東京都港区品川駅の駅弁
「まだ…時間はあるな」
私は品川駅構内を歩いていた。
商談を終え、新幹線で地元に帰るのだ。
「しかし…腹が減ったな」
長引いた商談、新幹線に乗る時間、とゆっくり飯にありつける時間が無かった。
つまり、私は空腹だった。
道中は四時間。ここはどっしりとした駅弁を買っておくべきでしょ。
私は売店へと足を運ぶ。
様々な弁当が私の胃に入ることを待ち望んでいるようだ。
「うーむ」
特に確たる希望も無かったので、売店の前でいったり来たり。
いかんいかん。これでは不審者じゃないか。
「おっ」
そんななか目に入った弁当。
「この品川駅開業140周年記念弁当ってやつください」
こうと決めたら即決。これは商談のときにも言えることだ。
しばらく後やってきた新幹線に乗り込む。
窓側E席。新幹線といえば車窓からの景色。せっかくの長旅。これを楽しまないと。
しかし、腹は早く早くと急かしてくる。
わかった、わかった。
斯く言う私も限界だった。
封をきり、蓋と開ける。
この状況こそまさに宝石箱を開けるような気分になる。
中はきれいに紙きりで4つに小分けされていた。
おかず、米、おかず、米。
米は二種類。
宝石を目にした私はたまらず目の前の鯨カツにかぶりつく。
…がすぐに離した。醤油があったからである。危ない危ない、素材の味は大切にしたいが、こういったタイプの揚げ物はそのまま食べても味気ない。
あらためて鯨カツへ、そして桜エビの炊き込みご飯を同時にかきこむ。
炊き込みご飯自体にはいまいち味は染みていないが、鯨カツの濃さによく合う。
わずか二口でカツを平らげてしまった。
大きさも小さいから仕方がないことだが、空腹のせいで少々食べあせっているようだ。
「まだ新横浜か…」
まったく、この調子では景色が楽しめるような地域を通る前に完食してしまいそうだ。
しかし一度動き出した歯車はもう止められなかった。
続いて若鶏の西京焼きへ、これも固くなく、いや柔らかく、旨い。
肉の濃い味付けに、ここは野菜の煮物で口直し。
この椎茸も味が染みててほんっと…うん、旨い。
他にはタケノコにこんにゃくなど。
独り暮らしを始めると、子供の頃当たり前のように食べていた母の煮物って良かったなと思う。一人だと、煮物なんてもの作らないから。
たくあんで残りの炊き込みご飯を食べ終えた。しかしまだ白飯もあるから大丈夫。まだまだあるおかずもそれで消化していけばいい。
まずはかまぼこをぺろりと片付ける。
続いて厚焼き卵。…しまった!醤油を使いきってしまっていた。
私は卵に醤油をかけるタイプの人間だ。
これはもう諦めてぺろりと素材の味を楽しむ。
そして釜あげしらすを一口で放り込む。味も付いていて旨いが…足りない。舌の上に乗る程度の量しかないのだから、この物足りなさ。
いずれしらす丼でも食べて、この鬱憤を晴らすとしよう。
「ふう」
ペットボトルのお茶で一息。この時点で2つのエリアを平らげた。
まだまだ腹にゆとりはある。
煮穴子と白飯を同時に食べる。一口大の大きさだが、この弁当にはこれぐらいでちょうどいい。
脇に控えるあさりの時雨煮がまた濃くてたまらん。生姜のきいたかなり米に合う佃煮だ。
やや!?
海老の天ぷらはちゃんと塩がきいている。ソースで食べるコンビニ弁当のような海老かと思っていたのでいい意味で期待を裏切られた。
そこで再びお茶で口直しをする。
最後のおかず、牛とごぼうの甘煮と一口とっておいた米を食う。
これこれこれですよ、この甘煮の味…たまらんな。
「ふう」
夢中になって弁当を食べ、腹もいっぱいになったところでようやく周りを見渡す余裕ができた。
ふと外を見るとのどかな田園風景。
しばらく待てば、静岡の美しい茶畑が現れるだろう。
もう少し我慢すれば窓の向こうに風流なおかずがあったというのに…やれやれ、どうやらせかせかした東京の空気に私もあてられたようだ。
品川駅開業140周年記念弁当…1050円
爽健美茶…150円