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強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

作者: ましろ


【表-1】


「いい香り~」


 キッチンにはバターとレモンの甘く爽やかな香りが漂っています。


 焼き上がったパウンドケーキの粗熱を取っている間にアプリコットジャムを煮詰め、グラスアローも用意していく。

 あ、あとピスタチオとレモンの皮も刻んで。程よく冷めたケーキの形を整えるために切り落とした部分をパクリとつまみ食い、もとい、味見をする。


「ん、しっとりしていて美味しいわ」


 でも、これは差し入れなので、更にもうひと手間掛けちゃいましょう。

 薄くジャムを塗り、少し乾かしてから更に刷毛でグラスアローを塗る。レモンの皮とピスタチオで飾りつけ、もう一度オーブンへ。


「出来たっ!」


 糖衣を纏ったレモンケーキにピスタチオの青さとレモンの黄色が涼しげです。


「切るのは冷ましてからだから、その間にクッキーも焼いちゃいましょうか」


 寝かせてあった生地をスティック状に切っていく。

 お味はチーズと黒胡椒の甘くないものと、ナッツとドライフルーツが入ったものの2種。


「ディオンは喜んでくれるかしら」


 夫となったディオンは騎士団に所属しています。

 スラリと背が高く、精悍なお顔立ちなのでは? と思いますが、普段の彼は何というか表情筋がサボりがち。

 結婚式の披露宴で、ご友人達に囃し立てられても全く表情が崩れない、そんな印象でした。

 もしや皆さんと仲が悪いのでは? とも思いましたが、周りの方々は夫の無表情、もしくは眉間にシワなお顔でも気にすることなく絡んでおられたので、あれが彼等の日常なのだろうと納得しつつも、つい気になって、この様に差し入れを持って行こうなどと計画してしまいました。


「嫌がられるかしらねえ」


 それでも止める気は全く無く、テキパキと出来上がったお菓子たちを籠に詰めていきます。


 夫とは恋愛結婚。ではなくて、父の友人の紹介で知り合いました。

 初めて会った時にはあまり会話が弾まず、どうしようかとも思いましたが、実直そうな方だなと感じ、誠実であるならば多少のことは我慢できるだろうと結婚を決めてしまいました。

 だって、父の友人とはいえ取引先のお偉い様でもあるからお断りがしづらかったのです。


 それから半年の間、何回かお茶をしただけであっという間に結婚してひと月。彼は仕事一筋で、女遊びやギャンブル依存や酒癖の悪さもなく、結婚相手としてはかなり良かったのでは? と思っています。

 まあ、結婚してから分かったこともありましたけどね。それなりに幸せに暮らしております。


「何故お前がここにいる?」


 ───たぶん。


 私を見るなりギュッと眉間にシワが寄りました。


「お仕事のお邪魔をしてごめんなさい」


 とりあえず笑顔は保ったまま、仕事を中断させてしまったことを詫びることにします。


「……俺の質問には答えないつもりか?」


 まあ怖い。これがファンタジー世界のお話ならば、私はピキーンと氷漬けにされてしまいそうなほどの冷たさです。


「差し入れを持って来たの」

「……誰がこんなことをしろと言った?」


 騎士って職業柄、強面になってしまうのかしらね。この顔を見ただけで敵もホールドアップしてしまいそう。


「たくさんあるから、よかったら皆さんで食べてくれると嬉しいです」


 そう言って、横暴な態度を取るディオンを止めようと近づいてきた彼の同僚達にさっさとお菓子の入った籠を渡してしまう。


「本当ですか⁉」

「いや~、ありがとうございます!」


 よかった。喜んでいただけたみたい。


「用が済んだなら早く帰れっ!」


 ……彼以外はね。

 仕方なく帰ろうかと思いましたが、彼の額から流れる汗が気になり、そっとハンカチで拭いました。


「なっ!」

「では、お仕事頑張ってくださいね」


 これ以上文句を言われる前に笑顔でお別れを言って回れ右をしました。

 とりあえず、ディオンの訓練姿を見られて私は満足です。……帰ったら煩いのでしょうけど。



【裏-1】


「おかえりなさい、ディオン」


 ようやく帰って来た彼は私を見るなり眉間にシワを寄せた。

やっぱり差し入れが駄目だったのかしら。


 大股で私の側までやってくると、大きく腕が振り上げられ、


 そして───


「ラシェル、ただいま~~っ‼」


 旦那様は私を掻き抱くと、スンスンと猫吸い……ではなく、嫁吸いを始めました。

 そう。結婚して分かったことは、彼が溺愛体質の愛が重めなこと。


「ラシェルラシェルラシェルっ! どうして訓練場に来たんだ⁉ なぁ、何で⁉ それも差し入れだなんてっ‼

 あの有象無象の塵芥(ちりあくた)共が君の清らかな成分を摂取するなど許すまじっ‼ 君の一部がアイツらの血肉になったのかと思うと俺はっ!!!」

「ねえ、待って。差し入れがどうしてそんなにも不快な表現になるのよ」

「だって君のこの美しく滑らかな手が生地を捏ね、その柔らかな吐息を吹き込みながらラシェル成分満載の至高の作品へと成形されていったんだぞ⁉」

「吹き込んでいません。そんな不衛生な真似はしないわ」


 私成分って何。そして(まく)し立てながらもチュチュチュッ、と指先にキスするのは止めて。


 何故この人はこうも変態臭いのか。誠実であれば許せると思っていたけど、これは許していい範囲なのかどうかが微妙です。

 私への愛が暴走し出すと、普段の無口さはどこへ行ってしまうのか、おかしな思考を垂れ流し状態になってしまうから困りもの。


「私は貴方の妻なのだから、騎士団への差し入れくらいしてもいいじゃない」

「駄目だ! 俺のラシェルに懸想する輩を処さなくてはいけなくなるだろう⁉」

「そんな奇特な男は貴方だけよ」


 というか、そろそろ放してほしい。


「こんなにも可愛い上に料理上手で更には俺の汗をそっと拭いてくれる天使のような優しさをあの獣達に見せつけるなんてっ‼」

「どれだけ色眼鏡を掛けてるのよ」

「ラシェルは俺のなのに……俺の、俺だけの……誰にも渡さない……」


 しまった。これは駄目なやつかも。

 大変、明日お休みじゃない。このままだと暴走して深夜までコース。下手をしたら朝までコースになってしまうわ。騎士の体力はヤバ過ぎる。


「ディー? こっちを向いて?」


 ちょっと落ち着けなきゃ私が死んじゃう。

 あらあら、すでに暗い瞳になってるし。


 まずは額に、それから頬にも。

 幼子にするような優しいキスをして。


「お仕事お疲れ様。今日はディーの訓練する姿を見てドキドキしたわ」

「えっ⁉」

「私の旦那様はとっても格好良くて惚れ直しちゃった」

「えっ! えっ⁉」

「いつもああやって訓練してるの?」

「あ、ああ、そうだ」

「まあ。詳しく聞いてもいい? 貴方のことをもっと知りたいな」


 ちょっと甘えるように小首を傾げてみる。


「ラシェルが俺を欲している……ああ、語ろう。朝まででも君に語って聞かせよう!」


 いや、その朝までコースも嫌かな。

 でも首を傾げるくらいで彼が落ちるのは知っているけど不思議よね。

 私なんて十人並みなのに、どこにそんなにも惚れ込んでくれてるのやら。


「ラシェルがかわいいかわいいかわいいかわいい」


 スリスリと頬擦りをしながら呪文のように可愛いを繰り返す知能指数3くらいに低下したディオンだけど、それでも闇堕ちは防げたみたい。


「今日の夜ごはんはチキンの香草焼きよ。好きでしょ?」

「大好きだ。君が作ってくれるものならたとえ生肉でも完食してみせる!」

「鶏肉はしっかり火を通さないとダメです」


 よし、今日は奮発してワインも出しちゃおう。そしてサクッと寝てもらいましょうね。




【表-2】


 出会った頃はクールで居丈高なディオンがこんなに壊れるとは思わなかったなあ、と数少ないデート? を思い出す。


「私は朝が早い。だからといって寝坊などして朝食抜きなどは困るぞ」

「承知しました」

「あと、場合によっては遠征などで長期間留守にすることもあるだろう。騎士の妻になるのだから、その程度のことで不満を周囲に零さぬよう努めてくれ」

「はい、肝に銘じます」


 おおう。初手から中々の言いっぷりね。

 これでは女性にモテないと見た。


「……まさかの現地妻も認めろとか言います?」


 この確認大事絶対。互いに許せるものと許せないものってあるわよね。


「おい。俺が女がいないと生きていけない様なクズだと?」

「あ、違うならよかった。私、夫を誰かと共有するのはゴメンなの」

「……ふん、結婚前から嫉妬か?」


 嫉妬? というより不快だから結婚は止めようかなというだけだけど。


「だって嫌じゃありません? 誰が(ねぶ)ったかも分からないカトラリーなんて気持ちが悪くて捨てたくなるでしょう?」

「ねぶる…だと…」


 ごめん遊ばせ。言い方が悪かったかしら。


「俺は騎士だ。そのように人の道に反する行いは絶対にしないと誓おう」

「分かりました。信じます」


 うん、これは信じてもいい気がする。

 よかった~、まあ顔が怖いからあんまり女性も寄り付かないのかな? と失礼なことを考える。


「いつも私達のために頑張ってくれてありがとうございます」


 でも、たまに留守になのは何も困らないかな。

 だって料理の手抜きができるし、洗濯物も減るとかいいことも多いじゃない。


「騎士の妻としてしっかりと家を守れるよう努力しますね」


 ん? どうして眉間にシワが?


「……分かればいい」

「? はい」


 怒ってる?でも何に?


「とにかく。俺は妻を一番には出来ないということを覚悟してくれ。騎士に甘やかな生活などは無いからな」


 すっごーい。なに? 亭主関白というやつかしら。その眉間のシワは、妻なんぞに愛想笑いすらくれてやらないぞということなのかも?

 ま、どうせ男が家にいるのなんて、寝ている以外はほんの数時間でしょ? その程度なら威張らせてあげますよ。


「分かりました。騎士とは本当に大変なお仕事なのですね。それでも弱音を吐かずに頑張ることが出来るディオン様は素晴らしいと思います」


 ほ~ら、どう? ちゃんと煽ててあげますよ?……あれ? どうして眉間のシワが倍になるの?


 殿方は本当に分からないわね。まあ、結婚したら適度に距離をおいて、家事さえちゃんとやれば文句は無いでしょう。


「これからよろしくお願いします」

「ああ」



【裏-2】


 カーテンの隙間から差し込む陽の光が、すでに朝を過ぎてかなり経つことを教えてくれている。


「ディオン、そろそろ起きなきゃ」


 彼が腕どころか足まで絡ませてるせいで、起きるに起きれない。

 休みのたびにこの様な自堕落な生活をするのは如何なものか。


「……嫌だ。君を放したくない」


 こら、キスをするな。胸を揉むな。

 夜にあれだけ私を貪ったくせにどうしてもう復活してるの?


「だめ。起きましょう」

「ラシェル好きだ可愛い柔らかいいい匂い好き好き好き」

「本当に放して! トイレに行かせてよ!」


 私の膀胱が限界を訴えている。

 私が本気で拒否していることに気付いたのか、渋々と腕を緩めてくれた。


「おはよう、ラシェル。俺の女神」

「おはっんむっ、」


 だから! そこでなぜ濃厚なキス…っ、止めて~~っ‼


「ん、っは、……もう本当にダメだから」

「じゃあ、すぐに戻って来てくれるか。俺はもっとお前と愛し合いたい……」


 甘~~~~いっ!!!

 ちょっとディオン。騎士様に甘い生活は無いのではなかったかしら?


「イチャイチャはご飯を食べて洗濯してからです」

「そんなっ⁉」


 打ち(ひし)がれているディオンから抜け出し、ようやく起き上がることが出来ました。


 トイレと洗顔歯磨きをすませスッキリです。でも腹ぺこだわ。すぐに食べられるものを作ろう。

 にんじん、キャベツ、玉ねぎをベーコンと一緒に軽く炒めてから蓋をして少し蒸す。少ししたらヒタヒタになるくらいにお水をを入れてもうひと煮立ち。塩胡椒で味を整えたら簡単具沢山スープの出来上がり。

 あとはチーズトーストと…、あ、オレンジを貰ったからそれも食べちゃお。

 オレンジを切っていたらようやくディオンが来ました。


「ラシェルがオレンジの妖精になってる」


 いや、語彙力。貴方の表現は間違ってると思います。


「はい、一切れつまみ食い」


 ディオンの口にオレンジを放り込む。


「どう? 甘い?」


 感想が聞きたかったのにキスをされました。


「うん、ラシェルは甘い」


 本当に誰これ。亭主関白どこ行った?


「もうさ、ラシェルがいない人生なんて考えられない」


 変ね、妻を一番には出来ないのではなかったかしら。


「本当?」

「ああ。こうして君を抱きしめられて、君の作ってくれた食事を食べることが出来て……その笑顔を向けられるだけでもう……、」


 え⁉ 泣くの⁉


「こんな小さな幸せを喜んでくれて嬉しいわ」

「……全然小さくない。これ以上のものは絶対に無い」


 ぐっ、気持ちは嬉しいけどそれ以上きつく抱きしめられると内臓が出ちゃう!


「さあ、では幸せをお腹に詰め込まなきゃ。お皿を出してくれる?」

「ん、了解」


 ちゃっかりもう一度キスしやがりましたが、ちゃんとお皿を出してくれるので良しとします。


「おかわりもあるから」

「絶対に食べる」

「ふふ、よろしく。それでは、」


「「いただきます」」


 それにしてもいいお天気。これ以上家でごろごろするのは勿体無いわね。


「ディオン、洗濯が終わったら出掛けない? こんなにもいい天気だもの。デートしましょうよ」

「ラシェルからデートのお誘い⁉」

「うん。いや?」

「行く。絶対に行くぞ! 食器は俺が洗うよ。洗濯も手伝うから」

「ありがとう!」


 よし、これで午後のイチャイチャは無くなるわね。せっかくだから買い物もして、重い物を持ってもらおうかな。うん、そうしよう。


「ディオン、あーん」


 とりあえず賄賂としてオレンジをもう一度。


「……ここは天国か……」


 オレンジ一切れでそこまで?

 お手軽な天国があって羨ましいわ。



【表-3】


「どうやらお前を甘やかし過ぎたようだ」


 まあ確かに。普段の貴方はドロドロの甘々ね。ただし、今のディオンの形相はどちらかと言うと殺人鬼。お巡りさん、こちらでーす! と言われてもおかしくない雰囲気です。


 でも、子供が欲しいって言っただけなのにな。

 もしや強面だから子供にすぐに嫌われるとか? まあ、確かにこのお顔を見たらチビっ子がギャン泣きする姿が目に浮かびます。

 ……うん、双方可哀想かも。


「そうね、ごめんなさい」


 意味も無く誰かに嫌われるのも、嫌いな相手と共に暮らさなくてはいけない苦痛も確かに考えていなかった。顔が怖いって大変ね?


「分かればいい」

「おい、ディオン! さすがに酷過ぎるぞ」

「そうよ。ラシェルさんはうちの天使ちゃんを見て、子供が欲しいなって言ってくれただけでしょう! そもそも結婚したら子供を欲しいと望むなんて当然のことじゃない」

「当然だと? そんな漠然とした浅い考えで軽々しく口にしていい言葉じゃない」

「アンタ何様⁉」

「ラシェルの亭主だが?」


 ごめんなさい、出産祝いに来たのに喧嘩させて。


「あの、ありがとうございます。可愛い赤ちゃんに会えて嬉しかったです。何かお手伝い出来る事があったら遠慮なく言ってくださいね!」


 これを機に騎士の奥様ネットワークに繋がっておかないと。奥様情報は侮れません。


「やだ、ラシェルちゃんたら何ていい子なの!」

「おい。勝手な約束をするな」

「ちょっとディオン、いい加減にしなさいよ? ラシェルちゃんを雑に扱わないの!」


 ごめんなさい、雑に扱われたことは無いんです。


「ディオンはいつも優しいですよ」


 ちょっと暑苦しいとか重苦しいとは思うけど。


「どこが? こんな偉そうな男なんて燃えるゴミの日に出しちゃいなさい」


 ゴミは酷い。燃えるゴミということは燃やすのですよ? それはあまりにも極刑過ぎるわ。

 せめて『拾って下さい』と張り紙をして橋の下に放置では?


 こんな恐ろしい会話が繰り広げられているのに、赤ちゃんはスヤスヤと寝ているのですから凄い。


 ……赤ちゃん可愛いのになあ。


 普段はディオンの物言いなど欠片も気にならないのに、さすがに今日はショックだったみたい。


 それでも何とか明るい雰囲気を壊さない様に頑張りましたが、帰りの道中は互いに無言でした。



【裏-3】


 ただいま、我が家。

 何だか大したことはしていないのに疲れた気がする。今日は簡単なごはんで済ませてもいいかな。


 手を洗い、居間に戻ってくると、ディオンが静かに泣いていました。


「ディオン?」


 何故そんなにも静かに涙を零しているのだろう。今日はさすがに泣いていいのは私だと思うのに。


 それでも、普段は強面、裏の顔は愛が駄々漏れの困ったこの夫がはらはらと涙を落とす姿は初めてで、どうにも放ってはおけず、つい、その涙に手を伸ばした。


「……俺をおいて行かないでくれ」


 涙を拭おうとした手に縋る様にしながら言われた台詞に、頭の中で疑問符が飛び交ってしまう私はおかしくないと思う。


「なぜ私が貴方を置いていくの?」

「だって……赤子を産むのは命懸けだと言うじゃないか……俺は、お前を失いたくないのに……」


 ……まあ。いつの間にやら私の死が確定していたようです。本当にもう、何と言ったらよいのか。


「それで怒っていたのね」

「……怖かったんだ」

「さすがに傷付いたわよ?」

「…悪かった」

「でも、私以上に私のことを大切に考えてくれてありがとう」


 私はただ漠然と子供が欲しいとしか考えてなかった。出産のリスクとか、知識はあったけど自分がそうなるかもとは思いもしなかったわ。


「そうよね、出産は命懸けって言うものね」

「……すまん、代わってやれなくて」


 赤ちゃんもこんなゴツい強面さんがママでは可哀想かも。


「あら? でも、避妊してないわよ?」

「…………」

「ディオン?」


 何故顔を背けるの。さては。


「悪い、今まで避妊薬を飲んでいた!」


 やっぱりっ‼


「こら、それはルール違反でしょう?」


 子供に関しては二人で考えるべきことなのに、勝手に避妊するのは駄目だと思う。


「だって! ラシェルに俺達の子供が欲しいって言われたら叶えてあげたくなるじゃないかっ‼ 君は子供が好きだし! 俺だっていつかはって思ったりするけど、でもラシェルを失いたくない! まだそんな覚悟が出来てないんだっ! だから猶予が欲しくて…っ、……本当に悪かった」


 まあ、まだ新婚だし子供がいなくても全然おかしくはない。ただ、一言相談して欲しかった。でも、この人は私のお願いを無下に出来ないから。

 うーん、これはお咎め無しかな。


「いつも私の気持ちを大切にしてくれて嬉しい。でも、だからってディオンが我慢するのは嫌よ。意見が合わなくたっていいじゃない。そうしたら、どうやったら二人が納得出来るのかとことん話をしましょう?」

「……ラシェルはやっぱり女神……」

「あら、貴方の最愛の妻よ? ね、私の大切な旦那様」

「ラシェル、愛してるっ!!!」


 がばっ! と抱きつかれ、暑苦しいことこの上ないけど仕方がない。仲直りは早い方がいいものね。


「ふふ、ディオン好きよ」


 ビタッ!!! とディオンの動きが止まった。


「ディオン?」


 え、何でそんな驚愕してるの。瞳孔開いてない? と思ったらまた大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……初めてラシェルが好きだと言ってくれた」


 ん? そうだったかしら?

 ああ、外ではそんな雰囲気にならないし、家ではいつもディオンが愛を垂れ流すから、私から言うことは無かった……かも?


「恋愛結婚じゃないし、俺はこんな顔で口も悪い。だから仕方がないと思って」

「ディオンはカッコイイと思うわ」


 強面だけど。そして口が悪いというより、外での塩対応と家での溺愛の温度差で風邪を引きそうなくらいかな。


「え⁉ あ、いや、気を使ってくれなくても」

「使ってないわよ? ディオンのお顔は案外好きだもの」


 一見硬派なのに私への愛が止まらない所も面白いし。


「でも、出来れば外でももう少し優しくしてくれるとうれしいのだけど?」


 外での塩対応に慣れたとはいえ、それが心地よいわけではもちろん無い。誰だって優しくしてもらえる方が嬉しいものです。


「……俺がデレデレしていたら気持ちが悪いだろう」


 まあっ! 自覚があったとは驚きです。


「家ではいつも見てるわよ?」

「夫婦だからな。妻にはありのままの自分を見せてもいいだろう?」

「なるほど」


 正しいような、……うん、正しいか。


「分かった。じゃあ、これからも私にだけは本当の気持ちを見せてね」

「心得た」


 強面夫の溺愛顔を見ることは、妻だけの特権のようです。





【後日談】


「ラシェル、懺悔してもいいだろか」


この男はまた何を言い出すのか。

まさか、避妊薬以外にも秘密ごとがあったのかしら。


「なぁに?」

「本当は嫉妬した」

「? 誰によ」

「お前の赤ん坊に」


???

存在すらしていないのですけど。


「だってよく考えてみろ。十月十日(とつきとおか)という長い時間をラシェルと一心同体で生きられるんだぞ⁉」

「……はあ?」


そりゃあ、母親のお腹の中にいるから一心同体ね? でも、それが何?

変態寄りの思考は時々意味不明。


「生まれてからもいつも抱っこしてもらって、下の世話や入浴の介助まで24時間つきっきり! 挙げ句の果てには俺の大切なラシェルの美乳まで奪いやがる‼

お前の体に触れていいのは俺だけなのにっ!」


わお。本当に嫉妬しているらしい。ちなみに私の胸は私の物です。


「……せめて女の子なら……だが、俺にそっくりな男の子だったら? 絶対にマザコンになって俺との取り合いになる! そしたらラシェルは子供の味方だろう⁉」


まあ、何とも想像力が豊かですこと。何年先まで妄想を繰り広げているのかしら。


「じゃあ、女の子ならお父さんが大好きな子になって私がヤキモチを焼くのかも」

「……ラシェルが嫉妬?」

「どうかしら。そういうことを考えるのも楽しいわね」


たぶん、というか絶対に私は嫉妬しないと思うけど。


「う゛っ! ……だが、まだ駄目だ。このままでは息子に嫉妬する駄目な父親になってしまう!」

「赤ちゃんが出来たらお腹に話し掛けてあげるといいのですって。

『元気に生まれてね』『早く会いたいよ』

そうやって毎日お話してたら、きっと生まれた時に嬉しくて堪らないと思うわ。

ね? 未来のパパ」

「……パパ……くっ、いい響きだ」

「貴方は優しいパパになると思うわ。楽しみね」


いや、だがしかし、とぶちぶち言ってるけど、これは後もうひと押しかな?

まあ、ディオンの覚悟が決まるのをのんびりと待ちましょう。




end.





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