VSシルフ
肉体から魂が離れた時、通常残された肉体はどうなるのか。それは鉱物界のそれと同じになる。では、何故肉体はまだ維持しているのか。それは魔法による呪いという現象の一部に過ぎない。残りは魂がまだ消えたわけではないということ。この時、意識はどこに宿るかというと、それは魂にある。だから、魂と肉体を繋ぐ為の装置が首輪、または魔法になる。ただし、魂が滅びればその意識が消え、肉体は鉱物界のそれになる。霊的な力、もしくは魔力は魂の持つエネルギーに依存し、ジョブは経験に依存する。
ここまでは誰でも周知の事実。そして、解放という名の開示によって得たジョブの数と汚れのない魂(魂の光の強さ)は強さを示す分かりやすい基準となる。だから、弱き者は必然と強き者に逆らわないし、強き者に弱き者が従うのは当然のこと。
だというのに、何故弱者が強者に楯突くんだ?
命令したことを実行していないから様子を見にあの宿へ忙しい中足を運んで来てみれば、なんなんだいったい!?
いたのはあの人間の奴隷だけだった。相変わらず見窄らしい姿にとても臭い奴隷。どうして人間はこうも臭いのか。だが、それはいつものことだ。そんなことより何故主人と一緒にいない?
「お前の主人はどうした?」
「はい、今はトイレにいます」
「トイレ?」
そう、この後だった。私は後ろから槍を貫かれたのだ。
「なっ!?」
私は頭だけ振り返ると、人間の奴隷が離れた場所から私の体まで伸びる槍を持っていたのだ。
「魔法!?」
不自然に長い槍、そんな物はこの部屋にはなかった。
「主人はトイレにはいないんだな」
不覚だった。確かに俺は油断していた。弱者が強者に本当に歯向かってきたのは今回が初めてのことだからだ。だが、もう油断はしない。もう、このチャンスは訪れない。むしろ、今は怒りが頂点にきて、ムカついている。
シルフは自分の前腕にある鎌で槍を切断すると、私は残りの槍が刺さったまま体を向き直した。
「なんの真似だ? いや、答えなくていい。それよりお前の主人はどこへいった? 死んでないのは私が所有する魂が消滅していないから分かる。お前はあのバカアルカの奴隷だからそいつに命令されたんだろう。魔法を教えたのも主人か? 不意打ちなら俺を殺せると思ったのか?」
自分の貫かれた槍を見た。それは既に変色し灰となって消えた。体は元通りだ。
「毒は使わなかったんだな。まぁ、使ったところでどうせ無駄だ。生きてきた時間も格も俺とお前とでは違う。しかもあろうことかお前のジョブはファーベルか」
俺は笑った。あまりにも弱すぎて。だが、直後女はしゃがみ込み、体がベッドで隠れる。なにをしている? そう思った直後、自動小銃を持って現れた。
既に武器を複数あらかじめ生み出してあったか!
銃声と共に弾丸が連続して発射し続ける。容赦のない攻撃は自分やその周りの壁や床まで穴を開けていく。銃を使い慣れていないせいで反動を考えていない。とはいえ、素人の弾はむしろ危険で先が読めない。
「クソッ」
体に数発命中し、血を流す。
こんなにやられたのは初めてか?
「ルアフ・ヘカトンケイル!!」
風の拳、百連。それは凄まじく、容赦のない連打攻撃。大抵の敵は避けきれずノックアウト。あの奴隷なら一発食らわせるだけで死ぬだろう。だが、それでは下等な人間にここまでやられた屈辱にはかえられない。
「死ね!死ね!死ねぇぇ!!!」
怒りは殺意へ、殺意は破壊へ。
百連叩き込んだ時には部屋はおろか建物の一階部分を半壊させ、外が丸見えになった。ベッドも机も壁もない。あるのは地面に散乱するゴミ。
怒りがおさまった頃、息を整え深呼吸する。騒ぎを駆けつけたアルカ達がなんだなんだとやってくる間抜けな声が近づいてくるのが分かる。今、ここでアルカと戦闘になるのは流石にまずい。俺は冷静を取り戻し、厄介になる前に風に乗ってその場から逃走した。
シルフの速さは突風にしか見えない。誰もシルフを認識しないだろう。
だが、いつからだあの女が俺を裏切ろうと思ったのは…… 。
直ぐに思いついたのは未来書、いわゆるアカシックレコードと呼ばれるそれをあの女が見てからだ。
「まさか」
俺に報告したのは嘘の情報? いや、奴の魂はどうする? 俺がまだ持っているんだぞ。奴は死ぬ。結局俺の暗殺を失敗し、奴は無駄死にするだけだ。まさか最後の賭けにあの奴隷に命を託したのか? あんな人間のガキに? なにかあるんじゃないのか……それとも手を焦らせたか? そんなバカな女だったら楽なんだがどうもそれは違う気がする。楽観的か、事実か……クソッ、またイライラする。たかが奴隷が俺に歯向かうなんてナメられたようなもんじゃないか。だが、それも終わりにしてやる。
シルフは街を出て出来るだけ遠くへ離れた。あの廃墟の近くすすきの場所でシルフは止まると、彼が持っている指輪を抜いてそれを掌に乗せた。
「どんな策であれお前の負けだ」
指輪から魂出現させようとした。
「ん?」
その指輪を見てなにか違和感があった。それは直ぐに嫌な予感がしてシルフは魔法で魂を出現させようとした。だが、指輪は全く反応を示さなかった。指輪の宝石をもう一度太陽の光を当ててよく見る。宝石本来の輝きとはやはり違う。
「偽物か!」
シルフは指輪を投げ捨てた。
「だが、いつから……」
あの宿屋での一戦であるのは間違いない。その前までは確かに指輪の宝石は変わらずだった筈。だが、あの奴隷のジョブはファーベルであって偽物を作り出すことは出来ても、私の指輪とすり替えるのはあの人間には出来ない筈だ。
「いや……いやいやそうかそうかそういうことか!!! いたんだな本当に。お前は奴隷の言う通りトイレにずっといた。だから、そこからチャンスを伺っていた!」
なら、俺があの時、あの奴隷に百連放っている時だ。あの時、俺の意識はあのバカアルカのことを一瞬忘れていた。
「俺としたことが……」
こうも何度も一日にミスが続くなんて。本当にイライラする日だ!!
「こうしてはいられない」
我に返り、シルフはまた見えない速度であの宿屋へ戻る。
クソックソックソックソッ!!
ただでは殺さん。拷問し、その鱗肌を全て剥いでから殺してやる。人間の皮膚を剥ぐより手こずるだろう。アルカの皮膚は硬いというからな。さぞ、激痛が伴うだろう。
宿屋からすすきの辺りまで往復してもおそらく一分もかかっていない。まだ、兵士が来る前にバカアルカが逃げきる前に始末してやる。
宿屋に到着すると、カウンターでビクビク怯えた店主がいた。
そういえばこいつもいたな。
「おい、あの部屋に入った女はどこへ行った?」
「……いや、出てない筈だ」
「なに? あの部屋に入ったのは事実なのか?」
店主は何度も大きく頷いた。
「本当だな?」
「ああ! 本当だとも」
「そうか」
シルフはそう言うと、店主の魂を宿した指輪を外し、それを力一杯握りしめた。店主は全身に激痛が走りその場に倒れ手足をばたつかせるも、直ぐにおさまった。手から壊れた指輪を床に捨てて払うと、シルフはドアを開けた。トイレのドアは閉まったままだ。奥からは気配がない。シルフはトイレのドアノブに手をかけ、手を止める。躊躇したのはこれも含め罠ではないかと考えたからだ。女は当然私が戻ってくるのを予想していた筈だ。
そうか、ならドアは閉めたまま殺すとしよう。死ぬ直前の顔が見れないのは残念だが。
シルフは真横に真っ二つにするように腕の鎌で風の斬撃を飛ばした。
ドアに横線を残すと直後、ドアの向こうから爆発が起こった。
「は?」
意識したのは炎が全身を包み、オレンジ色から赤い色が視界を覆った後だった。風で炎を吹き飛ばそうにも、狭い空間ではむしろ炎が逆に勢いをつけてしまう。爆発の勢いが後方へ体を追いやり、壁にぶつかると、壁に亀裂が走り、炎がそこへ吸い込まれるように真っ赤になった線が壁を焼き、シルフは風で自分をそのまま壁の外へと壁に風の刃で細切りにし、自身は外へ脱出を果たす。炎に包まれながら地面に転がり、土や砂や草で火を弱め、魔法で炎を飛ばす。火の粉が周囲に飛び、そこから火が広がり煙が上がる。
爆発はまだ続き、宿の二階部分が崩れさっきまでいた一階部分が押し潰されて消えた。
爆発の量から相当の数が使用された筈だ。つまり、あの女はあの宿屋にはいなかった。あの店主、俺に嘘をついたのか! いや、そんな気配はなかった。
そこにぞろぞろと警官や兵士が武器を持って現れた。
「そこのシルフ! そこでなにをしてるんだ」
シルフは腹が立った。正体が見られたこと、情報を持った奴隷が裏切ったこと、ミスの連続、とにかくいろんなことが重なり怒りは今や頂点にのぼった。
「ルアフ・チップソー」
掌で生み出された風のチップソーがシルフから離れ、周囲の兵士や警官を真っ二つに裂きながら風のように飛び回った。
シルフと同じ高速移動に目で追って回避出来るものならやってみるがいい。
だが、それは全くいなかった。全員が上半身と下半身がわかれ地面に落ちると、シルフは空を飛んだ。これも風を操る魔法の一つだ。
「どこへいった」
上空から辺りを見渡す。逃げるなら街の出口の方か。
その時、全身がまたピリッと痛みだした。そうだった、傷を負ったんだった。
「ロフェ」
すると、全身がキラキラと光の輝きが覆い身体の傷を直ちに治療し治していく。
全ての火傷と傷が塞がり消えると再びシルフはアルカを探し回った。
どこへ消えた?
建物か地下へ隠れたか?
どこであれこれは非常にまずい状況だ。この状況を挽回する方法をなんとしても思いつかなければならない。
考えるんだ、なんとしてでも。
その時、頭の中で閃いたのはリセット。全てはあの街でミスが増え、奴隷にも裏切られるようになった。全てあの街も憎い。なら、それもなかったことにしてしまえばいい。
それこそ大洪水を起こして全てを洗い流そう。俺の失敗もそこで。




