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ゆめのおちかた~終わりに向かう二つの世界、小説家とアニメーターを目指す何者かになりたい若者と、夢破れたTSダメ親父が紡ぐ英雄のいない物語~  作者: 高山路麒
第一章 終わりに向かう二つの世界【第一部1】

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1-60 死の恐怖に敗北する智樹

 砂漠の大地の底から、おおよそ生き物がするはずがない悍ましい咆哮を上げながらその魔獣は現れる。


 砂の中で眠っていたはずの眷属サンドワームは影に操られる様に動き出し、砂地から勢いよく飛び出してその白い蛆の様な巨大な身体を地表に晒した。


 その巨体が地面に落下すると砂煙が舞い、砂嵐となり俺達や牛車の近くにいた竜騎士に襲い掛かる。


「ギィイイ!?」

「あ、暴れるなッ! うわああ!?」


 飛竜は目に砂が入ったからなのか、あるいはすぼませていた口を開いて口内にあった無数に鋭い歯を見せつけたサンドワームへの恐怖によって戦意を喪失したからなのか、激しく暴れて兵士を振り落とし逃げ出してしまった。


 空中にいた兵士はそのままなすすべもなく機械で破砕される様にサンドワームに捕食される。それは俺がこの世界で初めて遭遇した人の死だった。


 しかも都合の悪い事に俺はその一部始終をマップ画面で明確に認識してしまった。頑丈な鎧ごと噛み砕かれ全身がミートハンマーで叩かれた肉の様になり、先ほどまで生きていた人間がまさに命を失うその瞬間を。


「まじか!? お、おい、トモキ――」

「あ、ああ……」


 リアンは義手の暗器を展開させ何かを叫んでいたが、俺にはもう彼女の言葉は一切耳に入らなかった。


 俺の日常には戦争が身近に存在していたので、今までも幾度となく人の死には触れてきたし、多くの人間もまたそれを当たり前の事であると受け入れていた。


 けれど死を極端に恐れる俺はいつまでたっても人の死に慣れる事は無かった。ましてやこんな人間がしてはならない凄惨な死に方ならばなおの事である。


 その恐怖は俺から全ての戦意を奪うには十分過ぎた。たとえ毎日兵士として訓練を受けていたとしても痛みや死の恐怖に抗える人間なんてまずいない。もしいたとすればそいつは人間の見た目をしていたとしても決して人間とは呼べない存在なのだろう。


「しっかりしろボケッ!」

「っ」


 リアンは俺の右頬を殴り飛ばし、その痛みと口の中に広がる血の味で俺はわずかに理性を取り戻す事が出来た。


「敵は牛肉よりもトカゲ肉のほうが好みなのか竜騎士部隊を狙ってる。上手くいけば生き残れるだろう」


 すぐにマップで確認すると彼女が言った通りの状況になっており、サンドワームは牛車には目もくれず竜騎士を襲っていた。


 けれどその際またしても捕食される光景を目撃してしまい俺はすぐに後悔してしまう。飛竜とそれに跨る人間は恐怖で顔を歪ませながらサンドワームの口内に次々と吸い込まれ、先ほどと同じ様に生きたまま咀嚼されていたのだから。


『こうするしかないか。聞こえるー?』

「って誰だ?」


 ショッキングな光景に呆然としていると俺のスマホからまれっちの声が聞こえ、初めて聞く協力者の声にリアンたちは驚いてしまうが、彼女はそんな事を一切気にせず指示を出した。


『俺っちの事は後でゆっくり教えてやるから今は後回しにしてね。見たらわかると思うけど君らにあの化け物を倒す事は無理だろう。ただ足止めをして逃げ切る事は出来る。テンプレな倒し方だけど、バカでかい口を開けた時にさっき智樹ちゃんが作った猫弾Cボムでも放り込んでやりな』

「ええと、誰なのかは聞かないでおくでヤンスが、そんな簡単に言われても無理でヤンスよ!」


 その作戦は口で言うのは簡単だが実際にやるとなるとかなり難しく、サスケは慌てふためきながら無理のある攻撃に反論した。


 その攻撃を成立させるにはまず猫弾Cボムが投げて届く位置にサンドワームがいて、なおかつ閉じている口を開き捕食行動をとった瞬間に放り投げ、反撃を食らう前にその場から離脱する必要があるからだ。


 ちなみに規格外の巨体を誇るサンドワームは動くだけで巨大な砂の波が発生し、近付けばもれなく全身が埋まってしまう。


 向こうからすればただ動いているだけで攻撃しているつもりはないのだろうが、威力的には頑丈な荷車が一撃で走行不能になる程度だ。


『誰もサンドワームに近付いて投げろなんて言っていない。手段は何でもいいから竜騎士がいるあたりに爆弾を放り投げれば一緒に食べてくれるだろうさ』

「一緒に食べるって……!」


 だがまれっちは残酷な策を伝え俺は全身の血の気が引いてしまう。確かにそれならば比較的安全に迎撃出来るが、それは人の死が前提となった惨い作戦だったからだ。


『別の手段としてはサイコジャックで竜騎士の身体を乗っ取って、爆弾と一緒に腹の中にダイブするって手もあるけどね。こっちのほうが簡単だし敵さんが牛車の近くにいたらそっちを採用してたんだけどさ』


 サンドワームに襲われた竜騎士はもう俺達どころではなくなり、金切り声を上げて暴れる飛竜をなだめながら死に物狂いで逃げ惑っている。


 上手くいけば一人二人は逃げられるかもしれないが、この作戦を決行した場合確実にそいつは死ぬだろう。


『どうしてそんなに嫌がるんだい? 成功すれば君たちを殺そうとした追っ手を倒せる上に、お前さんとお仲間だけでなく善良な民間人も助けられる。だが決断しなければ全員死ぬ。連中はマレビトや転生者を見つけ次第殺してきた敵だ。これはトロッコ問題なんかじゃないとても簡単な議論――いや、議論する価値もない話のはずだよ』


 彼女が突き付けたその選択はとても理に適っている。普通に考えればどちらを選択すべきかは考えるまでもないだろう。


「数だけで物を見るなッ! 人間の命は数字じゃないッ! 人間はそんな簡単に自分の手で命を奪う選択なんて出来ねぇんだよッ!」


 けれどトロッコ問題は前提がそもそも間違っている。


 たとえそちらの方が多くの命を助けられるとしても、人間のほとんどは人間を殺す選択など出来ないのだから。それは人の心を考えず頭だけで物事を考える人間には決して気付く事のない前提だろう。


『そうだね。だからこの世には軍人が存在するんだ。戦争では人の命を数字として機械的に処理出来る人間が求められるからね。そして君はそのために訓練を受けた兵士のはずだ』

「兵士が全員簡単に人を殺せると思うなッ! 人間は玩具の兵隊じゃねぇんだよッ!」

『あっそう。じゃあ死ぬしかないね。俺っちは助けないよ』


 俺は声を張り上げて叫ぶが、彼女はあまりにも冷酷な返事をした。彼女は少女の声をしていたが、俺には非情な決断を淡々と下せるこいつが同じ色の血が流れた人間とはとても思えなかったんだ。


「ったく、しょうがねぇなあ。おい、爆弾寄越せ」

「え」

「姐さん」

「リアン」

「リアンさん」


 だが震えてうずくまる俺にリアンは覚悟を決めた表情でそう告げた。陽気な笑顔を封印した彼女に仲間は面食らってしまったが、


「早くッ! 死にてぇのかッ!」

「あ、ああッ!」


 声を荒げて俺を急かし、俺は手を震わせながらメニュー画面を操作、作成した猫弾Cボムをアイテムボックスから取り出して渡すという最低な選択をしてしまう。


 それが人としてとてつもなく卑怯な事であるのだとわかっていたはずなのに、俺にはそんな選択しか出来なかったんだ。


「うおりゃああッ!」


 左手の義手で猫弾Cボムを受け取ったリアンは素早くピンを引っこ抜き、限界までワイヤーを伸ばしてからピッチングマシンの様にしならせ、今まさに襲われている竜騎士目掛けてグレネードの剛速球を投げつけた。


 けれど俺はその様子を直視出来ず目をつぶってしまったので一部始終を知る事が出来なかった。


 ただ絶望した表情の男性の竜騎士が泣きながら何かを叫んでいた事だけは一瞬だけ認識してしまう。死の恐怖に錯乱したのかもしれないし、家族や恋人の名前を叫んだのかもしれない。


 目を閉じていてもわかる強烈な閃光と同時に鼓膜が破れる程の音が鳴り響き、サンドワームは怯んで巨体を大地に叩きつけてしまう。荷車は大きく跳ね上がるも、それ以降は比較的揺れが収まった。


「うっしゃ、成功! ふひー」

「やったでヤンス、姐さん!」

「ふう、死ぬかと思ったぜ」


 静寂の後仲間は歓喜の声が聞こえ、作戦が成功しサンドワームを退けたのだと俺はようやくその時理解した。


 けれど俺には到底勝利を喜ぶ事が出来なかった。何故ならばたとえ命が助かったとしても今だけで七人の命が失われ、俺が決断を下さなかったせいでリアンが人一人の命を奪ってしまったのだから。


『ま、結果オーライかな』

「トモキさん……」


 まれっちは相変わらず適当で、しょんぼりしたモリンさんはどう言葉をかけていいのかわからない様子だった。もしかしたら彼女たちは俺に今侮蔑の眼差しを向けているのかもしれない。


 もう何もかもがどうでもいい。全ての感覚を遮断して目を閉じよう。そうすれば何も考えなくてもいいのだから。


「……………?」

「もう怖くないですポ。よしよし」


 だがほのかに右手首に温もりを感じ、目を開けるとそこに優しい眼差しをしたモリンさんがいた。彼女は怖がっている子供をあやす様に穏やかな声でなだめ、次第に俺の心に凪の様な静寂が訪れる。


「トモキ。オレは後悔してないからさ。その、なんつーか……気にするなって言わないけど、気にするな」

「どっちだよ」


 気まずそうなリアンもまたどうにかフォローしようとしたが、その台詞は相変わらず少し馬鹿馬鹿しいものだったので俺はつい苦笑してしまう。


 そしてその言葉で壊れかけていた精神はどうにか寸前で形をとどめ、俺は次第に再び世界を認識出来る様になったんだ。

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