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1-6 異世界転生を望む友人

 購買に移動すると売られているパンはクソほど余っており、学園物でありがちな焼きそばパンを求めて争奪戦、なんて事はなかった。


 生徒が減っているので当然ではあるけれど、売れ残ったものは放課後くらいに値引きされ食べ盛りな訓練生に買い占められるので食品ロスに関しては問題ない。


 選びたい放題だったが俺はチョコを塗ったチュロスの様な九州人が愛するパンを一つだけ購入した。この状況でバクバク食べられるほどたくましいメンタルじゃないからな。


 だが俺以外の学食の生徒は楽しそうに大盛ちゃんぽんやイカフライ定食なんかを食べ、広々とした空間で思い思いに過ごしていた。あの中には俺と同じ様にもうすぐ出征する奴もいるはずだが、ビビりまくっている俺が少数派だから仕方がない。


「おう智樹、こっちに来いよ」

「うぃー」


 どこにでも座れたが学食には鉄兵、山田、ヒカリの仲良しチームが既に席を確保しており、断る理由も特にないので俺は彼らの下に向かってそこで食事をとる事にした。


「お昼それだけ? 相変わらず少食だねー」

「見ての通り病人で不健康の塊なもんで。別にそこまで好きじゃないけどついつい選んじゃうんだよな」


 ヒカリはアメリカの都市の名を付けられた俺のパンを見ていつもと同じような感想を述べた。なんかこのパンを作った人があの都市で似た様なパンを見つけたからこんな名前を付けたとか、名前の由来はそんな感じだったか。


「それで九州大会で一位になるなんて凄いよ。対戦相手はあんなに強そうだったのに」

「俺は力じゃなくて技術で戦うタイプだからな。あと一応特待生なのに出征が延期しまくって肩身が狭いから何かしらの結果を残しとかなきゃいけなかったし。奨学金的なアレで」


 俺は山田の称賛に少し前に自分が九州大会で優勝した事と、優勝楯を今朝下駄箱に突っ込んだ事を思い出した。


 だが俺が優勝出来た最大の要因は技術ではないだろう。可能な限り出征を先延ばしにしつつ奨学金という名の生活費が欲しかった俺は、義務を果たさずとも見限られない様に学校に対してアピールをしなければいけなかったのだ。


 銃火器を使う現代の戦場では武術はほぼほぼ役に立たないが、武士道とかああいうのが大好きな日本は未だに昔の武術を極めた人間を優遇して特別視する。つまり俺にとって剣道で負ける事は死を意味し、道楽でも青春でもなく生きるために必要な活動だったのである。


 ……結果的に英雄である父の遺志を継ぐため病と闘いながら剣の道を究めた若き獅子とか変な偶像が作られてしまい、彼の想いを尊重してあげよう、こんな英雄を見捨てるなんてとんでもない! みたいな感じで進路が確定して余計後には引けなくなったんだけどさ。


「そっかー、奨学金ってどのくらい貰えるんだ?」

「高校生一人の生活費と治療代プラスちょっと贅沢が出来る程度にはもらえるな。鉄兵みたいに湯水の如く課金は出来ねぇけど」

「いいなー。海岸清掃のバイトも稼げるっちゃ稼げるけど運しだいだからなー。半年くらい何も見つからなかった時は沖に出てバルチック艦隊の財宝を見つけようとした事もあったっけ」

「前に言ってたな。あれ冗談じゃなくて本気だったのか」


 懐事情を尋ねられたのでその辺の事を伝えると鉄兵はため息をついてイカリングをもちゃもちゃと食べた。なおイカフライ定食は学食のメニューの中でも値段が安く人気のメニューである。


「あれ、海岸清掃のバイトってそんなに稼げるものなの?」

「稼げないな。ただたまにゴミと一緒に金目のものが落ちてるからそれがメインの稼ぎになるんだ。もちろんそこも自治体公認でむしろ推奨されてる。余程変なものじゃなかったら、基本的に指輪でも金歯でも時計でもアクセサリーでも持って帰って金に換えていいんだよ。こないだは拾ったゴミの中にプラチナの指輪があってテンションが上がったなあ」

「そういえば滅茶苦茶この前課金してたな。十万くらい」

「サ終したけどなー。ゲロ吐きそうなくらいキツイニオイにさえ慣れれば稼ぎのいい仕事さ。メシ食いながらする話じゃないけど」

「まったくだ」


 俺は鉄兵のせいでただでさえなかった食欲が余計に失せてしまった。言うまでもなく彼の片付けているゴミとは中国や朝鮮半島の辺りから船に乗って国外脱出し、海上の警備隊や有志の市民のガトリングによって処分された難民たちの肉塊である。稼ぎは良いとはいえ普通はやりたい仕事ではないだろう。


 しかし肉塊ゴミの中から指輪を見つけたという事は、腐敗し水を吸ったぶよぶよの死体の指から結婚指輪を引きちぎる様に抜いたのだろうか。俺はうっかりその光景を想像してしまい話を聞いた事をほんのり後悔してしまった。


「ただそんなの月に一度あるかないかなんだよなー。昔は高校生でももっと稼げて楽なバイトをしてたらしいけどさー。こりゃとっとと転生して異世界に期待するしかないなー、ははっ」

「そうだなあ」


 俺はこの世界で幸せになる事をとっくに諦めていた彼に何も言わなかった。何故なら鉄兵がそう語った時に浮かべたその笑みは決して退廃的な自嘲などではなかったからだ。


「異世界転生かあ。僕特別な技術とかないけどどうなるんだろう」

「無くても何とかなるだろ、帰ってきた人は皆そう言ってるし」

「だねー」


 山田は話に乗っかり、ヒカリはニコニコと笑いながら相槌を打つだけにとどめた。二人がどっちの人間なのかはわからなかったが、否定派だとしても反対意見を述べる事なんて到底出来なかっただろう。


 ここでそんなのは所詮妄想だと伝える事はあまりにも残酷だ。それで死に行く友が幸せになれるのならば、あえてその夢を壊す必要なんてなかったからだ。

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