1-7 鳳凰堂エンタテインメントの今期の新作アニメのお知らせ
一応最期の登校日だったがこれといったイベントは特に起きず、正しくは起きる前に俺は校舎を後にした。
今回ばかりはサボってしまったが許してほしい。休み時間にうろちょろしていた時に千羽鶴とか垂れ幕とか見かけたからきっと有志でプチ壮行式、もとい卒業式をするつもりだったのだろう。
その内容は大方青春の一ページの様な青いものではないはずだ。実質葬式と何ら変わらないし、そんな集まりに参加するつもりはなかった。
空気が読めない俺を呼び戻すためスマホは鬼の様に鳴っており、俺は機内モードに変更し一切の連絡を絶った。
もう勝手な妄想でお前らを感動させるものか。何もかもが面倒くさくなり、俺は行く当てもなく街を彷徨う。
粉雪が降る中、信号待ちをしていた俺の前を軍用トラックが通り、機械の部品を輸送する様に軍服姿の中学生を運んでいく。
しかし俺はこれからどこに行けばいいのだろう。学校には戻れないし適当に商店街をウロウロしようか。
俺はやたら外国人と女性が多くなった商店街を歩き、階段を降りて地下にあるあらくま書店へと向かう。久しく行っていなかったが今はどんな感じになっているのだろう。
文学少年でない俺はもちろんラノベやコミックにしか興味がないので真っすぐそちらに向かう。ただやはりというかほぼほぼ異世界転生モノであり、実に時代にあったラインナップになっていた。
少し前までまたかよ、と飽きられていたとはいえ別に異世界転生モノ自体を否定するつもりはないが、今となってはそうでないラノベを探すほうが難しい。市民権を得た、というのとは少し違うだろう。
本には全てNAROの認可を受けた事を示すマークが書かれていた。やれ人権だポリコレだと様々な団体が行動した結果今は彼らの認可を受けないと書籍は出版出来ず、それがないものは有害図書として定義付けられ、もし売っていたら今朝見かけた本屋の様に摘発される。
俺はさほど興味がなかったが、アニメ化決定、と書かれ気になった作品のあらすじを確認する。どうやらこれは伝説の兵士が転生してチートとかハーレムするものらしい。
『私と一緒に戦って! この世界を救いましょう!』
『ああ、俺は何度だってこの命を世界に捧げる! 最早死など恐れない! 今度こそやり直すんだ!』
俺はそこまで読んで興味が失せてしまいその場に戻す。世界一ィィイイな軍服っぽい勇猛果敢な女性キャラも昔のラノベと比べ露出も控えめだし、あらゆる意味で時代に合っているとは言えるだろう。
アニメの製作は鳳エンか。昔はクールジャパンを代表する感動的な作品をたくさん作って、京都の誇りだった鳳凰堂エンターテインメントもすっかりそちら側になっちゃったな。色々あったから仕方がないけどさ……。
ちょうど異世界転生フェアをしていたのか、近くには自称転生者が書いた異世界転生の心得的なハウツー本も置かれており帯には著名な文化人がコメントを書いていた。一部は売り切れているので小説やコミック以上に売れ行きはいいらしい。それだけ皆転生したいって事なのかねぇ。
社会通念なんてすぐに変わるものだ。異世界転生モノは現実逃避だと馬鹿にされていたのに、それが本当の現象だと大学教授や政治家が語った途端に推奨される様になってしまった。
早い話異世界転生の概念は今のご時世にはピッタリで、多くの宗教が社会的に不安な時代に爆発的に広まった様に真実であると受け入れられたのだ。
だが政治家によってサブカルチャーが利用されていたとしても、死に不安を抱いている人が幸せになれるのなら何も言うまい。それが真実にしろそうでないにしても。
それにかくいう俺も昔は異世界転生モノに憧れを抱いていた。小説もアニメも『なりたい自分』になるためのツールであり、全ての人間は作品を読む時登場人物に対し共感や自己投影をするものだ。
一時期は自分も作品を書いてみたいと思い、投稿するために書き溜めていた程度に小説が好きだった。
だが全てのサブカルチャーがNAROによって管理されている今の時代、俺の作品が世に出る事はもうないだろう。
もちろん彼らが好きそうな作品を書けばそれは可能だが、もうそれは自分の作品ではない。俺がようやく見つけた夢は始まる前から終わってしまったんだ。
「……………」
かつて俺が小説家になろうとした誰かが書いた作品に救われたのは紛れもない事実だ。けれどもうここに俺が好きだった世界は存在しない。ただプロパガンダのために大量生産された宗教本があるだけだ。
胸しい気持ちになった俺は心を無にして考える事を止め、そっとその場を後にした。