1-96 バスガイドロボの変わらない毎日に訪れた変化
――ムゲンパレスのキャスト達の視点から――
空の彼方に浮かぶ大地で、ムゲンパレス総務部長代理兼崎陽観光バス運転手兼バスガイドのオトハは、崎陽駅のバスセンターの受付で今日も変わらず来るはずのない客を笑顔で待ち続けていた。
食事もトイレもせず微動だにしないその様子はマネキンの様で、見た目こそ人と何ら変わらず不気味の谷の法則は適用されないはずだが、その姿に嫌悪と恐怖の感情を抱く人間もいるだろう。
周辺にあるバスセンターと崎陽駅、そして路面電車以外の建物の多くは朽ち果て、ガラスというガラスは全て割れ草木が生い茂っている。
そういうコンセプトのアミューズメント施設ならば流行りそうだ、という演算結果を出したのは一体いつの事だっただろうか。
業務中は特にする事は無いが、廃墟の街で仲良く遊ぶマタンゴさんや変異ガブリンを眺めるのがささやかな楽しみだった。
一見するとガブガブと捕食されている様に見えなくもないが、これはじゃれているだけなので何も問題はない。
「オトハちゃーん、おしごとおわったよー。アイスたべる?」
「ちー」
そのまま待機し続けているとバスの整備作業を終えたもふもふ君と相方のネズミ君が現れる。
彼は愛用のムゲンパレス限定のマイバックを携えていたので、おそらく帰りがけにおやつを購入したのだろう。
オトハは視線を袋の中に向け、わずかに見えるパッケージと記録されたデータを照合する。
どうやら彼は自分の大好物であるブラックでモンブランなアイス(ムゲンパレス限定パッケージ)を買ってきてくれた様だ。
「お疲れ様です、もふもふさん、ネズミさん。その申し出は物凄く有難いのですが、今は業務中ですから後にしておきますね」
そのアイスは九州人ならば嫌いな人間などおらず、老いも若きも男も女もロボットも目の色を変えて飛びつく山吹色のお菓子と同等のポジションに存在するソウルフードである。
可能ならば今すぐにでもかぶりつきチョコにまぶされたクッキークランチをまき散らしたかったが、残念ながら服務規程に反するのでオトハは断腸の思いで誘いを断った。
「そっかー。じゃあタカオちゃんにあげようっと」
「タカオさんも今は業務中ですから駄目ですよ」
「でもさっきでんしゃのなかでおさけのんでたよ?」
「な!? あの人は……! 教えてくれてありがとうございます!」
だがそのまま業務を続行しようとした時、もふもふ君から看過出来ない報告を聞きオトハは持ち場を離れた。
受付を不在にしていればお客様が来た場合対応出来ず、間違いなく満足度の低下とクレームの原因になってしまうがこれはお客様の命に係わる事だ。
彼女はすぐに位置情報を確認、道路上の駅に停車中の路面電車に乗り込んだ。
「タカオさんっ!」
「んー、なにー?」
運転士の制服を着ていたタカオは座席で昼寝をしており、床には報告通りウィスキーの空き瓶が転がっていた。
言うまでもなく何から何まで違反であり、人間であれば即座に懲戒解雇に相当する事例だ。
「またあなたは仕事中にお酒を飲んで! 無期限休業中だとしても勤務中の飲酒なんて論外です!」
「いや無期限休業中だからだって。電車が動かない上に線路も錆びついてるのに勤務中って言われてもねー」
「規定は規定です! 規定は全てにおいて優先されます! それがわからないわけではないでしょう! 私に権限があればすぐにでも貴女を懲戒解雇していますよ!」
「耳元で騒がないでよ、ロボットでも二日酔いはするんだから。っていうかこのやり取り前にもしたよね。どうせ客なんて来ないんだから、あんたも馬鹿真面目に仕事せずサボればいいのに」
「客ではありません、お客様です! 私たちには営業が再開される日までムゲンパレスを維持管理し、お客様がいつ来ても対応出来るようお迎えする義務があります!」
「はあ~……」
タカオはオトハの説教を煩わしく思っていたが同時に哀れだな、とも感じてしまった。
無論それはあくまでもプログラムによって導き出された演算結果であり、感じたという表現は適当ではないのだろうが。
「なんですかその態度は! 反省、っ!?」
「ん」
彼女の態度によってオトハの怒りは増大してしまったが両者の思考はフリーズしてしまう。何故ならば空港エリアに正体不明の熱源反応を感知したからだ。
オトハはすぐに解析、カメラの映像から何かしらの爆発が起こった事を確認する。
空の玄関である空港はムゲンパレスと外の世界を繋ぐ唯一の場所だ。
当然機能しなくなければお客様は出入りが一切出来なくなるので、ムゲンパレスのあらゆる交通機関の中で最優先で保全しなければならない場所である。
「直ちに現地に向かわないといけませんね。詳細は不明ですが空港で爆発が起こりました。あの場所に何かがあればお客様を迎え入れる事は不可能になります」
「そりゃそうでしょうけど……じゃ私はここで待ってるわね」
「ええ、そうしてください。どのみちタカオさんに運転は出来ませんし」
オトハは戸惑うタカオにそう告げ、マニュアルに沿って緊急時システムに切り替えた後、すぐに車庫に向かい整備したばかりの観光用兼緊急時の移動用バスに乗り込む。
「でも一体何が」
タカオは久しく動かなかった発進するバスの青い車体を眺め、再び空港の映像を確認して解析する。
どうやら気球が落下し炎上している様だが、何らかの理由で制御不能になり不時着したのだろうか。
よくある事ではないが問題になるほど大した事ではなさそうだ。タカオはそう判断し、再び惰眠を貪ろうとした。
だがすぐにバグが発生、彼女の思考回路はまたしてもフリーズしてしまう。何故ならば墜落地点に存在するはずがない人らしきものを認識してしまったからだ。
「……マジ?」
タカオは延々と誤作動を起こしていたがようやく思考回路が正常に戻り、帽子を被り直して身だしなみを整えた後、リペアキッドを使い体内のアルコールを除去するためにメンテナンスルームへと向かった。
何があろうと自分はマニュアルに沿って行動するだけだ。それがロボットである自分に与えられた使命ならば。




