1-74 恋する半魚人と運命の再会
次に訪れた棚田エリアは日本の原風景とも呼べるのどかな景色が広がり、洞窟エリアとは異なった魅力が感じられる場所だ。
ほのかに熱気を感じる風を身に受け、ヤッケを着て三角笠を被った住民のディーパたちは牛やトビブタと共に泥にまみれてのんびり農作業をしながら気持ちよく汗を流していた。
また別のディーパは清々しい顔で太陽を見上げながら水筒に入れたお茶を飲んで一息ついており、昼食に用意した焼き魚を頭からバリバリと豪快に食べて生きる糧とする。
相方の牛もまた休憩しており、マタンゴさんがまとわりつき背中に登って遊んでいたがそんな事は気にせず眠っていた。
そんなほのぼのとする様子を眺めつつ、マップ機能で発見した気球のパーツを集めているディーパをマークし続け追跡をすると、彼女は海に面した崖の上に作られた廃材を寄せ集めて作った小屋に到着、そこで二人のディーパとマタンゴさんと出会い、彼らと会話をしている光景を目撃する。
(あれ、ひょっとして……観光客の?)
なんとと言うべきか、それとも案の定と言うべきか、そのディーパはこちらの世界に来て何度か出会った観光客ディーパであり、なにやら揉めていたがそこに気球ディーパが現れた事で喧嘩が始まってしまう。
友達のマタンゴさんはどうにか仲裁しようとしていたが気球ディーパはかなり怒っている様に見え、観光客ディーパはひどく落ち込んでいる様に見える。
俺はその理由を何となく察し、アイテムボックスからサンドワーム撃破後に渡された真珠のネックレスを取り出した。
「まったく、なんであんな大事なものを! あれはお父さんの家に代々伝わる大事なものなんダヨ!」
「ごめんなさい、お母さん、デ、デモ……」
「ゆるしてあげて、ぼくもあやまるからー。ごめんなさいー」
「すみません、お取込み中失礼します!」
「アン? 今忙しい、ってそのネックレス!?」
俺が急いで話しかけるとディーパ一家は慌てて俺の下に駆け寄った。俺は彼女たちから何かを言われる前に観光客ディーパにネックレスを返してあげる。
「このネックレス……! そんな、わざわざ届けに来てくれたんデスカ!?」
「まったく、いくらお礼だからってそんな大事なものを渡したら駄目だって。受け取る方も受け取る方だけど」
「べ、別に文句を言われる筋合いはないしー」
観光客ディーパは手元に大事な真珠のネックレスが戻り感動していた様だが、俺は忘れずにリアンにも批難の眼差しを向ける。ただ彼女の主張通り一概に悪いとは言えないのであまりネチネチ言うのは止めておこうか。
「アンジョさん、あなたのお名前は何というのデスカ?」
「智樹だよ。届けに来たっていうか、君を見つけられたのはたまたまだけどさ」
もちろんこれはあくまでもサブクエスト、本来の目的は彼女の親であろう気球ディーパの協力を仰ぐ事だ。しかし結果的に恩を売る事は出来たのでこの展開は望ましい事だったかもしれない。
「そうですか、トモキさん……うちをお嫁さんにしてクダサイ!」
「「はあッ!?」」
だがディーパは全く予想出来なかった返事をした。彼女は目をハートマークにし、鋭いヒレが付いた手で俺の手を握りしめた。
「え、えーと、どうしてその結論に?」
話が急展開にも程があり全員が絶句していたが、ここは何かしらの回答をしなければ話が進まないだろう。
「お嫁さんにするのは嫌デシタ? ならお婿さんでもいいデスヨ?」
「いやそういう問題じゃなくて」
「そうだよ姉ちゃん! いきなりなんなのさ! 頭がアニサキスにやられたの!?」
「ねえお客サン、おばちゃんのアタシにもわかるようにこの状況を説明してくれるカシラ」
「すみません、私にもわかりませんポン」
「わたわた、ニイノちゃんなにいってるのー?」
彼女の家族とマタンゴさんもこの状況が飲み込めず助けを求めてしまう。けれどもちろん誰にもどうする事も出来ず途方に暮れてしまい、まずは様子をうかがう事にした様だ。
「オアシスでお会いした時からわかってイマシタ! 理由もなく一目見ただけであんなにときめいたのは生まれて初めてデス! トモキさんはとても素敵な人デス! だから結婚したいデス! それじゃ駄目デスカ?」
「いや、うーん。ううん?」
彼女の求婚の動機はとてつもなくシンプルかつ原始的なものであり、ある意味本能に忠実ではあったが正直対応に困ってしまう。
魚が交尾相手を選ぶ理由なんてヒレが綺麗とか身体の色とか大体そんな感じだし、人間の価値観なんて通用しないのだろうけど。
というか少なくともオアシスの一件は催淫のバステを付与したからであって、間違ってもピュアな一目惚れによるものではない。
昔話では悪い事をしたら最終的に帳尻を合わせないといけないと決まっているが、まさかこういう形でツケを払う事になるとはね。
『いいじゃん、結婚しなよ。種族を越えた愛ってなんかいいじゃん。君は変態だからイクラにヨーグルト的なものをぶっかけたら人類初の性癖に目覚めるかもよ』
「あんたは黙ってくれますかね! っていうか半分くらいはお前がこうなった原因だからな!?」
逃走の際催淫をかけて利用する様に命令したまれっちは面白がって好き放題言うが、彼女の魚特有のぬるりとした手はひんやりとしている。
世の中にはケモナーという人もいるにはいるが、半分人間の人魚とかではなくほぼ魚類の彼女を恋愛対象として見るのは申し訳ないが人類にはかなり難易度が高いだろう。
「ハイ?」
「あ、いや何でもないよ」
ただ彼女にあの時の真実を伝える事は憚られた。このピュアな彼女はあくまでも恋心が自分の中に自然に芽生えた感情だと思い込んでおり、それを伝える事はかなり酷な事だったからだ。
これはまさしく俺が求める催眠モノの醍醐味の一つでもある良心の葛藤……じゃないよなあ、絶対に。
「うう、やっぱり魚類じゃ駄目デスヨネ……」
「やーい、女泣かせー!」
「お前も黙ってくれるかな!」
どう断ろうか考えていた俺の態度から何かを感じ取った彼女はひどく気落ちしてしまい、リアンも茶化す側に回って煽り始めた。仕方ない、事実上断っているのと同じ意味のテンプレな解答にするか。
「いや、うん、まずはお互いの事を知らないと」
「そうデスヨネ! まずはお友達から始めマショウ!」
「あ、うん……」
ただポジティブシンキングな彼女はそれを前向きな検討と解釈し、サメの様な牙を剥き出しにして顔を近付ける。正直このままガブリといかれそうでかなり怖かったが、俺は必死に引きつった愛想笑いをして受け流した。
「タヌキに始まり半魚人かあ……なんか違う気がするけど異世界ハーレムってこういうものなのかな」
「あはは、忘れて頂けると嬉しいですポン」
最初に言い寄って来たモリンさんは苦笑し全力で人妻スパム事件をなかった事にしようとしていた。今の所人外からしか求愛されていないがこれがいろいろと間違っている事は俺にだってわかる。
「ハハ、ゴメンネ。この子は昔カラこういう夢見がちな所があってサ。誰に似たんだろうネェ」
「母ちゃんじゃないの?」
「うーん、カモネ。ま、しばらく付き合ってヤンナ。親のアタシが言うのもなんだケド、見ての通りうちの子は花も恥じらう絶世の美女ダカラサ。このヒレとかとってもキュートデショ?」
「はは、はい……」
こういう事は初めてではなかったのか、彼女の家族は割とすぐにこの展開を受け入れた。しかし絶世の美女というのは本当なのだろうか。ディーパの美醜の感覚だとそうなのかもしれないから判断に困るよ。
「よろしくお願いシマスネ、未来の旦那様! うちはニイノって言いマス!」
「むー。げしげし」
ただ少しヘンテコだとしても無下にするのはよろしくないだろう。現実的に考えれば気球を作っているお母さんの機嫌を損ねるわけにはいかないし上手い具合にやるしかないか。
なんか友達のマタンゴさんがムッとして俺の左足に下段キックを連発しているのも気にしないでおこう。




