1-93 クエスト・気球を飛ばして空の大地へ
NAROの撤収作業と大きなイチモツの大熱唱をマップで確認しながら、俺達はのんびり工房に戻っていく。
道中リアンは早速耳コピしたものを鼻歌で歌っており、一度聞いただけなのにもう耳コピしてしまった様だ。
「でもこの曲なかなかいいメロディだな。これってやっぱりアンジョの世界に伝わる神様に捧げるって感じの曲なのか?」
「ある意味ではその通りっちゃあその通りだけど。ちなみにこれはセクハラ発言じゃなくて民俗学的な好奇心だが、この世界にはイチモツの神様っているのか? 俺達の世界には結構いたけど」
「いるにはいるぞ。シビトの神子の眷属でマーラ様って魔王がいる。現世に姿を現す時はマタンゴさんの姿をしていて、荒神や祟り神系だが一応ちゃんと信仰すれば御利益はあるぞ。もちろん教会じゃ異端扱いだからそんなに流行ってないけど、小さいものも含めれば割とその辺に祠とかがあるな」
「マーラ様か。北欧神話に神道に仏教って本当に何でもありなんだな、この世界の宗教は。何でもかんでも文化を取り入れて融合させる日本らしいけど」
専門家のザキラは簡単に解説し、相変わらずのちゃんぽん宗教に俺は苦笑してしまった。
マーラは仏教における魔王でありイツモツを表す魔羅の語源にもなった煩悩を司る悪魔だが、この世界ではちゃんと神様として祭られている様だ。
「ところでシビトの神子って?」
「トール教会の神話に出てくる一番悪い魔王だ。カシマサマ、アクロウオウ、オオダケマルって別名もあるけど、ゾンビを操ってマーラ様と一緒に世界を滅ぼそうとしたらしい。もっともアマテラス派の教えでは普通に人間の味方になって世界を救うために戦ってくれたがな」
「宗教間の対立で悪魔落ちしたパターンか」
「そういうこった。つっても今でもちゃんと信仰している奴もいるから、もしそういう奴と会った時に不快にさせない様予備知識として入れておけよ」
ついでに彼女はシビトの神子なるワードについても教えてくれる。
やはりこちらも様々な宗教や民間伝承がごっちゃになっているが、概ね共通しているのは鬼っぽい神様であるという事か。
実際の鬼も朝廷と対立した勢力を罵ってそう呼んだ事もあるそうだし、こちらの世界でも同じニュアンスで使われていたと知って俺は奇妙な感情を抱いてしまった。
やはり鬼という概念はあらゆる世界で共通認識として存在しているのだろうか。
イチモツの雑談からこんな知的な会話に発展するとは思いもよらなかったが、そんな雑談をしながらようやく工房へと戻ると、帰りを待ちわびていたニイノがガバッと俺に飛びついてきた。
「トモキさーん! 無事で良かったデス!」
「おかえりなさいですポ!」
「わーい、おかえりー!」
「おっとっと、心配かけてごめんな」
俺はモリンさんやマタンゴさんにも目配せして喜びを分かち合う。
工房で留守番をしていたディーパ兵士たちもホッとした様な表情になり、ようやく無事に騒動が終結したのだと理解したらしい。
「おうよ、妙な連中はこのリアン様が全員ぶっ倒してやったぜ! こうバビューンって義手で飛びながら華麗にニードルガンをお見舞いしてな! 全く、大した事無かったぜ」
「わあ、凄いデスネ!」
「いやお前は何もしてねぇだろ。敵を倒したのはほとんどヒョウスベさんやトモキだった気がするが」
「オイラたちほんと何しに行ったんでヤンスかねえ」
リアンはありもしない武勇伝を語りニイノを騙していたが、工房での初戦に引き続き皆ほとんど活躍出来なかったなあ。
特にリアンとサスケはヒョウスベさんにシバかれて秒殺されたし。バトルシーンで圧倒的な強さを表現する描写は大事であり、また二人の残念な立ち位置を示すという意味では見せ場があったと言えるけど。
「もう本当にすっごく心配でしたポ! トモキさんたちに何かがあったらと思うと……!」
「すみませんね、でも見ての通りピンピンしてます。ぶっちゃけヒョウスベさんが一人で無双してましたし。むしろカッコつけて出て行ったのでほとんど活躍出来なかったんで申し訳ないです」
「違いますポ」
だが俺が苦笑するときゅうーん、と愛らしく泣いていたモリンさんはムッとしてしまった。
「活躍とかそんなのどうでもいいんですポ。みっともなくても逃げたとしても無事に生きて帰ってくれたのが私は一番嬉しいですんポ。子供の命よりも名誉が大切な親なんていないですポ。なので今後は絶対にそれだけを考えて生き延びてくださいポ」
「……ええ、わかってます」
彼女は大真面目にそう語り、俺はその優しい言葉に胸が熱くなってしまった。
もし母さんが生きてたらこんな感じで俺を叱っていたのだろうか。
「ってかモリンさんは別にトモキの母ちゃんじゃないと思いますが」
「そうなんですけど、なんか同じマミル族っぽくて放っておけないんですポ。他人の気がしないって言いますか」
「そっちですか。確かにこのクマのせいでずっと仇名はタヌキ系でしたが」
ザキラがからかうとモリンさんは照れながら俺に親愛の情を向ける理由を教えてくれた。
このタヌキっぽいクマは睡眠障害に由来するものであり好ましく感じてはいなかったが、そのお陰でモリンさんと仲良くなれたので生まれて初めてこのタヌキっぽい見た目に感謝したいと思ったよ。
「そうだ! リンドウさん、気球は出来たでヤンスか?」
「ヨイショっと、ああ、たった今出来た所ダヨ!」
サスケは忘れずに進捗状況を確認しに向かうと彼女はギュイ、とスパナを力強く捻ってボルトを締め最後の仕上げを済ませた。
邪魔をするNAROもほとんど撤退したしタイミングとしてはこの上なく最高だろう。
「母ちゃん、作っちゃったんだ」
「ほへー、大したもんだナア。本当に一から作るだなんテ」
歓喜の声を聴いてアマビコやボコられたディーパ兵士も完成した気球に興味を示し近付いてくる。
もちろん当初からの不安であるちゃんと飛べるのかっていう懸念は存在していたけど、これについてはどうしようもないので無視するしかないだろう。
「一応確認ですが、本当にこれに乗るんですよね」
「ああ! バルーンが燃えない様に何となくで作った特殊な薬品で加工シテ、燃料もそれっぽいものを混ぜて作って、出力を上げるために見よう見まねで作ったロケットエンジンも取り付けたゾ! もちろんまだ試していないから一発勝負のぶっつけ本番サ!」
「今の所安心出来る要素が何一つないんですが」
しかしリンドウさん謹製の気球は何度見てもオンボロだ。バルーンはつぎはぎだらけで、機械もところどころサビている。
限られた時間で一応最低限の調整はしてくれた様だし、俺達もそれは了承の上なので文句を言う筋合いはないのだけれど。
「うう、でもそっか、オイラたちはこれに乗るんでヤンスよね……」
『安心しな。不安な君にこんな名言を送ろう。科学ノ進歩、発展ニ犠牲ハツキモノデース!』
「それ失敗する事が前提になってるでヤンスよね!?」
「上手くいけば大幅に能力が上がるけどなあ」
まれっちは怯えるサスケに某博士の終焉を告げる名台詞を言った。手術に失敗しても頑張ってクリアすれば次回から成功の確率がちょっと上がるらしいけど。
「しゃあねぇ、腹をくくってやるしかないだろ。けどどうやってこんなデカいものを外に運ぶんだ? 入口のドア通らないだろ」
「アッ。ごめん考えてなかったワ」
「おいおい」
そして想定外の事態はすぐに訪れる。気球以外の事は一切考えていなかったリンドウさんはこのデカブツをどう外に搬出するのかを失念しており、リアンは開始早々トラブルが起こり何もかもを諦めた表情になってしまった。
「リアン、こうなる事はわかってただろ。皆、ちょっと気球から離れてくれ!」
「ん? いいアイデアがあるのカイ?」
しかし素人が手探りで気球を作って何も問題が起きないほうがあり得ない。
こうなる事は俺からすれば十分想定の範囲内であり、先ほどNAROから拝借したロケットランチャーを構えた。
破壊する場所はどこでもいいが、出来るだけ気球にダメージがない様にしなければならない。
もちろん適当な壁を壊して穴をあける事がベストだが、すぐに空を飛びたいので手っ取り早く屋根を狙うとしよう。
屋根のパーツには重たいものがあまり使われておらず、仮に落下したとしても上手く狙えばダメージも最小限で済む。よし、あそこにしてみるか!
「やっぱ九州人ならシメにこいつを使わないとな。俺からのお祝いの花火を受け取ってください!」
「ちょっ!?」
モリンさんは何が起こるのか理解して止めようとした様だが、そんな事は一切気にせずに俺はロケットランチャーを天に向けて構えた。
しっかりと腰を深く落として反動に備えて引き金を引くと、爆音と共に砲弾が放たれ凄まじい衝撃波は無防備な観客を吹き飛ばした。
あまりの大音量にしばらく鼓膜が使い物にならなくなったが、元気っ娘なリアンは最初に復帰し俺に強く抗議した。
「けほ、けほっ! うぉい、何するんだ! こういう事するって先に言えって!」
「あわわ、アンジョ様の遺構があ~!」
「あれ?」
歩兵が携行出来る最大火力の武器は今回のバトルで最大の被害を味方に与えたが、土埃は次第に晴れ眩い光の柱が天から降り注いだ。
「わあ!」
ボロボロの屋根は轟音と共に跡形もなく吹き飛ばされ、マタンゴさんはそこから見える澄み渡る青空を見上げはしゃぎながら太陽の光を思う存分浴びていた。
その雲一つない晴天は、夢を叶える第一歩となる日には相応しすぎる程清々しかったんだ。
「ハハッ! こいつは嬉しいお祝いダネエ!」
「凄いデス! これで気球を飛ばせマスネ!」
「この建物文化財なのに……母ちゃんも大概だけどトモキさんも大概ですね。でもありがとうございます」
力技ではあったが無事に問題を解決し、リンドウ一家は最後の障壁が取り除かれ歓喜の声をあげた。
「ああ、こっちも今まで一番いい獲物を仕留められたよ」
だが誰よりも喜んでいたのは他ならぬ俺自身だった。
元々軍用ヘリや変異ゾンビを撃墜するためにシミュレーターも含めて幾度となくロケランの練習を嫌々ながらしてきたが、やはりあの経験は無駄ではなかった様だ。
あの過酷な日々がこの瞬間のために存在していたのならば、それだけで全てが報われたと断言出来るだろう。
「おー、お前やるじゃん! いやあ、見事にぶっ壊れたなあ」
「流石でヤンス、アニキ! でもこうして飛べるようになったって事は、やっぱりこれに乗らなくちゃいけないんでヤンスよね……」
「サスケ、いざって時は助けてやるから安心しろ。最初は怖いかもしれないが、空を飛ぶのも結構楽しいぞ」
「あはは、もしもの時は私もよろしくお願いしますポン」
そんな俺の心情を知ってか知らずか仲間は思い思いの反応をする、というかほとんど落胆していた。
もしかしたらこのまま飛行出来ずに延期されば良かったのではないかとがっかりしているのかもしれない。




