1-76 イナエカロで味わう海鮮グルメ
リンドウさんはイカを食べようと言っていたが、その言葉通り食卓にはイカを中心に魚系の、というよりも魚しか並ばなかった。唯一の野菜は米と焼き魚にセットでついてきた半分に切られたカボスだろうか。
ちなみに食卓と言ったが実際に料理が並べられた場所は床に置かれた布の上だ。うろ覚えだが江戸時代の農民はこんな風に食べていた気もする。
もっともヒエやアワを食べて白米がご馳走だった当時の人からすれば、ここまで豪勢な料理を食べるだなんて夢のまた夢だっただろうけど。
「……なんスかこれ」
またその中に明らかに異質な料理があり、ザキラは思わず手に取って木椀の中身を凝視してしまう。
その料理は一見すると普通の味噌汁だったが具材にエイリアンの様な魚がトッピングされており、汁の中から鋭い牙が付いた口をガバッと開け彼女を見上げていた。
ちょいちょい漫画の失敗料理で謎の生き物がいたりするが、あそこに混ざっていても全く違和感はないだろう。
『おお、ワラスボか。見た目はグロいが酒のつまみには最高だよ。あ、これも後でお土産に頂戴ね』
「ある意味異世界らしいっちゃ異世界らしいですがね」
しかし酒飲みのまれっちは当然この魚を知っていた様だ。俺も一応食べた事はあるが結構美味しかったし。ただ言うまでもなく見た目はかなりインパクトがあり、初めて食べる人は勇気がいるかもしれない。
「おや、ワラスボを知ってたんですか。ところでさっきから聞こえる声は誰が話してるんですか?」
「まあまあ、それじゃあ全員揃ったところで、ね?」
一緒に料理を手伝っていたアマビコは不思議そうな顔をしながら揚げ物が積まれた大皿を床に置いた。
さす九なんて不名誉な言葉もあるが、特に何かを言われる前に行動していたので彼にとっては普通の行為らしい。
他のケースを見ていないから男が家事を手伝う文化がこの世界では例外なのか普通の事なのかはわからないけど。
「そうダネ。いただきます」
「いただきまーす!」
「「いただきます」」
ともあれその辺りの文化的考察はさておきまずは腹ごしらえだ。料理がたくさんありすぎて何から食べようか迷ってしまうが、俺はメインのイカ刺し丼から食べる事にした。
新鮮で身が透き通ったイカはとろりと甘く、濃厚な甘めの醤油との組み合わせは抜群だ。かまどで炊いた炊き立てのふっくらごはんの蒸気は磯の香りと共に鼻を抜け、ほのかにツンとしたワサビがいい刺激になった。
「ひゃん!」
「どうしたサスケ、そんなエロい声を出して。誘ってんのか」
「いえ、なんか腰が抜けたでヤンス。うーん?」
「犬だからじゃね?」
「だから犬じゃないでヤンス。でもこの感覚はなんか癖に……うん、あんっ!」
サスケもイカ刺し丼を食べていたが、犬の体質には逆らえず艶めかしい声を出してしまう。犬にイカを食べさせるのはもちろん駄目だけど、彼はあくまでもマカミ族であって犬ではないのでさほど問題はない。
『まったくもう、イカのニオイがする汁が出ちゃうよぉ』
「こんがり焼けて美味しそうなお魚ですポン~。やっぱりリアンさんはお魚が好きなんですポ?」
「よく誤解されるけどナーゴ族は別に魚が特別好きってわけじゃないぞ」
「そうですかー、ちなみになんでも味噌をかけて食べるっていうのは」
「それもガセネタだな。味変したい時にかけるのであってそんなになんでもかんでもかけないって」
「でも今かけてますポ」
リアンはモリンさんと談笑しながら焼き魚に取り出したマイ味噌をかけて食べていた。けれど和風と和風なので相性はよく普通に美味しく食べられるだろう。
「美味しければ好きな食べ方でいいと思いマスヨ。でもやっぱりうちはカボスのしぼり汁デスネ」
ニイノはカボスをつまんで絞り目を背けたくなるくらいに汁をドバドバとかけ、そのまましっぽを持ち頭からバリバリと食べた。先ほどの農民ディーパもそうだったけど、ディーパにとってはこれが一般的な食べ方の様だ。
「トモキさんはカボスかけないんですか? 美味しいデスヨ」
「あ、ごめん。俺は唐揚げでも焼き魚でもレモンとかカボスはかけない派なんだ。もしも一緒に飯を食ってる時に断りもなくぶっかける奴がいたら即座に縁を切るね」
「そうなんデスカ! ならトモキさんに嫌われない様に気を付けマス!」
「お前そういうタイプの人間だったのか。面倒くさい奴って認定されて友達出来ないぞ」
「ザキラは勝手に唐揚げにレモンをかけるタイプだよな」
「決めつけるなよ。そうだけど。ニイノ、お前はどういうわけかトモキに惚れてるみたいだがすぐに冷めるだろうさ」
しかし俺たちはディーパ流の食べ方よりも普遍的な柑橘類論争を始めてしまう。どうやらこの世界でもしばしば議論となるこの論争は異世界でも存在する普遍的な命題らしい。
『ねえ、俺っちのボケはスルーなのかい』
「あえてスルーしてやったのがわかんねぇのかボケカス」
『氏ねよハゲ』
「オマエモナー」
『ぬるぽっ』
「ガッ」
『プギャー。懐かしいねえコレ。これについて来れるって君歳いくつよ』
「このひとたちなんのおはなししてるのー?」
「きっとアンジョさんにしかわからないとても高尚な会話だよ」
ついでにまれっちと一昔前の掲示板っぽい口論もしたが、こちらはマタンゴさんと真面目そうなアマビコにはさっぱり理解出来なかったらしい。というか下手をすれば現代人でも無理だろうな。
「これはノーザンホークに伝わるイカメンチですポ? サクフニ食感が美味しいですポン!」
「違う違う、これはイカメンチを参考に店で売れない雑魚とイカのゲソを混ぜてアタシが作ったオリジナルハンバーグ、その名もリンドウバーグさ。これなら安い食材でも美味しく食べれるヨ」
「なるほど、今度私も真似してみますポ!」
母親であるモリンさんは初めて見る料理を絶賛し自らのレパートリーに加えた。
リンドウバーグなる偉人っぽい名前の料理はどこからどう見てもイカメンチにしか見えなかったが、本人がオリジナルと言い張るのならこれはオリジナル料理なのだろう。
現代では食糧プラントのおかげで概ね食糧危機は解決出来たが、少し前なら未利用魚の有効活用とかで注目されていただろうな。




