愛媛県大三島のあさりラーメン
「参った」
私はいつものように腹を空かせていた。
ここは愛媛県にある大三島。
この島の大山祇神社には、まさに神木といった風の巨木がある。
仕事でたまたまやってきた私は、もののついでにと神木に挨拶をしていたのだが、賽銭どころか財布を車に忘れてしまったらしい。
その失敗に釣られて腹も空いてきた。
「一旦神社から降りて、何か腹に詰め込んじまおう」
ぶつぶつと独りで呟きながら、財布を車に取りに行ってから付近を物色する。
ランチメニューのあるカフェ、海鮮料理を扱う店…田舎の島でよく見かける風景だ。
「ん?」
しかし田舎には不釣り合いな綺麗な建物が目に入った。
まるで道の駅のような建物と大きい駐車場、ラーメンの幟。
…ラーメンか。島特有のラーメン…こりゃいい。
私は店内へと足を踏み入れた。
土産物が沢山置いてある。この島にはこんなに種類があるのかというほどの土産物。
その奥に食事処があった。
「一名様ですか?」
「はい」
「こちらへご案内致します」
四人掛けのテーブル席へと通された。
店内はガラガラで、客は私と、近くにもう一人だけ。
といっても暇な訳ではなく、先程まで数十人もの団体客がいたようで、畳席には下げられてない盆が数えきれないほど置かれてあった。
メニューを読む…高いな。
あさりラーメン単品なら750円で済むが、確実に腹は満たされない。
そこであさりラーメンセットにすれば鯛飯が付いてくるのだが、1300円に値段が跳ね上がる。
同じ値段で鯛ラーメンセットもあるが…。
「すみません」
「はい、ご注文はお決まりでしょうか」
「あさりラーメンセットで」
「はい、かしこまりました」
鯛ラーメンセットなら鯛飯と合わせて鯛&鯛になってしまう。
それを私は嫌がったのだ。値段はもう仕方がない。
広々とした店内。
私を除く唯一の客である年配の方は、ラーメンをすすっている。
鯛ラーメンだ。炙ってあるようでテカテカしている。
ぐ~っと私の腹が食料を急かす。待っていろ、もうすぐだ。
「お待たせいたしました」
予想外に早くあさりラーメンはやってきた。五分も待っただろうか。
「おおお」
私は透明度の高いスープをまず一啜り。
「うん、旨い」
海鮮風味のダシはさっぱりとしていてこの島にぴったりだ。
チャーシュー替わりのあさりは、麺の周囲をぐるりと包囲している。
鯛ラーメンの鯛は数片しかなかったことを考えれば、かなりの具沢山だろう。
麺は縮れていて、弾力が有りながらもスルッと胃にはいる。
そしてメインのあさり。
私は酒飲みではないが、居酒屋ではあさりの酒蒸しを頼むことを定番にしているほどのあさり好きだ。
箸で貝を掴み、そのまま一口に貝をすする。
うん…たまらん。たまらんなこれは。
ダシがよく染み込んでおり噛めば噛むほど味が滲み出てくる。
時折ガジッと砂を噛んでしまうが、あさりには付き物。仕方のないこと。
あさりの美味を味わうには、通らなければならない道なのだ。
私は鯛飯へと手をのばす。
こじんまりとした椀に白米、鯛が二片。
これで550円分かと少し不満が湧いてくる。
私は不満と一緒に、鯛ごと米を大口で頬張った。
鯛は薄味だが、ラーメンの味を巧く中和してくれる口直しのように感じる。
しかし噛めば噛むほどに鯛の味が表面上に現れ、これが鯛飯であるということを味覚で認識させられた。
旨いのだが…これでは白飯が余ってしまうのではないか?
そんな懸念を抱いた私ではあったが、付け合わせがあったことにようやく気付いた。
それはたくあんと子持ち昆布。
これは嬉しい。
私はホッと胸を撫で下ろし、鯛飯を平らげた。
ふと、調味料を見ると、『にんにく胡椒』という調味料が目に入った。
会社名は書いてない…どうやら店内販売しているこの店特有の調味料らしい。
私は軽くラーメンに振りかけた。
フッとにんにくの香りが鼻腔を駆け巡る。
ラーメンをすすった。
「あ…旨い」
見事にラーメンと結婚している。
途中から味が変えられるというのは大きな強みだ。
そして新鮮な味覚のまま、一気にラーメンも平らげた。
胃袋とともに大きな満足感。ふと、気になったので別の調味料を見てみる。
『ラー油ふりかけ』…しまった。これは白飯にかけたかった。
財布を車に忘れたり、このラー油ふりかけも…どうやら今日は凡ミスの日。
こういう日は商談だって上手くいかない。
私はレジで支払いを終え、外に出た。
右手には屋台で生牡蠣が店じまいをしている。
その島で取れ、その島で食べる生牡蠣は、新鮮で格別の旨さがある。
まずお腹だって壊れない。
あと数分前に出れば食べられたはず…またこれも一つの凡ミスかな。
「おうあんちゃん牡蠣食うのかい?」
物欲しそうな私の顔を見て店の店主が声をかけてくる。
私は思いきり頷いた。
「もう店じまいなんだがね、何個食うよ」
「いくら?」
「普段は一個300円だがね、200円でいいよ」
「じゃあ二個」
蒸し上がっていた牡蠣の蓋を錐で弾き、目の前に置かれる。
つまようじを受け取り、私はその場で食べる。
「くぅ~」
これこれ。この味が本物の牡蠣なんだよ。
レモンを搾って酸味も合わせる…これがまたたまらん。
貝殻に残った汁がさらに美味しい。一番美味しい部分であるかもしれない。
私は凡ミスばかりでツキがないと思っていたが、今日はもう少し頑張ってみよう。
あさりラーメンセット…千三百円
生牡蠣…二個四百円