地図に残る仕事
「建築学部、鈴木幸奈です。趣味は旅行です。よろしくお願いします~」
他の人が、学部、名前、趣味の順で話してたから、私もそうした。
これが、映画のプロローグ、あるいは小説の書き出しなら、エキストラの1人、このひとは主人公では無いだろうと簡単に予想が着く。それ程に普通で、ありきたりで、端的な自己紹介だった。
わたしは常人だ。
同学年に10人はいた鈴木に、スマホなら一発で変換できる幸奈で、鈴木幸奈。
常人だからこそ、普通じゃない子に憧れがあった。子どもの頃は、みんな目立ちたがり屋で、自分はみんなと違うのだ、と誰も彼もが胸を張っていた覚えがあるが、成長と共にみんな"普通じゃない"を諦めた。
わたしも例に漏れず、自分の普通さに心底くたびれた。教科書を1度見たら覚えられるあの子や、雑草を食べているあの子には敵わなかった。
それでもわたしを変人扱いしてくれる人はいた。昔から人より少しだけ図画工作が好きで、大工さんになりたいと口走ったのが全ての始まりだろう。現場仕事が女の子にしては珍しく、加えて当時の幼稚園児にしては現実味のある将来図が面白かっただけだ。宇宙飛行士を夢見る鈴木くんの絵の隣に、トンカン家を建てる鈴木ちゃんの絵があるその対比が面白かった、ただそれだけだ。
変人は得てして賢くなければならない。
勉強が出来れば、天才性に磨きがかかり、出来なければ、爪弾きになる。わたしは変人、すなわち天才を装った。そのキャラクターの副産物で中学の成績はトップ、高校入試も県内1番の新学校に合格を勝ち取った。しかし、奇異の目を向ける彼らに答えるために、変人を演じる日々に疲れていた。高校入学を機にありのままの自分で、普通を生きようと心に決めた。
違和感に気づいたのは高校に入学してからしばらく経ったときだ
「あの子変わってるよね」
そう言われてたその子はニセモノだった。元演者のわたしだから分かる。彼女は変人を演じていた。楽になるタイミングを失った彼女に憐れみの感情と、私が憧れた変人を取り繕う、そのニセモノ具合に怒りを感じた。
普通は平凡で心地よかった。わたしは変人のファンで一生を終えても構わない。そう思って人並みを生きていた高校生活、最初の進路面談。担任にT大学を第1志望に定めている旨を伝えた。
「ユキナさんみたいな変わっている人は、K大学の方が性に合うんじゃないかな?」
寒気を感じた。
どうやら、わたしは演技している時間が長すぎて、役が抜けなくなってしまっていたらしい。憑依型の女優、世にいえば天才形か。
だが、かつて憧れた変人たちに対して、今のわたしは至って常人極まりない。どいつもこいつも見る目がない。
いったいどこが"普通じゃない"んだ?
わたしは、人は、まだまだ上記を逸することができるんだぞ?
…わたしは世間に失望を覚えた。
そして、決意したのだ。
いつか、私の憧れた"普通じゃない"を世間に見せつけたい。やつらをあっと驚かせてやるぞ。そう心に誓った。
そして、T大学新入生歓迎会、わたしはホンモノを見た。
「ユキナちゃんもショッピングモールがすきなの?」
ショッピングモールを2つハシゴしているにもかかわらず、何の買い物もせずにフードコートで喋っている。わたしなんかを変人だとのたまうあいつらに見せてやりたい。乙葉ちゃんこそがホンモノだ。
「商業施設はたくさんの人がつかうから、空間の作り方が勉強になるんだよね〜」
別に嘘はついていない。商業施設から学べることは多い。しかし、実際は尊敬すべき変人に媚びを売ることに必死だった。高校3年間で身につけた普通のしゃべり方は、間延びしていて人を刺激しないことに長けていた。
…長話になると本心が透けてしまうので、そろそろ本題に入ろう。
「コンペって知ってる?」
建築設計競技通称コンペ。企業や団体が主催し、提示されたテーマや条件に沿った設計案を募集し、競い合う。学生が参加出来るものも多い。そう、建築学生には、その個性を世間に知らしめる手段がある。
乙葉ちゃんをその舞台にあげるのだ。
「乙葉ちゃんに協力してもらいたいんだ〜」
「ショッピングモールをつくるってこと…!?」
建築という芸術は、表現が土地に形として残り続ける。地図に残る仕事、なんてコマーシャルが言ってたっけ。なんにせよ、社会に個性を誇示するにはちょうどいい大義名分だ。
「でも、ショッピングモールって審査員的にどうなんだろ…わたしたちは大好きだけど、商店街とかの個人店が潰されるような、ある種の悪みたいなイメージあるでしょ?」
面食らった。
別にショッピングモールを盲信しているわけじゃないんだ。むしろ好きだからこそ、その課題や改善点に向き合ってるんだ。いやもう企業側の人間でしょそれ。
「大丈夫~。審査員を納得させればいいだけ。」
「暴論っ」
「大好きなショッピングモールの魅力、審査員に教えちゃおうよ~」
コンペの最優秀賞は実際に採用され、施工される。まさに、地図に残るわけだ。そのことは乙葉ちゃんには黙っておこう。
「…解った。最高のショッピングモールつくろう!」
わたしはとんだリアリストだ。嘘はつかないが本当のことも言わない。
地域の破壊者たるショッピングモールをつくってしまう、その可能性はゼロじゃない。幸奈ちゃんはそんなことは望んでないだろう。
…だが、そんなことは必要な犠牲に過ぎない。この世にホンモノの"普通じゃない"を知らしめるためだ。
審美眼のない世間に傷跡をつけてやる。




