衣(プロメティア)で飛翔したリュウヤが、既に眼前まで迫り剣を八双に構えていた。しかし、ルシフィは咄嗟とっさに杖を振って反撃すると、リュウヤは舌打ちをして魔空艦まで再び逃げた。ルシフィも追いこそはしたものの、隙を見せないリュウヤに仕掛けるには至らず、間を空けて魔空艦に降りた。


「クリューネは冷静だ。戦っていたあの辺りは町の郊外だ。残骸は草原に落ちている。それでも、多少の被害はあるだろうがな」


 リュウヤに言われて目を凝らすと、残骸はリュウヤの言う通り、郊外へと落ちていく。死んでしまった兵を思えば心がわずかに痛まないでもないが、関係のない町の住民に対する不安や心配とを比較して考えればそれほどでもないと痛みはすぐに消えていった。

 それよりもとリュウヤは言った。


「駒を失っても、まだやるつもりか。バハムートもすぐに向かってくるぞ」

『……ですね。かなりピンチです』


 困った微笑を浮かべながらも、ルシフィは抱えた杖から正面に杖を構えた。肩が大きく揺れている。大量の汗が光って見えた。疲労困憊といった様子なのに、美しく輝く瞳からは、まだ闘志の光は消えていない。


「それでも戦う、か」

『ええ。これでも魔族の王子ですから』

「……大したもんだな」

『それはリュウヤさんですよ。警戒しすぎて無駄に力を使ってしまいました。僕、すっかり騙されちゃいましたよ』

「騙された?」

『以前に比べて、今のリュウヤさんて肉体的な力はもちろんですけど、魔力がかなり弱くなっていますよね。人並みか或いはそれ以下』

「……」

『その蝶の羽根を瞬間的に使うだけだったり、度々しまって降りるのも、それに蓄えられている魔力の消耗を抑えるためですよね。以前のような無尽蔵な魔力があれば、僕の“十二詩編協奏曲(ラブソング)”みたいに、使い続けているでしょうに』

「……」

『使えてせいぜい雷嵐(ザンライド)雷鞭(ザンボルガ)数回ずつ、といったとこですか。闘っているリュウヤさんばかり目立ちますけど、メインはあの二人なんですよね』

「……そうだな」


 リュウヤは自分の限界を看破されたにも関わらず、にやり笑ってみせた。ルシフィと同じくらい疲労しているはずなのに、その表情には余裕が感じられた。

 紅竜ヴァルタスの力を失い、この一年余りの間、剣とともに魔法にも磨きをかけようとしたが、リュウヤには元々の魔力が乏しく、魔力向上にもすぐに限界が見えた。

 幸運にも雷鞭(ザンボルガ)雷嵐(ザンライド)を習得できたが、ルシフィの指摘通り、使えて二回が限界だった。おまけに回復魔法も、擦り傷程度を治す力しかない。

 そんなリュウヤにとって、クリューネとリリシアは欠かせない存在だった。この計画を成功させるためには、彼女らをできる限り温存しなければならなかった。


「リリシアがいなくなったら、怪我を完治できる奴がいなくなっちまうし、クリューネがいないとバハムートはもちろん、魔王軍と戦えない。二人がいなければこの計画の半分も成功しなかったろうな」

『……で、リュウヤさんはこの計画の囮だったと』

「そんな聞こえの良いもんじゃねえよ。ただ、目立ちたかっただけさ」


 自嘲気味に鼻を鳴らすと、笑みを消して静かに脇構えへと構えを変えた。バハムートの雄叫びが上空に鳴り響く。まだ距離はあるのに圧倒的な威圧感が、びりびりとルシフィの褐色の肌を刺激する。


「だが、セリナとアイーシャを連れ戻すことが出来れば、どんな役だってやるさ。鬼でも悪魔にでもなるさ」

『……』

「色々と邪魔は入ったが何とかここまできた。俺とバハムートに対し、残るはお前だけ。二対一、俺たちの勝ちだ」

「……そうですね」


 死ぬかもしれないな。

 ルシフィの心に、そんな言葉が過った。リュウヤに時間稼ぎをされ魔力も相当消耗している上に、バハムートも加わって勝ち目があるとは思えなかった。リュウヤの実態をわかっていれば、違ったやり方もあったのだろうが、警戒する余り体力と魔力を消耗しきっている。目立った外傷はないものの、息は乱れ身体がひどく重い。

 完全にリュウヤの作戦勝ちだと思った。


 ――母さま。もうすぐ傍に行くかもしれません。


 ヤムナークはどうなっただろうかと思ったが、確かめようもない。生きてくれればと願うしかない。後はせめて、王子として恥じない戦いをしようと、ルシフィは杖を握りしめた。

 バハムートの雄叫びが間近に響く。雄叫びというよりも、ルシフィの耳には、クリューネが悲痛な声で泣き叫んでいるようにも聞こえた。実際、神竜はルシフィの目でもわかるくらいに、苦悶の表情を浮かべている。


 ――クリューネさんは正直だな。


 ふと和んだ心を引き締め、全神経を集中させた。

十二詩編協奏曲(ラブソング)……』


 最大神速(フルボリューム)

 一瞬でいい。ほんの一瞬でも隙をつくれれば。

 魔力を十二枚の翼に集め、翼が激しい光を帯びた。リュウヤとバハムートの攻撃にどれだけ出来るかわからなかったが、やるしかない。


「クリューネ、行くぞ!」

 リュウヤは怒号すると、バハムートは咆哮してルシフィに襲いかかった。

 大きく振りかぶった腕を横殴りに振るうと、ルシフィの姿が消え、ふわりと宙に跳んでかわした。しかし、片側の翼が全てもがれた上に、既に目の前にはルシフィの動きを察知したリュウヤが詰めている。


「終わりだ!」

『……』


 それでも、ルシフィは冷静だった。リュウヤの剣を、打ってくる直前に杖の先で手を抑え込んで剣を巻き落とすと、後ろ蹴りでリュウヤを退かせた。踏みとどまった時にはルシフィの姿を見失っていた。


 ――速い!


 リュウヤも鎧衣(プロメティア)で追うが、それでも魔力を極限まで高めたルシフィの動きを捉えきれないでいる。

 ルシフィはリュウヤが放った袈裟斬りをかわし、更に転じて跳ね上がるような刃がルシフィを薙いできたが、それも剣を掻い潜るようにしてすり抜けていた。バハムートが待ち構えていたが、滑るように身を転じてバハムートの脇を抜けていく。まるで、ダンスを踊っているようだった。バハムートでさえも、ルシフィを見失った。

 ルシフィが求めた隙と呼べるものが、ようやく生まれたのはその時である。

 リュウヤとバハムートがルシフィの姿を追った時には、魔空艦を背にしたルシフィは素早く印を結んでいた。足元に魔法陣が描かれ眩しい光を放つ。


“我が友よ、家族よ、仲間よ、そして敵よ

 ともに繋がろう

 お前は私たちとともにある

 愛を贈る

 愛で包む

 あなたを安らぎの光で拘束する”


 詠唱が進むにつれ、十二枚の翼がふわりと膨らみ、何百枚何千枚もの光の羽根が周囲に舞う。一枚一枚に強い魔力が滞留し、今まさに解き放たれようとしている。


“ルシフィ!このバハムートに半端な攻撃など通用せんぞ!”

『……安心してください。攻撃魔法じゃありませんから』

 

 ルシフィは咆哮するバハムートに対して静かに微笑すると、凛とした声をあげた。


『“夢幻安息(コンシェル)”』


 ひらりと舞った羽根の群れは、それぞれが意思を持った生き物のように空を駆けた。光の軌跡を残しリュウヤとバハムートを覆っていく。光を追ううちにリュウヤとバハムートの身体に異変が起きた。強烈だが、心地よい睡魔がリュウヤたちを襲ってくる。柔らかな羽毛布団に身を委ねているような感覚だった。


『……王家に伝わる結界魔法です。本来なら、自身を永き眠りに就かせるためで、一人一回しか使えない魔法ですけど』


 歴代の魔王が永い権力の座に居座るために遠い祖先が編み出した魔法で、使用者を深い安眠につかせ絶対的な結界で守護をする。しかし、編み出した祖先が考えるほど魔族も単純ではなく、現体制と過去の体制による混乱や悲惨な権力闘争が続いたために、不吉な魔法と敬遠されるようになり、ゼノキアの数代前には廃れて伝説となっていた魔法だった。

 それをルシフィが復活させたのは、好奇心に加え、教養としてと元来の生真面目さがそうさせたに過ぎない。


「く、くそ……」

“力が……抜けていく……!”

『次にあなたたちが目覚めるのは数百年後。世界がどうなっているか想像もできませんが、僕ももういないでしょう。これでお別れです』

「おわ……かれ……?」

『セリナさんとアイーシャちゃんは、僕がちゃんと守ります。安心して眠ってください』


 遠ざかるルシフィと魔空艦がぼんやりとリュウヤの目に映った。

 これでお別れ。

 セリナ。

 アイーシャ。

 暗闇の底に沈みかけたリュウヤの意識に、聖霊の神殿で漸く出会えた二人の姿が浮かんだ。まだアイーシャも抱いてもいない。きちんとした会話すらしていない。アイーシャは父の顔も満足に知らないはずだった。それでも俺を「おとうさん」と呼んでくれた。

 それがもう会えない?


「……ふざけんな」


 リュウヤが吐き捨てるように呟いた声が結界の隙を縫って風に乗り、ルシフィまで届いた。

 ルシフィは始め、それを空耳だと思っていた。相当疲れていたし、既に結界は完成し、二人の姿は遠くなっている。見たところ、バハムートですら既に意識を封じられている。人間に耐えられるわけがなかった。しかし、解除されていた鎧衣(プロメティア)が再び発現し、ちりちりとプレートに蒼白い稲光が奔るのを見て、ルシフィは目を見張った。


「ふざけんな。やっと、もうすぐ会えるんだ。ふざけんな……!」


 リュウヤの声がはっきりとした声になるにつれ、鎧衣(プロメティア)の稲光の強さも激しくなっていく。強大な雷撃が結界を打ち続け、やがて結界に亀裂が奔るのが、ルシフィのいる位置からでもはっきりと確認できた。

 


『……リュウヤさんの精神力は、バハムートの力を越えるのか』

「ウアアアアアアアア……!!!」


 信じがたい光景を目の当たりにし、愕然としてしゃがみこむルシフィの先で、魔法でつくられた結界は、ガラス窓を粉砕したように粉々に砕け散っていった。結界が消失したために、バハムートも覚醒してしまっている。


 ――さすがは竜に喚ばれた男だな。


 驚きを通り越し、ルシフィは半ば呆れも混ざりながら、感心して首を振った。

 もう、笑うしかなかった。


『……完敗です』


 ルシフィには、闘う力など残されていなかった。せめて一撃でも振るって、雄々しく死のうと立ち上がり、見せ掛けだけの構えをしてみせた。相当な距離があったはずなのに、バハムートは艦尾まであっという間に接近していた。バハムートの背乗るにリュウヤの姿が見えた。勇ましく、武人らしい堂々とした雰囲気がある。


 ――あなたが最期の相手で良かった。


 迫る死を迎えようと、ルシフィはバハムートとリュウヤに目を細めて見上げながら、杖を握りしめた。

 最期の一撃を発しようとしたその時、突然、バハムートとルシフィとの間に、紅い高エネルギーを持った光の柱が駆け抜けた。凄まじい熱波に、バハムートの動きが思わす止まった。


“な、何事だ!”

「新手だ!くそっ、こんなときに……」


 呻くリュウヤの耳に、『“あー”“あー”』とひび割れた若い女の陽気な声が届いた。音質からマイクの声だとリュウヤは思った。


『“御苦労様ルシフィちゃん。でも、あなたならもう少しやれたでしょう?”』


 甲高い声が空に響き、声がした方向を見ると、西方から船の形をした魔空艦が向かってくる。初期に建造された旧型の魔空艦。甲板上にはマイクを手にした女と、数名の魔族の男女の姿があった。


“ま、今からそっちに行くからねえ。後は任せてこっちで休みなさい”


 ルシフィには、その女が誰かすぐにわかった。


『エリシュナ様……、いや母さま。どうしてここに』

魔族含めてCを「普通」とし、今のリュウヤの強さをEからSまでランクでわけると


力…C

素早さ…B

剣技…S

魔法…E


といったとこでしょうか

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ