智之、課題と提案。■2014/01/08 05:54
気付けば夜も明けかけている。やればできるじゃないか、なんて智之は心の中で自分を褒めた。
図書館にでもありそうな大きな机を一人で占有して、課題作成に必要な資料を左右に準備しておく。智之は時折資料を参考にしながら、レポート用紙にペンを走らせる。そこに焦りはない。
大学生活と並行して家庭教師のアルバイトをしている智之は、バイト先から卒業後はそのまま正社員として雇っても構わないという旨の話を聞いている。現在三年生で就職活動も視野に入れねばならない時期にあった智之にとっては吉報、二つ返事で是非お願いしますと答えた。但し、そうしてアルバイトに精を出すあまりに学業の方が疎かになり、レポートの提出期限を破ってしまったのだ。担当の教授の慈悲により、なんとか冬休みの明ける一月八日までに提出をすれば良しとしてもらえた。もしこれを破れば進級させてあげられないぞ、という冗談っけの無いエールも共に送られたが。
そして冬休み前半で資料集めをこなしたのはいいものの正月をだらけて過ごしてしまい、ようやく危機感を覚えたのが一月四日。あたふたして机に向かったそのとき、智之は女神の声を聞いた。
「とりあえず、このくらいでいっか」
自分を納得させるようにうんうん頷いて、背を伸ばす。普段ならどれだけ集中して物事に取り組んでも、朝まで掛かることはない。正確には、適当なところで切り上げてしまうから、『掛ける』ことがない。だが課題提出が進級に関わるという瀬戸際ならば話は別だ。運良く時間が無限に与えられたとは言え、昼間は千里の勉強を見ることに費やしてしまうから、課題を進めるために使えるのは深夜の時間帯のみ。
それでも構わないと、この三日で強く思った。千里は教えがいのある生徒だ。素直に課題を解き進め、物凄い速さで教えたことを吸収してくれる。直接尋ねたことはないが解いている問題集のレベルなどから推測して、彼女の志望校は一般的には相当の上位校に位置すると思われる。とは言え智之自身もまた、偏差値で測ればそれなりの大学の学生なのだが。
朝だ。奇しくもこの太陽は、現実の世界でなら一月八日の朝を告げるために昇る。やはりというか当然というか、レポートは刻限までに完成させられなかった。智之は狭間の存在に感謝した。ここがなければ、留年は確定だったから。
まだまだ完成度は七割といったところだがこれから何日か使って書き進めればいいや、と気楽に考えてペンを置く。そして全身に朝日を浴びようと近くの丘に登ろうとしたとき、そこに人影を見た。
「あれ……彰太さん?」
半ば疑問形で呼びかけると、彰太は死角から掛けられた思いがけない声に驚いて振り返った。
「なんだ、智之くんか。どうしてここに?」
それはこっちの台詞だ、とは直接は口にせずに、
「日光浴に。徹夜して疲れたんで。彰太さんこそ何で?」
「俺もそうだよ。ここがこの島で最も高い場所なんだ」
確かに周囲を見回せばこの丘こそが最高峰と分かる。ただ、他と比べての差は微々たるものだが。
しかし本題はそこではない。智之の目に彰太は、日光浴の他に隠された理由を持っているように見えてならなかった。彼の体の向きは太陽に対して垂直ではなかった気がするから。
これ以上追求するのも野暮だと考えて、智之は別の質問に話を替える。
「――何か気分転換になること、ないですかね? 勉強ばっかりじゃ、つまんないじゃないっすか」
「それなら、頭を使うのに変わりはないけれど、将棋は分かるか?」
「あ、弱いですけど、まあ」と言った後に小声で、「いや、どうだろうな……?」
そんな自信の無さげな智之の様子を見て、彰太は笑う。
「気が向いたら覚さんに指導対局してもらうのも面白いかもしれないな。……そうだ、覚さんは今日は先生との対局をするんだったかな」
「それってオレたちが狭間に来た日にも?」
首肯し、
「三日に一度だからね。俺もよく観戦するよ。もし智之くんも見たければ、先生の家に行くといい。あっちの方だから」
「どうもっす。覚えておきます」
その頃、太陽が完全に顔を出して、狭間中を光で満たしていく。現実では太陽は宇宙にあり地球がその周りを回っているわけだが、一体全体狭間の仕組みはどうなっているのだろうか。智之は考えるが、答えが見つかりそうにないので考えるのをやめた。
丘の頂上からは智之の住処の木が見える。ならばと角度を少し変えると、やはり千里のいる周辺も見つけることができた。彼女の寝顔こそはっきり見えないとは言え流石に罪悪感に苛まれた智之は目を逸らす。
せっせとラジオ体操をしていた彰太が、深呼吸までの行程を終わらせてこちらに顔を向けた。
「それじゃ、失礼するよ」
「あ、はい」
一人丘に残された智之は少しの間どうしようか迷って、彰太と同じく体操をすることにした。
朝日を浴びながら上体を屈ませ、反らせ、そうしているうちに今日のスケジュールを計画する。