第1話・少し昔の話
大砲やら亜人やら魔法やらいろいろ出てきて読みづらいですが、最後までお付き合いください。
※7月29日編集しました。
そこは、この世界にあってはごくありふれた戦場だった。
双方の陣地から砲弾や大規模な魔法が飛び、兵であるなら剣か槍を、魔法士であればロッドやスタッフを持って突撃するという、よくある戦場。
だが、ただ一点。その戦場には特筆すべき点があった。
開戦から二十年という長い年月がたったにも関わらず、どちらの軍も決定打に欠いているがためにもうずっと戦況が膠着しているということだ。
緑が少なくなった湿地を挟み、深く掘られた塹壕が伸びる荒れた地面。
王国連合と帝国軍、両軍ともに二十年かけてなお越せぬ古戦場。
その理由は、一帯を縦断する長く広い湿地帯にあった。
湿地帯故に地盤が悪く、敵陣に穴を開ける矛となる砲車も、歩兵を銃火から守る盾となる重装機兵も使えない。
かといって火力に優れる魔法士が突出すれば、葦などの水生植物が焼き払われて視界が開けているために魔法の範囲外からの狙撃や砲撃の的になる。
騎兵が駆けるには深すぎ、軍船が通るには浅すぎ、そして飛船を用いるには両軍ともに対空防備が整いすぎている。
悪条件がこれでもかというほどに集中した戦場ではあるが、それでもなお両軍が湿地帯の覇権を争い、兵を退こうとしない。
両国を線で結んだ直線上にあるために、突破されればどちらにとっても致命傷になりうるのがこの戦場なのだ。
だからこそ日々防壁と塹壕を作り続け、兵の命であがなってまで陣地を取り合う、けして退けない文字通りの泥沼だった。
◆
持ち場までは、まだ少しかかる。
肩に掛けた長銃を落とさぬように掛け直し、ぬかるむ地面に滑らないよう足元を確かめながら歩き続ける。
水と、泥と、固有種であるという夜に光る苔だけが延々と生える大地に敵がいないか目を光らせつつも、まだ前線は何キロも先だと思い出し警戒をやめる。
そうすると思考に余裕が生まれ、ついどうでも良いことを考えてしまう。
そういえば、自分が生まれる前には始まっていたこの戦争、どうして始まったのだったか。
昔……と言っても数年前。
今では配置換えでどこに行ったかしらないが、学があるという新任の士官が話していたなと思い出し、すっかり忘れていた記憶の糸を手繰り寄せてみる。
戦争の原因は、帝国が魔法力を利用した新機構を開発して、空を行く飛船に革命的な進歩が起きたことだったか。
……いや、生まれ故郷の公国が連合王国を脱退しようとしたことだったかもしれないし、王国連合の宗主国である飛行大陸の王国で継承問題だったかもしれない。
他の先任士官からも聞いたところによると、当時はちょうど色々あったらしい。
ここ以外にも大陸中で小競り合いは絶えないと聞くし、どこもかしこも戦争だらけ。
むしろこの戦場に限って言えば平和な方かもしれない。無論、最前線を除けば、の話だが。
なんにせよ、他の戦場など今は関係ない。大事なのは今いる戦場と自分の命。
持ち場である陣地に到着したので、無駄な思考はやめ切り替える。
持ち場に入ると心持ちはぐっと変わる……気がする。
だが、火薬式の中型砲を見て、前線から離れた砲台陣地とは言えやはり戦場であることには変わりはないと認識を改める。
前線から数キロあるとは言え、新兵器が導入されたり優秀な参謀様が何か閃いたりしたら前線などたやすく前後する。
事実、以前にもそんなことは何度かあり、この陣地も後方から一躍最前線になったりもした。
特に何年か前の六の月などは前線が大きく後退し、孤立して酷い目にあった。
雨季が終わり水位が下がってからは帝国の攻勢も弱まったから援軍が来るまで耐えられたものの、食糧事情はそれはもう酷いことになった。
糧食が尽きてからは基本三食光る苔、食べられるものは何でも獲って食べたものだが、もう二度とあんな目にはあいたくない。
そういえばこの中型砲もその直前にちょうどタイミングを見計らったように運び込まれた物で、このさして広くもない陣地の籠城戦では大活躍したものだ。
……今では火を噴くことも少なくなり、置物同然ではあるが。
「キニス小尉、報告は?」
「……ご覧の通りで。何の異常もありませんよ、中隊長殿」
砲の横に据え付けられた椅子の上で嗜好品の煙草をふかす上官に、肩をすくめてそう返した。
普通ならこんな口調では処罰を喰らうが、もう何年も同じ隊で気心も知れているから許されるのだ。
そんな気さくな中隊長も、手をかざしてざっと辺りを見回し「だよなぁ」と返してきた。
この陣地に詰めている二十人ほどの兵は全員視界確保を優先した帽子のような軽兜であるため、わざわざバイザーを上げる必要もない。
それに砲台陣地は火薬を湿気から保護する目的や万が一奇襲を受けた時に備えて湿地の土台に杭を打ち込みかさ上げされており、ある程度周りが見渡されるようになっている。
そのおかげで雨季でも陣地が水没せず、帝国の攻勢にも砲撃で反撃できたし一応食いつなげたわけだから、司令部の判断はそれはもう正しかったのだろう。
「ここらはまぁ静かだしなぁ。前線も最近は随分落ち着いてて、戦闘も敵さんが相手じゃないらしい」
「水生のモンスター……苔騙し(こけだまし)とかですか?」
苔騙しは苔に覆われた大トカゲで、雨季以外でも水場には結構いる。 因みに泥臭いが、割と美味。苔よりはマシだ。
「うんにゃ。それも無いでは無いらしいが……一番多いのは亡霊アンデッドだと。夜は寝る隙もないとさ」
「あー……水場ですし、澱みますからね。いろいろと」
「肉は腐って血は毒に、水面にゃ這い出る白い骨、夜に地を這う怨み節……ってな。
死んだ味方は回収しないと亡霊になって襲ってくる。が、そんなことを最前線でしようものなら陣地から出んといかんから当然死人が増える。
砲撃の無い夜にそれをしようにも凶暴化した亡霊にまた襲われてまた死人が出る。
どうしようもないわな」
中隊長とは違い煙草は無いので、当番兵に渡された素焼きのマグカップに口をつける。中身はただの熱い湯。茶葉もまたそれなりに高級な嗜好品であるから、下位の士官ではなかなかありつけない。
おかげで味も何も無いが周りが湿地なために気温は高くなく、むしろ寒い位なのでちょうど良い。それに、一度火を通さないとこの湿地では虫が怖い。
だが、最前線よりはましなのだろう。
最前線では回収しきれない分が浮いていたり、見えずとも沈んでいたりする。
おかげで周りが水だらけであるにも関わらず、飲める水は貴重品だ。
「神官さんが来りゃあ早いンだろうが、広範囲の浄化が使えるような人材はこんな“泥沼”には来たがらん。白い法衣が汚れるからな」
「ま、わざわざ来たがる変わり者がいても周りが止めるでしょうね。
生きていれば使いどころはあるでしょうが、死んだら何にもならない」
「土地の精霊の自浄作用がもうちぃっとはたらいてくれりゃあ違うんだろうがなぁ……」
「二十年もドンパチしてれば、幾ら精霊だって無理があるんでしょうよ」
違いない。と、それまで笑っていた中隊長がすっと真顔になり、自分の背後……遥か彼方に友軍の本拠地がある南の空を見やった。
つられて視線をそちらに向けると、前線を目指し空を行く小型の飛船が。形式は友軍の物で、所属を示すエンブレムは三重円と交差した二本の槍。
これはこの湿地帯の司令部の所属を示す物であるが、問題は風を受けてはためく三色の信号旗。
白と、青と、そして緑の三色。
「小尉、解読できるか」
中隊長の言葉は確かに聞こえていた。
だが、すぐに信号旗の意味は理解できたが、答えるまではすぐに意識がいかなかった。
それほどまでに、ちょうど砲台陣地の真上を通過していく飛船の三色の旗に、目を奪われていた。
白と、青と、緑の三色の組み合わせ。
士官学校で教わって以来、一度も目にすることがなかった組み合わせだった。
きっと誰もが望んでいたはずの、しかし今日この瞬間まで一度として見ることがなかった、その意味は――
「停戦、命令……」
「ああ、停戦命令か。そういや昔習った…………なんだと!?」
中隊長が椅子から慌ただしく飛び降りて確認の為の伝令を出そうと指示を出しているが、そんなことは完全に意識の外。
ただ……前線の方へと飛び去っていく飛船の、尾のようにたなびく三色の旗に見入っていた。
この日。
この湿地帯だけでなく、王国連合と帝国が矛を交える全ての戦場において両軍ともに停戦命令が伝達された。
突然のことに多少の混乱は起きたものの、すぐさま両軍は一切の戦闘行為を停止。
その一週間後には、二十年続いた戦争が正式に終戦と相成った。
小雨の降る、三月にしては寒い日のことだった。
そして、舞台は移る。
終戦から二年。
王国連合と帝国の終戦を機に連鎖するように各地で紛争や戦争が終わり、復興が進む世界の一角。
とある都市のそのまた片隅から、物語は始まる。
「お願い! 連れて行って欲しい場所があるの!」
「……あー、はい。一番窓口担当のキニスです。お客様、まずはご希望する行き先のご確認からよろしいですか?」
……物語は、始まる。
どうも、ARUMです。
ぼつぼつこちらの投稿を再開していこうかなと思っています。
もしまだ見てくれている人がいるなら、またよろしくお願いします。