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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第一章 終わりに向かう二つの世界【第一部1】

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1-65 智樹の絶望の記憶と、リアンが与えてくれた希望の記憶

 スペイン瓦やヤシの木が特徴的なアウトレットモール跡地は異国をイメージして建てられていた事もあり、そこにチャランゴの音色が合わさる事で俺は奇妙な感覚を抱いてしまう。


 ここは九州では有名なアウトレットモールであり、たびたびローカル番組でも取り上げられるので俺からすれば物凄く見覚えのある地元の光景だ。


 しかし今は一応異世界であり、しかも南米っぽい切ない音楽が聞こえ……うーん、ややこしいったらありゃしない。


 リアンは俺の存在に気付きチラッと視線を向けるが、特に気にせず演奏を続けた。話しかけるタイミングを失ってしまい、俺は仕方なく彼女からほどほどに離れた場所にあったガレキに腰かける。


 聞こえる音はチャランゴと夜風の音色だけ。虚無の世界には俺とリアンだけが存在し、そのせいでよりいっそう孤独を感じてしまった。


 彼女は気が済むまで演奏し消え去る様に音を絶つ。その瞬間世界からは完全に音が失われてしまった。


「オレになんか用があったんじゃないか。夜這いがしたいのなら他をあたってくれ」

「いや、そういうのじゃないが」


 リアンはサスケとの一件をまだ根に持っておりほんのり警戒されてしまう。気まずくて仕方がないがちゃんと話をしなければならないだろう。


「……なあ、リアンは俺の事を軽蔑したか?」

「軽蔑しない要素がどこにある。ロリコンは異世界でも犯罪だからな」

「すまんそっちじゃない。いやそっちも全面的に悪かったと思っているが……」


 あれもあれで謝罪すべきだが今はさておこう。俺には何よりも彼女に謝らなければいけない事があったのだから。


 だが俺はその勇気が出ずになかなか二の句を告げる事が出来なかった。こんな時も俺はヘタレなのかと悔しくなってしまう。


「怖い夢でも見たのか。そんな死人みたいな顔をして」

「……まあ、な」


 なかなか本題を切り出さない俺に彼女は呆れ、間を持たせるために話題を振ってくれる。この好意を無駄にしないためにもこっちも努力しなければならないだろう。


「今日はいろいろあり過ぎて嫌な夢を見たよ。いや、昔からずっとだな。強い薬を使わずにぐっすり眠れた事なんてない。俺にとっては眠る事は恐怖でしかないんだ。寝ている時に爆弾が落ちてきて、そのまま死ぬんじゃないかって……おかげでこんなタヌキみたいな見た目になったんだ」


 睡眠障害になった理由を聞かされたリアンは黙って話を聞いてくれたが、どのような感情を抱いているのかわからず俺は話を続ける事を躊躇してしまう。


「俺は兵士として訓練を受けてきたけどさ、殺される事も殺す事も凄く怖いんだ」


 だが言い訳になったとしても、謝罪するためにあの事を話さなければならないだろう。


「初めて生き物を殺したのはサバイバル演習の時だった、ブーブーって叫びながら暴れる罠にかかったウサギを殴って弱らせて、初めてだから首の骨がなかなか折れなくて、逃げられないように必死で掴んでいたらボキッて音がして、苦しみながらゆっくりと生き物から肉の塊に変わっていって……手が震えて爽快感なんて一つもなかった」

「オレだったらテンションが上がるけど。この世界じゃ子供でも普通に市場で買ったニワトリとかウサギを潰して皮を剥いでるし。生きるためには食わないといけないからな」

「そうだな。その理由があったからどうにか割り切る事が出来た。ただそれからは出来るだけサバイバル演習では魚とか虫とか木の実を食べるようにしたんだ。あの感覚は何度やっても慣れないからな」


 リアンにとってそれは何を言ってるんだ、という感想しか湧かない馬鹿馬鹿しいものだったはずだ。


 日本でも昔は生き物を食べるために殺す事はありふれていたし、そもそも食肉加工場では毎日動物が畜殺されている。これは所詮欺瞞でしかないのだろう。


「だけど人間は違う。誰もが他人事と考えてこの戦争は正義だ、もっとやれ、もっと殺せって好き放題に言っているけど、たとえどんな大義名分があってもそんな簡単なものじゃないんだ。四肢がもげた時の血のニオイを、人の肉が焼かれるニオイを、脳味噌が吹き飛んだ時に漏れる得体の知れない汁のニオイを、半狂乱で泣きわめきながら漏らしたクソのニオイを嗅ぐ度に気が狂いそうになる」


 どの様な善良な人間であろうとあの全ての人間を狂わせるニオイの前では無力だ。


「戦争に英雄なんて存在しない。人を殺す事はこれっぽっちも爽快なものじゃない。あいつらは人の心を狂わせ脳を蝕むあのニオイを何も知らないんだ」


 人は人でなくなって精神が崩壊し、生きるために殺し、奪い、時には人の肉を食らい、敵の眼球を抉って拷問し、女を犯し――たとえ地獄を生き延びたとしてももうその人間は人ではなくなるのだ。


 しばしばフィクションでは戦争はドラマチックで感動的なものとして描かれる。けれど俺が知っている戦争はそんなものじゃない。


 誰も彼も正義や護るべきもののために戦ったりなんかしない。俺にとって戦争は生々しい現実であり、あんなおとぎ話の様なものではない事を誰よりも知っていたのだ。


「道義的な感情とか善悪とかそういうのじゃない。俺はただただ戦争のニオイと死が悍ましくて怖いんだよ。きっとこれからも一線を越える事は出来ない。だからこそ俺は極限まで技術を磨いた。殺されないよう、そして殺さない様に」


 あの日の忌まわしい記憶は俺の心から徹底的に勇気と強さを奪い、世界で最も弱く無力な存在に変えてしまった。


 いくら特待生になる程度に戦いの技術があっても、おそらくこの先何があろうと俺は決して人の命を奪う事は出来ないだろう。


 それは感情を殺して機械的に人の命を奪う強さを求められる兵士としては致命的過ぎる弱点だった。


「俺のせいでリアンに手を汚させて……すまない」


 けれどその弱さのせいで彼女は俺の代わりに人を殺してしまった。それが必要だったとはいえ、俺は声を震わせながら謝罪する事しか出来なかったんだ。


「なんだ、そんな事か。別に人を殺したのは初めてじゃない。あるから盗賊稼業なんてやってるんだ。お前の世界でもそうだと思うが、泥棒は普通に犯罪だしこっちの世界でも真っ当な生き方をしてきた奴がする様な仕事じゃないからな」

「っ」


 それは薄々わかっていた事だったが、やはり人を殺した経験があると直接彼女の口から語られ全身に寒気がしてしまう。そんな状況に追い込んだのは他ならぬ俺自身だというのに。


「オレはこれでも結構有名な悪党なんだぞ? 泥棒猫リアン・ミャオ、今の報奨金は一千万クリスタくらいだったかな。一応アンジョの子孫だから正体は大っぴらには知られてないけど、アンジョ様ヒャッホーで世界をコントロールしている連中からすればオレは都合の悪い存在らしくてな、ちょいちょい暗殺されそうになったもんだ」


 心はナーゴ人と言い張っていた彼女はわかり切った事実を告げる。


 アンジョが凶悪な事件を起こす、例えるのならそれは宗教が絶大な権力を持っていた中世における聖職者の犯罪の様なものなのだろう。当然権力者は全力で隠蔽、もしくは秘密裏に処理しようとするはずだ。


「だから別にその辺は気にしなくていい。オレはもう慣れたから。この世界じゃ人の死も割と身近に存在しているしな」

「……そうか」


 リアンの寂しそうな笑みに俺は強く胸を締め付けられる。慣れた、という事は少なくとも過去には葛藤や恐怖などが存在していたはずだ。


 それを失う事は残酷な世界で生きるためには便利だが、代償として二度と普通の生活には戻れなくなる。おそらく多くの人はそうなる事を望まないだろう。


「オレはこの血みどろの手で何人も殺してきた。出来るだけむやみやたらと殺さないようにはしてきたけど、どう取り繕ったところで悪党には違いないさ。軽蔑しただろ、オレの事を。オレはお前が好きだった女とは違うんだよ」


 彼女は自嘲しながら左手の義手の掌を見つめた。


 様々な暗器が内蔵されているこの鋼の左腕はきっと数多の生き血を吸い続けたに違いない。そこにはもちろん憲兵や暗殺者等犯罪者以外の人間も含まれているだろう。


「リアンの手は汚れてなんかいない!」

「っ」


 だけど俺は深く考えるよりも先に鋼の左腕を両手で強く握りしめていた。


 彼女は突然の事にかなり驚いていたが、すぐに複雑そうな表情で目をそらして手を払ってしまった。


「なんだよいきなり……キショイって」

「うぐっ」


 俺は自分の軽率な行動を猛省し恥じてしまった。


 世の中にはこういう名言がある、ただしイケメンに限ると。


 おそらく俺がそれなりのルックスならばここで恋愛フラグでも立っていたのだろうが、そこまで仲良くない関係性でこんな事をした所で引いてしまうのも無理はないだろう。


「でもまあ相棒として気持ちだけは受け取っておくよ、ありがと」

「お、おう」


 だけどリアンは照れくさそうに笑い、俺の行動は間違えていなかったと理解してすぐに安心してしまった。


「つーかなに、今のってもしかしてアイリとかいう奴と重ね合わせてる的な?」

「いや、そういうのじゃ」

「ふーん、そう、へぇ~。寝れないなら一緒に寝てやろうか?」

「よせって」


 彼女は次第ににやけた表情になりからかい始めるが、事実そういう部分が多少なりともあるのは否定出来ないだろう。


 とにかくひやひやしてしまったけど謝罪の気持ちが伝わり良かったよ。


「うしっ! じゃあ今夜はオールで騒ぎまくるか! オレ様のリサイタルを特等席で聞きやがれ! マタンゴさんズカモンッ!」

「テキーラ!」

「へいアミーゴ!」

「ってうお!? マタンゴさん!?」


 リアンは勢いよくチャランゴを構えると地面からぽこぽことマラカスを持ったマタンゴさんたちが生えてくる。このキノコ連中はどこにでもいるがこういう出現の仕方も出来るのか。


「マラカスかしてあげるー」

「あ、ども」


 マタンゴさんは俺にマラカスを渡したので仕方なくチャッチャと振ってみる。しかしそのやる気のなさそうな態度が気に食わなかったのかリアンは強く叱責した。


「そんなシケた面するんじゃねぇ! マラカスを振る時はハイテンションでやれっての!」

「お、おう! ウンチャカチャカチャ、ウンチャカチャカチャッ! チャッチャ! ヒィヤッハー!」

「たったららら~ん」


 元ネタのボッタクリがわかるマタンゴさんは阿吽の呼吸でクラッカーをパァン、と鳴らすがポーチが増えたりはしない。


「むにゃー、なんでヤンス?」

「楽しい事やってるじゃねぇか」


 俺を元気付けるために結成された陽気なマリアッチは深夜とは思えないテンションで大騒ぎをし、騒ぎ過ぎたせいで眠っていたサスケとザキラたちもこちらにやってきてしまう。


「おねーさんにはこれあげるー。テンションがあがるふしぎなタンバリンだよー」

「なんか悪意を感じるんだが気のせいか?」


 回復呪文は使えないが、僧侶のザキラは有無を言わさずタンバリンを担当する事になってしまう。


 ちなみにこのタンバリンはもちろんそれ以外の効果は発動しない、どこにでもある楽しいだけの楽器だ。


「ぽふぽふ、ぱーりなーう!」

「のお!?」

「おわっ!?」


 テンションが上がったマタンゴさんは飛び跳ねながら胞子をまき散らしてしまった。突然の事で大量に吸い込んでしまったがこれは吸っても大丈夫なものだろうか。


「ふにゃあ、よくわかんないでヤンスがオイラもはしゃぐでヤンス~!」

「わっはっはー、わっはっはー!」

「クッ、アタシは、楽しー!」

「ひぇっはー!」


 だが効果はすぐに現れ、一瞬不安を抱いていた俺は楽しい事以外何も考えられなくなってしまう。


 硬派なザキラもキャラがあるので抵抗していたがすぐにタンバリンを鳴らしまくってるし、こんなにハッピーな気持ちになれるのならば細かい事はどうだっていいか!


「むにゃあ、皆さん何を……何をしてるんですポ?」


 しばらくしてモリンさんも現れるがそのカオスな乱痴気騒ぎにただ困惑してしまい、何も見なかった事にして廃墟に戻ってしまう。


 明日の事なんて考えなくていい、とにかくはしゃいではしゃいではしゃぎまくろう!

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