奴隷の生 3
砂時計の砂が三分の二落ち終えると、ロボットは私達に「立て」と短く命令した。全員が素早くスッと立ち上がると直立不動で次の命令を待った。
それから砂が落ち終わるその時までその姿勢で居続けた。立ち続けることは苦痛ではない。動いてはいけない、喋ってはいけないことはいつものこと。問題は主人や調教師(一般的に先生と呼ばれる)とロボットが私達を見て回り、たまに何もしていないのに腹にパンチを入れられたり、頭を叩かれたり、足を蹴られたり、とにかく理不尽な目に合う。これも私達の罪に対する罰だというのが教えだ。人間は簡単に悪へと傾く生物。世界を乱し法を破った人類には生かすチャンスは与えても、権利と自由は与えずこうして罰することで痛みと恐怖を覚えさせ、法(人間は奴隷である)に従わせる。それが人間に必要な教えであり、人間はそれにありがたく受け入れなければならない。
私は足を蹴られ、頭を強く叩かれた。足も頭もじんじんするし、あのロボットは加減をしない。蹴られた足は直ぐに痣になったし、頭から少しの出血があった。他の男達はもっと悲惨だった。顔をぶたれ歯が一本抜け鼻血を出したり、背中に平手打ちをし真っ赤に腫れ上がったり、それでも私達は命令のまま直ぐに直立に戻る。痛くても、足が震えようと立ち続けなければならなかった。でないと私達の命は簡単に処理されてしまう。
そして、ようやく砂が落ち終わる頃には、皆ぼろぼろな状態になっていた。一人は今の罰で片目確実に失明した者や口が血だらけのもの、ある人は腕が酷い腫れで骨折している様子だった。私はそれに比べたら運が良かった。
「前へ進め」
私達は言われた通り前進を始めた。焼印が背中に押される前の施設で散々やらされた集団行動は体に染みついており、私達は同じリズムの動作で歩き始めた。
この先何があるんだろう……ただただ不安でしかなかった。
私達は通路を出て暫く歩くと、広い会場へと出た。歓声が観客席から沸き上がり、私達は中央のステージに立たされた。
鉄?
それは鉄板のような変わった黒い床だった。
すると、スピーカーから音楽が流れ始めた。
「お待たせしました皆さん。ここに集められた13人の罪人はご存じの通り生きることが既に罰であり人間にとって試練でもあります。彼らはその試練を全うしなければならない。ですが、この世の中には試練以外にも『誘惑』がつきもの。さて、奴隷達。上を見なさい」
言われた通り一斉に顔を上げた。すると、剣や銃、槍、ハンマーなど物騒な武器が天上からチェーンで吊るされてあった。
「もし、武器を全員が取らなければドロー、引き分けです。誰も怪我をすることなく無事に終われます。ですが、誰か一人でも武器を取れば試合は開始され一人が生き延びるまで試合は続きます。それと、試合が開始された場合早く決着をつけさせる為に今いるステージが徐々に熱くなります。人間バーベキューになりたくなければ早く決着させることです」
私は自分の足元を見た。さっき見た男の火傷はこれじゃないのか? つまり、早くしないと足から焼けるということじゃないか。それに、男が火傷していたということは、既にこれが最低でも一度は行われていたことになり、更に目の前にいた男はその殺し合いから生き延びたということだ。最悪だ……誰も手に取らなければ引き分け、でも、一番いい武器を取れるかは早いもの勝ち。まさに誘惑だ。己とこの場にいる寄せ集めを信じきれるか……そんなの無理に決まってる! もう既に人殺しが目の前にいるんだぞ。もし、この男が前回一番最初に武器を取った男だったとしたら、もう一度がある筈だ。
「それでは皆さんにはそのまま定位置についてもらいます。天上に吊るされたチェーンは時間と共にゆっくりと降りていきます。皆さんには三分間の猶予を与えます。それで重大な決断をして下さい。私から言えることは、隣人を殺すな、隣人の目の前にある武器を欲するな、このアドバイスが役立つといいですが」
観客席から笑い声が湧いた。
待て待て私は確かあの女と一緒に情報を集めるんじゃなかったのか? 何でいきなり殺し合いゲームが始まるんだ!?
私は心臓をバクバクさせ、激しい頭痛に耐えながら一番強そうな武器を探した。
おいおい皆も武器をキョロキョロ見回してるぞ! これは三分どころか十秒ももたないんじゃないのか。
私は無意識に爪先立ちになったり足踏みしたりして足の裏を気にし始めた。まだ床は熱くはないけど、そんな私の足の裏は既に汗で濡れていた。
真っ先に思うのは銃だ。多分、皆が狙うとしたらそれだろう。だが、それは私の位置からでは遠い。男達を振り払って取るなんて出来るわけがない。ただし、その銃が弾丸が装填されてあればの話だ。弾倉は入っているようだが、それが空でしたは話しにならない。でも、運営が罠を仕掛け客を盛り上げようとするなら空の銃を渡して銃を真っ先に取った人が一番無防備になり殺されるというシチュエーションを描いていてもおかしくはない。なら、槍か? いや、槍なんて複数人を相手に床が焼けるように熱くなるのにまともに使えるのか? いやないだろう。剣も、私の力ではそもそも男の大人に敵う筈もない。それよりも強い武器より自分が扱える武器を選んだ方がいい。それを意識し探すとまず目に止まったのがクロスボウだった。だが、それは銃の次くらいに他の皆に目がつけられていた。それくらい視線でなんとなく分かる。駄目だ、欲しい武器が取れる自信がない。死ぬのか? こんなところで。
すると観客席からは「あれはもう駄目だな。今回も失敗のようだ」とどっからか聞こえてきた。
思えばだが、私にこんなゲームをやらせるなら屈強そうな男を使えばいい。なんで私なんだ? そもそもなんでこのゲームについて教えてくれなかったんだ? 見捨てられたのか? 冗談じゃない! 生きてやる。生き延びてやる。
「それではスタート!」
その声を合図に武器を吊るしたチェーンが降り始める。
早速一人の男がジャンプを始め銃を取ろうと手を伸ばした。だが、まだ武器はそれより高い位置にあり、指先がそれを触れることは叶わなかった。その男の行動をきっかけに本格的に武器を取りにジャンプしたり、それを阻止しようとタックルを始めたり、乱闘が起こり、観客席からは笑い声が起こった。
「あらあらやはり人間は罪深い生き物だ。私のアドバイスが十秒もしないうちに無意味となった。それでは皆さんご覧ください。彼らの哀れで恥知らずの狂気のダンスを」
始まった!
床の下からチチチチと音がすると、徐々に熱くなり始め、皆は飛び跳ねながら武器を取ろうと手を伸ばし続ける。そのチェーンは今も降り続け、遂に一人の男が銃を取り、着地すると急いで引き金を引いた。だが、弾丸は発射されることはなかった。男はえ!? という顔をして再び引き金を引き続けた。その隙に横から襲いかかったもう一人が男から銃を奪い取ると、急いで銃口を向けた。奪われた男は両手を上げようとはしなかった。むしろ笑っていた。
「見ただろ? その銃に弾は入っちゃいない」
「いや、そうじゃない」
男は安全装置を解除した。
「これで撃てる」
男はそう言って引き金を引いた。銃声が響き、最初の一人が死んだ。私は唖然としていた。
死んだのは引き金を引いた男だった。
「なーんと! これは暴発だー!! しかし、これで一人脱落。残すはあと12人。さぁ、どうする? もたもたしていると全員決着がつくまえに人間バーベキューになってしまうぞ!」
床は既に熱くなっていた。冗談ではなく本当になにもしなくても死んでしまう。
すると、別の男がクロスボウを取った。
「やったぁ」
男は喜び、早速奪い取ろうと襲いかかってきた男に向かって矢を放った。
矢は目の前の男の腹を貫いて、男は熱々の床に真正面から倒れた。
ジューと焼ける嫌な音がする。
私はそれを見て嫌だけどあることを思いつく。
「残り11人! だが、矢はさっきので終わりだ。さぁどうする?」
せっかく手に入れたクロスボウがもう武器として使えなくなって慌て始めた男はとりあえずクロスボウを振り回した。そこに、長い槍がその男の背中を貫いた。
男は口を開けたままうつ伏せに倒れた。
「残り10人! おっと? 唯一参加者で女の奴隷は何をしているのか……死んだ奴隷の服を破りそれを自分の足に巻き始めた! なる程、確かに多少はマシになるのか? いやいや、床は更に熱くなるぞ」
それはなんとなく思ってた。他の男達は各々武器を取り、殺し合いが始まった。武器もない私には目もくれていない。それもそうだ、負かした相手の武器を奪えるのだから。いわゆる戦利品。残っている武器も私には扱えないものばかりで強くはならない。
「一分が経過。そしてなんとあっという間に半分へ。残り6人!」
私は残りの5人を見た。一人は槍、一人はナイフ、一人は剣、一人は鞭とハンマー、そして私同様なにも武器を持たないあの男がいた。私の目の前にいたあの男だ。皆汗を垂らし、床の熱さに足をバタバタさせていた。
すると、一人の剣使いがナイフに向かって襲いかかった。確かに、リーチの長さ的にもナイフより剣の方が武器として勝るのか。
剣先がナイフを持っている手を切り、ナイフを落とすと男は出血している箇所をもう片方の手でおさえながら後ろへと下がる。
「待ってくれ……降参だ。なんでも言うこときくから」
「さっき殺そうとしただろ。見逃すかよ」
そう言って剣使いは持ち上げた剣を大きく振り下ろした。
悲鳴があがり、ナイフ使いの男が倒れた。そこに鞭使いの男ががら空きの背中に向かって鞭を放った。たった一撃だが、背中の皮膚と肉を裂き、焼印の上から出血がだらだらと垂れた。
「てめぇ、痛えじゃねぇか」
剣使いが大声をあげながら振り返ると、2撃目の鞭が放たれ、服が裂け、血が飛び散った。剣使いはよろめき激痛のあまり悲鳴をあげるが、直ぐに走り出し鞭使いに突っ込んでいった。鞭使いはもう片方のハンマーで剣と応戦しようとしたが、ハンマーを持っていた利き手ではない腕を剣で切られ、鞭使いが怯んだ瞬間、剣使いは鞭使いの体を縦に斬っていた。
「鞭とハンマーは余分だったな」
一方、槍使いは私に目をやると、槍を構え走ってきた。私は走り逃げ始める。足は熱いし痛いし、頭がおかしくなりそうだ。
「逃げるな! 決着が遅くなれば俺達は全滅だ! だから逃げるなぁ!」
槍使いは走り追いかけながら叫んだ。その男の後頭部に何かが振ってきて、それが当たると鈍い音がして、槍使いはその場に倒れ込んだ。
当たったのはハンマーだった。それを投げたのは剣使いだった。
お礼を言うべきだろうか。その時「落ちてる武器好きなの選んで拾え」と言った。
「え?」
「お前もだ」
私と同じく何も持っていない男にも剣使いは言った。
どうやら戦う以外にここから生き延びる方法はないらしい。
剣使いの目は本気だった。




