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第5話・舟の話

 短いですけど投稿します。

 続けないことにはどうにもならんのです。



 見渡す限りに広がる緑と青の二食の世界。

 しかしこの場の緑には若葉のような爽やかさも溢れるような生命力もなく、青にも時間の移り変わりによって見せる深さも鮮やかさも存在しない。


 半ば枯れかけた葦と苔が濃淡を織りなす緑。

 いかな危険が潜んでいようと、見通すことのかなわない泥混じりの澱んだ水の青。

 周りの葦の背は低く、広がる視界の所々に撃墜された飛船が塔のように突き出ている。


 ここは多くの命を水底の泥に飲み込んだ古戦場。


 終戦までを兵士として過ごしたエンジ大湿地帯は、数年前と何ら変わらぬ姿でキニスを出迎えた。


 灰色の空も、黒い水面もそのままに。



「は~~~~……着いちまったよ。しかし変わらんねここも」



 シーカが用意した舟で指定された場所目指しながら、そう一人ごちた。

 発導機エンジンは積んであるが、音が出るので今は使わない。なるべく静かに櫂を漕ぎながら、流れの無い自然の水路に舟を進める。

 そう大きくは無い舟だが、それでも一個小隊くらいは運べそうな大きさの舟だ。喫水を普通より浅くした分舟幅を広く取っており、荷物も必要な物資を充分に積んでいる。



「しかし俺以外にも幾らでも適任の奴がいるはずなんですけどね。何で選ばれてしまったか」



 言いながら、首もとの閉じられた襟を引っ張る。暑いのだ。

 今は雨季。しかし着ているのは話を伝えられてから久しぶりに引っ張り出した下士官仕様の上下長袖の野戦服。

 その上から更に目立たない色合いの外套を着込んでいる。

 冬に着る物だが、蟲も多いこの湿地帯においては雨季でも必須の品。蟲除けの香を焚きしめた物なのだが、もちろん熱が籠もって蒸し暑い。



「雨季に舟を使って一気に進む、か。戦中だったら草案の段階で却下になってた話だな。今だって監視がいない訳じゃ無いっつうのに、畜生」



 商会長室での一連の会話を、櫂を操りながら思いやった。無論ため息混じりに、だ。







「亡命!?」



 それを聞いた時、初めは眼前の女性の言葉を何度も反芻していた。

 そして理解が追いつくと共に、今度はその言葉が真実であるのかどうかを疑い始めた。


 何せ、『亡命』である。

 密輸や脱税(無論トーリッツ商会では行っていない)などとはわけが違う。

 決して軽く使って良い言葉ではないし、関わるとなれば危険度は他の仕事と別次元だ。

 それを騎士のまねごと《エスコート》で済ますなど冗談じゃない。



「ああ、そうだよ。とあるお姫様の依頼でね。亡命先は帝国になる。どんなルートを通るかはわかるね?」


「西の帝国、となると……エンジの湿地帯を抜けろと?」


「そう、その通り。詳しくは言えないけれど、依頼人と落ち合う場所と、目的地の二箇所は地図にも書いてある。もともと軍で使ってた地図を写した物だから正確だよ」


「冗談でしょう……あの湿地帯の中央付近じゃ地図なんぞ役に立たない。流れの無い水路。動く苔の浮島に見えない浅瀬。突然現れる苔騙しに未だ彷徨う亡霊アンデッドの群れ。商会長もご存じのはずですよ」


「そうだね、それは私もよーく知ってるとも。でもね」


「何です……」


「私は、君が独自の方法で迷わずに目的地まで辿りつける、ということも知ってるんだよ?」



 一瞬、思考の空白が生まれる。シーカは予想していただろうそれを見逃すわけもなく、ニィと艶やかに笑った。



「……なんのことやら」


「はっはは。これでも『傾城の魔女』と言われた私だ。隠しても無駄だよ? 他にも八百津洲やおつしま出身の傭兵から聞いた苔騙しの調理法を軍内に広めたのも君だったはずだ。なぁ、『梟』キニス・ウルラミナ元少尉?』


「……何もかも調べはついている、と?」


「何せ部下のことだからね。舟と物資の用意も済ませてある。諦めて行って来たまえ。ああ、失敗しそうだと思ったら無理せずに帰ってきてかまわんよ。また手を考えるから」


「……骨は拾ってくださいよ。俺が行けるのは中央辺りまでなんですから」


「無論だとも」



 こうして彼にもう打つ手が無いことを証明する忌々しげな呟きと共に、彼の抵抗は終わったのだった。




 ◆




 「ふぅ……」



 舟を止め、地図を開く。墜落した飛船を目印に作成された地図で、いずれ飛船の残骸が自重によって泥に呑まれれば役に立たなくなる地図である。

 それでも今は充分に役目を果たしてくれているる。周囲を見渡してそれら残骸を一つ一つチェックし、地図に書き込んでいけば、今いる場所がどこか、おおまかなとっかかりくらいはつかめる。

 幸い、書き込んだ位置と地図の記号は全て一致した。どうやら合流に指定された場所らしいということを確かめてから、破れぬよう丁寧に畳んで外套の内ポケットにしまい込む。

 代わりに取り出したのは、一つにまとめられた大きな布と棒。雨を防ぐための幕と、それを支える支柱だった。


 エンジ大湿地帯において天気は一年を通して雨が多い。

 そのことは経験則も含めてよく知っている。今も雲が厚くなりつつあるので、降り出す前に幕を張るため手際よく支柱を立てていく。雨に濡れると体温が低くなるし、舟に水が入るのも好ましくない。

 幕を張り終えると同時、案の定雨が降り始めたのを幕を雨粒が叩く音で感じつつ、更に次の作業に移る。


 幕の下で荷物から私物の長銃、小型の望遠鏡、それから香炉を取り出し、香炉に虫除けの香を突っ込んでから火を入れる。

 灰色の煙が漂い始めたのに、とりあえずは胸をなで下ろした。



「……やれやれ。まぁ死なないようにだけ気をつければ大丈夫か」



 長銃に弾を詰め傍らに置き、望遠鏡を覗き込む。


 降り始めたばかりの雨は、まだまだ上がる様子を見せなかった。




 ご意見ご感想誤字脱字の指摘全てお待ちしております。一つでもいただけると大変励みになります。


 あと別の話になりますが、今はPC投稿ですが、表示が携帯投稿のままなんですけど何ででしょう?


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