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1-5 消耗品の英雄に与えられた役割

 無駄に長い自習時間を終え、休み時間に腹を満たすために学食に向かうと俺はこの学校で一番会いたくなかった人間と遭遇してしまう。


「(そろそろ英雄の息子も死に時ですかね)」

「(ええ、部活で結果も出して我が校の宣伝も出来ましたたしちょうどいいでしょう)」

「(日本人はサムライを崇拝していますからね。あんな木の棒を振り回して一体何が凄いんだか。サムライが百人いた所でサブマシンガン一丁もあれば肉塊になるというのに)」

「(滅多な事を言うものではないですよ。戦場では役に立たなくともああいうのはやる事に意味があるのです。忠義を尽くして国に殉じる、滅私奉公の精神を持つ侍の魂こそ日本人が最強である所以なのですから)」


 廊下では老人が来客の中年女性と愉快そうに談笑しており、俺はすぐに身を翻してその場を絶ち去ろうとしたが、生憎相手もプロなのでこちらに気付いてしまった。英語で何を言っていたのかは丸わかりだったけど、無視するのも体裁が悪いし挨拶くらいはしておくか。


「おや、聖さん。この時期にちゃんと学校に来ているだなんて実に模範的な生徒ですね」

「あ、校長……」


 古代ギリシャの賢人を思わせる威厳のある風貌の校長先生はやたら大きな松葉杖を突いており、その右足は細長い鉄の棒で生身の肉体ではなかった。戦争の初期に活躍したらしいこのジジイは優等生の俺の事をいたく気に入っており、会うたび会うたび絡んでくるから正直苦手だ。


「いよいよ明日ですね。愛する教え子たちが戦地へと巣立つこの日をどれだけ楽しみにしていた事か! 私もこんな足でなければ一緒に行きたかったんですけどねぇ」

「はあ、まあ機神兵とかがあるのでその足でも出来ない事は無いでしょうが。実際障害のある人や車椅子の人とかも戦ってますし」

「そうしたいのは山々ですが私も歳ですし、何分新しい時代の兵器は素人でして。それに今はこうして未来を担う若者たちに道を示す事にやりがいを感じていますから」

「そうですか。最近は人員不足とインフレで先生ぐらいの年齢の人も結構戦場に行ってますけど」

「ふふ、安心してください。私もちゃんといつか行きますから」


 未来を担う若者たちに道を示すか。物は言いようだな。年寄りが死にたくないから若者に押し付けてるというパターンもあるが、このジジイの場合は多分そういうタイプではなくガチ勢なので適当に受け流す事にした。


 ちなみに今の発言を解説すると、年寄りはどうせ戦争に行くのは若者だからと高をくくって好き放題言って軍事化を推奨していたが、戦争による社会福祉制度の崩壊と物価の高騰により年金や貯蓄では生活出来なくなり、高齢者もまた中国とかに行ってゾンビと戦っていたり奪還したばかりでまだまだ危険な地域の復興作業に駆り出されていたりする。老人や女性や子供も戦争に駆り出される時代はある意味平等ではあるかもしれないけれど。


「私も若い頃はゾンビやテロリストを殺して肉塊にしまくったものです。とっておきの武勇伝を楽しみにしていますよ! 転生先の異世界から帰ってきたら是非ともまた会いましょう!」


 ご機嫌な校長先生は俺が死ぬ事を前提に話を進めた。彼が異世界云々を信じているかどうかは不明だが、少なくともあの思想を利用しているのは間違いないだろう。


「そうですね。あ、自分はこれから昼飯なので」

「ええ、足を止めさせてしまってすみません。腹が減っては戦が出来ぬと言いますししっかり栄養補給をしてくださいね」


 何も考えるな。このジジイを認識するな。この狂人と目を合わせてはいけない。俺は早歩きで学食へと向かった。


 だがしばらく歩くと、俺と校長とのやりとりを見ていた知り合いに声をかけられてしまう。あのジジイ程ではないが彼もまた俺は少し苦手としていた。


「すっかり期待されてやがる。流石は英雄の息子だ。きっとさぞかしカッコよく死ぬんだろうなあ」

「各方面から期待されてるのは否定しない。カッコよく死ぬかどうかは知らんが美化はされるだろうな」


 特別国際支援課において俺の次席である當間トウマアレンは、いつもの様に不愉快そうに俺を睨みつける。


 けれど今はその嫌悪の感情が心地よかった。その発言に込められた憎悪は俺だけではなくそれ以外の存在にも向けられていたからだ。


「ハッ、だろうな。お前は特待生だからもっと早く派遣されるかと思っていたが毎回毎回検査のたびに体調を崩して外されて、随分と都合よく出来た身体だな。学校もよくお前に奨学金を払い続けたもんだ。そんな卑怯者でもきっといい感じにカッコよく死んでヒーロー扱いされるんだろうな」

「……………」

「だがお前が逃げるたびに誰かが代わりに戦争に行く羽目になった事を忘れるな。お前が逃げなければ俺の親友は死ぬ前に二か月間家族と過ごせたんだ」


 俺はその純粋な怒りと悲しみに満ちた罵倒に対して一切の弁明をするつもりはなかった。


 彼の言うとおり俺は持病のため毎回毎回戦地に行くのが先送りになっていたが、実際は薬の量を調整して意図的に体調不良を起こしただけだった。バレないように上手い具合にやっていたが勘の鋭い彼は当然見抜いていた様だ。


「……そうだな。だから當間、もし生き残ったのなら俺は最低の卑怯者だって語り継いでほしい。それがせめてもの償いだ」

「言われなくてもそうするさ」


 俺は遺言として當間にその言葉を託した。英雄として死んだ父さんの様に、俺の死がヒロイズムを煽るプロパガンダに利用され命を捨てる人間が現れない様に。


 當間の侮蔑の感情は極めて人間らしいもので、俺はその言葉を聞いて救われた気分になった。何故なら彼はこの時代においても死を恐れ、親友の死に悲しむ数少ない良識のある人間だったからだ。

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