奴隷の生 2
橋を渡り終えると、一本道はその先にある鬱蒼とした森の中へとそれは続いていた。私は振り返り私達がさっきまでいた施設のある島を見る。もう、あれ程大きかった施設は遠くて小さく見える。まるで、あの島全体が牢獄で私達を監視する場所に見えた。向きを戻しあの森に目を向けると、木製の看板があり、赤い字で「危険! 地雷あり」と書かれてある。あの森を通過してあの島へ向かうにはどうやらこの道以外ないようだ。徹底された監視の場所から私達は外に出て、これから大衆の前に晒される。そこにあるのは決して自由ではない。空はそこにあるが翼のない鳥がただ空を眺めるように、私達は縛られていてそこから逃げることは叶わない。
森は暗く、沈黙している。生き物らしい鳴き声がしてこない。虫の音も、風で葉が揺れる音すらない。重苦しい空気のようなものがあの森から視覚を通じて私の神経から脳へ危険信号を送る。
あの森は嫌だ。とても嫌。
だが、牛は鞭を打たれながら前に進む。アルカの男はなにも感じないのか、変化はない。
森の木は太くも細くもなく、上の方は大きな葉が広がり自然の屋根をつくり空からの光を遮っていた。
私にとって今、皮肉にもこの檻の中にいて良かったと思う。この檻が私を守ってくれる。
他の皆は森に入った辺りから周りをキョロキョロして森の茂みや森の奥ばかりを見ている。
するとアルカの男は振り返り私達を見るなり笑いだした。
「ビビり過ぎだろ。どんなに身構えたってお前達の未来は変わらない。諦めるんだな」
アルカの男は私達のことを言った。私達がそれ以上にこの森を恐れていることに気づいていない。アルカは自分が脅しをかけ、私達がまだそれにビクビクしていると思っているのだ。だが、私達は知っている。奴隷はろくな死に方も出来ないことくらいは。
すると男は何かを思いついたのか突然手綱を引っ張って牛を突然止め始めた。
「そうだ! どうせお前達はこれから市場にかけられ他の奴らに売り渡されるんだ。こっちは労働してお前達を届けているっていうのに全く手を出さないで楽しまないのは勿体ないよなぁ?」
私達に聞かれても……
「よし、それならお前達にどんな命令を出そうか……なんせ今俺はこれを預かってるんだ」
麻の小袋から指輪が現れた。
それは私達の魂。
「それじゃ命令だ。今着ているもん脱いで、それからその場で踊れ」
男は掌の上に皆の部が揃った指輪を見せながらそう言った。
命令には逆らえられない。
私達が一斉に立ち上がった時、私達の視線の遠く先から突然赤い光が二つ現れた。
え? と私が驚いていると、刹那、アルカの男の首から上が消えた。
男は倒れ、牛は鳴き声をあげた。
全く見えなかった。男の掌から指輪が転がり落ち、内二つが檻の中に入った。一番近くにいた少年は急いでその二つを拾う。それを見た少女が「ちょっと!」と怒鳴る。
「それをどうするつもり?」
「待て待て待て、今言い争ってる場合か? とりあえずこの二つは無事に済んだ」
「私達奴隷が指輪を持ってたら盗んだみたいになるじゃない! これを見られたら私達みたいな奴隷がなんて言おうと拷問されたあと殺されるわ!」
「それじゃどうすればいい?」
「それは……檻の外にとりあえず置いてそのままにするのよ」
「魂だぞ! 壊れたら死ぬんだぞ! さっきの見ただろ? 一瞬だった。しかも、アルカが死んだんだぞ。絶対俺達は無事じゃ済まされない。分かるだろ? 同胞が死んだんだ。腹いせに俺達は腹の中を抉り出されて殺されるんだ」
それから暫く静かになった。
そう、これはどう考えても、どう転がっても最悪なパターン。
「そもそも、その魂は誰のなの?」
指輪の宝石を見る。それを見て私は「あ……」と呟いた。
「お前のか?」
「うん……」
それは金色で赤い宝石のついた指輪だった。もう一つはシルバーで緑色の宝石だ。
「緑のは私の」
そう言ったのは三人目の少女だった。
「はい」
少年は私達に魂を返した。
まさか、こんなかたちで戻ってくるなんて。
「とにかくこれからどうする?」
「どうするってなによ?」
「このままじゃ俺達は全滅だ。その前に逃げるしかないと思うんだが」
「逃げてどうするの? 人間であることは隠せないのよ? 一瞬で奴隷が逃亡してるってバレるわ」
「それじゃ大人しく殺されるのか?」
「そうじゃなくてアテがあるのかってことよ」
「今起きた事だぞ? あるわけないだろ。それでも俺達は決断して行動しなきゃならない。生きる為にも」
「ちょっと待って皆! 見て」
緑の宝石を自分の指にはめた少女がその手の人差し指を前方へ向けた。
牛の首が消えてなくなっていた。
「どうやって逃げる?」
別の少年がそう訊いた。
「檻の中にいたらとりあえず助かるだろ……多分だけどな。見えない何かがいなくなってから脱出を考えればいい」
「それ賛成。そうしよう」
三人目の少年がそう言った。その直後、その少年の首が消えた。
皆唖然とした。だって檻が、そう思った後、檻は音もなく切断されていた。
皆は悲鳴をあげた。檻の中は安全ではなかった。
だが、よく考えたらあの太い牛の首を気づかれない一瞬で持っていったんだ。それだけの力が檻を破ってもおかしくはなかった。
少年と少女は悲鳴をあげながら壊れた檻から飛び降り走って逃げ始めた。
「待って!」
私は呼び止めようとしたが、皆の耳には全く入ってこなかった。
おかしい……葉も木も切れていないのに、なんで首だけ的確に持っていったんだ? 牛の首の切断面を見れば綺麗に裂かれており、どんなに鋭利な刃でもああはならない。だが、速度が異常だ。速度があれを可能にしてるならどうやって森の木を避けている? 何故茂みは静かなのか?
私はハッとして檻から飛び降り直ぐに寝そべるように茂みの中に隠れた。
何かが何であれ、それはこの森を一切傷つけていない。それに何か意味があるなら、こうするしかない!
これでいいのか自信はなかった。違うかもしれない。だが、首を隠すならこうするしかない。
遠くで誰かが倒れる音がした。悲鳴はない。あげるまえに首がなくなっているからあげる暇もない。死の痛みは一瞬で、感じる暇もないのではないのか。もし、そんな死に方があるなら捕まって拷問されて殺されるより遥かにマシなんじゃないのか。
冷静になって考えてみると、ここから生き延びてどうするんだ私…… 。
死んだ方がマシなのに、本能的に反射的に行動してしまったが、あのまま死んだ方が良かったのか? そう思う未来がきっとくる気がする。生き延びて何が出来るのか、何も出来ないのではないのか。
本当になんで私はまだ生きてるんだろう……
だが、今更立ち上がって死ぬ勇気はない。とにかく道からあまり離れすぎずに匍匐前進する。出来るだけ速く、この場から離れないと。
その時、焼印のある背中を誰かが踏みつけた。私はそれで身動きが取れなくなった。踏まれた感じそれは靴底…… 私は恐怖で振り返って確認出来なかった。
殺すなら早く殺して。
私は強く目を瞑った。
「どこへ行く、奴隷の分際が」
それは男の低い声だった。直後、私の後頭部に強い衝撃が走り、私は意識を失った。
「起きろ」
直後、激痛が全身に走った。私は強制的に目覚めさせられ飛び起きた。
男はエネルギーを込めるのをやめ、白く輝く魂は金色の指輪の中へと戻っていった。
それは間違いなく私の魂だった。
私はその指輪をはめている男を見た。それは長い垂れ耳に額には第三の目、黒い皮膚に短い白髪、前腕には鋭い鎌が生えている。服はフードつきのノースリーブに、長ズボン、ブーツを履いている。そのどれもが黒色だった。
男は細長い指を見せ、そこに指輪がしてあった。
私は慌てて土下座し今の支配者に頭を下げた。
「シルフを見るのは初めてか人間」
シルフ、それはアルカや人と同様この世界の種を指す。勿論アルカ以外の種を見るのは初めてだ。でも、なんでシルフがここにいる!?
「はい、初めてでございます」
「魂と誇りを捨て生にすがりつく愚かな人間よ、これからは我がお前の主人だ」
「畏まりました御主人様」
私は頭を下げながら今いる場所を考えた。どこか洞窟のような場所。風は男の方から微かに吹いている。外への出口はそう遠くない筈だ。
それよりこれからどうするのか? 私の魂はあの男が持っている。このままあの男に従うのか。
「おい、奴隷」
「はい」
「そういえば何故お前だけ他の奴らと同じように逃げなかった」
「対象を目視確認出来なかった為、身をまずは潜めることが先決かと判断致しました」
「あの状況で随分と冷静なんだな。まぁ、いい。奴隷、これからお前にはアルカの情報を盗みだすスパイになってもらう」
「スパイ、ですか?」
「勿論、お前一人ではない」
すると、私の後ろの方から足音が聞こえてきた。それは徐々に近づき、私の横に立った。私は頭を上げ、隣に立つ顔を見た。それはアルカの女だった。赤い鱗肌に黄色の瞳、長い尻尾はアルカ種女性の特徴だ。一般的な大人のアルカより小柄で背が低いことからこのアルカは子供だ。
「このアルカの奴隷としてお前は都市に向かってもらう」
そう言うとシルフは指輪を指から抜きそのアルカの女に渡した。
「言っとくが逃げたらどうなるか分かっているな? お前の魂も無事では済まないぞ」
どうやらこのアルカは魂を抜き取られこのシルフに操られているようだ。なる程、少しだけ見えてきた。どの種族も本当のところは仲が悪い。敵を欺いたり出し抜いたりするにも情報が必要になる。このシルフは諜報員か何かなのだろうか。そして、自分の代わりに動く手駒がその女で、私はそれに巻き込まれている…… 。
あの森のそばにこのシルフがいたということはあの島にある政府の施設狙いか?
「奴隷、このアルカの命令に暫く従って動け」
「畏まりました」
私は頭を下げた。
私はアルカの女(まだ名前が分からない)のあとに続き洞窟を出た。そこは森の中だが、その地点から森を抜けるまで距離はなく迷う程ではなかった。その森を抜けた先にあるのは海沿いに建つ集合住宅だった。白い外壁に二階建て、バルコニーがあるのが特殊だった。それは比較的新しいものだった。
海沿いと言っても浜があるわけではない。そこは崖だ。その下で波を打っている。
断崖絶壁から落ちれば登るのは厳しい。
潮風はある、海の香りも。それが臭いと感じるかもしれない。風も冷たく感じるだろう。見晴らしはいいが、生活するに適しているのだろうか。
街はその海沿いから少し離れた場所に高い石壁で囲まれた民家が見える。女のアルカはその街へ向かった。
どの民家も二階建て以上あり、バルコニーや窓からアルカの民が道を挟んで会話をしている。
この辺りの民家は古びていて、道も入り組んで迷路のようだ。遠くでは工事作業の音が鳴り響いており、その辺りでは白くて綺麗な建物が複数見えた。
街の再開発途中だろうか。
となると、この袋小路も直されるかもしれない。
その袋小路と工事の真ん中辺りには巨大な半球形の屋根の目を惹くオレンジ色をした建物が建っていた。
私達は段々とそこへ向かっていくかのように歩き進んだ。
女は街を知っているのだろうか、迷うことなく歩き続けている。私はそのあとを歩いた。周りは私を見た。人間、奴隷、見下される存在。私は出来るだけ視線を合わせないようにした。
怖い、恥ずかしい。
すると、女は急に立ち止まった。私も慌てて止まる。
目的地に着いたのかと思ったがそうではなかった。その先に見えたのはあのオレンジ色の建物に向かって伸びる長く巨大なスロープだった。アルカは再び歩き出し、そのスロープを登り始める。そのスロープからは登っていくうちに街を一望することができ、高い石壁の内には庭と、倉庫に果樹がどの民家にもあるのが見えた。
私は前方へと向き直す。
巨大なスロープを歩いているのはまちまちで、ほとんどが尻尾の短い男達ばかりだ。あの先にある建物にはいったい何があるというんだろうか。
その時、男のアルカが私達に近づいた。煙草のような臭いと香水の混じった嫌な臭いがそいつからした。私は目線を落としたままゆっくり男の手を見てハッとした。全ての指に指輪がしてあったのだ。奴隷商人か? それとも金持ちか? でも、後者のようには見えない。長ズボンの横には鞭が繋いであり、銃も携帯している。
そして男は品定めするかのように私を見回した。
私は恥ずかしくなり顔を背けた。
「この奴隷どこで手に入れたんだ?」
女のアルカは無視して歩き続けた。
「俺はサーカスをやってるんだ」
サーカス? サーカスとはなんだ?
「商売は繁盛しているが仕事が仕事なだけ五体満足の奴隷は常にストックがいくつあっても足りないもんさ」
「奴隷市場に行けばいい」
「いやいや若い娘は他の奴らにとられちまう。ツテがないと中々仕入れるのは難しい。俺達サーカスは移動するから古くからその土地いる連中を差し置いて取引きするわけにはいかないんだよ」
「諦めて」
そうキッパリ断られた男は舌打ちして「あそう。後悔しても知らねぇぞ」と捨て台詞を吐くと、足早にスロープを登っていった。それを見ていた女は「面倒なことになった」とこぼした。
私は大丈夫なのかと今の主人を心配しそうになった。
男の行った先は長いスロープの進んだ先、オレンジの建物の方だ。今あの男と関わりを避けるなら引き返せばいい。でも、女は歩くのをやめなかった。確実に私達はあの建物へ向かい、その謎の建物の正面が見えてきた。入り口は大きくその上にある半円の窓はステンドガラスになっており、色鮮やかにそれは日光を反射して入り口前の地面へ映していた。
中に入ると直ぐがエントランスホールのようで、床は冷たくツルツルしていた。この床の素材を私は知らない。エントランスには改札とワイヤーで支えられた吊り階段がある。階段は黒かった。全体的に床は白く壁は黒と統一されており外の印象とだいぶ違った。
皆は目の前にある改札とゲートの一体になったものを通過しその奥にある入り口に向かっている。その向こうからは沢山の歓声が響いている。
私は足を震わせ胸がざわついた。
怖い。逃げたい。
でも、それは出来ない。
改札とゲートの一体となった機械はセキュリティと料金の支払いは通るだけでなんとアルカは何もせずに完了する。これはあの施設での職員用ショップでも似たことがあった。棚にある物を取り、そのままショップに出る。あれを見た時最初私は職員への無料サービスの待遇かと思っていたが、システムのメンテナンスがある時にそのシステムの存在を初めて知った。
だが、あれはアルカの場合のみの話しだ。
女は立ち止まり突然私の左肩を横に押した。
「お前はそっち」
その向こうにはもう一つの入り口があり、銀色の人型警備ロボットが立っている。だが、顔は小さなカメラが中央についているだけで重要なパーツは無い。いや、ロボットには必要がないからついていないだけかもしれない。
「あの……御主人様」
「話しかけるな」
そう言われても事前に説明が欲しかった。でも、奴隷の扱いなんてそもそもこんなもの。
私は言われた通り入り口に向かう。ロボットは私を認識し私が近づくなりロボットは私の後ろに回り込み私の尻に蹴りを入れた。硬い爪先が骨に当たり激痛が走った。
「歩くな奴隷」
ロボットに命令された私は走り出した。
冷たい床が足の裏に伝わってくる。ペタペタと自分の足音が通路に響き、早い鼓動はより私を恐怖へとおとしいれる。
その先に明かりはなく、薄暗い部屋があってそこには私と同じ格好の人間……いや奴隷が数人いた。全員成人男性で髭を生やし、長い髪はべっとりしていて、体の方は痩せ細り、垢だらけの皮膚と異臭が漂っていた。奴隷達は全員床に直接正座して並んでおり、正方形の部屋の中心には台と、その上に檻の籠があり、中に蛇がその中を這い回っていた。すると、さっきのロボットが遅れてやって来て「そこへ並んで座れ」と命令した。私はロボット相手でも返事をし素早く正座し並んだ。その目の前に正座する男の頭や首元は暑くないのに汗を垂らし背中は何かに怯えている様子だった。その男の足の裏は汚れで真っ黒になっているのは私も同じことだが、それとは別に酷い火傷の痕が出来ていた。
ドン!
その音に男達はビクッとした。
見るとロボットが檻の箱の上に少し大きめの砂時計を置いたのだった。
あの砂が全て落ちた時、いったい何が起きるというのか。
周りの人間に聞きたいところだが、生憎奴隷は奴隷同士であっても私語は許されていなかった。




