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フランケン・デイト

作者: みん
掲載日:2026/04/29


 廃墟同然に寂れたプラネタリウムの天窓。

 その人物は、突如として音も無くそこに現れた。

 神秘的な光を放つ光輪(こうりん)が頭上で浮いている、浮世離れした姿。


 真っ白いカールしたロングの髪に、くるりとまん丸い金色(こんじき)の瞳。

 全てを許すかのような微笑みを浮かべながら、しかしその瞳の奥は笑っていなかった。


「おにーさん、ダメですよぉ。世界のルールを破ったら」


 鈴を転がす様な声で、その人物は彼に言い放った。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 アイン、それが彼に与えられた名。

 古びたプラネタリウムを根城とするアインは、今日もルーティーンをこなしていた。

 ちりとりで一階と二階のほこりを取り、投影機が壊れていないかチェックする。


 高い身長を活かして隅々まで確認をして、今日も異常が無かったとほっ、とした。

 彼の腰まで届く漆黒のストレートロングがゆらりと揺れて、首元を顕わにする。

 アインの首は、細かい糸が通してあった。


 彼の身体には他にも無数の縫い目があり、肌の色が所々違ったりする。

 そう、アインは無名の科学者が造りだした、”フランケンシュタイン”だ。

 科学者は、人生最期の挑戦と題してアインの研究をした。


 科学者は本来、星の研究をしていた。

 そこへ訪れたのが、アインの顔の主である人物。

 先が永くない彼は、自分の生を科学者に預けたのだ。


 彼の顔に選ばれた死体は、絶世の美を放っていて、科学者が研究にのめり込んだのもこの美貌が大いに関係している。

 科学者は思った。

 こんなに美しい人が蘇れば、人類は至高へと至ることが出来る。

 全ての人が死を恐れなくて良くなるのだ、と。


 かくして、科学者の死ぬ間際。

 アインが遂に完成した。

 意識を覚醒させた彼が最初に見たのは、血眼になって此方を凝視している老いぼれた(マスター)


「○○、私を覚えているか! 君は蘇ったんだ!」


 誰かのことを呼んでいるのだと理解はした。

 だが、アインの記憶は空っぽだった。

 その事実に、科学者はショックで最期の命を散らし、儚くなった。


 ただ、”アイン”と、毎日するべきことを書いた紙切れを残して──。



 空っぽのアインは、唯々その紙に書いてあることを実行するしか出来なかった。

 生存方法は不思議と本能が覚えていて、一日の始めに身体に電流を流す。

 そうして主の言いつけを実行する。


 それだけの、日々。

 繰り返しの毎日はゆっくり、だが確実に過ぎていって、アインは蘇って百年を迎えようとしていた。



 ──百年を目前にしたとある日。

 二階の天窓の様子がおかしいことに気が付いた。

 吹き抜けになっている一階に、光が届かないのだ。


 アインは二階に向かった。

 何かがつっかえているのなら、棒が必要かもしれない。

 そんなことを考えながら天窓を見上げる。


 すると、居たのだ。

 その人物が。


「おにーさん、ダメですよぉ。世界のルールを破ったら」


 どうやって入ったのか、鍵がかかっているはずの天窓を開けて縁に座りながら足をぶらぶらさせている、眩しい存在。

 だが、アインの表情は変わらなかった。

 彼は表情の作り方さえ知らないし、言葉を発せ無いのだ。


「あれま、おにーさんお喋り出来ないんです?」


 その人物は天窓から、まるで重力を感じさせないで二階の地面に着地する。

 真っ白い衣服に身を包んだその人物は、軽くお辞儀した。


「あたし、ポワレって言います。神様のお遣いでおにーさんの所へ来ました」

「……」

「んー、お喋り出来ないのはちょっと面倒ですねぇ。そうだ! 文字は書けますか?」


 アインは頷く。

 膨大な年月の中、本を読んで文字を覚えた。

 ポワレはどこから出したのか、一冊の手帳を取り出し、アインに渡した。


「筆談して下さいっ」

『分かった』


 アインは短い単語を書いてポワレに見せる。

 彼女は軽く拍手して、用件を話し出した。


「まず、大前提としてこの世界で死者を蘇らせるのはタブーなんです。おにーさんは記憶こそないものの、何人もの亡骸を接ぎ合わせて蘇ってしまいました。ここまで、良いですか?」


 アインはコクリ、と頷いた。


「それでですね、本来なら神様が見つけた時点であたし達お遣いが存在を消さないといけないんですよ~。でも! おにーさんは超の付くラッキーさんです!」


 大げさに手を広げてみせるポワレに、アインは首を傾げる。

 

「なんと! おにーさんは神様の御慈悲により、このあたしが一つだけ願いを叶えてから、消えることになりました!」

 

 パンパカパーン、と自慢気に言うポワレに、アインはよくわからなくてまた首を傾げた。


「あっ、自覚してないですね? 何でも一つお願い事が叶うってことです! これでもあたし上級お遣いなんで、大抵のことは出来ちゃいますよっ」

『願いというのが分からない』


 綴られたアインの文字に、ポワレは顎に手を添えて唸る。


「んー、確かにおにーさんの心は空っぽみたいですね。任務を終えないとあたしも帰れないし、どうしましょ」


 ポワレには、アインの空虚な心の内までお見通しらしい。

 暫く考えていたポワレは、ポンッと手を打ち鳴らした。


「ではこうしましょう! あたしと一緒にお出かけして、興味の湧くものを探すんです!」

『出掛ける?』

「はい! そうと決まったら~」


 ポワレが宙に向けて手を叩く。

 途端にアインのぼろ切れで出来ていた衣服は変貌を遂げ、首元を覆う真っ黒なフロックコートに変化した。


「髪の毛もそれっぽく束ねましょうか!」


 ポワレはアインの後ろに回って、どこからか出した髪紐で彼の髪を束ねようとする。


「ちょっとおにーさん、しゃがんでくれないと背が届きませんよぅ」


 軽い調子の文句を言われ、アインはその場で素直にしゃがんだ。

 鼻歌を歌うポワレの細い指先が、彼のサラサラとした黒髪を纏めていく。

 

「出来ました! ちょこっとだけ三つ編みにしちゃいました、可愛いですよっ」


 ポワレの言うとおり、アインの髪の一房が三つ編みになっていて、他の髪と合わせて金色の髪紐で束ねられていた。

 

「さっ、行きましょう!」


 ポワレはアインの手を引いて、彼を初めての外へ連れ出す。

 寂れたプラネタリウムの外は、雑草だらけになっていた。

 アインの足に長い草が絡み、彼は転びそうになる。


 ポワレはくすっ、と笑い手を差し出してくれる。

 だが、アインにはそれが何の合図なのか分からなかった。


「おにーさん、手! 繋いでおかないとおにーさん転んじゃいますよぉ」


 手を繋ぐ。

 アインが読んだ物語でしか知らない行為。

 彼は静かに片手を上げた。


 その手を、ポワレが引っ張り上げるみたいにして掴んでくる。

 彼女の手には何の温度も無い。

 だが、アインの心に確かな温もりを灯した。


 すっかり道が見えなくなってしまった草むらを抜け、二人は道路に出た。

 

「ここがこの町の中心街ですよっ、早速見て回りましょう!」


 アインは、人の多さに驚いた。

 どこもかしこも人が居て、背の高いものから背の低いものまで様々だ。

 小さい背丈のものは、外見まで違う気がする。


 彼がじいっ、と観察していると、ポワレが聞いてきた。


「おにーさん、子供を知らないんですか?」

『こども?』

「えぇ、おにーさんみたいに大きな大人になるまでに、人間は子供の時期を通るんですよ!」


 それはアインの理解の範疇を超えていた。

 アインは目覚めたときから大人だったから。

 黙って子供を見つめるアインを眺めていたポワレは、彼に提案する。


「図書館に行きましょうか! おにーさんは本が好きみたいなので!」


 アインは好きという感覚で本を読んだことは無い。

 ただ、プラネタリウムにあったから、それだけ。

 ポワレに半ば引き摺られる形で、アインは図書館へと足を踏み入れた。


 三階部分までが吹き抜けになっているそこは、円形に本棚が隙間無く並んでいる。

 呆然とその物量に圧倒されている彼をよそに、ポワレが無邪気な声を上げる。


「本がいっぱいですよ! なんでも読んで良いんですよ!」


 なんでも、と言われても、どれに手を付けて良いのか分からない。

 結局どれにも関心を示せなかったアインは、何も読まずに図書館から出た。

 ポワレはまるで気にしていないみたいで、次の場所に彼を誘う。


 二人はその後、科学館や文化館にも足を運んだ。

 しかしアインはその情報量に圧倒され、何も出来ない。

 夕暮れに染まった空をカラスが横断し、もうすぐ来る夜を迎える準備を始めた。


「おにーさん、最後に映画館にでも行きましょう!」

『えいがかん?』

「はい、きっと気に入ると思いますよ」


 町の端にある、古びたシネマ。

 湿った温度がアインの心にそっと寄り添ってきた。

 彼はこの日初めて、自分から足を踏み入れる。

 

 ポワレは静かな瞳でアインを眺めていた。



 ──ジジジジっ……


 古い映写機がフィルムを回す音。

 スクリーンに映し出される、モノクロの映画。

 ポワレとアイン以外に観客の居ない、安っぽいラブロマンス。


 しかしアインは初めて、感動というものを味わった。

 

 作り物で出来た世界は、アインと同じだった。

 与えられた役目をこなす演者に、そのシーンのためだけに用意された舞台装置。

 映画の世界は酷く心地良かった。


 ──そうか、自分は……。

 ──異端ではないと、認められたかったのだ。


 アインの中で自分の願いが形になる。

 形になったそれは、隣で無表情にスクリーンを眺める天使のおかげで既に叶っていた。


 アインはポワレの肩を叩く。


「? おにーさん?」

『もう充分だ』


 それだけを書いた紙と金色の髪紐が、アインの居た座席に残っている。

 ポワレはつまらなさそうに、それをそのまま残してシネマを後にする。

 

「おしごと、おーわり」


 濃紺の夜の中、天使は天へ向かって飛翔した。


 

 ~END~


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