広島県竹原市のカレーうどん
「参ったぞ」
私は腹を抱えた。空腹でどうにかなりそうだった。
自営業を営む私はいつも一人で様々な所へ商談に向かう。
今日はこの町の外れへと来て、昼飯をぬいてまでずっと商談に励み、ようやく終わったのだが、見事に周辺には何もない。
何よりも飯屋がないのだ。
電車はまだまだやってこない。しかし歩いて竹原市内まで行く元気もない。
「困ったぞ」
こんなことなら途中コンビニに寄るべきだった。
「おっと」
ここで数少ない歩行者を発見。声をかける。
「すみません」
おばあさんは怪訝な顔をする。
「この近くに食事する所はありませんか?もう空腹で」
「あぁ、それならこの先に行きんさい。町の駅があるけん」
「あ…どうも」
町の駅?たまに国道沿いにある『道の駅』の間違いだろうか?
しかしいちいち聞き直すことも面倒なぐらい腹が減っていた。
私は礼を言って歩き始めた。どうやらカーブで見えなかったが、ほんの数百メートル先にあるようだ。
そしてそれはすぐに見えてきた。
『うどん』や『カレーうどん』の幟、見た目はコンビニ…いや本来メインとなる役割は食べ処ではなくコンビニとしての役割のようだ。名前は…『町の駅』。なるほど、あのおばあさんの言った通りだ。
私は中へ入った。
「いらっしゃいませ」
店員はおばちゃん達。地方のコンビニをまさに体現したようだ。
右手には弁当や菓子や飲物、左手にはソフトクリームの機械がある。そして正面に椅子があり、そこが定食屋部分のようで、カウンター越しに注文できるようだ。
このアンバランスさは都会だと際立ち、淘汰されそうだが、この町の片隅だとむしろバランス良く見える。
私はカウンター越しに注文をする。
「カレーうどん」
肉うどんや天ぷらうどん、ぶっかけうどんなどもあるがそれらは食べ飽きている。ここはボリュームもありそうなカレーうどんで決まりでしょ。
水はセルフ。喉が渇いていた私は一杯グイッと飲む。
冷たくて、うまい。
ふと脇を見ると、ゆで卵が置いてある。一つ五十円。
「これ、一つ貰うよ、あとおにぎりも追加で」
「はいよ」
私は椅子に座りゆで卵の殻を剥きながらようやく一息ついて店内を見渡す。
コンビニらしく綺麗にしてあるが、パーティションで区切られた店内、まばらで統一性のない机や椅子、テレビは誰も見向きもせず、ただただ垂れ流されている。
ここは田舎なのに、キューブリックの映画『時計じかけのオレンジ』のような近未来的な彩りの部屋を思い出す。あの鮮やかな色彩を。
客は二人だが地元民だろう、店員としきりに会話をしている。こういった店は、ほとんどが地元民からの愛で続いていっているのだろう。
ゆで卵の殻を剥き終わり、一口に食べる。少し茹ですぎかな…でもうまい。
胃が刺激されたようで、早く次を寄越せと急かす。
「はいお待たせ、カレーうどんのお客様」
声がかかり胃に急かされ、カウンターに置かれた料理を取りに行く。
どっしりとした器にこれまたどっしりとした中身。
これは旨そうだ。
まずはジャガイモ。
「ハフハフ」
熱くて、柔らかくて、味が染みている。
ニンジンはじっくりと煮込まれているようで、口に入れると噛まずに溶けた。
うどんをすする。
「はは、これこれ」
昔学食で食べたような懐かしさを感じる。袋で一袋十円や二十円のうどん。でもこの味がこの場所とマッチしている。
肉はぶつ切りで意外と大きい。六片ぐらいあるだろうか。
一つ口に入れる。
「…うまい」
肉厚がかなりあるのに柔らかくて味わいもある。かなりの良質な肉だと思う。
メニューには『カレーうどんはじめました。峠下牛使用!』と書いてある。
携帯でざっと調べる。
「峠下…たおした牛と読むのか」
この竹原市にある峠下牧場名産の牛のようでかなり評判が良いようだ。
こんな旨い牛がこんな場所で食べられるなんて…。
驚きつつ、おにぎりにも手をのばす。
中身はおかか。米は固めで私の好みだ。しかしバラけやすいので海苔ごと箸でつまんで食べるとしよう。
「うん」
コンビニのおにぎりとはやはりひと味違う優しい味だ。
そしてカレーうどんのカレーを口に含んで食べるとまた新たな味わいがあってまたこれも旨い。口内でカレーライスになる。
商談と空腹で疲れた甲斐もこのカレーうどんで少しは報われたかな。
峠下肉を一つ一つ惜しむように食べ、汁も飲み干した。
満足だ。
お会計はコンビニ側のレジで行うらしい。
「全部で七百円です」
値段も手頃。こりゃ得した気分だ。
「ありがとうございました」
このコンビニの外はまさにド田舎。
この光景をアンバランスに思う私は、やはりよそ者なのかな。
しかし、この牛肉が食べれるのなら、またここに来るのも悪くない。
カレーうどん…五百五十円
おにぎり…百円
ゆで卵…五十円