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吹き抜けた広場

「趣味はショッピングモールです」


…またやってしまった。さっきまでの新入生歓迎ムードが嘘みたいに空気が凍りついた。大学に入れば1人くらい同志がいるのではないか、と一縷の望みに賭けたものの、反応は冷ややかだ。

周囲は困惑の目がほとんどで、「こいつ、攻めたボケをする愉快なやつだな」とでも言いたげな奇異の目がちらほら。

目、目、目。誰も口を開こうとしない。

相槌のひとつでも打ってほしいものだ。

「…よろしくお願いします。」

まばらな拍手で隣の新入生に自己紹介が移った。



理解されない趣味の起源は幼少の頃にまで遡る。

昔から勉強はできる方だった。ひとえに教育熱心な父の賜物だろう。小学校が終わったら、誰とも顔を合わせず、塾に直行する。塾が終われば、晩ご飯を食べて、お風呂に入って、寝るだけ。

当然、学校に友達はいなかったし、進学塾には親の狂気に当てられた、鬼気迫る面々が長机に並ぶばかりでとても友達を作る気にはなれなかった。(私もその面々の一部だったことは言うまでもない)


「乙葉に息抜きさせてあげましょうよ」


勉強漬けの私を酷に思った母の提案で日曜日はなんの習い事もない休暇として設けられた。しかし、普段から勉強しかしていない私は、選択肢が与えられていない状況で何をしたら良いか分からなかった。地元二宮市はベッドタウンで住宅しかなく、自転車で行ける距離には学校のみんながいるから行く気にはなれず。家にいるなら勉強しろと父に急かされた。

環境が人をつくる。かくして、悲しいお受験マシーンが生まれた。


サクライモール二宮店。小学4年生のときに二宮市の山の上にショッピングモールができた。その立地の悪さと引替えになんでも揃うので、小さなスーパーはどんどん潰れ、母は毎日の夕飯の買い出しに車で、15分ほどかけてサクライに行くようになった。

毎週日曜日の夕方、母の買い物に付き合うか、家で勉強しているか、という選択肢が与えられた私は、迷わず母について行った。

最初こそ、勉強机から逃げるための口実でしか無かったが、いつしかサクライはあらゆる重圧から解放されるユートピアになっていた。そこでは、目的が無くてもただいるだけで自由を感じられた。湾曲したモールの先に何があるのか、まあ毎週毎週来ているので、何があるかは把握しているが、まるで街を冒険しているような気分で歩き回った。


受験の結果、第1志望の県内屈指の名門中学に合格することができた。地元から離れた都心にある学校だったが、偏差値が全てだ。私は中高6年間の電車通学を余儀なくされた。


「良くやった。中高一貫校だし、暫くは好きに過ごすといい」


父を満足させ、ついに自由を手に入れた私は、最寄りから学校まで、定期券圏内の全てのサクライモールを行って回った。心の支えであったサクライに感謝の巡業をするためだ。

「目的のためなら手段を選ばない」なんて言葉があるが、私の場合はその逆だ。偉大な登山家に言わせれば、「そこに山があるから」すなわちそういうことだ。

時間が許す限り、言い換えれば、父が大学入試を意識するまで、あらゆるショッピングモールに行く日々だった。行ったモールはフロアマップをプリントアウトし、各店舗の動線計画や地域に合わせた経済戦略の違い見比べて楽しみ、その全てをファイリングしていった。


中高6年間、私の趣味が理解されることはなかった。

「個性的な子だね」と、面白がられ、友達は出来こそしたが、彼らにショッピングモールの魅力を熱弁したところで、「さすが!博士!」と、多様性の一部として処理され、私の声に真面目に耳を傾けることはなかった。

やはり、環境が人をつくる。かくして、孤高のショッピングモール博士が生まれた。



新歓の帰り道、理解されなかった悲しみと、新生活への不安を抱え、慰めを求めて行くべき場所へ行った。

サクライモールT大学前店である。

一人暮らしの学生を明確にターゲット層に設定し、狙い通り繁盛している。サクライグループの戦略には惚れ惚れするばかりだ。

しかし、入試終わりに来た時もそうだったが、コミュニティを誘発する空間として設けられた大きな吹き抜け広場に、T大生をはじめ、周辺の大学生たちの溜まり場的な使われ方をしていた。サクライモールは公共性と治安の両立にしばしば失敗する。

「あるあるだなぁ」未だ誰にも理解されたことがないサクライあるあるにひとりほくそ笑んで吹き抜けを見下ろした。


「あの、ショッピングモールのひとですか?」


唐突にエコバックを抱えた同年代の女に声をかけられた。


「あー、新歓の…?」

「そう!覚えてくれてて嬉しい!」


覚えているわけがない。

ヤマカンで新歓というワードを出してみたら、運良くヒットしただけだ。

私は人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。正確に言えば相対的に苦手だ。彼女にとって私が、”あの”ショッピングモールのひとであっても、私にとって彼女は、有象無象の冷たい目たちの一組でしかない。趣味だって映画かなにかの他人と被っているどれかだろう。私が他者に与えてしまう印象の強さに対して、他者が私に与えてくる印象の強さが釣り合っていないことが多い。これもあるあるだ。私あるある。こっちはいくらか理解を得られている。


「趣味がショッピングモールってどういうこと?」

「んー、ショッピングがすきで、ネットより、モールを歩いて実物を見て回るのがすきなんだ」


嘘だ。

理解されないなりに、理解されやすいように取り繕うことが癖になってしまっている。

動線計画が~、経済戦略が~、と本当のことを言うよりも、妥当性があるので、何十回とついてきた、つきなれた嘘だ。

趣味はショッピングモールというのも、本当は、趣味はサクライモールです、と胸を張って言いたいというのが本音だ。変に、別の企業のモールがすきな人も居るかもしれないと配慮してしまっている。無意味な配慮だ。


「てっきり、吹き抜けとか建物そのものが好きなのかと思ったよ〜」


しまった。と思うと同時に、芯を食った回答に感情が昂る。分かってるじゃないか。


「売場面積を削ってまでここまで大きな吹き抜けつくるのおもしろくない?」


目を見開いた。まさか同志か?新歓では気付けなかった。誰だ?どの自己紹介だ?不審に思われるほど彼女を凝視して記憶を掘り返す。何人もいた茶髪。何人もいたブルーのストライプシャツ。誰だ?と、ふとエコバックに目を落とした。


【新建築3月号】


なるほど、建築学生。いた。私のいた新歓グルーブで1人だけ理系だから、肩身が狭そうにしていたあの子だ。


「さすが建築学生、そういう視点で見てるんだね、」


なんでもない会話で場を繋ぐ。名前は、趣味は確か…


「ユキナちゃんは建築を見るために旅行に行くの?」

「そう!でも、あんまりお城とかは興味ないから~、都会に来れて毎日楽しみなんだよね〜」


きた。心の中でガッツポーズする。旅行が好きなユキナちゃん。はじめて心から分かり合える友達になれる気がする。この機会を逃す訳には行かない


「このあと、ユキナちゃんがよかったら隣街のサクライも一緒に行かない?」

「良いよ~、でも、乙葉ちゃんは何しに行くの?」


言ってから気づいた。ショッピングモールからショッピングモールに行くなんて普通じゃない。普通ならひとつの店舗で全ての買い物は完結できる。小さな嘘の積み重ねで整合性が取れなくなった。なんて言おうかと、まごついていると、


「わたしは、行くだけで満足だからいいんだけどさ~」


ハッとした。

なんて個性的な子なんだろう。

そして、確信した。ユキナちゃんは私だ。


「そこに山があるからかな」


吹き抜けを背に、ざっくばらんにそう言った。

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