1-72 記憶の結晶、メモリカについて
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世界に光が戻り、誰かの記憶を見ていた俺は自らの肉体を取り戻した。
「今のは……」
戦場の夢は度々見るが、あれは俺の記憶の中には存在しない光景だった。随分と鮮明な夢だったがあれは誰かの記憶だったのだろうか。
「……………」
サスケも俺と同じ夢を見ていたのだろうか、ボロボロと涙を流して花が咲き誇る機神兵の残骸を見つめていた。
見た感じロシア辺りの武装勢力が使っている密造品で、夢の中で少女が乗っていた機神兵とよく似ているがもしかして彼女が乗っていたものなのだろうか。
「?」
機神兵を観察していると背中のあたりに先ほどは無かった光るものを発見する。そのガラス質の物体は魔石によく似てたが花の様な形状をしており、ガラス細工の様に繊細で美しかった。
俺はガラスの花を手に取り、鑑定スキルを使ってみると画面には『雪狐のメモリカ』と表示されていた。
レアアイテムらしく何やら凄そうな効果も記載されていたが、そちらは一旦スルーをして俺は泣き続けるサスケの様子をうかがう。
「サスケ。どうして泣いているんだ?」
「わ、わからないでヤンス。オイラは何で、」
けれど彼自身もその理由がわからずずっと泣き続けていた。原因がわからない以上俺には慰める事も出来ず、仕方なくまれっちに助けを求めてしまう。
「なあまれっち、」
「チェストー!」
「うらぁッ!」
「ぐべぇ!?」
ただどういうわけかお呼びでないリアンとザキラが来てしまい、俺はドロップキックと釘バットの不意打ちを食らって機神兵の上から突き落とされてしまう。
「痛て、何するんだ。俺じゃなきゃ死んでたぞ」
「おうコラお前か、オレ様の可愛い舎弟を泣かしたのは!」
「このひとがへんなことしてたひとー!」
「うぱぱっ」
「おう、ごくろうさん。あとはアタシたちに任せな」
「へんなこと? ああ、さっきのあれか」
彼女たちの背後には怯えた様子のマタンゴさんたちがいて、推測だが先ほどのもふもふ行為を良からぬものと認識して逃げた後助けを求めた様だ。ただ冤罪だと否定したくても否定しきれないからちょっと困る。
「うちの子がすみませんポ! いつかやると思ってましたポン! 何て事してくれたんですか! お母さんはあなたをそんな子に育てた憶えはないポン!」
「育てられた覚えはないですが、なんかすみません」
続けてモリンさんも泣きながらぽてちてと走ってきたが、俺の胸はその一生懸命な姿に締め付けられてしまう。いや別にやましい事は一切してないんだけども。
『あー、リアンちゃん、ザキラちゃん。智樹ちゃんには後できっちり話を付けておくから許してやっておくんなせぇ。お詫びに俺っちの所に来たら金目の物をプレゼントするから』
「え、マジ? なら全然いいぞ! ほれ持ってけトモキ。好きなだけもふっていいぞ」
「姐さん!?」
「お前ゲスだな……」
幸いにしてまれっちが助け舟を出してくれ、金に目がくらんだリアンはすぐに舎弟を上納し非道極まりない振る舞いにザキラはドン引きした。
そういえばこいつと出会ったきっかけは美人局だったし、きっとこういう事も普段からしていたんだろう。ひょっとしてサスケもしてたのかな? むしろ女の子よりも女の子らしいからリアンよりも需要はありそうだし。
「って、それまさかメモリカか!?」
「ん、ああ。これ珍しいものなのか?」
強欲な彼女はすぐに金のニオイを嗅ぎ付け俺が持っていたメモリカなる魔石に飛びついた。見るからにお宝っぽいしきっと価値があるのだろうけど。
「ああ、メモリカは簡単に言えば人の記憶が魔石になった奴だ。死んだ時に出来るから魂の結晶なんて言われたりもするけど、形見みたいなものだから市場にはあまり出回らないんだ。値段はピンキリだけど普通はちょっと高いくらいの値段だし、大抵の奴は大事に取っておくんだよ」
「ほーん、って事はこのメモリカはさっきの夢の」
「夢?」
「何でもない」
断定は出来ないが説明を聞く限りこのメモリカは夢の中に出てきた少女の記憶から出来た物なのだろう。そう考えるとこの美しさにはどことなく悲しさを感じてしまう。
「でもこれはかなり上物だぞ! 値段もいくらするか!」
「は、はい。ちゃんとした場所に売る必要はありますが、私も滅茶苦茶ビビってますポン」
行商人のモリンさんは目利きが出来るのかメモリカの価値がわかったらしい。専門家の二人が高額だと断定するのならこのメモリカは家が買えるくらいの値段なのだろうか。
「盗品じゃないからすぐに売っても問題ないよな!?」
「ええ? 売るのか、これ」
しかしメモリカを手に取ったリアンは金の事以外考えておらず真っ先に売りさばこうと提案した。こいつには人の心が無いのか――と思ったが彼女にそんな事を期待するだけ無駄であろう。
「だ、駄目でヤンス!」
「おおっと!? 何するんだよ! それはオレが先に見つけたんだぞ!?」
「いや一番先に見つけたのは俺だけど」
けれどサスケはすかさず口にくわえてメモリカを奪取する。奪われると思ったのか、彼女は再び舎弟から奪い返そうとしたが彼はうずくまって身体の下に隠し必死に取られないように抵抗した。
「自分にもよくわかんないでヤンスが……これはなんか売ったら駄目でヤンス! すみません、姐さん!」
「はあ? 何を言って」
その主張には全くもって理屈は存在せず、リアンは必死な彼の姿に呆れの感情が半分、困惑が半分といった様子だった。
きっと彼もまた先ほどの夢から感じ取ったのだろうが、録画をしているわけではないので映像を再生して伝える事など出来ようもないし、たとえ説明したとしてもリアンの場合説明した所で「わかった、それじゃあさっさと売ろう」と言うのが目に見えていた。
『リアン、メモリカは一点ものだし何かと役に立つ。売るのはもったいないよ。大体智樹ちゃんのアイテムボックスに一生遊んで暮らせるだけのお宝があるだろう』
「まあまあ、ここは俺の顔に免じてな」
「むぐぐ、お前らの顔はどうでもいいけど……」
「クゥーン」
「うぐっ、わかったよ」
まれっちと俺はどうにか考えを改めるように説得し、リアンは舎弟の懇願する眼差しに渋々根負けしてくれた。俺としてもこんなものを売るのは目覚めが悪かったし良かったよ。
「ぐすん、ありがとうございます、アニキ、まれっちさん!」
「おう、兄貴分としての務めだよ。そのメモリカはサスケが持っておけ」
『どもー。お礼がしたいならお土産にお酒を何本か見繕ってね』
「えへへ、わかったでヤンス!」
メモリカを無事に護る事が出来すっかり安心したサスケは俺にじゃれつき、今度はちゃんと健全にもふもふした。
「でもはっきりとは思い出せないけど、あの記憶の中の犬耳の奴ってサスケだったよな」
「けどそんなのはあり得ないでヤンス。うーん……」
しかしここで疑問が湧き出てくる。今になって思えば少女の記憶の中にはサスケに酷似した人物がいたはずだ。それに対する明確な説明が出来ず、俺とサスケはお互い難しい顔をしてしまう。
『寄り道は楽しんだよね? そろそろ目的地に向かいなよ』
「ああうん」
だがまれっちはやや強引に会話を遮り先に進む事を促した。実際その通りだったけど、俺はほんの少しその態度に違和感を覚えてしまったんだ。




