砂漠の地
前回までのあらすじ
人間は「悪」である。それ故に管理下に置く必要がある。世界の禁忌を犯そうとした罪人は奴隷として辱めと罰を受けた。背中に家畜の印として豚の焼印がされ、襤褸の貫頭衣1枚で裸足のまま土の地面を歩く。その足には枷がはめられ自由の地(自分の国)はない。
そんな世界に望まずに生まれたエマは人間というだけで世界から忌み嫌われ理不尽な扱いを受ける。それも奴隷だからだ。
しかし、事態は一変する。アルカの国にシルフという別の国からやってきた諜報員の策略に巻き込まれ、そこでアルカの女性エスティと出会う。エスティはカルカであるが魂を抜かれ奴隷のようにシルフに国を裏切る命令を次々と課す。エマはエスティと組まされ、アルカの情報を得る為に図書館から未来書を読み、そこに司書が勘づいて私達は襲われ私達は仕方なく司書を殺害。指名手配となる。それを利用して警察と兵士の惹きつけ役(囮)として使おうとするが、使い捨てられると分かっていたエスティはシルフを裏切り、奴隷の分際で主人に歯向かった二人を街ごと処分しようと津波を発生させるも、新しいジョブを得たエマとエスティの活躍で阻止、シルフは悪に落ち死亡する。
エスティは思った。エマを見て人間が本当に本質的に悪なのだろうかと。あの殺し合いゲームでは武器すら取ろうとはしなかった。一方でシルフを裏切ることには簡単に加担した。もし、人間が悪なのだとしたら私達や他の種はどうなのだろうか? 世界には生きる為の殺生はあるし、そうでなくても殺害はある。罪も犯す。戦争だって起きる。それでも人間が悪だと言えるのは何故か。私達はそれと比較して善なのか? 違う気がする。確かに人間は世界の禁忌を犯そうとして世界を脅威にしたのは事実だとしても、大きいのは人間が戦争に負けたからではないのか。国を奪い身分を落とし肉体を罰し魂を傷物にし、最後にあるのは輪廻のない無。これが禁忌を犯そうとした種に対する罰なのか。
私は隣で横になっているエマの小さな背中を見た。それは痩せていて骨が浮き出ている。その背中には一生消えない痛々しい焼印がある。
罪に対して罰はやり過ぎな気がする。そこまでの悪とはなにか。
私は奴隷を街で見掛けたことはあっても、人間の知り合いはいない。人間をよくは知らない。知っているのは社会が教えた人間像だけ。私達はつくられた像をずっと見ていただけで、私達にも人間のような愚かさがあるのではないのか。例えば私達が人間の立場だった時、アルカは最後の手段として禁忌を犯さずにいられただろうか。他のシルフやそれ以外の種もだ。そこに絶対はない。絶対のない善は悪になりえ、悪に落ちたものは一生善にはならない、それが世界の理だとでもいうのか。それが正しい価値観というものなのだろうか。
正しい絶対の価値などない。
私はエマを観察し、私を反省し、シルフという悪魔を目撃したことで、私はこの世界が、いや、私達がつくりだしたこの価値観は所詮私達のおごりで生み出された産物だと分かった。
今、私達は国を追われ国境を越え砂漠にいる。街も村もない砂の大地、その上空は月と他の星々が小さな光を放っている。あの空の向こう側を知ろうと調査隊が結成され、次々と大型の宇宙船が打ち上げられた。だが、それは数日で空から火を吹きながら地上へと落下した。その多数がこの砂漠の地上に集中している。住民がいないからなのか、理由は知らないがおかげで砂漠には数多くのいろんな国の宇宙船の残骸が今も残されている。その宇宙船には目に見えない毒素(現在の科学では解毒処理出来ないもの)が微量ながらも検出され政府は近づくことを禁じているが、貴重なパーツを盗み高値で取引きする盗賊団が後を絶たない。今も宇宙船を飛ばしている国がいるからだ。その宇宙船を避けていれば連中と遭遇する確率は低くなる。大抵は空に巡視用ドローン(プロペラとカメラのついた市販品で武装は大抵していない)がいるから、それを目印にそこから離れればいい。もしくは私達も盗賊団になるか。私達は今やならず者だ。国境を越えればとりあえず安全かと思っていたが、アルカとシルフが戦争を始めたことで他国はアルカとシルフを国外追放とし国に返す手続きが行われるようになっていた。どの国も戦争拡大を恐れ疑心暗鬼が広がっている。それはどこの国もスパイを送りつけているからだ。というわけで人間のエマはともかくとしてアルカである自分は国外追放から逃げる為に街を離れ、この砂漠の地に流れ着いた。
風が吹くと砂が舞い、体に掛けていたローブにかかり埋もれていく。人間のエマにもローブを買って与えようとしたけど、人間が奴隷服以外を着ていたら怪しまれるからといって着ようとはしなかった。でも、多分遠慮の方が一番の理由ぽい。砂漠なら盗賊団以外まずいないし、ローブで全身を覆い顔を隠せば人間かは遠くからでは分からない。それでもエマは私にまだ遠慮をしていた。私を信用していないからではない、彼女は自分の身分をわきまえようとしている。本当は自由になれたんだ。魂を取り戻したんだから。でも、まだ人間であることが彼女を生きづらくしている。人間であることが枷になっている。それでも、自由への一歩を彼女は踏み出した。シルフからの不服従という決断で、私が自由を取り戻したように、彼女も自由であろうとしている。残念ながら世界のルールは厳しく、規制のない場所というのは今のところこの砂漠のようななにもない場所以外、ルールの中から自由を見出す他ない。そして、それはエマを再び苦しめるだろう。
砂漠にあるとされるオアシス、身を隠すには適した町があるのだとか。そこが見つければそれも変わるかもしれない。
その頃、世界ではアルカ、シルフを除く国々のトップによる世界会議が行われていた。議題は勿論アルカとシルフの両国に対する処遇だ。アルカの言い分(大義)はシルフの諜報員が自国でスパイ活躍だけでなく、実際に宣戦布告無しに攻撃を仕掛けてきたというもの。対するシルフ側は知らぬ存ぜぬの態度。ただ、スパイというのは表上はどの国も認めないだけでそんなものはどこにでも存在するようなもの。アルカが受けた攻撃という主張も問題を起こしたシルフの単独犯として見るべきであり、アルカの主張には宣戦布告するに値する大義とは遠いものがある。両国のまずは冷静に停戦に向け外交的働きかけを各国が行うことで結論がついた。
円卓には二つの空いた席以外、各国の席には立体映像が流れた。全員、それぞれ仮面を被り素顔が隠されていた。
「この度の戦争への追従する国が現れないことを祈る」
議長の言葉で締め括り、次の議題へと移る。それは今回の複数出された議題の中でも優先度の高いものだ。本来、議題は優先度に応じて議論の順番が決められるが欠席したアルカの配慮から優先度トップ扱いからあえて外した順番となっている。
「既にご承知の通り、アルカの地で《死の品》のコピーが使われた。《死の品》は禁忌とされ魔法で複製することはかたく禁じられている。しかし、それが破られた。これはあってはならない事態だ。複製を《死の島》の外で使われることさえ世界を危険に晒す愚かで無謀な行為はたった一人奴隷の女によって行われたことが判明した」
「また人間! いつもいつも世界の調和を乱す厄介者が再び世界の安定を乱すか!」
「そうだ。通常《死の品》は他の品と違い複製には実物がその場になければ複製は不可能。人間を除いては。これを知る者は限られている。奴隷を使って複製させ国を脅かさない為にだ」
「人間が生み出す道具はいつも世界を破壊させてきた」
「これは今を生きる我々にとっての試練である。各国は協力し、この奴隷を見つけ出し主共に抹消する必要がある。勿論、関わった者達も全員だ」
朝。凍てつくような寒さに思わずくしゃみをして目が覚めると、体が半分以上砂に埋もれていた。私は起き上がり砂を払う。服の隙間からサラサラした砂がその場に落ちていく。それでも皮膚についた砂を完全に払い切ることは出来なかった。体が冷たい。震える背中にいきなり後ろから温かい布が掛けられた。
「ほら、やっぱり冷えてるじゃん!」
「エスティ様」
「エスティ。二人の時くらいいでしょ?」
「はい」
「頑固というか……まぁいいや。とにかく、風邪でもひかれたら困るからローブを着な」
「はい」
私は体温が上がっていく感覚があった。
砂漠とは水などが無縁の場所。当然、動物らしき姿は見当たらない。そんな場所ではどの種であろうと住むのは難しいだろう。だからオアシスがあるとエスティから聞いた時は半信半疑だった。エスティも地元の住民から聞いた話だから確信があるわけではない。それでも、私達はそこを目指すしかない。私達に居場所があるとしたらそこなのだから。
昨日一度だけエスティに人間の国だった場所に行ってみたいか聞かれた時は、私にとって故郷ではないからエスティに任せると答えた。私には帰る場所はない。ただ、こうやって放浪するしかないんだと思う。私はそれでも構わなかった。だけどエスティは人間は再び自分達の国を見つけそこで暮らす日がくると言った。私は訊いた。
「未来書にそう書かれてあったのですか?」
すると、エスティは答えた。
「ううん。そんな予感がしただけ」
エスティは私の目を見ていた。何故、そう思うんだろうかと思った。誰もそうは思わない。どの国でもそれは認めてはくれないだろうし、国をつくるには世界からの承認が必要だ。承認してくれる国が一つでもあるだろうか? それはオアシスを見つけるより難しいのではないのか。
でも、そう言ってくれるのは嬉しかった。
私達は再び砂漠を歩き始めた。相変わらず足場の悪さに足はザラザラしていて砂まみれだ。しかし、既にここに来るまでずっと裸足だった私が今更汚れを気にすることはない。むしろ、少し気持ちがいいくらいだ。これが熱せられた砂だと思うとゾッとする。
砂漠の地はずっと寒かった。いや、アルカの地からずっと寒いままだ。この時期は日の出が短いからだとエスティは言って教えてくれた。でも、砂漠だけはずっと夏でも寒いんだとか。その理由はエスティも知らなかった。昔からなのか、それすらも。
暫く歩き続けると遠くからバイクのエンジン音が複数聞こえてきた。私達は立ち止まり、空を見上げた。
「見張りドローンはいなかったのに」
エスティは砂の丘の下で身を潜め隠れた。バイクの音は徐々に近づいてくる。
私はバイクが通り過ぎていくのを必死に祈った。
その時、近くの空に赤色の煙が突然上がった。
「あれはなに?」
エスティはそれを見て言った。
エスティだけじゃない。私も嫌な予感がした。




