死に惹かれる
「逃げるよ!」
エスティはそう叫ぶと走り出した。私も必死にエスティのあとを走った。
バイクの複数の音が分かれた。砂漠でも走るバイク、それが猛スピードで砂の丘を登り頂点から飛ぶと下の砂へ着地し再び走り出す。全員がローブを纏い、頭と口元にも布で覆っていた。
見つかった!
私達の前に現れたバイク、その後ろからももう一台のバイクが現れた。エンジン音が響き渡り、ゴーグルをつけているその者はショットガンを此方に向けた。
「動くな」
それは予想外にも女の声だった。
その頃、自分が追っていた奴隷少女が指名手配になり、更にそいつが死の品のコピーまでしたと情報を得たサーカス団の団長は、それまで不可能だとされた死の品のコピーについてある先生から話を聞こうと自身のテントへ呼び出していた。
その団長と呼ばれる男はサーカスを一時的に休みにし、本格的にあの少女を追おうとしており、他の団員はそれに対し不満を感じる者は言葉にしないものの存在はした。ただ、言葉にしない賢さを団長の前では心得ているので誰も言わない。
そんな団長は檻の中で怯える奴隷達を見て笑みをこぼしていた。
そもそもサディズムな客はいくらでもいるし、そう考えるサーカスの団長の男も自身がそうであることは認めている。檻の中で団長の姿を見るとビクビク震え土下座して大声で団長に挨拶するのは買われた奴隷達だ。その肉体はショーによって片目がない者、火傷の痕がある者様々だ。中には客の注文で童顔な女の顔に入れ墨を入れられた奴もいる。
だが、こういった商売に毛嫌う輩もいるのは確かだ。そういう奴らは健全ではないとか抜かす。勿論、相手にはしない。
今日、このテントにお客が来ていた。その男はスーツを着た解剖医だ。先生の話はどこか我々に対し含みのある発言を残すが、俺はそれでも先生を嫌うことはなかった。
先生は怯え土下座する奴隷達を見て面白くもない顔をした。団長はそこで意地悪なことを言った。
「世界の禁忌に手を出そうとした世界の破壊者が檻の中に閉じ込めれば猛獣を手懐けるより容易い。先生、何ででしょうね?」
「何故人間は容易く破壊的な志向を持つのか。それは人間が死に惹かれているからではないのか。幾人の奴隷を私なりに観察してみたが、どの奴隷も主からの肉体や魂による懲罰を恐れている。恐怖、それによる服従。多くの所有者はそれを見て優越感や性欲に混じり、残虐になる。私はそういった死体を見てきた。だが、彼らが死を恐れているかは別だ。奴隷にとっての死は終わりを告げる。苦痛と屈辱の日々の終わりだ。生きるという意味よりも死に惹かれる。ある奴隷は主の残虐な殺され方より他の死に方を選ぶ。命乞いではなくだ。まるで、生きることを諦め死ぬことを承知したみたいだ。実際、死が怖いわけではない。だが、死は我々輪廻が迎えられると分かっているものと違って死生観はだいぶ違うように思うのだ」
「先生は人間好きですかな」
「いいや。君は人間を手懐けていると思っているようだが、完全な支配なんてものはあり得ないことだ」
「その前に殺せばいい」
「……」
「先生は俺を残酷な奴だと思っているようだが、俺より残酷な奴はいくらでもいる」
先生は分かっていると言いたげに目を閉じ深く頷いた。
「うん」
「例えばシルフの国では人間を戦力にしようと化け物に変える実験が行われ、それが実用間近まできていると聞いたことがある。名前はオーク。オーク生物兵器」
「オーク?」
「豚の顔した醜い怪物だ」
「人間を魔法で作り替えているのか!?」
「ええ。男も女も関係なく醜い化け物へ変えられる。オークになれば貧弱な肉体から魔法耐性のある強靭な肉体へと変貌する。パワーもスピードも大きさも、弱い人間とは思えない力だ。かわりに知能がバカになるらしいが」
「バカなことを……」
「一度オークにされた人間はもう元には戻れない。やり直しも出来ず、無理矢理化け物オークにされ、醜い姿で最後は化け物にしたシルフの為に戦場で死ぬだけの命。なぁ先生。これが悪だと言うならそもそも悪っていうのは誰が定義するんですかね? 我々? 宗教? 道徳? 基本人間が悪で罪でそれに救いを与えるとしたら誰が与えるというんです? 先生、この世に意味を求めてもそれは過度な意味付けに過ぎないと思いませんか? 正直、人間が悪か善かなんて俺にはどうでもいい。俺や客達には娯楽が必要だ。俺はそれを届けている。このサーカスで!」
「君が善と悪について考えているのは少し意外だったよ」
団長は舌打ちした。
「先生、それで教えて貰えるんですよね? あの奴隷少女がどうやって《死の品》をコピー出来たかを」
「ああ、もとよりそのつもりだ。だが、それは君がこだわる少女だけに限った話ではない。人間について語らねばならない。人間はモノを生み出し、モノを使うが、人間がモノになることはない」
「人間の本質の話か……興味ないね。先生、結論を先に教えて下さいよ」
「人間は死に惹かれていることが死の品と結びつくという話だ。だが、それだけが理由ではない。それではまだ不十分だ」
「つまり?」
先生は語った。それを聞き団長は満足そうな顔をした。
「流石は先生! やはり先生に聞いて良かった」
「君は国境をこえるつもりなのか?」
「ええ!」
先生は首を横に振った。
「分からないな。あの少女に君がそれだけ拘り続ける理由が」
「先生、俺には目がある。それに狂いはない。結果、目をつけた奴隷は世界中から追われる存在になった」
「そうか。なら、精々気をつけるんだな。あれを追っているのは賞金稼ぎだけではない」
「心配してくれるとは嬉しいね。だが、先に目をつけたのは俺だ! それをどこぞの馬の骨に横取りされて黙ってられる俺ではないんでね」
先生は益々困惑した。それは問いに対する答えではなかった。むしろこの男を何が惹きつけているのか。そこまで考えた時、先生はハッとしてまさか……と思った。
死に惹かれる人というより、少女は死を惹きつけるのではないのか。
街が脅威に陥り、シルフが悪に落ち死んだように、少女を中心に死が引っ張られている。
まさかな…… 。男のせいで私までおかしくなるところだ。まぁ、それも今日まで。男とまた会うことはないだろう。
場所変わり砂漠の地。
私とエスティは盗賊団に捕まり手をロープで縛られ、バイクの後ろに乗せられると、そのままどこかへと向かい走り出した。
恐らくは彼らのアジトだろう。だが、周りにそんなようなものがありそうには見えない。もしくは私達が向かおうとしていたオアシスではないだろうか。
だが、それは暫くすると明らかになった。
結論から言うとオアシスではなさそうだった。現れたのは砂漠の大地に突然ぽっかり空いた巨大な穴だった。その最奥に、巨大な鉄の塊があった。それを見てエスティは「宇宙船……」と呟いた。
あれが……
どうやら宇宙船は砂漠に巨大な穴をつくり、宇宙船の半分(尻部分)が縦に突き刺さっている状況だった。
すると、バイクの女はゴーグルを外し私達の方へ振り向いた。それは四つ目だった。




